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第1話 死後の世界へようこそ!

 暖かな太陽の日差しが、窓から差し込み純白のベットを輝かせる。

 布団の中にいても感じられるその暖かな温もりに一人の老人がゆっくりと目を閉じた。


「しゃ、社長っ!!」


 病室の中の入り口付近に静かに座りながら、こちらの様子を窺っていた男が慌てて椅子から立ち上がった。

 眼鏡をかけて、髪をピッチリと七三に分けているところから、彼の神経質で真面目そうな雰囲気が伺える。

 男の叫び声に、老人は怠そうに再び瞼を持ち上げると、非難がましい視線を男に向けた。


「うるさいぞ田中。お前はわしに昼寝もさせてくれんのか」


「す、すみません社長……わたくしはてっきり…あっいえ何でもありません」


 思わず口が滑った田中が、慌てて口を噤む。

 それを見た老人が悪戯っぽくニヤっと口を歪めた。


「てっきりそのままポックリと逝くとでも思ったのか?」


「あ、いえ! あのその……申し訳ありません」


 がっくりと頭を垂れる田中に、老人が慰めるように声をかける。


「気にするな、確かにわしの寿命はあと僅かで、三途の川に片足突っ込んでるようなもんだからの」


「そんなことはありません社長! あなたの体調は必ず…」


 田中は老人を励ますためか、必死に言葉を投げかけようとするが、老人はそれを片手を挙げて制する。


「田中、すまんが疲れた。少し一人にしてくれないか?」


 老人のその言葉に、田中は少し悩んだ様子を見せたが、やがて小さく頷くと病室の外へと出て行った。

 田中が外に出て行くと、病室の中に再び静寂が訪れる。

 心地良い静寂の中で、老人――大紋だいもん 栄治えいじは自分の生涯を振り返っていた。

 栄治は、ごく普通な一般家庭に生まれた。

 ごく普通の幼少期を過ごし、ごく普通の学生生活を経て、社会人となった。

 就職した会社も普通、給料も高くはないが安すぎる事も無い。業務内容も楽ではないが、残業が続いて家に帰れないほどでもない。

 全てが普通の人生だった栄治に、転機が訪れたのはそんな普通の社会人生活5年目の事だった。

 栄治は常に疑問に思っていた。

 毎日同じ時間に起きて、同じ様な朝食を食べてから会社に出勤して、上司の顔色を窺ったりしながら仕事をこなし、夜に家へ帰ると、少し家事を片付けテレビでバラエティーを見て、明日の仕事に支障が出ない位の時間にベットに入る。

 この平凡な毎日は、きっと老人になるまで続く。

 一回きりの人生をこんな普通に過ごしてていいのか? もっと楽しまなくてもいいのか?

 そんな思いが社会人5年目に爆発した。

 彼は一念発起して、事業を立ち上げる。

 しかし、人生そう簡単にいかず初めの内は何度も失敗し、後悔もした。

 でも諦めずに前へ進み続けた。

 その根性が報われて、事業は軌道に乗り、やがて日本有数の大企業の社長になることが出来た。

 

 年老いて、死を目前とした今。栄治は、自分は十分に人生を謳歌したと自負している。

 自分の人生で唯一後悔があるとしたら、それは生涯の伴侶を得られなかったことだ。

 それ以外は全てにおいて満足している。

 栄治は、満ち足りた充足感の中でゆっくりと目を瞑り、そのまま眠るように息を引き取った。








 そして、栄治は再び(・・)目を覚ます。

 目の前に広がるのは、広大な草原だった。

 目を凝らすと、遠くの方に白い城のような建造物も薄っすらと確認できる。

 栄治は小高い丘の上に立っているらしく、自分のすぐ隣に大きな木が一本だけポツンと立っている以外は、周りは全て見事なまでの草原の絨毯が広がっている。


「ん? 俺は死んでいないのか?」


 状況を確認しようと辺りを見渡す。

 栄治は、自分が死んだものだと思っていた。

 でも、今こうしてどこまでも広がる緑の絨毯を目の当たりにして、その余りにもリアルな感覚を前にして、もしかしたら自分はまだ死んでいないのかもしれない、と思い始めて来た。

