第10話 美少女は存在だけで偉大である
将来のハーレムを夢見る栄治は、懸命にニヤケ顔を堪えて努めて真剣な表情を作りながら、優奈に諭すように言う。
「優奈、この世界は俺たちが生きていた世界よりも原始的で、世界平和を維持しようとする国際的な組織がないみたいだ。だから、それぞれの国が自分たちの国を守る為には戦わないといけない」
栄治や優奈が生きてきた世界では、国同士の中が悪くなると、他の国が仲裁に入ったり対話をしたりして、できるだけ戦争を避ける方向で世界全体が団結して動くが、この世界では、国同士の繋がりが弱く、領土戦争が頻繁に起こっている様だ。そんな時代では、弱い国は強い国に吸収されて消滅してしまう。そうならない為には、武器を手にとって戦うしかない。
「俺も戦争は嫌だけど、この世界には強者に虐げられている弱者も沢山いるはずだよ。そういう人たちや国をこのグンタマーの力を使って少しでも救う事が出来るなら、そんな戦いからは俺は逃げたくはない」
亡国の姫を救って、一緒に国を立て直す。そんな妄想ストーリーを真剣な表情の裏で考えながら、栄治は優奈に言う。
真剣そのものの表情で真っ直ぐに言われた優奈は、彼の言葉に少し迷った様な表情を見せた後、決心した様に栄治を見る。
「そうですよね。誰かを救える力を持ちながら、何も行動しないのは、戦争で他の人を苦しめるのと同じ位罪深い事ですよね」
栄治の脳内妄想を一切知らない優奈は、彼の言葉に少し感動すらしている様子で言う。
「その通り、そして何かを守る為には強くなくてはならない」
栄治は神妙な面持ちで頷くと、情報屋に視線を向ける。
「そういえば聞き忘れたのですが、このクレシオンという街はエスピアン地方のどの辺りに位置しているのですか?」
先程、エスピアン地方の情勢について聞いたが、一番肝心のいま自分達がいる所についての情報を聞くのを忘れていた。
「クレシオンはエスピアンのちょうど真ん中に位置しております」
一瞬栄治は、クレシオンの情報を聞くには情報屋に追加料金を払わないと教えてくれないと思ったが、どうやらそれは杞憂だった様で、すんなりと説明を始めてくれた。
「クレシオンは5つの街道が交わる所にある巨大交易都市として発展してきました。またこの街はどこの国にも属しておらず、この街1つが都市国家として成り立っています。そして、クレシオンを敵に回すと物流と経済が回らなくなる事から、他の国もこの街を攻撃してきません」
情報屋は最後に「まぁ、他国が攻撃してこないのは、クレシオンの軍事力がそこらの小国をはるかに上回っているのもありますが」と付け加える。その説明に栄治は、再度この街を囲っているであろう城壁を思い出した。
自分の何倍もあるかという高さに、どこまでも続いてそうな長さ、そんなもので街を覆えるということは、クレシオンという街はさぞかし豊潤な財源と高い技術を持っているのだろう。そして、保有している軍事力は小国以上となれば、下手に侵略して支配するよりも、平和に条約を結んで取引した方が、利益を得られるのだろう。
「ありがとうございます。あなたに色々教えてもらったおかげで、今後の予定が立てやすくなりました。こちらが約束の報酬です。どうぞ受け取ってください」
栄治は約束通り、残りの報酬である銀貨2枚を情報屋に渡すと、優奈と一緒に席を立ち、もう一度情報屋に2人で頭を下げてから席を去った。
去って行く若者2人の背中を情報屋は、面白そうに目を細めて眺めていた。
「また、この世界にグンタマー様が増えたか……」
情報屋は小さく呟くと、コーヒーを小さく啜った。
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優奈は隣に立っている栄治を見て、不安そうに言う。
「なんか緊張しますね。本当に入って良いんでしょうか?」
「大丈夫なはずだよ。情報屋も紹介状やそんな類のものが必要だとは言ってなかったしね」
優奈に答える栄治のその言葉にも、どこか不安が滲んでいて、なかなか進むのに決心がつかない様子だった。
いま2人がいるのはクレシオンの中心地、つまり王城の真ん前だった。
情報屋から話を聞いた後、2人はまず武器屋に行った。このとき行った武器屋は、2つあるうちの安い方に行った。王城に近い方の武器屋を選ばなかったのは、単純に2人の持っている金額の問題である。
