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第22話 結婚指輪は世界最小の手錠である

 窓から差し込む朝日に照らされながら、栄治達は机を挟んで対面に座るギムリと話を進める。


「それでは、まず初めにレオンさんのお姉さんが盗賊に襲われた場所を襲えてもらえますか?」


 ギムリが、栄治と優奈に挟まれて座っているレオンへと顔を向ける。


「あ、はい。えーと、俺と姉ちゃんが襲われたのは、隣町のダッシュベンに向かう途中です」


「なるほど、ダッシュベンですか」


 ギムリはそういうと一度席から立ち、壁際の本棚から一枚の厚手の紙を持って来てそれを机の上に広げた。


「襲撃にあった詳しい位置を、この地図で示すことは出来ますか?」


 ギムリが持って来たA3用紙くらいの紙は、クレシオン周辺について記された地図だった。

 レオンはその地図を覗き込む様にしばらく睨んだ後、「あ、ここだ!」と一点を指差した。


「ふむ、ちょうどこことダッシュベンとの中間地点くらいですね」


 レオンが指した場所を確認したギムリが、今度は机の引き出しから報告書の束の様なものを取り出し、それをパラパラとめくり、なにやら探し出した。彼は暫く「これではないな」という様な呟きを漏らしながら紙をめくる。やがて目当てのものを見つけたギムリは、紙をめくっていた手を止めた。


「レオンさんのお姉さんを攫った盗賊達は、人攫いを主な活動としており、その規模はおよそ50名から100名と予想されます。彼らの活動範囲はクレシオンの西側ダッシュベンとベイトン近郊、その事から拠点の位置はおおよそ、この辺だと予測されています」

 

 手に持っている紙を見ながら、ギムリは説明を始める。どうやら彼が机の引き出しから出した紙束は、盗賊達についての様々な報告がまとめられたものらしい。

 ギムリは説明の最後に、机に広げている地図で盗賊達の拠点があると思われる場所を指でなぞる様に囲った。

 ギムリが指した場所を見ようと、栄治と優奈は腰を椅子から少し浮かし、地図を覗き込む。

 盗賊の拠点があると予想されているところは、街道から外れた小高い丘が連なっている所だった。


「ここに拠点を構えていれば、クレシオンからダッシュベンへと行く街道と、同じくベイトンへ向かう街道の2つを効率よく狙う事ができます」


「なるほど、それに一帯は丘が連なっていて、身を隠せるところは沢山ありますしね」


 丘と丘の間のくぼみに、簡易的な組み立て式のテントを張り、丘の頂上に見張りを配置する。そして、討伐隊が接近して来たら急いでテントを撤収して逃げ、もし逃げきれなさそうな場合は、数名をわざと捕らえさせ、その隙に逃げる。理想の隠れ家といえよう。


「軍の方でなんとかここまでの情報を集めることは出来たのですが、詳しい拠点の位置を特定するまでには至っていません」


 悔しそうに説明を終えるギムリ。


「とても有益な情報を有難うございますギムリさん。拠点を探す範囲が限られているのはとても助かります」


 栄治と優奈がこの世界に来たのはほんの数日前で、行ったことがあるのはここから半日ほど歩いたところにあるウィルボーの森だけ。そんな土地勘が一切ない2人にとって、探す範囲がある程度予想できるのはかなり有難い。

 栄治がそう思いながら礼を言っていると、レオンが思い出したかの様に言った。


「そういえばあいつ等、俺たちを襲って来た時に、だいぶ人も集まったからそろそろ潮時だ、明後日の狩を最後に拠点を移す。みたいなことを言っていた」


 レオンのその言葉を聞いて、ギムリは眉間にしわを寄せた。


「拠点を移されるのは厄介ですな。おそらく盗賊達は移動を楽にするために、捕らえた人達を奴隷商に売り渡すはずです。一度奴隷商の手に渡ってしまうと、レオンさんのお姉さんを救い出すのはほぼ不可能になってしまいます」


「なに! それはまずいな……レオン、お前が盗賊に襲われたのっていつだ?」


 ギムリの言葉に焦る栄治は、レオンに確認をする。


「えっと……一昨日……」


「なにっ!!」

「大変っ!!」


 レオンの衝撃発言に、栄治と優奈が揃って声を上げたあと、お互いの顔を見合わせる。

 2人の顔には揃って焦りが色濃く浮かんでいる。


「一昨日ってことは盗賊達が移動するのは今日じゃないか!」


「早くしないとレオン君のお姉さんが!」


 それぞれに焦りの声を上げる栄治と優奈。

 ギムリが難しい表情のままで口を開く。


「恐らく盗賊達が移動するのは夜中でしょう。そうなると、最後の狩というのは夕暮れの可能性が高いです。そこを狙えればあるいは……」


「なるほど、今からがむしゃらに拠点探しをするよりも、人攫いをしに来た盗賊達を捕まえて、拠点の位置を吐かせたほうがいいか。でもそれだと……」


 顔をしかめて語尾を濁らす栄治の後をギムリが引き継ぐ。


「捕らえられた盗賊が拠点の場所を教えずに自害してしまう可能性が高いです」


 今回の盗賊達は普通の盗賊ではない。訓練された強者が盗賊達の中に混ざっており、高度に組織化されている。そもそも、この方法で拠点の位置を特定できていたら、国が編成した討伐隊ですでにこの騒動は解決されているはずだ。

