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第18話 明かりは偉大である

 栄治と優奈の2人は、馬車の荷台から降りてアスベルに頭を下げる。


「アスベルさん、ここまで馬車に乗せてくれて有難うございます」


「どうって事ねぇべさ、オラはもともとクレシオンに来る予定だったし、それに」


 今度はアスベルが栄治たちに頭を下げた。


「エイジ様とユウナ様はオラの命の恩人だ〜。お二人のお陰でたんまりブリュケアを取れたで、何か困ったことがあったんら、オラに言ってくだせ〜、その頃はもうオラは大金持ちになっているはずだで、きっと力になれるはんずだ〜」


 アスベルは「この御恩は一生かけてでもお返ししまさぁ」と言い残して、御者台に乗ると、薬草を大量に積んだ荷馬車とともに去っていった。


「アスベルさんとても良い人でしたね」


 遠ざかっていく馬車に手を振りながら、優奈が言う。


「そうだね。彼はこの先、商人として大成するかもしれないね」


 優奈の言葉に、栄治は笑みで答える。

 彼の誠実で律儀なところ、利益のためなら命の危険も顧みない無鉄砲さ、そして何より、アスベル自身の人懐っこくてどこか憎めない人柄は、この先彼が商売をしていく上で、とても大きな武器になるだろう。


「アスベルが大金持ちになったら、たらふく美味しいご飯でもご馳走してもらおう」


「そうですね!」


 そんな冗談を言い合って、2人は笑顔を浮かべる。


「それにしても、ここは中世のヨーロッパを模しているから、てっきり夜になると辺り一面真っ暗になると思ったんだけどな」


 そう言いながら栄治は辺りを見渡す。

 今栄治と優奈がいるのは、円形の大きな広場で、中心には大きな噴水が設置されており、円の中心から放射状に8本の大通りが伸びている。

 そう、ここは栄治と優奈が初めて出会った広場である。


「中世のヨーロッパにはまだ街灯とかは無かったと思うんだけど、やっぱりそこはファンタジー世界ってことなんだな」


「この街灯キラキラしていてとても綺麗ですね。何か石みたいなのが光を発しているようですよ?」


 優奈が街灯の1つに近づき、物珍しそうに観察する。

 広場を満遍なく照らすように等間隔に設置されている街灯には、握りこぶし位の石のようなものが取り付けられており、それが暖かいオレンジ色の光を放っているのだ。


「まぁ、ここは魔法がある世界だから、光を発する魔石とか、そんな感じのものを街灯として使っているのかもしれないね」


 魔法なんてものが平然とある世界だ。魔石とかそういう類のものがあっても、なんら不思議ではない。

 そんな事を考えながら、2人は王城内にあるクエストボードへと向かう。

 王城へと向かう大通りにも、一定間隔に街灯が設置されていて、十分に明かりが確保されていた。

 その明るさのおかげだろうか、大通りには夜だというのに、大勢の人や馬車が多く行き交っていて、活気に満ち溢れている。

 魔法というものが存在しない地球では、街灯などの十分な明かりを確保できる光源が発明される以前は、人は日が昇るとともに起き、日が沈むと眠るという生活をしていた。

 やがて、夜でも活動できるほどの明かりを人類が手に入れると、その活動時間は大幅に増え、文明はますます発達していったという。

 本当に明かりというものは、なんとも有難い存在である。

 栄治は、染み染みと明るさの大切さを実感していると、やがて王城に辿り着いた。

 王城の門を守衛していたのは、昨日の昼にいた少年の見習い兵ではなく、ベテラン感漂うダンディなおっさんだった。

 よろしくない考えを持つ輩が王城に近づくとしたら、昼よりも夜の方が多いから、夜の守りにはそれなりに腕の立つ兵を配置しているのであろう。

 ダンディ兵士に、栄治はクエストボードへ行きたい旨を伝えると、兵士は栄治と優奈がグンタマーである事をマントで確認して頷くと、守衛室にいるもう1人の兵士に2、3言葉をかけた後、栄治たちを案内してくれた。

