第13話 初めての軍団指揮
申し訳ありませんが、小説タイトルとあらすじを変更しました。
本編の内容に関しては変更はありません。
ウィルボーの森は木々の間隔が広く、木の根が地面から飛び出したり雑草が腰の高さまで生えている、といった事が無いので、森を歩き慣れていない栄治や優奈でも楽に歩く事ができた。
「ゴブリンというのは、どういった生き物なんでしょうね?」
優奈が隣を歩く栄治に話しかける。
「お約束だと、体は緑で身長は大人の腰くらいの大きさ。醜悪な見た目に原始的な服装で知能は低いが、短剣や棍棒といった武器を振り回せるくらいには知能がある。と言ったところかな」
栄治は現世で読んだファンタジー小説を思い出しながら話す。
実際には、彼が話したもの以外にも様々なゴブリンがいる。某有名小説では、銀行員をやっていたりと、とても高い社会性と知性を持っている生き物として書かれていたりもする。
しかし、それらは所詮それぞれの作者の想像でしかないので、実際にこの世界のゴブリンがどう言ったものかは、自分の目で見て判断するしか無い。
「でも街道の人間を襲っているってところから、穏やかな魔物じゃ無いのは確かだね」
まぁ、穏やかだったら討伐依頼なんてそもそも出ないだろうけど、と栄治は笑いながら言う。
一応、2人はゴブリンについて基本的な情報はギムリから教えられている。だがそれは、体表が緑で小柄で動きが素早い、といった外見に関する簡単なものだった。
栄治と優奈は辺りに注意を配りながら、森の奥へと進んでいくと、優奈が木に切り傷の様なものが付いているのを発見した。
「栄治さん、これを見てください」
優奈が指差す木に近付いて、栄治が木の傷を観察する。
「う〜ん、これは何か鋭利なもので切られている様に見えるな。もしかしたらゴブリンの仕業かも」
その言葉に、優奈の表情が険しくなる。
今までどこか遠足気分だった2人は、気を引き締めてこれまで以上に注意深くなる。
用心しながらゆっくりと森を進んで数分が経った頃、栄治は数十メートル先の森の奥で何やら集団が動くのを確認した。
その集団を目視した瞬間に、栄治は優奈を引っ張って近くの木の裏に身を隠した。
「ど、どうしたんですか栄治さん⁈」
急に引っ張られた優奈は、驚きで目を丸くして栄治を見つめる。なんとも可愛らしい表情で見つめてくる優奈に、栄治は表情がニヤケそうになるが、そこは必死に堪える。
「この奥にゴブリン達がいる」
声を落として栄治が言う。優奈はハッと目を見開き、恐る恐る木の陰から顔を出して、栄治の言う方向を見る。
そこには、緑の集団が森の奥で蠢いていた。
「あんなに沢山いるんですか⁈」
討伐するゴブリンの数の多さに驚愕し、再び目を見開く優奈。彼女の瞳は本当に大きくて可愛いなと、現実逃避に走りかける栄治だが、あのゴブリン達を討伐しないことには、事態は進まない。
栄治は再度、ゴブリン達に気付かれない様に、そっと木の陰から顔を出す。
「ゴブリンの数はざっと見て……多分50匹位かな? 俺と優奈は1人300人の軽装歩兵がいるから、数的には圧倒的に有利だ」
栄治は木の裏に顔を引っ込め、覚悟を決めて優奈を見る。
「敵は50人で、こっちは600人、負けるはずがない、戦おう!」
優奈をそして自分自身を鼓舞するかの様に、栄治は1つ1つの言葉に力を込めていう。彼の決心に、優奈も力強く頷いた。
「はい! 2人で力を合わせればきっと大丈夫です! 戦いましょう!」
「よし、それじゃあ軍団を展開しよう」
栄治は、ゴブリン達に気付かれない様に声を抑えて、ロジーナに教わった通りの言葉を発する。
「軍団展開」
そう小さく栄治が言うと、彼の目の前に1つのメッセージが表示された。
--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。
そのメッセージを読み、栄治は「なんで声量が軍団展開に関係あるんだよ!」と盛大にツッコミを入れたい気分になったが、あまり大きな声を出すとゴブリン達に気付かれてしまうので、そのツッコミを無理やり喉の奥に押し込んだ。
彼は仕方が無く、先ほどよりも少し大きな声で言うが、それでもまた同じ文章が栄治の前に現れる。
栄治は若干の苛立ちを覚えながらも、その後も少しづつ声量を上げていく。
「軍団展開」
--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。
「軍団展開ッ」