 何か良い案はないか、腕組んで考え込んでしまったギムリと栄治。そこに優奈がおずおずと手を挙げた。


「あの、1つ提案があるんですが……」


 そう言うと優奈は自分の案をみんなに話し始めた。

 彼女の案を最後まで聞き終えると、栄治とギムリは一様に渋い表情をした。あんなに自分の姉を助けたがっていたレオンでさえも冴えない表情をしている。


「えーっと、この作戦じゃ上手くいかないでしょうか?」


 周りの芳しくない反応に不安そうに言う優奈に、ギムリが白いあご髭を撫でながら言う。


「いえ、優奈様の案は現状で打てる策では1番上手く行く確率が高いでしょう。ですがとても危険です」


 そう言うギムリは、心配そうに優奈を見る。


「確かに危険かもしれません。私も怖いです。でも、もしこれでレオン君のお姉さんを助ける事が出来るなら、私はやります」


 毅然とした口調ではっきりと言う優奈からは、確固たる決意が感じられた。

 それが分かった栄治は、優奈の提案に乗ることにした。


「もう決意は固めてるみたいだから、俺も優奈の提案に乗ろう」


「有難うございます栄治さん」


 優奈は栄治に向けてニッコリと微笑んだ。

 そんな2人を見てギムリは一つ溜息をつく。


「私はクエストボード管理者にすぎません。栄治様と優奈様が決めたのであれば、それを否定する権限を私は持っていません。ですので全力でお二人をサポートさせていただきます」


 仕方がない、と言った表情をするギムリに、栄治が言う。


「俺も優奈が普通の女の子なら、絶対にこの作戦には同意できないけど、彼女はグンタマーだからね。ついでに言うと昨日のトロールとの戦いで、1対1で戦って勝ってるから、盗賊相手でも遅れを取ることはないと思っている」


 優奈が待つギフトの能力は、自身の身体能力強化である。しかもその身体能力の強化率はかなり優秀で、細身の優奈が巨体のトロールの力を圧倒できる程である。それほどの力を持っているのなら、盗賊相手など、赤子の手を捻るようなものであろう。


「なんと! あのトロールを優奈様お一人でですか!」


「優奈さん凄すぎ……」


 驚きで目を見開くギムリと、優奈の見た目と力のあまりのギャップに若干引き気味のレオン。そんな2人の反応を見て、栄治は言わなかった方がいいかな? と少し後悔する。

 女性という者は、お淑やかで物静かで儚げな雰囲気の女の子に憧れている人が多い。そこに無神経に「トロールと1対1で戦って勝てる怪力の持ち主なんですよ〜」なんて言ったら、優奈を傷付けてしまうかもしれない。そう思って栄治はチラッと優奈の様子を伺うが、彼女は特にそんなことを気にしている素振りは無かった。と言うよりかは、むしろ自分の力が役に立つことを喜んでいるようだった。


「絶対にレオン君のお姉さんを助け出して見せるからね!」


 意気込んで言う彼女の姿に、栄治が頼もしさを感じていると、ギムリが2人に声をかける。


「優奈様の強さは分かりましたが、この作戦が危険であることに変わりはありません。そして、成功させるには、優奈さんと栄治さんの連携も大事です。ですから私からお二人様にこちらの魔導具を差し上げます」


 ギムリは机の引き出しから、2つの魔導具を机の上に置いた。


「うわぁー綺麗ですね」


 ギムリが取り出した魔導具を見て、優奈が感嘆の声を上げた。

 机の上に置かれた2つの魔導具、それは指輪であった。片方は青いサファイアの様な宝石がはめられており、もう一方には赤いルビーの様な宝石がはめられていた。


「これは自分の意思や声を相手に伝達させる魔導具です」


 ギムリが魔導具の説明を始める。


「この指輪の魔導具は対になっていまして、これをはめるとお互いの声や意思を相手に届ける事が出来るんです」


「へー、さすがファンタジー世界、便利なものがあるんですね」


 栄治はそう言いながら、青い方の指輪を手にとって観察する。

 リングにはめられている青い宝石は円形で、滑らかな曲線に仕上げられていてとても美しい、それによく見てみるとリングの部分にも装飾が施されている。

 なんか物凄くお高い婚約指輪みたいだな、と栄治は内心思いながらギムリの方を見る。


「えーと、これを指にはめるだけで良いんですよね?」


 一応確認しながら、早速自分の人差し指に指輪をはめようとする栄治に、ギムリが慌てて待ったをかけた。


「ちょっと待ってください栄治様!」


 ギムリの制止に、栄治は首を傾げて彼の方を見る。

 ギムリは動作を止めた栄治にホッとしながら、説明をする。


「その魔導具は、自分の指に自分ではめると効力をなくしてしまうんです」


「そうだったんですか。ではどうすれば良いんですか?」


 栄治の疑問に、ギムリは優奈と栄治を交互に見る。


「その魔導具はですね、意思を疎通させたい相手に指輪をはめて貰う必要があるんです。ですので、今回の場合は、栄治様の指輪は優奈様がはめ、優奈様の指輪は栄治様がはめないといけません」


