第21話 女性限定ランチメニューというのは大変不平等だと思います
案内の衛兵の後を歩きながら、栄治はいささかな不安を感じた。
太陽はまだ登り始めたばかりで、爽やかな白い明かりでクレシオンの街並みを横から照らし出している。
「結構早い時間に来ちゃったけど、ギムリさん仕事に来てるかな?」
隣を歩く優奈に囁くように言うと、彼女は少し考え込んだ後に若干不安そうな顔をしながらも、大丈夫と答える。
「きっとギムリさんがまだ仕事してなかったら、衛兵の人が案内してくれないと思う……たぶん」
「そっか、確かにそうだよな」
優奈の言う通り、もしギムリが居なかったら、栄治が衛兵に案内を頼んだ時点で「今はギムリが居ないため案内できません」的な事を言われるはず。
「でもさ、この時間に来てる俺たちが言うのもなんだけど、こんな朝早くから仕事をしてたんじゃ、クエストボード管理者って言うのもかなりブラックな仕事だよね」
昨日栄治達が帰った時間は、時計が無いため正確には分からないが、感覚的には8時や9時くらいだった。そして今の時間は感覚的に朝の6時くらいである。
夜の9時まで仕事して、朝の6時から仕事というのは、現世の労働感覚からすると中々のブラック具合だと思う。
「ギムリさん結構お年を召されてそうですから心配ですね。あんまり無理をして体調を崩さないと良いんですけど」
ギムリを気遣う優奈に、栄治も頷く。
「昨日も夜遅くまで仕事して、今日も早朝から仕事。これが現世だったら厚生労働省の監査が入るね」
この世界に労働基準法があるとは思えないが、それに似たような仕組みや制度はあるのだろうか。
そのような事を栄治と優奈の2人で話していると、やがてクエストボードがある部屋の前まで来た。
そのまま案内してくれた衛兵が扉をノックすると、中からギムリの返事が返って来る。
返事を聞いて衛兵は扉を開けると、一歩下がって栄治達に道を開けた。
栄治は案内をしてくれた衛兵に会釈をしてから部屋に入ると、椅子から立ち上がって出迎えをしてくれているギムリに挨拶をした。
「おはようございますギムリさん。昨日夜遅くまで仕事をなさっていたのに、今日も朝から仕事とは大変ですね」
栄治の挨拶にギムリは苦笑で返す。
「普段はそんな事は無いんですが、今は例の盗賊達のせいで中々休んでもいられないんです」
そこでギムリは栄治と優奈の背後に立っているレオンの存在に気がつく。
「おや? そちらの子は……」
「この子はレオン。昨日ここからの帰りに偶然出会ったんです」
栄治はそう言いながら一歩横にずれると、レオンの背中に手を添えて彼を前へと優しく押し出す。
紹介されたレオンは緊張した面持ちで小さく頭を下げた。
「実はこの子の姉が盗賊達に攫われたんです」
栄治は、昨日レオンから聞いた話をギムリに話した。
「ふ〜む、なるほど……それはとても気の毒な事ですな」
栄治の話を聞いて、ギムリはあご髭を撫でながら難しい顔をする。
そんなギムリの反応に、優奈が訴えかけるように言う。
「レオン君にとってお姉さんはかけがえのない家族なんです。絶対に助けださないといけないんです」
「そうですね。とりあえず皆さんお席にお座りください」
優奈の訴えに、ギムリは思慮深い頷きをした後に、栄治達3人に着席を促した。
3人が各々の席に着いた後に、ギムリも自分の席に腰を下ろし、おもむろに口を開いた。
「レオンさんの置かれている境遇はとても辛いものだという事は分かっているつもりです。ですが、この問題を解決するために軍が動く可能性は極めて低いでしょう」
その言葉にレオンは怒りに顔を歪め、椅子から立ち上がり叫んだ。
「やっぱりあんた等は俺達がどうなろうとなんとも思わないんだな‼︎」
レオンの叫びに、ギムリは薄く目を瞑って顔を俯かせる。
