第20話 苦労の数だけ強くなる
老婆が経営する幽霊屋敷の様な宿屋。
その一室で、栄治と優奈は床に向かい合って座っている。
「レオン君、大丈夫かな? ちゃんと家に帰ってるかな?」
心配そうな表情で言う優奈に、栄治は彼女を安心させる様に声をかける。
「レオンはまだ幼いのに、とてもしっかりした子だよ。俺達が協力するって言ったのに、1人で無謀な行動に出る様な無茶な事はしないさ」
「そうですよね、レオン君はとても強い子ですもんね」
栄治の言葉に、自身を納得させる様に頷く優奈。
優奈が心配している『レオン』とは、先程王城から帰ってくる道の途中で出会った男の子の事である。
このレオンという男の子は、8才という幼さで、その身には抱え切れないほどの大きな問題と、深い悲しみと怒りを抱え込んでいた。
レオンの家族は6才年上の姉であるクリスティーン1人だけだった。
彼の両親はレオンが物心つく前に、流行病で亡くなってしまったらしい。そのあとは、姉であるクリスティーンが1人で頑張って、自身とレオンの暮らしを支えていた。
今は、レオンも成長し簡単な仕事ならこなせる様になったので、とある宿屋でレオンとクリスティーンの2人で住み込みで働いて、大変ながらも、幸せな生活を送っていた。
しかし、その幸せな生活は、盗賊達の手によって無残にも壊されようとしている。
レオンとクリスティーンは、宿屋の店主に使いを任されて、隣町まで向かっている途中、盗賊達の襲撃を受けてしまった。
その時、姉が必死に命を張ってレオンを庇った為、彼はなんとかその場を逃げ切ることが出来たが、姉が逃げることができず、捕まってそのまま盗賊達に攫われて行ってしまったのだ。
命辛々クレシオンの街に戻ってきたレオンは、すぐに姉を助けてくれるよう片っ端から大人達に助けを求めた。しかし、大人達の反応は皆揃って「軍に任せろ」「気の毒だが、もう諦めろ」と言ったものだった。
レオンはそんな大人達の反応に絶望する。
中には、心から心配して同情してくれる人もいたが、レオンが求めていたのはそんな同情や慰め等ではない、彼が求めているのは姉のクリスティーンを盗賊達の手から助け出す為の力だ。
レオンは町の大人達の力ではクリスティーンを助けられないと判断して、軍に助けを求めることにした。
しかし、その軍の返答もレオンが納得できるものではなかった。
軍は今、盗賊達を一網打尽にするために調査を重ねているため、下手に討伐はできない。だから今は辛抱して待ってくれ、と言うのだ。
そんな事を言われて、ハイそうですか、と納得することはレオンには到底できなかった。何故なら自分がこうして周りに助けに求めている間にも、姉は盗賊達に苦しめられているのだから。
大人の助けを得られず、無意味な時間が過ぎるにつれ、レオンは焦り、追い詰められていく。
もう彼の頭の中には、自分の力でクリスティーンを助け出すしかない、と言う考えで一杯だった。
どんな手段を取ろうとも、どんな悪事に手を染めたとしても、レオンはなにがなんでも姉を救い出すと心に誓った。
しかし、その誓いを成し遂げるためには、レオンは余りにも幼く非力すぎた。
盗賊達と戦う武器も手に入れられず、彼は無残にも大通りに投げ出されてしまった。
自身の余りの不甲斐なさに、涙を瞳に溜め込みながらも、尚もレオンはポッキリと折れてしまいそうな心を必死に奮い立たせようとしていた。
現世の世界であれば、レオンは小学校低学年の年齢だ。
そんな小さい子が、両親を亡くしたという事だけでとても大変なのに、彼はそれを乗り越え、姉と2人で働きながら必死に生きている。