 ギムリの説明に栄治は頷く。

 きっと相手にはめてもらう時に、指輪が相手のことを認識するとかそう言う感じの仕組みなのだろうと予測しながら、彼は青い指輪を優奈に渡しながら言う。


「悪いけど優奈、指輪をはめてくれるかい?」


「分かりました」


 栄治から指輪を受け取った優奈は、栄治が差し出した右手の人差し指に指輪をはめようとする。

 そこで再びギムリの待ったがかかる。


「待ってください、それじゃあ駄目です」


「え? 駄目なんですか?」


 今度は優奈が、栄治に指輪をはめる寸前で動きを止め、ギムリの方を向く。


「はい駄目です。指輪をはめるのは相手の左手薬指じゃないと駄目です」


「ぶぅっ!」


 予期せぬギムリの言葉に、栄治は思わず噎せてしまった。

 栄治の生きてきた世界で左手薬指の指輪といえば、それは永遠の愛の象徴である。

 先程指輪を観察していた時に、結婚指輪の様だと思ったそれが、的中してしまう。


「あのギムリさん、左の薬指じゃないと駄目なんですか?」


 苦笑いを浮かべながら尋ねる栄治に、ギムリはきっぱりと言う。


「駄目ですね。魔法において指というものはそれぞれに意味がございまして、例えば親指は意思の強さを意味していて、魔法の威力を上げる指輪などは親指にはめる場合がほとんどです。あと先程はめようとした人差し指は、魔力の操作性を上げる指です。そして、薬指というのは信頼を意味していますので、他の指では駄目なんです」


 想像していたよりもしっかりとした理由があり、はぁ〜と栄治はため息をつく。

 そんな彼の態度を見て、優奈が不思議そうに聞く。


「どうしたんですか?」


 ちょっと天然が入っている彼女は、まだ左手の薬指に指輪をはめる意味に気が付いていないらしい。そこで栄治は、短く囁く。


「結婚式ではめる指輪は?」


 その問いかけに、少しの間だけ優奈は頭上に疑問符を浮かべていたが、やがてその意味を理解し、途端にみるみる顔を赤くしていく。

 そんな彼女に、栄治は気遣わしげに声をかける。


「えっと、優奈が嫌ならこの魔導具、使わなくても良いよ?」


 しかし、優奈は顔を赤くしながらも首を横に振った。


「この指輪は、作戦のために必要です。だからします! ……それに、栄治さんなら……」


 優奈は毅然と言った後に、なにやらゴニョゴニョと言葉を続けたが、声が小さかったうえに、俯いて言っていたので、残念ながら栄治には聞き取れなかった。


「そっか、それじゃ指輪をはめようか。そうだ、優奈は赤いほうで良かったのかな?」


 栄治は最初なんとなしに青い方を取ったが、もしかしたら優奈も青がいいと思っているかもしれないので、一応確認を取る。


「はい、赤は好きな色なので……」


 指輪の様に顔を赤くしながらいう優奈。


「よし、じゃあ指輪をはめるよ?」


 そう言って、栄治は優奈の左手をそっと持つと、その薬指にゆっくりと指輪をはめた。緊張で手が震えたが、優奈に気付かれていないと願う栄治。

 指輪をはめられると、優奈は暫く自分の薬指の指輪をジッと凝視していた。気のせいなのか彼女の口角が若干上がっている気もする。やはり女性というものは、どんな状況でも綺麗な装飾品には気分が上がるものなのだろうか。


「じゃあ、俺のもはめてくれるかな?」


 栄治が言うと、優奈はコクンと頷いて彼の左手を持ち、薬指に指輪をはめる。栄治も指輪がはめられると、それをジッと見つめる。

 お互いに黙って自分の薬指を眺める2人に、レオンが不思議そうに声をかける。


「なんで急に2人とも黙り込んでるんだ? 優奈さんはなんか顔赤いし」


「わわ、私はそんなに顔赤いですか?」


 レオンの疑問に若干どもってしまう優奈。そんな彼女をフォローしようと栄治が口を開く。


「いやいや、そんな事はないよ。多少ほっぺたが赤いほうが可愛いよ」


「か、かか可愛いですか……うぅ……」


 栄治の言葉に、優奈はさらに顔を赤らめて俯いてしまった。そこからはプシュ〜と言う様な幻聴が聞こえてきそうだった。


「どうしたんだ優奈さんは?」


 栄治と優奈の世界の風習を知らないレオンとギムリは、急に雰囲気の変わった栄治と優奈に、只々首をかしげるばかりであった。

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