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第16話 ギフトの力

 栄治は時折ガタンと大きく揺れる度に、体に走る痛みに顔を(しか)める。


「馬車というものに初めて乗ったけど、こんなにも揺れるもんなんだな」


 栄治が愚痴のようなぼやきを呟く。

 その瞬間に、馬車はまた大きく揺れる。

 今回の揺れは結構大きく、マントを丸めて枕にしている栄治は、ガタンという揺れに合わせて頭を打つ。


「エイジ様、ユウナ様、もう少し辛抱してくんだせ〜。あともうちっとで街道さ出るだで。そんしたら揺れも大分ましになりまさぁ」


 御者台で手綱を引いているアスベルが、荷台にいる栄治と優奈に言う。


「あともう少し耐えれそうですか栄治さん?」


 栄治の頭のすぐ隣で正座をしている優奈は、馬車が揺れるたびに、辛そうに顔を歪めている栄治を心配そうに見下ろす。


「大丈夫だよ。こんなの全然平気だイテッ……よ。うん、何の問題もない」


 栄治が話している間にも馬車は揺れ、思わず声を上げてしまう。

 しかし、優奈には心配させまいと、彼は無駄に明るい笑みを向ける。


 栄治と優奈は、今アスベルの馬車に乗せてもらっている。

 アスベルはウィルボーの森で取れた薬草、ブリュケアを売るために、クレシオンまで行くというので、2人は彼に頼んで、馬車の荷台に乗せてもらう事にしたのだ。


「こんな沢山のブリュケアは、はんじめて採ったで〜、しかも今は価格高騰でオラはもう金持ちだ〜」


 荷台に溢れんばかりに積まれている薬草をホクホク顔で眺めるアスベルは、2人の頼みを二つ返事で承諾した。


「御二人はオラの命の恩人だでさ、喜んでクレシオンまで送らさせてもらいまさぁ〜」


 アスベルはそう言って、荷台の薬草を端に押しやって2人分乗れるスペースを作ると、「ちょっと狭くて申し訳ねぇですけど」と栄治と優奈を快く乗せてくれた。

 ついでに彼は、ブリュケアは打ち身によく効くと言って、薬草をすり潰して包帯にすり込んだものを栄治の体に巻いてくれた。

 このブリュケアという薬草は、すり潰すとリンゴのような柑橘系の甘い匂いがする。


「この薬草とてもいい匂いがしますね」


 全身包帯に巻かれ、身体中から柑橘系の香りを放出している栄治に、優奈は鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅いだ後にニッコリと笑みを浮かべた。


 栄治は当初、トロールの攻撃で動けなくなり、その日の内にクレシオンに帰り着くのは無理だと思っていた。

 だが、今の馬車の速度で行けば、日が落ちる位までにはクレシオンに着けそうである。

 その事にホッと一安心する栄治。

 ゴブリンやトロールなんていう魔物がいる危険な世界で、しかもキャンプなどのアウトドアの経験も乏しい彼にとっては、できれば野宿というのは避けたかったのだ。

 困っている時にアスベルという青年が現れ、しかも彼は馬車を持っていてクレシオンまで送ってくれるという、何ともタイミングのいい話に、栄治は「やっぱり俺には主人公補正がかかっているな」と確信の笑みを浮かべる。

 しかし、その笑みは馬車の大きな揺れで、顰めっ面に変わる。

 それを見かねた優奈が、栄治に声をかける。


「栄治さん、ちょっと頭をあげてください」


「ん? こうかい?」


 栄治が言われた通りに頭を上げると、スリスリと優奈の動く音が聞こえた。


「もう頭を下げてもいいですよ」


 優奈に言われて栄治が頭を下げると、そこには何とも柔らかく気持ちの良い感触が後頭部に伝わってきた。

 栄治が驚いて視線を上げると、少し恥ずかしそうにしている優奈の表情を見上げることができる。

 つまり、今栄治は優奈に膝枕されている。


「これで少しは楽になりますか?」


 優奈が少し頬を染めて栄治に尋ねる。


「うん、すごく幸せな気持ちだよ。体の痛みも忘れてしまいそうだ」


 彼女の可愛らしい表情に、栄治はニンマリと笑みを浮かべて答える。

 しばし2人は、無言で馬車に揺られる。

 栄治は、彼女の太ももの感触を後頭部で感じながら、ゴブリンとの戦いの事を思い返す。

 今回の戦いでは、何とか生き延びる事ができたが、それは単純に運が良かったからだと栄治は判断する。

 ゴブリンの大軍と対峙した時、栄治はファランクス隊形を選択したが、それは誤りであった。事前に隊形についての知識があれば、森という障害物がたくさんある中でファランクスを運用するというミスはしなかっただろう。

