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第12話 いざゴブリン退治へ

 丘の向こうから太陽が3分の1顔を出し、その周りの空を綺麗な朝焼けに染めている。


「ふぁ〜、こんな朝早くから行動するなんて、なんて健康的な1日の始まりなんだろう」


 特大の欠伸を栄治は手の平で隠しながら、目の前に伸びている街道をボーッとした目で眺める。


「目的地までは半日かかるから、早くから動かないと目的地に着く前に野宿になっちゃいますからね」


 栄治とは対照的に、とてもスッキリとした表情をしている優奈は、ギムリから貰った地図を両手で広げ、目的地までのおおよその時間を計算する。


「今から向かうとお昼前には、目的地のウィルボーの森につきますね。ゴブリン退治がどれ程時間がかかるかわかりませんけど、もしかしたら野宿せずに帰ってこれるかもしれませんね」


「基本が車で移動していた身には、半日も歩くなんてものはもはや修行の領域だよ」


 欠伸のせいで薄っすらと涙が浮かんでいる寝惚け眼を擦りながら、栄治がぼやく。


「でも楽しいと思いますよ? ほら、景色も日本と大分違うと思いますし」


 そう言って優奈は、目の前に広がる景色をワクワクした目で見る。

 確かに、目の前に伸びる街道はアスファルトではなく、土を綺麗に踏み固められたもので、その上を歩く人達は皆、日本人離れした容姿でまるで外国にでも来たかのようだ。極め付けなのは馬車で、そんなものは栄治達が生きていた時代ではもう見ることが出来ないものだ。

 がしかし、逆に言うとそれだけしか違いがない。街道の両脇に広がるのは普通の畑で、植えられている作物は栄治達の世界の物とは別かもしれないが、取り立てて奇抜な違いがある訳でもなく、むしろトウモロコシにそっくりである。それに、馬車なども使われているのは初めて見るが、歴史の教科書などには写真がのっているし、博物館にでも行けば実物を見ることもできる。さらに土の道なんかは、田舎に行けばその辺にざらにある。

 そんな事から、優奈のように全然心が踊らない栄治は、自分の感性は彼女に比べて幾分か乏しいのかも知れない、と少し凹む。


「でもまぁ、優奈と一緒に散歩できると思えば少しは気も楽になるか」


 小さく呟きを漏らす栄治に、優奈がニコニコした表情で彼の方を向き小首を傾げる。


「何か言いましたか栄治さん?」


「いやなんでもないよ。さぁ張り切ってゴブリン退治へ行きましょうか!」


 栄治は優奈の問いに笑みを浮かべて誤魔化し、大きな声で気合いを入れると共に目の前に伸びている街道を目的地に向かって歩き始めた。


 栄治と優奈の2人は、王城内にある衛兵の詰所で、クエストボードを管理しているギムリから依頼を受けた。

 クレシオンから東に伸びるベークド街道を徒歩で半日ほど移動した所にウィルボーと呼ばれる森がある。そこでゴブリンが異常発生して、ベークド街道を通行する行商人や旅人達を襲っているというのだ。

 普段であれば、クレシオンに駐屯している軍ですぐさま討伐に向かうのだが、現在クレシオン軍は、その多くが北の国境付近に出向いており、都市に残っている守備隊も、何やら近辺の反乱勢力が不穏な動きをしているという事で下手に動けないそうだ。

 という事で、クレシオン軍の代わりに、街道で悪さをしているゴブリン達を討伐するのが、今回の栄治達が受けた依頼内容である。

 ちなみに反乱勢力というのは、追い剥ぎや盗賊といった輩の事で、通常こういった連中は少数の集団を作って行動しているのだが、ここ最近はこの集団同士が連携していて、大きな組織になりつつあるようだ。


「全く盗賊というやつは、少しは人様の迷惑にならないように生きれないのか?」


「賊と呼ばれている時点でもう他人に迷惑をかける存在ですからね」


 栄治の文句に優奈は苦笑を浮かべる。

 栄治は「まぁそうなんだけどね」と相槌を打ちながら、今日何度目かの欠伸を噛み殺す。


「栄治さんは朝に弱いんですね」


 先程から欠伸を連発している所為で、ずっと涙目になっている栄治を見て、優奈が面白そうに笑いながら言う。これに栄治は「ははっ」と笑って、頭をかく。

 実は栄治は別に朝に弱い訳ではない。今回こんなに眠いのにはある理由があるのだ。


 昨日2人がギムリから依頼を受けたのは、陽が大分傾いた昼下がりであった。その時間から、目的地のウィルボーの森に行こうとすると、途中で陽が落ちてしまうので、ウィルボーの森に行くのは次の日の早朝にしようと決めたのだ。