学校になど当然通える筈もなく、朝目覚めてから日が暮れるまで働きっぱなしなのに、レオンは姉のクリスティーンと一緒に暮らし、そして働けて幸せだと言っていた。
そんな懸命に生きている2人の些細な幸せを嘲笑うかの様に、無残にも踏みにじろうとしている盗賊達に、栄治は心の内でフツフツと怒りをたぎらせていた。
「盗賊達め、ギッタギタのベッコベコにしてやるから覚悟してろよ!」
物騒な擬音語で怒りを表す栄治に、優奈がたしなめる様に言葉を発する。
「栄治さん、盗賊達も人間です。戦う前は降伏勧告をして、戦意を亡くした者にはちゃんと誠意ある対応をしないとダメですよ?」
「大丈夫だよ。その辺はちゃんと理性を持って対応するから」
優奈を安心させる様に笑顔を浮かべる栄治。
盗賊業に手を染めたものは問答無用で死刑、というような過激な思想は流石に栄治も持っていないが、せめて降伏した者でも頬を思いっきり一発殴ってやりたい、というくらいの想いはある。
しかし、それすらも優奈は良しとしないだろう。
優奈は戦いは避けたいと思っている。
栄治と出会った日に、彼女はこう言っていた。「たとえ自分の来世の事がかかっていても、戦いという野蛮なことはしたくない。でも、どうしても戦わないといけないのなら、困っている人に少しでも力になれるような戦いをする」と。
今回の件は、栄治と優奈が力を合わせれば、高い確率でレオンを助けてあげれるし、優奈自身もなんとかしてあげたいと思っている筈だ。
だが、盗賊達も殺したくはないと思っている。できれば全員降伏させて双方無傷のまま、今回の事態を収めたいと。
ほぼ確実にそれは不可能である。それに、そんな考え方はこの世界では甘過ぎると栄治は思っていた。
でもその甘さが栄治は好きだった。
この先サーグヴェルドで生きていけば、とても辛い戦いをしなければいけない時が来るかもしれない、でもそんな時でも、優奈は自分の信念を曲げることはない筈だ。
そんな彼女と一緒にいれば、栄治自身も安心できる。たとえ合戦というものに慣れてしまっても、心の中の大切な部分は守られるような安心感があるのだ。
「盗賊達は出来るだけ生け捕りにするように戦おう。でも……」
栄治はここで言葉を区切り、真剣な眼差しで真っ直ぐに優奈を見た。
「なかには徹底抗戦をするものもいる筈だ。そうなった場合、俺は迷う事なくそいつ達を討つ」
栄治のその真剣な口調から、彼の覚悟を感じ取ったのか、優奈もゆっくりと頷いた。
そうなった時の事を想像したのか、優奈の顔色は若干青白く、瞳は恐怖で震えていた。
そんな彼女の様子を見て、栄治は優しく声をかける。
「もしそうなったら、俺が戦うから、優奈はサポートに回ってくれ」
優しい声音でいう栄治の言葉に、優奈はフルフルと首を振る。
「いえ、その時は必要とあれば私も逃げずに戦います。そうならない事を祈りますが……」
そう言った後、優奈は自分の膝を抱え込んで俯き、黙り込む。
きっと彼女も理解しているのだろう。
自分の考えが甘いという事、そして、この先絶対に避けては通れない戦いが沢山あるという事を。
それを理解していながら、優奈は自分の意思を貫こうと強く心に刻んでいる。
古い宿屋の一室に、しばしの沈黙が流れた。
やがて栄治がおもむろに口を開いた。
「全ては明日の夜だ。それまでに出来るだけの準備をしておこう」
「はい、そうですね」
2人はお互いに頷きあうと、布団の中に入り明日に備えるために目を閉じた。
ーーーーーーー
窓から差し込む陽光が栄治の顔を照らし出し、彼は眩しさに若干顔を顰めながら瞼を開けた。
「今日はしっかり寝れたな」