そんな彼に、優奈が説得するように懇願する。
「ギムリさん、このままではレオン君はお姉さんに会えなくなってしまいます。だから、どうか私たちに…」
優奈の必死の説得をギムリは片手を上げて途中で遮った。
「盗賊達の活動が活発化し始めた頃、軍は少人数ではありましたが、討伐隊を編成して事態の沈静化を図りました」
クレシオン領内のあちこちで、人攫いや行商への襲撃が多発し始めた時、国は国境沿いに派遣していた軍隊の一部を引き戻し、すぐさまに対応を取った。
軍で編成された討伐隊はすぐに盗賊達を捕らえることができた。これで盗賊の被害は無くなると思っていたが、その予想を裏切って、人攫いや行商への襲撃が減る事はなかった。それどころか、被害は増加の一歩を辿った。
討伐隊は領内にのあちこちを駆け回り、盗賊達を捕らえ続けたが、一向に盗賊の活動は治らない。
そこで国は気がついた。活動規模の割に、捕らえる盗賊の数が少ないことに。
どうやら盗賊達は、トカゲの尻尾切りをしていたようだ。
「今まで盗賊というものは、それぞれの縄張りを持って、その縄張りの中で活動し、お互いのグループが協力し合うなどという事はほとんどなかった。しかし今回の盗賊達の動き方は、とても組織的になっているのです。しかも、それはクレシオン領内の全土を覆うほどの巨大な組織です」
国は、その組織の中枢を潰さなければ今回の騒動は治らないと考え、今までの片っ端から盗賊を討伐するやり方を変更し、ある程度泳がせて情報を収集し、裏で糸を引いている人物を特定してから、一斉に動くという作戦に方針転換した。
「しかしこの方法は国民の被害が多くなってしまう。ですが初めのやり方では、ズルズルと被害が続き、いつまでたっても解決には至りません。被害が取り返しがつかない程増大する前に、少しの被害は受け入れる。国としても苦渋の決断だったようです」
「“全”の為に“個”を捨てるか……国を運営する立場からすると正しい判断なのかもしれないな」
ギムリの説明に、栄治は小さく呟いた。
その呟きを隣で聞いたレオンは、目を見開いて栄治を凝視した。
その目には、様々な激しい感情から涙が浮かび、表情が歪んでいた。
「やっぱりあんたも……裏切り者……」
低いうなり声のようなレオンの言葉に、栄治は彼の瞳を見つめる。
その瞳には、激しい怒りとその奥には絶望と悲しみが渦巻いていた。
集団や組織のトップに立つ者は、時に心を殺して判断しないといけない時がある。ここで素早い判断ができないと、全体が崩れてしまうかも知れないのだ。
少数の命と大勢の命、命は皆平等でその1つ1つには重いも軽いもない、どれもが全て尊い命である。しかし、そんな理想だけで、この厳しい世界で国家を維持して行く事は出来ないのだ。
「俺もかつて会社という組織のトップにいたからわかる。この世には必要な犠牲も有るって事が」
「でも栄治さん! レオン君がその犠牲者になるには余りにも幼すぎます!」
優奈の悲痛な叫びが室内に響いた。
少数の命よりも多数の命が優先される。国家の運営でそんな不平等な判断が下されるのに、その少数の犠牲者に選ばれるのは、老若男女問わず平等だ。なんて皮肉な世界なのだろうか。
これをそういう世の中だ。と割り切って全てを受け入れ、諦めるのは簡単な事である。しかし、栄治はレオンと約束をしている。
「そうだよね、レオンは色々と不幸すぎる。あと、今回の件に関しては、俺たちの力でなんとかできそうだしね」
栄治は優奈に方に笑顔を向け、そしてレオンの頭をクシャクシャと撫でた。
「それに、約束したしな『お前の姉ちゃんは俺が絶対に救い出してやる』って」
栄治はレオンにも笑顔を向ける。
頭を撫でられたレオンは、驚きと喜びと困惑で、先ほどとは違った色の涙を瞳に浮かべた。