 しかし、もしあの時ファランクスを使わなかった場合、どんな戦いをすれば良かったのか、いい案が浮かばない。

 そもそも、軽装歩兵という1つの兵種の軍団構成で、戦いに挑んだのが間違いだったのかもしれない。

 今回の戦いでは、たまたまレベルが上がって新しいクラスを解放できたから、戦いには勝てたものの、毎回このような幸運が続くとは思えないし、そもそも運に頼っているようでは、この世界では命がいくつあっても足りないような気がする。

 今度から戦いに臨む時は、しっかりと軍団の編成を整えてからにしようと心に刻む栄治。

 そこで彼は、属性レベルについての疑問を思い出した。

 最初ロジーナから説明を受けた時、レベルが1つ上がると、属性ポイントは1ポイント上がると言っていた。

 だが、栄治が見た時は1ポイントではなく3ポイントであった。

 あの時は、戦闘の真っ最中で悠長に考えている暇がなかったが、今は時間がたっぷりとある。

 それに、優奈の膝枕のおかげで、思考も冴え渡っている。

 栄治は、「メニューオープン」と心の中で唱える。

 すぐに彼の視界に、メニュー項目が出てくる。

 そこで栄治は驚く。

 何と自身のレベルが3にまで上がっていたのである。

 どうやら、トロールと戦っている間にもにもう1つレベルが上がっていたようである。

 栄治はもしやと思って、メニュー項目のクラスのウィンドウを開く。そこには残り属性ポイントが5と表示されていた。

 1ポイントは魔術師見習いを解放するのに使用したので、そのことを考慮して考えると、栄治の属性ポイントは1レベル毎に3ポイント増えている事になる。

 単純に考えれば、これはとても良い事である。

 クラスの属性は人・亜・獣・魔・技・知・聖・邪の8種類もある。

 どの属性をどんな感じで上げていけば良いのか、はっきりとした事は栄治にはまだわからないが、予測では、メインとなる属性を集中的に上げていき、補助的に他の属性を上げていくと効率がいいように思われる。