先程の情報屋との報酬のやりとりで、コインポイントがこの世界の通貨に変換できることが判明したが、それと同時にいま2人が持っている全財産が約銀貨11枚分しかないことが判明してしまった。
現在、栄治が持っているコインポイントは4000ポイントである。ロージナの説明の時に軽装歩兵300人を雇うのに3000ポイントを消費し、情報屋に報酬で銀貨3枚を払ったので、コインポイントを3000ポイント失っている。
これに対して優奈は、栄治と同じ軽装歩兵に3000ポイントを使用して、2人の食事代でコインポイント200を消費している。どうやらコインポイントは10ポイントで銅貨1枚に変換できる様だ。これで彼女の保有コインポイントは6800ポイントである。この時栄治は食事代も払おうとしたが、情報料を栄治が払ったので、ここは私が払うと頑として譲らなかったのだ。
栄治はまだこの世界の物価や相場を把握できていないが、武器や防具は高価なイメージがある事から、王家御用達の武器屋に行ってもお金が足りないと判断したのである。
そんな彼の判断は正しく、2人が行った高くない方の武器屋でも、剣や甲冑の表示金額が金貨何枚と言うのがざらにあった。
栄治としては、ここで武器屋の親父が彼の才能を見抜き、将来を見込んで店に代々伝わる伝説の装備一式を無償で譲り渡すといったイベントが起きて欲しい所だったが、実際そんなイベントは起こらず、それどころかびた一文負けてくれる事もなかった。
おかげで、いま栄治が身につけている装備は、関節や急所を部分的に守る革の防具に、ミスリルやオリハルコンなどといったファンタジー金属ではなく、特に変哲も無いただの鉄の剣となっている。
この武器屋で起きたイベントを強いて言うなら、栄治と武器屋の親父の2人が理性を失う寸前まで追い詰められた事ぐらいだろう。
栄治が武器屋の親父に、ミスリルでできた格好良いデザインの長剣を何とか買える範囲まで値切ろうと奮闘していると、後ろから優奈が少し困った様に声をかけてきた。
「栄治さん、これよりも大きなサイズはないんでしょうか?」
その声に栄治が振り返ってみると、そこには彼女の大いなる女性の魅力が革の胸当てによって寄せられて、破壊的かつ魅力的な谷があった。
「おぉ! これは何と言う素晴らしい光景じゃ!」
栄治と一緒に振り返った武器屋の親父が、鼻の下をこれでもかという位に伸ばす。
「優奈、取り敢えずそのサイズはあっていない様だから外そうか」
「うん……あれ、う〜ん、うまく外れないよ」
彼女が身につけている胸当ては、背中に留め具が付いているタイプで、優奈はその金具を外そうと両手を後ろにやって、試行錯誤するが慣れていないせいでなかなか外れない、そして、彼女がうんうん言いながら頑張って腕を動かす度に、胸当てに窮屈そうに押し込められている2つの大山が躍動する。優奈が腕を背中に回しているせいで、上体が逸れる形になっており、結果として強調される様に前に突き出されたそれは、最早凶器と言ってもいい程である。
「どれどれ、ここはわしが手助けおばして差し上げよぐびぇ」
「エロ親父は引っ込んでろ」
鼻の下を伸ばし両手をワキワキと動かして優奈に近づく親父の姿は、栄治達が生きてきた世界では、警察に通報されても文句が言えないほどの変態っぷりだった。
「優奈、俺が金具を外してあげるから、手を退かしてくれ」
「ありがとうございます。これ外すの難しいね」
優奈は栄治に言われた通り、後ろに回していた腕を元に戻した。これによって、彼女の強調されていた魅力が、いくらか抑えられる。
栄治は優奈の後ろに回ると、心を無にして彼女の防具の留め金に手を伸ばす。魅力が抑えられたと言っても、依然として男の理性を吹っ飛ばすには十分な破壊力を持っているそれに、栄治は目がいかない様に理性をフル稼働させて、胸当ての金具を1つ1つ外していく。
やがて、留め具が全て外れた胸当ては、優奈の体から無事切り離された。
胸当てが彼女から離れる時、大いなる魅力はプルンと大きく一度揺れ、最後の大爆発を起こしたが、栄治はその爆風から何とか理性を守ることに成功した。
「ふぅ〜、苦しかった〜。ありがとうございます栄治さん」
「どういたしまして」
振り返って礼を言う優奈に、栄治はまるで聖人君子の様な表情で答える。