「というわけでギムリさん、国にも色々と都合があると思いますが、今回の盗賊の件は絶対に解決しないといけないので、情報提供をしてくれるでしょうか?」
そう言って頭を下げる栄治に、ギムリは小さく頷いた。
「喜んで協力いたしましょう」
そう言ってギムリは少し悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「実を言うと、私には軍に関して何も権限がありません。私はあくまで国とグンタマー様との間を仲介するクエストボード管理者にすぎません。ですので、私には最初から貴方達に情報を提供するか、しないかの二択しかないのです」
飄々と言うギムリに栄治は苦笑を浮かべた。
きっとギムリは最初から栄治達に情報を提供するつもりだったのだろう。
「ですが私も国の人間、あなた方がどういうお人であるのか少し意地悪をして反応を見させてもらいました」
「そうですか、ですが先程はほんの僅かしかやり取りをしていませんが?」
ここに来てからのやり取で、人の中身まで判断できるかはいささか疑問に感じてしまう栄治。そんな彼に、ギムリは好々爺然とした笑みを浮かべた。
「私の様な至らない者でも、この年まで時を重ねると、人の纏う空気、とでも言いましょうか。それが何となく感じられるのですよ」
目尻にシワを寄せ、笑みを携えながらギムリは言う。
栄治もこのサーグヴェルドの世界に来る前は、80歳を超える老人でそこそこの人生経験を積んだつもりでいたが、ギムリが言う様な人の纏う空気などかけらも感じた事がなかった。
まぁ、この世界は魔法なんて物もあるから、きっとこれはそう言う類のものだろう。決して自分が鈍感だったわけじゃない。
栄治は自分にそう言い聞かせ、「それは時とともに得られる叡智の賜物ですね」などと言って、ギムリに笑みを返す。
「さて、それでは早速本題に入りましょうか」
ギムリは一度佇まいを直し、真剣な声音で話を切り出した。
それに倣って栄治達3人も椅子に座り直し、ギムリと対峙する。
一度ギムリは栄治達の顔を一通り眺めてから、ゆっくりと口を開いた。
「今回の盗賊討伐の件は、こちらからも是非ともお願いしたいところだったのです。と言うのもですね。軍が動くと、どうしても動向が目立って盗賊達に感づけられてしまいます。ですがグンタマー様ならそのお力の性質上、気付かれずに大戦力を近くに配置できます。そうすることによって、盗賊達の不意を付けます」
ギムリの説明に、栄治は頷く。
グンタマーは軍団を展開していなければ、その辺の一般人に紛れることもできる。
そして今の栄治と優奈は、前回のゴブリンとトロールの戦いでレベルが3にまで上がっているので、その保有戦力は軽装歩兵だけで軍団構成した場合、1900人と言うことになる。
これはかなりの戦力と言っていいだろう。
頭の中で軍団について考えている栄治にギムリは話を続ける。
「そしてできれば、栄治様と優奈様には、その盗賊達を生け捕りにして欲しいのです」
「生け捕り、ですか?」
疑問を投げかける優奈にギムリは答える。
「はい、今まで捕らえてきた盗賊達は皆、情報を漏らす前に自ら命を絶っていました。きっと今まで捕らえてきた盗賊は、訓練されて忠誠のあつい人物がわざと足止めの為に捕まっていたのでしょう」
「そんな優秀な人材を簡単に足切りにするなんて、なんて冷酷な組織なんだ……」
顔をしかめる栄治にギムリも同意する。
「えぇ、ですがそれができるから今回の盗賊達は極めて厄介なのです。ですが、不意打ちをすればその準備ができない。そうすればそこから有益な情報を得て、今回の盗賊達の組織の中心に迫れるかもしれません」
騒動解決へ熱く話すギムリに、栄治は力強く頷いた。
「任せてください、絶対に盗賊達を捕らえて見せましょう。そしてレオンの姉ちゃんも助け出す!」




