表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/78

第17話 負けない備え

 馬車が街道へと出ると、揺れは小さくなり時折ガタンと大きく揺れる事もなくなった。

 その事で栄治の身体は大分と良くなったが、その事を口には出さない。

 もしもそれを言って「それじゃあもう膝枕は大丈夫ですね」と優奈が言ったら、それは一大事である。

 優奈の膝枕は最高だ。

 栄治の頭を優しく包み込む、柔らかく暖かい温もり。時折気遣う様に見下ろしてくる優奈の眼差し。

 そして何よりも素晴らしいのは、見上げればすぐそこにある大きな2つの膨らみだ。

 それは偉大なる霊峰の如く(そび)え立っている。

 そして、その偉大な2つの霊峰は馬車の揺れに合わせて、プルプルと小さく揺れているのだ。

 それはもう、快晴の日の富士山の御来光並みの、いやそれよりも素晴らしい眺めかもしれない。

 栄治はいつまでもそんな阿呆な事を考えながら、優奈の胸を見つめていたい衝動に駆られる。

 しかし、今の彼にはそれよりも重要な事がある。

 優奈に魅力について考察するのもかなり重要な事案ではあるが、今はそれよりも優先しなかればならない事がある。


「優奈、これから一緒に戦っていくうえで、色々と話し合っておきたい」


 優奈が栄治を見下ろし、目があったところで栄治から話を切り出した。


「今回の戦いは色々と勉強になったからね。軍団構成とか戦い方についてちゃんと話し合っておいたほうがいいと思うんだ」


「そうですね。私、今回の戦いは栄治さんの指示なしでは全然動けなかったですし……」


 目を伏せて、落ち込む優奈。

 そんな優奈に、栄治は優しく声をかける。


「優奈は十分立派に戦っていたよ。それに俺も戦うなんて事は初めてだったから、ちゃんとした指示なんて出せて無かったしね」


 軍団を率いて戦う。そんな経験など一切無いはずなのに優奈は厳しい戦場の中で、パニックを起こさずに、ちゃんと軍団に指示を出せていた。

 今まで戦いと無縁で平穏な日本で暮らしていた事を考えると、それはかなり凄い事だ。

 優奈がいたからこそ、今回はなんとか勝つ事ができた。

 栄治はそう思っている。

 しかし、これからギリギリの戦いは出来るだけ避けていきたい。

 栄治は昔、会社の経営を勉強する為に読んだ、孫子の兵法を思い出す。

 そこで孫子はこう言っている「戦とは勝ってから戦う」と。

 戦いに巧みな者は、まず戦に勝つ段取りを整えて、勝利を確定させてから、その勝利を実現させるために戦うというのだ。

 そして、自軍は敵軍に攻撃されても負けないように備えないといけないらしい。どんなに戦上手な人でも、敵を勝たせない状態にする事はできても、敵を攻撃して勝つ状態にする事は出来ないというのだ。

 だから、自軍が負けないように備えて、敵が弱点を露呈させるまで守り、敵が弱みを見せたところで攻撃を仕掛けて勝利を収める。というのが、スマートで格好いい戦い方らしい。

 いやはや孫子という人物は、なんと偉大な人物なのであろうか。優奈が備え持つ2つの霊峰を目の前にしてしまうと若干見劣りはするが、偉大である事には変わりない。

 栄治は目を閉じて厳かに頷き、偉大な孫子の教えをじっくりと嚙みくだく。

 今回の戦いは、勝つための段取りというものを一切しなかった。

 ゴブリンの強さ、特性、大量発生とはどの位の規模なのか、ウィルボーの森とはどの様な地形なのか、などと言った敵に関する情報はおろか、今回は自軍の事すらもしっかりと把握できていなかった。