 そんな楽観的な思考が、栄治の頭の中に広がり始めた矢先、その思考を粉砕するかのように、底抜けに明るい声が聞こえて来た。


「ようこそ! 死後の世界へ!」


 栄治が声のした方へ目を向けると、そこには1人の少女が満面の笑みと共に立っていた。


「えっと……君は誰なんだい?」


 急に現れた少女に、栄治は困惑の色を顔に浮かべながら、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。


「私はロジーナ! この世界の案内人と、みんなの秩序を守っています!」


 少女は元気にそう言うと、ドヤ顔をしながら胸を張る。

 栄治は彼女の言ったことが全く理解できずに、頭の上に盛大に疑問符を浮かべる。

 第一に、先ほど辺りをグルッと見回した時には、人っ子一人居なかったはずなのに、この少女はどこから現れたと言うのだろう。

 そんな疑問を頭に浮かべながら、栄治は軽くロジーナと名乗る少女を観察してみる。

 少女の年齢は、見た感じ12歳前後だと思う。

 身長は栄治の胸辺りまでしかなく、服装がセーラー服の様なものを着ている事から、中学に上がりたてくらいが妥当だと判断する。

 髪は癖がない綺麗な黒髪のストレートで、背中の中程まで伸ばしている。

 顔は完璧すぎるほどに整っており、あと数年たって幼さが抜ければ、とんでもない美人になる事が、容易に想像できる。

 そんな感じで、栄治が少女を観察していると、ニコニコとした表情のまま、少女が口を開いた。


「栄治さんは、結構冷静な方なんだね。私としてはもっと驚いたりしてくれた方が、面白くていいんだけどな〜」


 上目遣いをしながら、悪戯っぽい笑みを浮かべてくるロジーナに、栄治は内心ドキっとしながら、表面上では苦笑を浮かべる。


「キミが思っている以上には、ちゃんと混乱しているよ。 なんたってさっき死んだと思ったら、気が付いたら草原のど真ん中で佇んでるんだからさ。全く意味がわからないよ」


「それなら、その感情をもっと表に出さなきゃだよ!」


 ロジーナは可愛らしく頬を膨らませながら言う。

 栄治は「そうだね」と苦笑を浮かべたまま、頭の後ろを困った様に数回かいた。


「えーと、そういえば君は最初に、死後の世界にようこそって言ったけど、つまりそれは俺はやっぱり死んだって事だよね?」


 栄治のこの質問に、それまで「本当にわかったの?」とジト目を向けていたロジーナが、再びニコニコとした表情に戻って説明を始めた。


「はいその通りです! 大紋 栄治さん、あなたは享年82歳、見事に天寿を全うされましたおめでとうございま〜す!」


 どこから取り出したのか、彼女は紙吹雪を栄治の頭に振り掛けて祝福する。


「えっと、一応ありがとうなのかな? 天寿を全うしたって事は、ここは天国なのかな? それとも地獄?」


 後半の方は、恐る恐るといった感じで尋ねる栄治に、ロジーナは人差し指を顎にチョンと当てて首を少し傾げる。


「う〜ん、ここは天国とも地獄とも違うかな〜、と言うよりも天国になるか地獄になるかは栄治さん次第?」


 なんとも曖昧な彼女の答えに、栄治は更に混乱を深める。

 そんな彼の様子を面白そうに見ながら、ロジーナが説明を始めた。


「栄治さん、あなたは現世での生を全うして寿命を迎えました。そして今は、転生待ちの状態というわけです」


 ロジーナのその言葉に、栄治の頭の中に一つの言葉が思い浮かぶ。


「輪廻転生ってやつか……」


「あ〜そんな感じですね」


 栄治のつぶやきに、ロジーナが肯首する。

 昔、栄治が暇つぶしに読んでいた、仏教の教えについて書かれている本を読んでいる時に、輪廻転生について書かれていた。

 その本によると、死んで魂があの世に行っても、再びこの世に生まれ変わる。これが輪廻転生だと書いてあった。


「つまり俺は、生まれ変わってまた現世に戻れるって事か?」


「はい! その通りです! ですが、ここで一つ問題があってですねぇ〜、実は転生というやつは大変な手間と時間がかかるんですよ」


 そういうと彼女は、げんなりと疲れた表情を作る。


「転生を行うには、まず魂の査定を行わないといけないんですが、この査定が超絶鬼面倒臭くて時間がかかるんですよ」


 彼女曰く、転生を行うには、まず対象の者が生前にどんな行いをしてきたかを全て調べ上げる。その次に、その行いが善なのか悪なのかを判定する。その判定結果を元に、対象の者をどんな転生先にするかを決めるらしい。


