第11話 今日の運勢カウントダウン、正しくはカウントアップでは?
栄治は心の中で「王城の人達が親切な人達でありますように」と祈りながら、表面上はあくまで毅然とした態度を保ったまま歩く。ふと隣を見てみると、優奈が不安げにキョロキョロと視線を動かしていた。まるで小動物であるかの様な彼女に、栄治は少し癒されながら正門へと向かう。
2人がある一定の距離まで門に近付くと、正門のすぐ隣に立っていた石造りの小屋から、1人の兵士が出て来た。
「ようこそいらっしゃいましたグンタマー様。王城へはどう言ったご用件でしょうか?」
城門を通る時の衛兵と同じ様に、丁寧な対応を取る兵士に栄治はほっと胸を撫で下ろす。
「王城の中にクエストボードがあると伺って来たのですが」
緊張から解放されて、にこやかな笑みを浮かべながら栄治が言う。
情報屋が言っていた、国は出来るだけグンタマーを抱え込みたいというのは、どうやら本当のようである。
抱え込みたい相手に対して、必要以上に礼儀を強要したり、変な言いがかりをつけて乱暴してくるような事はないだろう。
「クエストボードですね。それではこちらの者に案内させましょう」
兵士はそう言って、石造りの小屋に一旦戻るともう1人の兵士を後ろに連れて戻って来た。
「クエストボードの所まで彼が案内いたします」
紹介されると、後ろの兵士が一歩前に出る。
最初に出て来た兵士に比べると大分若い兵士であった。最初の兵士の見た目が30代半ばくらいに対して、紹介された兵士はまだ20代に達していなさそうで、青年と言うよりは少年といった感じだった。
「自分がクエストボードがある場所まで案内させて頂きます! 自分の後について来てください!」
軍人口調の大きな声で、少年兵士は言う。そんな彼の初々しい感じが可愛らしかったのか、優奈がクスッと小さく笑った。笑われた少年は、頬と耳を真っ赤に染めると、恥ずかしさを隠すようにすごい勢いで回れ右をして背中を向けると、「自分について来てください」と言って王城の方へと向かう。
優奈と少年兵士では、外見だけで言うとほとんど同じ様な年頃だが、優奈には生前の記憶というものがある分だけ、中身では大人なのだろう。そう言ったところから、優奈にとっては見た目は同い年くらいの少年兵士でも、彼女の目には年下に映るのかもしれない。
栄治がそんな事を考えながら歩いていると、案内をしていた少年兵士が、ある建物の前で止まった。
「こちらがクエストボードがある建物になります!」
少年兵士が立ち止まった先には3階建ての大きな建物があった。
その建物は、感覚で言うと学校などにある体育館と同じくらいの大きさで、形はほぼ真四角と言ったところだ。装飾等がほとんど施されておらず、実用性重視の無骨な感じから、衛兵の詰所というのがとてもしっくりくる。
「それでは中に案内いたします!」
少年兵士が、黒塗りで重厚そうな木製の両開き扉の取っ手に手をかけようとした時、急に内側から扉が開け放たれて、そこから小さな男の子が飛び出して来た。
飛び出して来た男の子は、前を見ずに顔を俯かせたまま走って来たので、ちょうど扉の正面に立っていた栄治とぶつかってしまう。
「うぐっ!」
一瞬だけ声を上げて尻餅をついてしまう男の子に、栄治は内心で「俺は人とぶつかる加護でも手に入れたのか?」とちょっと呆れ気味に思う。
優奈の時といいこの男の子といい、1日に2度も人とぶつかるなんて、ツイているのかツイていないのかよくわからない日だ。きっと現世で、朝のニュース番組で星座占いカウントダウンを見たら、「今日はちょっと人とぶつかりやすい日、他人との距離感に気を付けて!」なんて言われるんだろう。
そんな仕様もない事を思いながら、栄治は目の前で倒れている男の子に声をかける。
「大丈夫かい?」
そう言いながら栄治は手を差し伸べるが、その手を完全に無視して男の子は1人で立ち上がる。
「怪我は無い?」
優奈が膝に手をついて、男の子の顔の高さに合わせて屈みながら、優しく声をかけるが、男の子は顔を俯かせたまま首を左右に振るだけだ。よく見てみると、俯いていてよく確認できないが男の子の目には涙が滲んでいるように見える。しかし、男の子のまとう雰囲気からして、その涙の原因は先ほどの衝突では無い様だ。