--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。
「軍団展開!」
--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。
「軍団展開!!」
--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。
何度目かの「軍団展開」で、栄治の堪忍袋が大爆発した。
「だっー! しゃらくせぇー! 吠える様に叫べばいいんだろ! 『軍団展開っ‼︎‼︎』」
栄治の怒声がウィルボーの森に響き渡ると同時に、彼の目の前に300人の軽装歩兵が一瞬にして現れる。
「え、栄治さん! 今の叫び声でゴブリン達がっ!」
非常に切羽詰まった表情で優奈が栄治を見る。
「優奈も早く軍団を展開させるんだ!」
「は、はい。軍団展開!」
優奈が「軍団展開」を言った後、彼女は驚いて目の前の何もない空間を凝視している。おそらく、今の優奈の視界には、あの--声量が小さすぎます。軍団を展開できません。のメッセージが表示されているのであろう。
「優奈、羞恥を捨てて全力で叫ぶんだ!」
栄治は優奈に指示するとともに、前方に目をやる。そこには、すでに直ぐそこまで迫ってきている緑の大群があった。
「優奈叫ぶんだ!」
「はい! ……『軍団展開っ‼︎‼︎』」
優奈の叫び声とともに、彼女の軽装歩兵も出現される。
栄治と優奈の合わせて600人の兵士が、2人の目の前に現れる。その壮観な隊列を目にして、栄治の恐怖心と焦りがスッと収まった。
2人の方へ、意味不明な叫びをあげながら突進してくる、たった50匹のゴブリンなど、今目に前にいる栄治と優奈の連合軍に比べれば、塵の様なものだ。
栄治は自信に満ちた声で、目前まで迫っているゴブリンを指差し号令を下す。
「全軍突撃! ゴブリンどもを蹴散らせ!」
栄治の命令が発せられると、600人の兵士達が一斉にゴブリン達に向かって走り出した。
直ぐに軽装歩兵とゴブリンは激突したが、圧倒的な程に数で優っている軽装歩兵の軍勢が、一瞬にしてゴブリン達を飲み込んでしまった。
「あれ? もう終わっちゃった?」
「ゴブリン達が一瞬で見えなくなっちゃいましたね……」
初めての戦いということで、恐怖と緊張で少し青ざめた顔をしていた優奈が、拍子抜けした様な声を出す。
やがて、軽装歩兵の猛攻から逃れたゴブリン達が森の奥へと逃げて行ったが、その数は最初に比べて大きく減らし、2、3匹しかいなかった。
逃げ帰っていくゴブリンの後ろ姿を見て、兵士達が頭上に槍を掲げ、勝ち鬨を上げた。
「どうやら勝ったみたいだね」
「そうみたいですね」
お互いの顔を見合わせて、微妙そうな表情をする2人。
死後の世界サーグヴェルドでの初陣、それは戦いと言うには申し訳ないほどの一方的な蹂躙で幕を閉じる。
2人はしっくりこないまま、展開している軍団を戻そうとするが、その瞬間。再び森の奥でザワザワと集団が動く気配がした。
栄治は、背中に悪寒が走るほどの嫌な予感を感じる。と言うのも、今感じる気配が、先程のゴブリンの集団とは桁違いに大きかったからだ。
栄治と優奈は、固唾を飲んでざわついている森の奥を見る。すると直ぐに、栄治の予感が的中したことがわかった。
「ですよね。街道に甚大な被害を及ぼす程の大量発生が、たかだか50匹な訳がないですよね」
栄治は表情を引攣らせながら、目の前の光景を眺める。
「うわぁ〜、栄治さん見てください。ゴブリンさんが一杯ですよ? ここって、すっごいファンタジーな世界なんだって実感できますね。あははは」
乾いた笑いをあげる優奈は、目の前の絶望的風景に若干壊れかけている。
2人の視界は、今や緑一色に染められていた。見渡す限りのゴブリン達が、一様に殺意の篭った目で栄治と優奈を睨め付けている。
「彼等はすごく怒ってるみたいだね。さっきの敵討ちに燃えているのかな?」
「そうみたいですね。お菓子をあげたら仲良くしてくれますかね?」
正常な思考回路では無くなりつつある優奈。栄治は苦笑を浮かべると、目の前のゴブリン軍団を素早く観察する。
ゴブリン達の数は、先程の集団の10倍以上は軽くいそうである。栄治達の後ろで、静かに待機している兵士達よりも断然多い気がする。
また、最初に撃退したゴブリン達は、数匹が棍棒を持っていたが大半は素手であったが、今目の前にいるゴブリン達は、多くが手に短剣や鉈、斧まで持っているものもいた。