「この行いの洗い出しがまぁ〜面倒くさいんですよ。老人に席を譲った。財布を交番に届けた。小道の横断歩道を無視してしまった。人が生まれてから死ぬまでの数え切れないほどの行いを数えるんですから、さすがに神様でも重労働ですよ! もう残業の嵐ですよ! 労働基準法なんてそっちのけですよ!」


「そ、そうなのか、大変だな……」


 いかに大変な事なのか、熱を帯びて力説するロジーナに、若干引き気味の栄治。

 彼は生前に、外国人の宣教師が「カミハアナタノオコナイヲスベテミテイルノデス」と言っているのを思い出し、あながち間違ってる訳じゃないんだなと実感する。

 ただし、彼の頭の中の神様のイメージは、座禅を組み半眼になりながら、遥かな高みから悠然と俗世を見下ろしているものから、書類の山に囲まれて、夜遅くまで残業しているサラリーマンのものへと変わっていた。


「そうなんですよ大変なんですよ! それで、この魂の査定を少しでも楽にしようって事で創り出されたのが、この世界『サーグヴェルド』なんです」


「サーグベルド?」


 栄治が聞き返すと、ロジーナは人差し指を立てて、それを左右に振りながら訂正をする。


「ノンノンノン。べ、じゃないですよ、ヴェですよ。下唇を軽く噛みながら、ヴェ! リピートアフターミー、サーグヴェルド」


 まるで英語教師のように復唱を求めてくる彼女に、栄治は逆らわずに素直に応じた。


「サーグヴェルド」


「オッケーザッツライト! と言う訳で、栄治さんはこれからこの世界で軍団を率いて戦ってもらいます」


 急にぶっ飛んだ話を平然と突っ込んでくるロジーナに、栄治は軽い頭痛を覚える。


「ちょっと待ってくれ、一体何がどうなって戦うと言う話が出てくるんだ?」


「あれがこーなって戦うという話が出て来たんですよー」


 無邪気に笑いながら、ロジーナは左人差し指をクルクルと回す謎のジェスチャーをする。

 栄治は、そんな彼女を視界から外し、俯いて目頭を揉む。

 そこに、ロジーナが下から覗き込むように急に視界に入ってくる。

 いきなり至近距離に現れた彼女の顔に、栄治は驚いて後ろに仰け反る。


「ごめんなさい、少しふざけ過ぎちゃいましたね」


 自分の頭をコツンと拳で軽く叩きながら、片目を閉じてチョロっと舌を出すロジーナ。

 そのあまりの可愛さに、不覚にも毒気を抜かれてしまった栄治は「はぁ〜」と大きくため息をついた。


「それじゃあ今度はちゃんと説明してくれるかい?」


「モチのロンですよ!」


 左目でバチッとウィンクをして、右手の親指を元気に突き立てるロジーナ。


「さっきも言いましたけど、このサーグヴェルトは魂の査定を楽にするために創られました」


 ロジーナは、これまでのニコニコとした表情を少し引き締め、今までのふざけた口調ではなく、真面目な口調で語りだす。


「そもそも魂の査定は、その魂の本質を見るために行うのです」


 彼女の口調の様子から、今度はちゃんとした説明を聞けると、栄治も真剣な顔つきになる。


「ですが今までの、生涯の行いで判断する方法はえらい時間と労力を必要とするってさっき言いましたよね? そこで、何か他にいい方法はないのか、検討して出てきたのが、グンダンバトルシステムです」