布団の上で片手をついて上体を起こし、半分しか開いていない瞼を手の甲でゴシゴシと擦る。
「まぁ、昨日もほとんど寝てないから寝れて当然か。でも寝不足じゃなかったら、今日も寝れてなかったんだろうな」
そう呟きながら、栄治は視線を横に向ける。
そこには、同じ布団の上でスヤスヤと寝息を立てる優奈がいる。
「こんな可愛い寝顔がすぐ隣にあったら、健全な男は安眠できる訳ないよな」
優奈はちょうど栄治の方を向くように横になっており、その寝顔はバッチリと眺める事ができる。
彼はしばらくボーっと優奈を眺めていたら、やがて彼女の顔にも陽光が差し込んだ。
「んうう、んーうう」
そんな可愛らしい呻き声を漏らした後に、優奈はゆっくりと瞳を開く。
彼女のまだ覚醒しきっていない無防備な寝起き顔の、その魅力に取り憑かれてしまった栄治は、優奈が目を覚ましたにも関わらず、彼女の顔から目を外らせなくなっていた。
栄治が優奈の寝起き顔をジーっと眺めていたら、眠りの世界から覚醒した彼女とバッチリと目があった。
途端、優奈の顔が急速に紅く染まり出す。
「え、栄治さんもしかして……私の寝顔見てました?」
恥ずかしそうに俯きながら、小さい声で尋ねてくる優奈の声を聞いて、栄治はハッと現実世界に戻ってきた。
「あ、いや、ごめん。優奈の寝顔と寝起きの顔があまりにも可愛かったから、つい」
自分も寝起きのためか、思った事をそのまま口に出してしまった栄治。
彼の言葉で、優奈は耳までも紅く染める。
完全に茹でタコ状態になって黙り込んでしまった優奈。
早朝の爽やかな朝日に照らされた部屋に、なんとも気まずい沈黙が流れる。
「え〜と、もう日も登った事だし、チャチャっと朝ごはんを食べて王城に向かおうか」
気まずい沈黙をどうにかしようと、栄治が無駄に元気な声で喋る。
「そ、そうですね。きっとレオン君も王城で待ってますよね」
顔を赤らめたまま、優奈は何度もコクコクと頷く。
2人はささっと支度を済まして、宿屋の店主である老婆が用意してくれた朝食を食べると、すぐにクエストボードがある王城へと向かった。
早朝のまだ人通りが少ない大通りを歩き王城へ入る門まで来ると、そこにはレオンが待っていた。
「こんなに朝早いのにもう来てたんだな」
「おはようレオン君」
栄治と優奈がそれぞれレオンに声をかけると、レオンも2人に挨拶を返す。しかし、その表情はなんとも浮かないものだった。
「どうしたレオン、朝からそんな暗い顔をするな」
「だって、今こうしている間にも姉ちゃんは盗賊達に……」
不安に顔を俯かせるレオン。
栄治はその頭にポンと手を置き、昨日もしたようにクシャクシャと撫でた。
「大丈夫だ、安心しろ! お前の姉ちゃんは絶対に助けてやるから」
栄治の自信に満ちた表情と力強い言葉に、レオンは下げていた顔を上げ、「うん」と頷いた。
「よし、それじゃあ早くギムリさんの所に行こうか」
そう言って栄治は門番に案内してくれるように頼みにいく。
これから栄治達がギムリに会いにいく理由は2つ。
1つは盗賊達の情報を得るため。
ギムリはクエストボード管理者として、盗賊に関しての情報を多く持っている筈だ。その中にはきっと有益な情報が混ざっているに違いない。
もう1つの理由は、クエスト達成の報酬金である。
ゴブリン討伐の報酬金が入れば、栄治達の金欠問題は解決される。そうなれば、属性ポイントのレベルが上がった事で、新しく解放された兵士を取り入れた、いまの数倍強力な軍団が編成できるはずだ。
「盗賊達め、首を洗って待ってろよ」
小さく呟き、栄治はレオンの姉を救い出す事を心に誓う。