「なかなかに物騒な集団だな」
敵意ある視線に、手にはギラつく刃物。栄治はこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが、ゴブリン達の非常に高い殺意から、逃げたとしてもどこまでも追ってくるだろう。
そうなると、戦うしか選択肢は無くなるわけで、栄治は必死にゴブリン達に勝つ為の戦略を考える。
先の戦いで有利だった数は、今はあちらの方が有利になってしまっている。しかし、個々の戦闘力ではこちらの方が優っていると判断する。
一番の問題は、ゴブリンの小柄な体躯とその素早さである。2つの軍勢がぶつかり合った時に、乱戦に紛れ小柄なゴブリンが足元の隙間から潜り込み、隊列を乱されると、数で劣っているこちらは、ゴブリンの攻撃を受けきれなくなるかもしれない。
何かいい案はないか思考を巡らせていると、ふと栄治はロジーナの説明を思い出し、ニヤリと笑う。
「優奈、ファランクスを使おう!」
「それって確かロジーナちゃんが言ってた、隣の人を守りながら戦うやつですか?」
「そう! それでこの状況を打破しよう!」
ファランクス、それはかつて最強を誇った歩兵による密集陣形で、左手に盾を持ち、右手に槍を装備し、盾から出る右半身を右隣の仲間に守ってもらうというものだ。これで盾で身を守りながら、槍で攻撃することができる、まさに攻防一体の陣形だ。
「全軍ファランクス陣形を取れ!」
栄治が号令をかけると、兵士たちは一声あげて、素早く陣形を組む。総勢600名のファランクス陣形を間近で見て、栄治はその迫力に鳥肌がたった。
その迫力は優奈にも伝わったらしく、真っ青だった表情に血の気が戻ってきていた。
栄治は、これならば勝てると確信して、全軍に号令をかける。
「全軍前進! ゴブリン達を蹂躙するぞ!」
栄治の檄に応じて、兵士たちも雄叫びで応える。
動きを見せた、栄治と優奈の連合軍に、今まで一定の距離を保って、威嚇の声を上げていたゴブリン達も一斉に突撃してきた。
軽装歩兵600人の軍勢と、大量のゴブリンの軍勢とが、ウィルボーの森で激しくぶつかり合った。
ゴブリン達は栄治の想像通り、知能はそこまで高くはないらしく、特に連携を取ることはなく、各自の判断で突撃してくる。対して栄治達の軍勢は、しっかりとファランクス陣形を組んだまま突撃した。その差は大きく、勢いよく突撃してきたゴブリン達は、隙間なく組まれた盾の壁に跳ね返され、その壁の隙間から伸びる槍の攻撃に、体を貫かれた。
「この調子なら問題なく勝てそうですね!」
ファランクスの圧倒的強さを目の当たりにした優奈は、少し安心したような声音で栄治に言う。安心したのは栄治も同じで、険しかった表情を幾分か柔らかくしながら、どんどんと戦線を押し上げている最前線の兵士達に目を向ける。
が、しかしこの時、栄治は重大な過ちを犯していた。
このまま行けば、問題なく勝利を収められるだろうと思い始めた時、最前線のファランクス陣形の一部分が崩れた。
崩れた所から大量のゴブリンが入り込んできて、前線が混乱し出す。
「なんでだ! なんでファランクスが崩れた⁉︎」
個々でしか戦えないゴブリンに、ファランクスを突破できるはずがないと確信する栄治は、なぜ陣形が崩れたのか必死に原因を探る。すると、彼の目にあるものが映る。
「あれが原因か……くそっ! 完全にやらかしてしまった!」
栄治の目に映ったのは一本の木であった。
戦線を押し上げていくなかで、隊列は木にぶつかり、それを避けるために陣形を割いたら、そこからゴブリンが入り込んできたのであろう。
そもそも、ファランクスというのは何もない平坦な平地で用いる戦法で、このような木などの障害物が多くある森では向いていないのである。最初の突撃の時は、たまたま木が無いひらけた場所だったので、上手くいったのだ。
「え、栄治さん! ゴブリン達が横からも迫ってきています!」
焦燥感にかられた表情で優奈が栄治を見る。
ファランクスの弱点は他にもある。それは、横からの攻撃に滅法弱いという事だ。
密集してお互いに守りながら戦うという性質上、隊列の移動速度や方向転換が非常に遅いのである。なので、横から攻撃を受けると、為す術なくやられてしまうこともあったようだ。
今、栄治達の軍勢の前線は、予想外に深くまでゴブリンの侵入を許してしまい、動揺が走っている。それに加えて、横からの攻撃など食らってしまったら、総敗走する事は間違いない。