 ダンディ兵士の案内で、栄治達は体育館ほどの大きさの無骨な建物へとやってきた。

 ここには昨日来たばかりなのに、色々と内容の濃い時間を過ごした所為か、少し懐かしく感じてしまう。

 そんな事を思いながら、建物の中に入り、クエストボードが置かれている部屋の扉を栄治がノックする。


「どうぞ」


 部屋の中にいるギムリの返事を確認してから、栄治と優奈の2人は部屋の中に入った。

 前回来た時は、昼下がりの陽光が、栄治達から見て左側の壁に大きく取られていた窓から燦々と降り注いで、部屋の中を明るくしていたが、今その窓には綺麗な刺繍が施されたカーテンが引かれていた。

 代わりに部屋を明るくしていたのは、外の街頭にも設置されていた、握りこぶしくらいの光を発する石であった。


「あなた達でしたか。ゴブリン討伐の依頼はいかがでしたかな?」


 栄治と優奈の姿を確認したギムリは、柔らかな笑みを浮かべて2人を部屋に招き入れた。

 だが、ギムリのその笑みにはどこか疲れが滲んでいるように感じられた。


「うん、予想外の事態が発生したけど、なんとか依頼はやり遂げたよ」


「予想外の事態ですか? 詳しくお話し頂いても宜しいですかな?」


 栄治の話に興味を抱いたギムリは、2人に椅子を進めると、僅かに上体を前のめりにして、手を組み栄治の話を聞く姿勢をとる。


「予想外の事態と言うのはですね、巨人が出たんです」


「巨人ですかっ‼︎」


 ギムリは机をバン! と叩いて腰を椅子から浮かべ、目は驚きでこれでもかと言うほど見開かれて今にも飛び出しそうになっている。

 ギムリのあまりの形相に、優奈は「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 栄治は彼の凄まじい反応に、話の内容に食い違いが生じているかもしれないと直感して、急いで補足をする。


「あ、いや。正確には巨人というか、えーっと、なんていったっけ……?」


「栄治さん、トロールですよ。トロール」


 巨人というのは、栄治達が勝手に名付けた名前であって、本当の名前はアスベルが言っていた気がするが、それをど忘れしてしまった栄治が必死に思い出そうとしていると、隣の優奈が助け舟を出してくれた。


「そうそう、トロールが5体もウィルボーの森にいたんですよ」


「あぁ、トロールですか……いやでも、トロールがあの森に発生するのも異常です。後日、騎士団を送って調査しておきましょう」


 ギムリはトロールと聞いて、ホッと胸を撫で下ろして浮かせていた腰を再び椅子に下ろしたが、すぐに表情を引き締めて、ウィルボーの森に調査隊を送るという。


「ギムリさん、トロールとは別に巨人という魔物も存在するのですか?」


 栄治は、先程のギムリの驚き方から、巨人というものに興味が湧き質問してみる。

 栄治の質問を受けて、ギムリはゆっくりと頷いた。


「えぇ、存在します。巨人はトロールよりも大きく、強く、そして凶暴です」


 ギムリは、巨人がどれほど恐ろしい魔物であるかを語り出した。

 巨人は個体差によって大きさが異なるが、小さいものでも体長は10メートルを超え、大きなものとなると30メートルを超えるものもいるという。今回戦ったトロールの10倍の大きさである。


「今回のトロールでさえあんなに苦戦したのに、その10倍の高さがあるなんて、最早逃げる事しかできないな」


 栄治が苦笑を浮かべながら呟く。

 巨人が出たと聞いた時の、口を全開に開け目玉を飛び出しそうなギャグ漫画ばりの驚きを見せたギムリの反応も理解できる。

ギムリは更に、巨人についての恐ろしさを説明する。


「巨人は魔物でありながら、その知性はとても高く、ただでさえ強靭な肉体を鎧で守り、手には斧や剣といった武器を持っています」


 そして、いざ戦いとなると、お互いに連携して戦うので、まさに鬼に金棒である。


「そんな化け物相手じゃ、人間の力では到底かなわないな」


「えぇ、ですが幸いなことに巨人は普段、人間が住めないような険しい山岳地帯に生息しているので、滅多なことでは遭遇しません。もし生息域が人間と被っていたら、人類はとうの昔に滅んでいたことでしょう」