 魔術師見習いは『人』と『魔』がそれぞれ1レベルで解放された。それに対して、弓兵は『人』と『技』が1レベルずつである。

 つまり、人族の兵種を解放したければ、『人』の属性を上げていき、それと共に他の属性を上げれば、それに応じたクラスが解放されるのだろう。

 そこで栄治は、『亜』と『獣』の属性に目を向ける。

 おそらく『亜』は亜人であると栄治は予測する。

 この属性を上げていけば、ドワーフやエルフの兵が解放できそうな気がする。

 『技』を上げていけばドワーフが解放され、『魔』を上げればエルフが解放される。といったところだろうか。

 それに加えて、『聖』を上げれば上位のハイエルフが、『邪』を上げればダークエルフが解放される気がする。

 『獣』を上げて解放されるクラスは、ぱっとは思い浮かばないが、もしかしたら、猫耳戦士なんかが出てくるかもしれないと思うと、それもなかなか魅力的だ。

 そこまで考えて、栄治は心を踊らせる。

 何故なら、他の人が1つの属性を極めるところを彼は3つ極めることができる。

 そして、1つの属性を極めようとすれば、3倍の成長速度で極めることができる。

 さらに栄治には、ギフトの力もある。

 彼のギフトは、雇用する兵のコストを半減し、クラス毎の相性のマイナス効果を無くすというものだった。

 この力が合わされば、栄治の軍団は多種多様な、それでいて強力な兵で編成が組めることになる。

 そこで栄治はふと思い立って、自身のステータス画面を開いて見た。

 そこには自身のレベルや能力、そしてギフトについての説明が載っている。

 栄治はロジーナからギフトの説明を受けたので、このステータス画面にのっているギフトの説明はまだ一度も読んでいなかった。

 しかし、これまでのロジーナの説明が穴だらけだったのを思い出し、栄治はステータス画面のギフトの説明を一度しっかり読んでみることにする。

 そこには、このように書かれていた。

 ギフト【大いなる器:全てを率いる者】

 --このギフトを所有する者は、兵の雇用コストが半減され(少数は切り上げられる)、またクラス同士の相性が悪い場合は、その時に生じるマイナス効果を無効にする。そして、レベルが上がる毎に属性ポイントが3ポイント付与される。

 栄治はその説明文を2回じっくりと読んだ後に、「はぁ」と小さく溜息を吐いた。

 今度ロジーナと会った時に、言わなければならない文句が1つ増えてしまった。


「体痛みますよね。もう少しで街道に出ますからね」


 栄治の溜息を勘違いした優奈が、彼を気遣い声をかける。


「ありがとう優奈。膝枕のおかげで身体は大分楽だよ」


 優奈の優しさに、栄治は自分の身体が癒されていく様な気がする。

 実際、本当に彼の体は楽になっていた。

 これは、薬草の効果と強化されたグンタマーの治癒力の賜物であろう。

 トロールの攻撃を受けてからまだ数時間しか経っていないが、栄治の身体は大分動かせるようになっていた。もし彼の身体が現世の時と同じ強さだったのなら、トロールに突撃された瞬間に潰れてしまっていたような気がする。

 本当にこの身体と、ギフトには感謝しなければならない、と栄治はこの世界のどこかに居ると思われる、白衣のインテリ神様に向かって適当に祈っておく。

 と、そこで彼は、優奈のギフトがどんなものであるかが気になり、彼女の方を向いて尋ねる。


「あのさ、優奈のギフトはどんな能力なんだい?」


「私のギフトですか? えーと、確か自分のレベルが上がると身体能力が強化されるとかなんとか、そんな様な感じだったと思います」


 優奈の返事を聞いて、栄治は確信した。

 トロールの攻撃を受け止め、そしてはじき返してトロールの腕を剣で引きちぎったのは、彼女のギフトの力によるものだ。

 それにしても、優奈のギフトはちょっと強すぎやしないだろうか。

 華奢な彼女が巨人のトロール以上の力を発揮するとは、かなりの身体強化率である。

 更に、彼女のギフトはレベルが上がると、それだけ強化も強くなるらしい。

 これぞまさしくチートである。

 栄治は、最初ロジーナに説明された時に思い浮かべた、一騎当千の夢を思い出し、彼女のギフトを羨ましいと感じた。

 自分のギフトも十分強いと、頭では理解しているのだが、やはり戦場でバッサバサと敵を薙ぎ倒して、戦場を駆け巡るのは男として憧れてしまう。

 栄治がそんな事を思っていると、御者台のアスベルから声が掛かる。


「森さ抜げて街道でたでさ、ここんからは揺れも小さくなりますで」


 アスベルのその声に、優奈が嬉しそうな笑みを栄治に向ける。


「街道に出ましたよ栄治さん! これで少しは楽になりますね!」


 まるで自分のことの様に喜ぶ優奈を見て、栄治の心はほっこりする。

 それと同時に、彼女に嫉妬していたのが恥ずかしくなる。優奈に嫉妬したところで、どうにかなる訳ではない。

 ここで栄治は心に誓う。

 これからは2人の力を合わせて、戦っていくと。

 栄治の軍団構成力と、優奈の一騎当千の力が合わされば、きっとサーグヴェルドで敵う者はいないはずだ。


「優奈、これからも力を合わせて頑張っていこう」


 栄治がそういうと、優奈は少し驚いた表情をしたが、すぐに嬉しそうな微笑みへと変える。


「はい! これからも宜しくお願いします栄治さん!」


 2人は馬車に揺られながら、お互いに笑みを交わし合った。

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