先程の魅力に打ち勝つには、全ての煩悩を消し去らなければいけなかったのだ。しかし、煩悩の全てを捨てきれなかった武器屋の親父は、最後の爆発に耐えきれず、両目をハートにしたままフリーズしてしまっていた。
そんなエロ親父に、優奈は自分が試着していた胸当てを手に尋ねる。
「あの、私でも身につけられる防具ってあるでしょうか?」
優奈に聞かれても、親父は暫くボーッと彼女を見つめ返すだけだった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
彼をこんな状態にした原因が、よもや自分だとは思わない優奈は、放心状態になっている親父に心配そうに声をかける。
「お、おう。すまんの、しばし楽園を見ていた様じゃ……ふむ、そなたに合う防具じゃな、今持ってくるから待っとれい」
やっと正気に戻った武器屋の親父は、そう言い残すと、いそいそと店の裏へと入っていき、暫くしてから戻ってきた。その手には何やら純白の布が握られていた。
「これはの、防刃と耐魔法の効果があるユニコーンの立髪が編み込まれている特殊なローブじゃ」
そう言って差し出す親父だったが、優奈はそれを受け取るのを躊躇う。
「すみません、今の私はお金をそこまで持っていないので、あまり高価なものは買えません」
ユニコーンの立髪というものが、どれ程価値のあるものか正確には分からないが、それでもローブの質感や雰囲気から、決して安物ではないということは容易に想像がつく。しかし、親父は彼女の言葉に首を振ると、真剣な表情で語り出した。
「わしも商売で武器屋をやっている以上、全てをタダでというわけにはいかんが、若い者が金銭の問題で安い装備しか買えず、そのせいで戦いで命を落とす様なことは、できれば起きて欲しくないんじゃ、だからお嬢さん、これはわしの為だと思って受け取ってはくれんかの?」
武器屋の親父の為にと差し出されるローブに、優奈は尚も迷う。そんな彼女に、親父はあれやこれやと様々な説得をする。やがて、優奈の方が親父の説得に折れると、純白のローブを受け取る。
「タダというのは申し訳ないので、これだけは受け取ってください」
優奈は有無を言わせない口調で、銀貨5枚を親父の手に握らせる。彼はその銀貨を見て、渋る様子を見せるが、優奈の決意の篭った目を見て素直に受け取ることにする。
そんなやり取りを見ていた栄治が、頃合いを見て先程の交渉していたミスリルの長剣を持ち出す。
「なぁ親父、この剣も……」
「それはまけられん」
栄治に話を最後まで聞かずに、バッサリと切り捨てる親父に、栄治が不服そうな表情を作る。
「さっきの若者の話はどこにいったんだよ」
「確かに若者が安い装備のせいで命を落とすのも嫌じゃが、時には心を鬼にして、若者に身の丈っていうやつを教えてやるのも、わしの務めじゃ」
そんな事をいけしゃあしゃあと言う親父に、栄治は尚も食い下がりたい気持ちはあったが、ここはぐっと堪えて、安物の装備で我慢することにした。
グズグズと言い合って、みっともない姿を優奈に見せたくなかったのだ。
そんなちょっとした事件があった後に、2人はこうして王城の正門前まで来たのである。
「この中に衛兵さんの詰所があるんですよね?」
「情報屋の話だと、そうだね」
正門を前に、王城という特殊な雰囲気に若干尻込みする2人。だが、この反応は当然だろう。誰でも、いきなり皇居に中に入れと言われて「はい行って来ます」と言える屈強な精神力の人はなかなかいないはずだ。
しかし、こうして眺めていても、事態が進まないのも事実なので、栄治は意を決して足を前に踏み出す。
「何も悪い事はしていないんだし、いきなり捕まるなんてことは無いだろう」
自分を奮い立たせる様に言い聞かせながら、足を進める栄治の隣を歩きながら、優奈が小さい声で言う。
「でも昔の大名行列では、大名が通っている時に頭を上げただけで、不敬罪で打ち首だったって歴史の先生が言っていた気がします」
「ははっ、それは大袈裟だよ。それに大名行列は産婆さんは横切っても良かったんだよ? つまりそれだけ心が広かったんだよ。だからきっと大丈夫」
栄治は優奈の言葉を笑い飛ばすと、さも平気な様子で正門へと近づいて行くが、心の中では「どうか心優しい人たちであります様に」と結構本気で祈っているのであった。