「このままファランクスを続けていたら、軍団が瓦解してしまう。陣形を解こう」
栄治は、このままファランクスを続けるのは得策では無いと判断し、軍団に指示を出す。
「ただちにファランクス陣形を解き、急ぎ方円を組むんだ!」
栄治の指示に、軍団が一斉に動き出す。
方円、それは本陣を中心としてその周りを円形に兵で囲う陣形で、全方位からの攻撃に対応できるが、移動や攻撃には向いておらず、ジッとその場に留まって受けに徹するという陣形である。
最初のファランクスでの突撃で、かなりゴブリン達に打撃を与えることができた。また、個々の戦力の差で、あとは辛抱強く守りに徹していれば勝てると判断しての陣形であった。
「優奈、ここを耐え凌げば俺たちの勝ちだ!」
栄治は優奈を励ますように声をかける。それに対して彼女は、気丈な態度で頷いた。
大きな円を描くように固まった軍団は、大量のゴブリン達に一瞬にして囲まれて、全方位からの猛攻にさらされる。
今はファランクス陣形を取っていないので、隊列の隙間からゴブリン達が中心部にいる2人に近付こうと突撃を繰り返してくる。それを軽装歩兵が必死に、突破されまいと防いでいた。しかし、今回のゴブリンは刃物で武装しているものも多数いる事から、無傷という訳にはいかず、時間が経つにつれて、兵士たちは傷付き体力を消耗し、中には大勢のゴブリンに捕まって、隊列から引き離されて地面に押し倒され、緑の軍勢の中に姿を消すものもいた。
栄治と優奈は、自分達を守るために死力を尽くしている兵士達を歯を食いしばりながら見ていた。
すると、2人の近くにいた兵士の1人が、焦った様に警告した。
「軍団長! お気をつけ下さい!」
その声が聞こえると同時に、目の前の隊列を掻い潜って、3匹のゴブリンが目の前に飛び出してきた。
突如現れた敵に、優奈は短く悲鳴をあげる。
ゴブリンは2人を瞳に写すと、獰猛に牙を剥いて襲い掛かってきた。
2人に突撃してくる3匹のゴブリンの内、2匹は栄治達の近くに控えていた兵士の槍によって貫かれた。しかし、1匹は攻撃を掻い潜り優奈に飛びかかってきた。栄治は咄嗟に、優奈の腕を掴んで後ろに引くと、自身は彼女の前に躍り出て、飛びかかって来ているゴブリンを手に持っていた鉄の剣で、上段から斬りつけた。
栄治の剣は、ゴブリンの額に直撃して地面に叩きつけたが、彼の剣は安物のなまくらだったため、ゴブリンの命を奪うまではいかず、地面に叩きつけられたゴブリンは苦しそうに割れた額を抑えてもがいていた。栄治は覚悟を決めると、そのもがいているゴブリンの腹に、剣を突き立てた。
ゴブリンは、剣が刺さった瞬間に一際大きくもがいた後、二、三回痙攣を起こして動かなくなった。
栄治は、ゴブリンが完全に動かなくなってから、ゆっくりと剣を死体から引き抜く。そこには、真っ赤な血糊がベッタリとついていた。
「栄治さんありがとうございます」
優奈が栄治に礼を言うと、彼は暫く剣の血を見つめた後に、優奈の方を向いて応えた。
「優奈が無事でよかったよ」
栄治は剣を払って血を飛ばすと、周囲を見渡した。どうやら兵士達はゴブリンの猛攻を耐え凌いだらしい。方円を囲んでいたゴブリン達が1匹また1匹と戦線から逃げ出していた。
「なんとか持ちこたえたか……」
大きく息を吐き出しながら、栄治は安堵の声を漏らす。
「私もうダメかと思いました」
優奈に至っては、その場に座り込んでしまっていた。
「兵士も大分傷付いてしまっているね、体力も消耗している」
栄治は、今まで必死に戦っていてくれた兵士達に目をやる。彼らの多くは傷付き、命を落としたものも何人かいる。しかし、彼らの死体は無い、グンタマーの軍勢は、命を落とすと光の粒子となって消えてしまうのだ。
ゴブリンにやられた兵士が、光の粒子になっているのを栄治は何度か目撃していた。
「でもまあ、なんとか戦いに勝利することはできた。優奈も俺も怪我はない。初めての戦いにしては上々じゃないかな?」
「はい、そうですね」
2人はお互いに笑い合い、勝利に安堵する。と、突然地面に振動を感じた。
ドシン、ドシンと一定の間隔で感じる揺れは次第に大きくなり、やがて音も聞こえる様になった。
2人は、ゆっくりと音のする方へと顔を向けると、2人揃って表情を絶望で染めた。
「これはちょっと、いきなりハードモード過ぎやしないですかね?」
栄治は愚痴を小さく吐く。
2人の目には、体長3メートルはあろうかという、緑の巨人が迫って来ていた。