 なので2人は宿をとって、今日は明日に備えてゆっくり休もうという事になったのだが、ここで2人はある問題に直面した。それはお金である。

 情報屋への報酬と武器屋での出費で、2人の懐事情はとても寂しいものになっていた。そこで2人はグレードの低い宿屋で我慢しようという事で意見が一致し、外見がいかにもという感じの宿屋を見つけて、そこに泊まる事にしたのだが、そこで事件は起きたのだ。

 2人が見つけた宿屋は、大通りから一本外れた場所にひっそりと建ってた。木造二階建てのその宿屋は、昔に廃校になった木造の校舎のような不気味な雰囲気を醸し出していた。

 栄治を先頭に2人は恐る恐る中に入ってみると、中は複数の蝋燭の火で照らされており、そのほのかな明かりの奥で1人の老婆がカウンターに静かに座っていた。


「いらっしゃいませ」


 しゃがれた声でいう老婆、その存在に気付いていなかった優奈が「ひゃっ」と小さく悲鳴をあげて、隣に居た栄治の腕に抱きつく。彼は腕に感じる柔らかい至高の感触にニンマリと笑みを浮かべ、カウンターに座る老婆に内心で「グッジョブ!」と親指を立てる。

 優奈は老婆が宿屋の店員だと気付くと、栄治の腕から離れて「ごめんなさい」と小さく謝る。恥ずかしさでほんのり頬を染めて顔を俯かせる姿がなんとも可愛らしい。

 栄治は最高にいい気分で老婆に話しかける。


「すみませんが、2人で一泊お願いします」


「はいよ、部屋は一緒かい? 別々かい?」


 老婆が、栄治と優奈を交互に見ながら聞いてくる。


「部屋は別々でお願が…」

「一緒でお願いしますっ!」


 急に老婆とのやり取りに入ってきた優奈は、衝撃発言を口にする。

 男女であるからもちろん別々の部屋が良いだろうと思っていたのだが、彼女のまさかの発言に、栄治は思わず優奈の顔を凝視してしまう。


「あの……ここ、ちょっと怖くて……一緒じゃダメですか?」


 恥じらいの混じった上目遣いでのお願いという、即死級の仕草をする優奈に、栄治は脊椎反射で頷く。


「いえ駄目じゃないです!  2人で部屋をとりましょうそれが良いと思います! おばあさん、部屋は一緒でお願いします」


「はいよ、それじゃあ銅貨30枚頂戴するよ」


 老婆が提示した金額を栄治は、速攻コインポイントを変換して支払いを済ませる。


「はいまいど。それじゃあ今部屋を準備してくるから、そこに座って待ってな」


 老婆はカウンター前に置かれているソファを2人に勧めると、自身は部屋の奥にあった階段を登って二階へと姿を消してしまった。老婆が階段を一段登るたびに鳴り響く木の軋む音に、優奈が若干怖がるような表情をする。


「栄治さんすみません、急に無理を言ってしまって」


「いやいや、無理なんて全然思っていないよ」


「あたし、昔からお化けやそういった類のものが苦手で、遊園地のお化け屋敷に行くとその日の夜は寝れなくなっちゃうほどなんです」


 優奈の言葉に、栄治は頷く。


「確かにここは昔の廃校舎みたいで不気味だよね。それにこの蝋燭の灯りもね」


 栄治は周りを照らしている蝋燭を見ながら、ソファに腰を下ろした。その途端、ソファから尋常じゃないほどの埃が舞う。


「なんだこのソファ全然掃除してないじゃないか!」


 宙を舞う誇りにむせながら、栄治は勢いよく立ち上がる。

 それを見ていた優奈がクスッと笑う。栄治は彼女の笑みを見て、少しでも恐怖心がなくなったのなら別に良いかと、彼も笑みを浮かべる。

 2人が立ったまま待っていると、程なくして老婆が戻ってきた。


「準備ができたよ、あんた達の部屋は2階の204号室さ。ほれ、これが部屋の鍵じゃ、無くすんでないよ」

 

 老婆は栄治に鍵を渡す。その時、老婆は栄治の耳元で小さく囁いた。


「あんたらの部屋の近くには、他の客はいないから聞かれる事はないよ。安心して夜を過ごしな、ヒヒヒッ」


 栄治は、その老婆の囁きの意味を理解できずに、疑問符を浮かべたまま鍵を受け取って、優奈と2人で部屋へと向かう。そして、二階に上がり204と掠れた文字で書かれた部屋の前に着き、その扉を開けた時にやっと老婆の言った意味を理解した。

 部屋の広さは6畳くらいで、その真ん中には2人が寝るのにちょうど良い大きさの布団が1枚だけ敷かれている。そして、なぜかピンク色の甘い匂いを放つ花が多数飾られており、部屋の灯りもピンク色の光を放つ蝋燭になっていた。