その事に栄治が首を傾げていると、栄治と優奈の親切を無視して黙り込んでいる男の子を見かねて、少年兵士が男の子に少し強い口調で注意をした。
「こら! グンタマー様に失礼だろ! それに前を見ずに走って飛び出るなんて危ないじゃないか、走る時はしっかりと前を見るんだ!」
少年兵士の注意が若干ずれている気がするが、栄治は突っ込むという野暮なことはせずに、男の子の方に視線を向ける。
叱られた当の本人は、少年兵士の方を上目遣いにギロッと睨め付ける。まだ小学校の低学年位の容姿の癖に、その男の子の睨みは中々に迫力があり、どこか鬼気迫るものがあった。
「役立たず!」
男の子は少年兵士に対してその一言だけ吐き捨てるようにいうと、そのまま走り去ってしまった。
「一体なんだったんだ?」
栄治は走り去っていく男の子の背中を見ながら首を傾げる。優奈の方は男の子の事が心配な様子で、ちょっと浮かない表情をしていた。
「大変失礼しました! あの子に変わりまして自分が謝罪申し上げます!」
少年兵士はそう言うと、深々と頭を下げた。もう深く下げすぎておでこが膝に当たってしまっている。
栄治は少年兵士の前屈謝罪を見て「おぉ、すごく体柔らかいな」と、どうでも良い事に感心しながも、彼に頭をあげるようにお願いする。
「別になんとも思っていないから頭を上げてくれ」
その言葉に、少年兵士は「なんと寛大な御心でしょうか」と感動の眼差しを向けて来るが、逆に幼い子供がぶつかっただけでキレる奴の方が少ないんじゃないかと思ってしまう栄治は、少年兵士の視線に若干の居心地の悪さを感じながら、気になることを質問する。
「それよりも、ここは王城内だよね? あんな風に一般人が普通に入って来るものなのかい?」
もしそうだとしたら、あんな小さな子供でも平然と入っているのに、自分たちが王城内に入る時はあんなにビクビクしていたのが恥ずかしくなってしまう。
「ここは確かに王城内ですが、ここはその敷地内でも一番外れの方にあるのです! そして、ここにはクレシオン内のお尋ね者の情報や、街道の盗賊や魔物の情報を一般市民でも報告できる様になっているのです!」
その説明に栄治はなるほど、と納得して頷く。つまりこの衛兵の詰所という所は、現世でいうところの交番の様な役割も果たしているようだ。
「それでは早速中に案内させて頂きます!」
少年兵士は今度こそ取っ手に手をかけると、扉を引いて栄治と優奈の2人を建物の中へと招き入れた。
「なんか街の役場っていう感じですね」
建物に入って、入り口から中を一通り見渡してから優奈が小さく呟いた。
「確かに、俺もそんな感じがする」
優奈の感想に同意する栄治。
建物の内部は、扉をあけてすぐにひらけた空間になっていて、入り口を正面にして左奥の方には受付の様なカウンターがある。おそらくあそこが一般市民が情報を持ち込む場所なのだろう。右奥の方には二階へと上がる階段が見えており、その手前の空間は木製のベンチが置かれていて、複数の兵士が座り込んでいて談笑していた。そして、左手前には扉が設置されていて、どうやら奥に小部屋が有るようだ。
「クエストボードはこちらになります!」
少年兵士はその小部屋の方の進んでいく。そして、小部屋の扉を3回ノックした。
「失礼します! グンタマー様を案内してきました!」
少年兵士が大きな声で報告すると、小部屋の中から小さく「入って良いぞ」という声が聞こえてきた。その声を確認してから、少年兵士は扉を開けると2人に道を開ける。
「自分は外で待っています!」
そう言って、栄治と優奈が部屋に入ると静かに小部屋の扉を閉めた。
栄治と優奈は案内された小部屋の中を観察する。
広さはおおよそ8畳くらいはある感じがするが、右の壁一面に設置されている大きな本棚と、その中に入っている沢山の本と紙束の所為で少し圧迫感を感じる。だが、左の壁には窓が複数取り付けられていて、そこから外の陽が差し込むので明るさは十分確保されている。そして、部屋の真ん中には1つだけ大きな机が置かれていて、その奥に1人の老人が座っていた。
「ようこそいらっしゃいました、グンタマー様方」