 軽装歩兵300人の有効的な運用方法、戦術、ファランクス隊形の長所短所、そして優奈との連携。全て知らないまま、決めないままに戦いを始めてしまった。

 今こうして思い返してみると、あまりにもお粗末である。

 結果としては戦いには勝利したものの、下手をすれば負けて命を落としていた可能性も十分に考えられる。

 剣と魔法の異世界ファンタジーで美少女と一緒に冒険だ! といつまでも浮かれた心持ちでいると、この世界では長くは生きていけないと、栄治は気持ちを引き締める。

 栄治はキリッとした表情で優奈を見上げる。

 膝枕をされている状態だと、あまり締まりのある雰囲気にはならないが、栄治の心はいたって真面目である。


「まず始めに確認しておきたいんだけど、優奈のレベルは3になっているかい?」


 今回の戦いで栄治は2つレベルが上がった。

 彼とほとんど同じ働きをした優奈も同じく2レベル上がっているはずだ。

 メニュー画面を開いているであろう優奈は、少しの間何も無い空中を見つめた後に、頷いた。


「はい、私も3レベルになっています。全然気がつかなかった」


 戦いに必死で、自分のレベル上昇に全く気が付いていなかった優奈が、少し驚いた様に眉を上げる。


「よし、それじゃあ属性ポイントも1ポイントになっているね。これから戦っていく上で1番重要なのはこの属性ポイントだと俺は思うんだ」


 栄治は先程考えた8個の属性についての、自分の考えを優奈に話す。

 人・亜・獣・魔・技・知・聖・邪ある属性のうち、人・亜・獣は兵士の種族に影響して、魔・技・知・聖・邪はその種族がどの様な特性を持つ兵士になるかに影響する。


「だから私は弓兵が解放されて、栄治さんは魔術士見習いが解放されたんですね」


「弓兵も魔術師見習いも人族の遠距離攻撃の兵種だけど、魔の属性を上げた俺は魔法を使う魔術師見習いが、技をあげた優奈は技術が必要な弓兵が解放されたと思うんだ」


 栄治の言葉に、納得の表情を浮かべる優奈。


「あと、優奈には俺のギフトの力を説明しておかないとね。俺のギフトの力は、軍団の雇用のコストが半減して、属性ポイントも1レベル上がると3ポイント貰えるんだ」


「えぇ! それはとても強いですね! 羨ましいです」


 優奈は栄治のギフトの力の強さに驚く。

 栄治は優奈のギフトを羨ましがり、また優奈も栄治のギフトの力に感心する。

 やはり隣の芝は青いという事なのだろうか。


「だから2人の力を合わせたら最強ってわけさ」


「そうですね!」


 優奈は大きく頷いて、彼の言葉に同意する。


「それに俺は属性ポイントが多く貰えるから、俺が最初に属性を上げていって、それを参考に優奈が属性を上げれば、無駄なく軍団を強化していくことができる」


 栄治の言葉に優奈は真剣に耳を傾けて、彼の言葉に「うんうん」と相槌を打つ。


「という事で、早速俺の属性を上げていこうと思う。取り敢えずは騎兵が出るまでは、人の属性を中心に上げていきたいと思っている」


「騎兵ですか?」


「そうそう、馬に乗って戦う兵種で遥か昔では最強の兵種の1つだったんだよ」


 かつて騎兵は、そのスピードと質量で歩兵に対して圧倒的な強さを発揮していたらしい。

 この騎兵が軍団に加われば、栄治の軍団は今よりもずっと強化されるし、戦術の幅も広がる。

 栄治は自分のメニュー画面から、クラスのウィンドウを開き8個の属性と睨めっこをする。


「乗馬はかなり鍛錬しないとできないから、やっぱり技の属性を上げていくべきなのかな? でも騎兵は貴族とかがなっていたらしいから、人も上げないとダメだよな。うーむ、攻略本とかが欲しいな……」


 もしこれがゲームであったら、栄治はすぐにネットで調べるなどして騎兵が解放される条件を調べていただろう。

 しかし、この世界にそんなものはなく、頼れるのは自分の勘のみである。


「よし、取り敢えず技をあげよう!」


 栄治は決断すると、属性ポイントを振り分けた。


ーー『技』がレベル1になりました。


ーー条件が満たされました。クラス『弓兵』が解放されました。


ーー条件が満たされました。クラス『軽魔槍兵』が解放されました。


 目の前に流れるメッセージを見ていた栄治は「ん?」と目を細める。

 弓兵が解放されることは、優奈の話から分かっていた。想定内である。しかし、その弓兵と一緒に解放された『軽魔槍兵』とは一体なんだろう?