「グンダンバトルシステム? それがさっきの軍団を率いて戦ってもらうってやつか?」


 首を少し傾げながら言う栄治に、ロジーナは「その通りです!」と人差し指をビシッと突き付ける。


「魂の本質は極限の状況下では顕著に現れます。そして、軍団と言う自分の絶対の配下は、その魂に大きく影響されます。つまり、合戦という極限の状況下で、自分の軍団で戦うという事は、魂の査定をするのに十分な条件が揃っているって訳ですよ」


 自信満々に胸を張って、声高々と言い切った。

 出会ってから2度目のドヤ顔をするロジーナ。

 栄治は暫しの間、彼女のドヤ顔を黙って見つめ、間を置いてからゆっくりと口を開いた。


「という事は、俺がその軍団を率いて戦う様を観て、神様は転生先を決めるという事か?」


「そうですね。と言っても、このグンダンバトルは意外と最近できたものでして、まだ完全ではないので、まだ生涯の行いの査定と合わせて転生先を決めているのが現状です」


 ロジーナは、少し残念そうに顔を俯かせて「いつかは行いの査定を無くせたらいいんですけどね」と小さく呟いた。

 出会ってから基本ニコニコしていた彼女が、少し落ち込んでしまったようなのを見て、栄治は励ましてあげようか迷う。

 しかし、栄治が迷っている間に、ロジーナはひとりでに明るい表情に戻った。


「まぁ〜話を聞いているだけだとイメージしづらいと思うので、実際にやってみましょう! 百聞は一見にしかずです!」


 再び元気な口調に戻って、栄治は内心ホッと胸を撫で下ろした。

 ロジーナの落ち込んだ理由は何となく察しがつくが、それをどう励ますかは皆目見当がつかなかったからだ。

 栄治がそんな事を思っている間に、ロジーナは両掌を重ねて、それをお椀の様に少し曲げると、胸の前に出して、何やら祈る様に目をゆっくりと閉じた。

 目を閉じたままジッとしているロジーナを栄治は興味深げに見ていると、暫くして彼女のお椀の様にしている掌から光が漏れ始めた。

 始めは豆電球程度の小さな光だったが、それは段々と明るさを強めていき、やがて直視できなくなった栄治は、光から顔を反らし腕で目の前を覆った。

 だが、光が強烈だったのはほんの僅かの間であり、それはすぐに弱くなっていった。

 光が弱まったのを瞼の裏から感じた栄治は、ゆっくりと顔を覆っていた腕を下ろして、目の前の様子をうかがう。

 すると、先程まで何も無かったロジーナの掌の上に、握り拳くらいの大きさの透明な球があった。


「それは一体何なんだい?」


 栄治は、ロジーナの掌の上にある、水晶の玉の様な物体をしげしげと見つめながら質問する。


「これはですね、軍団生成機です。通称グンタマです!」


 彼女は元気よく言うと、「どうぞ手に取ってください」と掌にある球ーーグンタマを栄治に渡すためにグイッと腕を彼の方に伸ばす。

 彼は一瞬だけ逡巡した後に、ロジーナからグンタマを受け取った。

 栄治は、親指と人差し指で挟んでグンタマを持ち、目の高さまで持ち上げて色々な角度から観察していると、今までの透明だったグンタマの中心部が淡く輝きだした。

 その輝きを確認して、ロジーナはウンウンと頷いた。


「どうやら問題なくグンタマは栄治さんの魂を認識したみたいですね」


 嬉しそうに言うと、ロジーナは突然その場でクルッと回転しだした。

 すると、今までセーラー服の様だった服装が、一瞬にして戦国時代の武将が着ていたような甲冑姿に変化して、右手には大きな法螺貝をそして左手には采配を持っていた。

 小さく幼い彼女が、無骨な甲冑を着ていると、そのギャップでより一層可愛らしく見えてしまう。

 まるで、どこかのマスコットキャラのようだ。

 そんな事を栄治が思っていると、ロジーナは左手の采配を元気よく振りかぶって、それを前方の広大な草原へと振り下ろした。


「それではこれから合戦の説明をします。レッツ! グンダンバトル‼︎」


 ロジーナは持っていた法螺貝も盛大に吹き鳴らした。

 ブオォ〜〜ンという法螺貝独特の音が、死後の世界ーーサーグヴェルドに響き渡った。




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