老人は栄治と優奈が部屋に入ってすぐ席から立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべて歓迎の言葉を口にする。老人は白い口髭をたっぷりと蓄え、目元に深いシワを作りながら穏やかに笑う様子はまさしく好々爺といった感じである。
「どうぞそちらの椅子にご自由に腰掛けてください」
老人は机の前に置かれていた複数の椅子に座るように促し、栄治と優奈が隣同士で座ったのを確認してから自分も椅子に腰掛けた。
「これはこれは、なんともお美しいグンタマー様でありますなぁ、殿方の方も……とても逞しそうでございますな」
「いえ、そんな事はありません」
優奈は老人の言葉に恥ずかしそうに俯く。対する栄治は、老人の言葉の間にあった少しの空白がとても気になり、片方の眉がピクッと上に動いたが、何事も無かったように笑みを浮かべる。若干彼の口元は引きつっているが。
「儂の名前はギムリと申します。ここで、クエストボードの管理を行っています」
老人が自己紹介すると、栄治と優奈も続けて名を名乗る。
「初めましてギムリさん。大紋栄治です」
「新川優奈です。よろしくお願いします」
「ふむ、ダイモンエイジ様にアラカワユウナ様ですな」
老人--ギムリが2人の名前を確認するように反芻する。このとき栄治は気付いたのだが、この世界の人はこちらが名前と一緒に名字を名乗ると、名字まで名前と勘違いして発音してしまうらしい。情報屋とのやり取りの時も彼は栄治のことを「ダイモンエイジ様」と呼んでいた。
もしかしたら、この世界で名字を持っているのは貴族や王族のみで、一般人は名前しか持っておらず、自己紹介するときは名前しか言わないのが普通なのかもしれない。現に日本でも江戸時代までは一般市民は名字を持っていなかったと聞いたことがある。
これからは、名乗るときは名前だけにしようと思いながら、今回は訂正するのが面倒臭いのでこのままにしようと決める栄治。
「お二人様がここにいらっしゃったという事は、依頼を求めてという事でよろしいですかな?」
ギムリが確認するように栄治と優奈に視線を投げかけると、2人は肯定の頷きで返す。
「かしこまりました。それでは早速依頼を探しましょう」
ギムリはそう言うと、一旦席から立ち上がって壁に設置されている大きな本棚の方に向かい、そこから何個かの紙の束を手に取って再び椅子に座った。
「2人様はどちらも黒套でいらっしゃいますので……」
ギムリはチラッと2人のマントの色を確認すると、持ってきた紙束をめくりだした。彼がめくる紙には、何やら文字がびっしりと書き込まれている。
栄治は、ギムリがめくっている紙束を見て意外そうな声を上げた。
「ほう、クエストボードとは紙で出来ていたのですね。俺はてっきり板か何かに書き込まれているものと思っていました」
さらに言うなら、栄治が思い描いたクエストボードは居酒屋のような場所の壁に設置されていて、そこに乱雑に依頼書が張り出されていて、そこから自分の好きな依頼を選んで受付に持っていくと言ったイメージであった。未だに彼の頭の中からは冒険者ギルドが抜けきっていないようである。
栄治の言葉に、ギムリが「ほほほっ」と笑みを浮かべた。
「ダイモンエイジ様の言う通り、かつてのクエストボードは木の板でできておりました。しかし、今では製紙技術が発展して木のクエストボードは無くなってしまいました。因みにこの製紙技術を広めたのは昔のグンタマー様だったらしいですぞ」
ギムリ曰く、大昔のあるグンタマーが、この世界に紙が全然普及していないことを大変不便に感じて、とても画期的な製紙技術を各地に伝えて回ったらしい。
栄治はその話を聞いて、そのグンタマーはきっと前世では製紙産業に携わっていた人なんだなと直感した。
「ふむ、お二人にちょうど良い依頼がありましたぞ」
ギムリは紙をめくる手を止めて、一枚の資料を指差した。
「東のベークド街道沿いで、ここクレシオンから徒歩半日ほど行ったところにゴブリンが大量に発生しているそうです」
ギムリは一旦資料から目を外し、栄治と優奈の2人を見る。
「グンタマー様、ゴブリン退治はいかがでしょうか?」