 体長10メートルを超える化け物の軍団に襲われれば、人類は手も足も出ないだろう。そんなものに対抗するには、栄治がいた世界にあった、戦闘機や戦車、ミサイル兵器を使わないと勝てるはずがない。


「ですので、先程栄治様が巨人が出たといったときは、心臓が止まるかと思いました……」


「まさか巨人がそんなにヤバイ魔物だとは知らずに、失礼しました」


 栄治が苦笑を浮かべながらも、申し訳なさそうに頭を下げると、ギムリは慌てて栄治に頭をあげるように言う。


「そんなそんな、グンタマー様が頭を下げるような事ではございませんので、お気になさらずに」


 恐縮そうに言うギムリに、今度は優奈が疑問を投げかけた。


「あのギムリさん、巨人と人間は生息域が被っていないから、お互いに争う事は無いのでは?」


「いえ、それがですね……」


 ギムリが、優奈の言葉に首を振ると、人間と巨人の関係を説明し始めた。


「人間と巨人が争う事は滅多にありません。ですが数百年に一度、巨人が人間の国を侵攻してくるのです。その理由は定かになっていませんが、その侵攻がある度に、人類は同盟を組んで結束し、巨人に対抗するのです」


 数百年に一度の巨人の侵攻、それは人類にとって甚大な被害をもたらす天災の様なもので、過去にはこの侵攻が原因で滅んだ国がいくつもあるという。


「もし、今の状況で巨人の侵攻が起きたら、ここクレシオンは間違いなく滅びます。クレシオンだけでなく、他にも多くの国が滅びましょう。下手をしたら人類滅亡です」


 ギムリのその発言に、栄治が首をかしげる。


「今の状況? それは人類が巨人に対抗できないほどにヤバイんですか?」


「はい、現在のエスピアンにある国々はとても1つに結束できる状況ではありません。北の二大国、ガルベーザ帝国とホルヘス皇国は王が若い方に替わり、いつ不戦条約を破って戦争に突入してもおかしくない状態、南の国々も、かつてはキャシーナ王国という国が盟主となり、対巨人連合を結成していましたが、今やそのキャシーナも先代国王が亡くなった時の継承者争いで国は細分化、現在の南方の国々で、連合を組めるほどに力を持った国は存在しません」

 

 ギムリは一旦ここで言葉を区切ると、小さく息を吐き出した。その表情は、栄治達が部屋に入るときに少しだけ見せた、疲れ切った表情だった。


「そして我らクレシオンも、反乱勢力の活動がいよいよ活発になってきていまして、各地で行商人への襲撃や人攫いの被害が相次いて、軍はその対応に追われ、とても大軍を動かせるような状況ではありません」


 その言葉を聞いて、栄治はギムリの疲れの原因を理解した。


「ギムリさん、その反乱勢力というのは確か盗賊や追い剥ぎの事ですよね?」


「はい、始めのうちは小規模で目立たないように活動していたのですが、ここ数日になって、大規模に活動するようになったのです。しかし、軍が討伐に向かう頃には姿を消し、全く別の所で再び襲撃や人攫いを行う。ときには、複数地点で同時に活動したりしています。この動きには、絶対に裏で盗賊達を統率している人物がいるはずなんですが、盗賊達の拠点が1つも特定できていない現状では、捕まえる事は至極困難を極めます」


 ギムリはもう1つ大きく「はぁー」と息を吐き出した。

 栄治はそんな困り果てているギムリに、同情した。


「ギムリさん、俺たちに出来ることがあったら言ってください」


 栄治がそういうと、優奈も彼の言葉に賛同するように大きく頷いた。


「ありがとうございます。今は軍が総力を挙げて盗賊の拠点を探しています。しかし、捜索の手は多い方が良い、お二人にはこの捜索をぜひ手伝って欲しいのです。ですが、今日はもう夜も更けています。明日詳しい情報をお教えしますので、今日はゆっくりと休んでください」


 栄治と優奈は、ギムリに明日の昼に来ることをいうと、クエストボードの部屋から退出して、王城を後にした。

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