 栄治は解放されたばかりの軽魔槍兵を選択して詳細を見てみる。

 説明文によると、軽魔槍兵とは軽装歩兵の槍が魔法を纏っているバージョンだということがわかった。

 軽装歩兵とたいして強さは変わらない様だが、槍の穂先に魔法を纏っている分だけ攻撃力は高くなっている。

 ファンタジーのロールプレイングゲーム風にいうと、軽装歩兵が基本職で、軽魔槍兵は上位職又は魔法職との混合職といったところか。

 これはまた、なんと夢の広がる話だろう。

 栄治は他の属性も上げてみたい衝動に駆られるが、それをグッと堪える。

 今必要なのは騎兵だ、自分の好奇心を満たしている余裕はない。

 栄治は自分にそう言い聞かせて、慎重に属性ポイントを振り分けていった。

 色々と吟味し、悩みに悩み抜いて、栄治は5ポイント分の属性ポイントを振り分けた。

 その結果、栄治のクラスは以下の様になった。

 人2・亜0・獣0・魔1・技4・知0・聖0・邪0

 解放されたクラス。

 『投槍兵』『槍兵』『剣士』『長弓兵』

 の4つだった。


「くそう、騎兵が出なかった……やっぱり人をもっと上げないとダメなのか?」


 落ち込んで暗い声を出す栄治。


「でも結構兵種が増えましたよ? これで色々な敵に対応できるんじゃないですか?」


「そうだね、特にこの長弓兵は結構優秀そうだよね」


 栄治は、クラスのウィンドウに追加された長弓兵を見ながら言う。

 長弓兵、解放条件は人2の技4である。

 この兵種は文字どうり、普通の弓兵よりも長い弓を持っていて、その射程はかなり伸びている。

 また、栄治はこの長弓兵の部隊技能がとても気になっていた。

 長弓兵の部隊技能、それは木杭というものだった。

 説明文によると、これは先の尖った木の杭を敵に方向に向けて、地面に斜めに設置するらしい。

 歩兵は騎兵に対してとても弱い、特に弓兵は騎兵の突撃攻撃を受けてしまうと、すぐに瓦解してしまう。それの対抗策として、この部隊技能はとても有効である。


「取り敢えず、今は今回のレベルアップで得たクラスを使って、最善の軍団編成を考えよう」


 孫子の教えにある、負けない為の備えというやつだ。


「はい、そうですね」


 栄治に言葉に頷く優奈。

 栄治は早速、解放したクラスを雇用しようと、軍団編成のウィンドウを開き、まず始めに長弓兵を雇おうとした。


ーー現在クラス雇用を行うことはできません。前回のクラス雇用から24時間あけてから再度クラス雇用してください。


 その説明文を見て、栄治は眉を寄せる。


「何か問題ですか?」


 栄治の様子を見て、優奈が声をかける。


「どうやら今はクラス雇用ができないみたいだ。前回のクラス雇用から24時間経たないと次のクラス雇用ができないらしい」


 栄治と優奈がクラス雇用を行なったのは、ゴブリンとトロールの戦いの最中だから、昼頃である。それから24時間となると、明日に昼までは、軍団の編成はお預けとなる。

 まぁ、この制限がないとグンタマーは自分の金がある限り、いくらでも軍団を補充できる事になるから、当然といえば当然の措置か。

 と栄治は考えるが、ここで気になるのが、この制限がかかる判定である。

 複数のクラス雇用を終えてから、この制限がかかるならば特に問題はないが、もしこれが1つのクラスを雇用する毎であれば、今回栄治が解放した兵種を全て取り入れようとしたら、5日もかかる事になってしまう。

 そうなると、かなり面倒臭いな。と栄治は口を曲げる。

 がしかし、とにかく今は待つしかない。

 それに栄治と優奈は、現在金欠状態である。

 まずはクレシオンへ戻って、クエストボードの管理者であるギムリから依頼完了の報酬をもらってから、じっくりと軍団を編成していこう。

 栄治は、はやる気持ちを抑え、優奈の膝枕を堪能する事にした。

 やがて、栄治と優奈を乗せた馬車は、日が落ちるのと同時くらいにクレシオンへ戻ってくることが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