「あのお婆ちゃん、勘違いしちゃってるね」


「そ、そうみたいだね」


 あまりにも露骨すぎる演出に、栄治は顔を引攣らせる。


「仕様がないから、優奈は布団で寝てくれ。俺は端っこで寝るから」


 栄治が紳士然とした態度でそう言うと、優奈が首を横に振った。


「いえ、明日は大事なゴブリン退治です。体調は万全にしておくべきなので、ここは一緒に布団で寝ましょう」


 毅然とした態度でいう優奈に、栄治は思わず頷いてしまう。


「ま、まぁ優奈がいいって言うんなら」


「はい、私は平気ですよ」


 即答する優奈に、栄治は信用されていると言う喜びと同時に、男として見られていないのかもと言う不安が込み上げてくる。そんなことを思っている間に、優奈は布団の中に入ってしまった。その後に続いて、栄治もいそいそと布団に潜る。

 布団はそれなりに大きかったので、あ互いに密着すると言う事はなかったが、それでもかなり距離が近いのは事実で、栄治は自身の心臓の高鳴りを感じる。


「おやすみなさい栄治さん」


 すぐ隣で優奈が言う。


「うん、おやすみ」


 栄治も返事をするが、一向に眠気が来る気配はない。むしろ意識は覚醒に向かっている。

 栄治がずっと寝付けないでいると、程なくして優奈の寝息が聞こえてきた。それがまた彼を睡眠から遠ざけていく。

 そして、優奈が寝返りを打って、栄治の方を向くように横の体勢になった。そうなる事によって、栄治には彼女の寝顔がバッチリ見えてしまう。

 スヤスヤと寝息を立てる彼女の無防備な寝顔は、芸術品のように美しく見るものを惹きつける魅力があった。

 

「神様がいたって事は、天使もいるんだろうか? いたとしたら優奈みたいな人なんだろうなぁ」


 そんな事を思いながら、優奈の寝顔をみていると、いつの間にか外は明るくなり朝を迎えてしまっていたのである。


 かくして、栄治は一睡もできないまま、こうしてゴブリン退治に向かう事になったのである。


「まあ、睡眠と引き換えに優奈の寝顔を見れたと思えば、安いもんだな」


 優奈の寝顔には、自分が寝不足になる価値は十分にあったと満足する栄治は、再び大きな欠伸をしながら、優奈と一緒にウィルボーの森を目指して、街道を歩く。

 ベークド街道をただひたすら歩き、朝焼けを創っていた太陽もすっかり昇り、その位置を天辺まで後もう少しとした所まで来た時、2人の目に森が見えて来た。


「見てください栄治さん! ウィルボーの森が見えて来ましたよ」


 地図で目的地だと確認した優奈が、嬉しそうに目の前の森を指差しながら栄治の方を見る。


「思っていたよりも移動が苦じゃなかったな」


 早朝から昼近くまで、ずっと歩きっぱなしだったが、当初の予想よりも疲れはなく、感覚的にもそこまで辛くはなかった。

 体力の方は、恐らくロジーナが説明していたように、自身の肉体が現世の頃よりも強化されているからだろう。そして、優奈とずっと談笑しながら歩いて来た事で、時間的にも早く感じたみたいだ。

 美少女の存在のありがたさを栄治は再認識する。

 ウィルボーの森を目で確認してから数十分歩くと、2人は森の端にたどり着いた。


「魔物が出る森と言うので、もっと鬱蒼としていると思ったんですけど、そうでもないですね」


「これは森と言うよりも林といったほうが近い気がしするぞ」


 2人は森の端で、少し拍子抜けしたように立ち尽くす。

 ウィルボーの森は2人の予想だと、巨大な大木が鬱蒼と生い茂り、空を覆い尽くす木の葉で日光は遮られ、薄暗い中でどこからともなく怪鳥の鳴き声が響く。そんなのを予想していたのだが、実際に目の前に広がる森は、木々の間隔は結構離れており、秋には家族連れで紅葉狩りにでもいけそうな雰囲気がある。


「とてもゴブリンが大量発生している危険な森に見えないです」


「木漏れ日の下で読書でもしたくなるくらい、とてもいい所だね」


 栄治は目を凝らして森の奥を覗いて見るが、動きがあるのは時折上からヒラヒラと降ってくる木の葉だけだ。


「でもまぁ、危険な場所が危険な雰囲気をしていると決まっているものじゃない。ここからは気を引き締めていこうか」


「はい、そうですね」


 2人はお互いに頷きあうと、ウィルボーの森へと足を踏み入れていった。

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