第9話 ハーレム系主人公は最低男
太陽が少し傾き始めた昼下がりの明かりが、大きな窓から店の中へと差し込む。
白い陽光に照らされた店内で、20歳前後の青年とその隣には10代半ばの美少女が並んで座り、その向かいにはヒョロっとした青白い顔の男が座っている。
「それでは何から説明いたしましょうか?」
情報屋が二人に問いかけると、栄治の方が答える。
「それじゃ、武器屋と鍛冶屋の場所について初めに聞かせてください」
そう栄治が言うと、情報屋は一度佇まいを直してから話し出す。
「分かりました。まず武器屋についてですが、ここクレシオンには2つございます。1つはここの通りを進んでもらえばすぐに辿りつけます。もう1つは、王城の近くにありますが、こちらは王家御用達となっているますので、少々お値段が高くなっております。その分質は良いものとなっておりますが」
そう言うと、情報屋は足元に置いてあった荷物入れから一枚の紙と羽ペンを取り出し、そこに簡易的な地図を書き込んでいく。
「こちらが2つの武器屋の位置を示した地図になります」
情報屋が描いてくれた地図を栄治と優奈の2人は頭を寄せて覗き込む。
そこには、土地勘がない人でも迷わない様に、特徴的な建物や大まかな距離が書き込まれていてとても分かりやすいものになっていた。その辺はさすが情報を扱うプロと言ったところだろう。
地図に感心している2人に、情報屋は続けて鍛冶屋についての説明を始める。
「もしも武器や防具をお求めで鍛冶屋に行こうとなされているのであれば、それはあまりお勧めできません」
「そうなのですか?」
情報屋の説明に、2人は地図から顔を上げて、優奈が疑問の言葉を発する。
「はい、クレシオンには4つの鍛冶屋が御座いますが、そのどれもがドワーフによって運営されています」
その情報屋の言葉に、栄治は「お約束だな」と小さく頷く。
ファンタジーな世界において、ドワーフというのは大抵の場合が山脈に坑道を掘っていて、宝石に目がなく、そして鍛治技術が特出している。というのがお約束である。そして、小柄で髭が濃いドワーフは大抵が頑固で気難しい職人気質で、人嫌いだったりする。
「この鍛冶屋を運営しているドワーフなのですが、少々気難しいところがありまして、素人のお客様が行かれると、機嫌を損ねて門前払いしてしまう事が多々あるのです」
情報屋の説明は栄治の予想通りだった。
「ですので、よっぽど特殊な物をオーダーメイドで創りたいといった場合でなければ、素直に武器屋に足を運んでいただいた方が無難だと思われます」
その説明を聞いて、栄治の中では鍛冶屋に行くという選択肢は無くなった。一応隣の優奈に確認してみるが、彼女の意見も素直に武器屋に行こうという事で栄治と考えが一致していた。
栄治は優奈に向けていた視線を再び情報屋に向ける。
「武器屋については十分な情報を得ることが出来ました。次にクエストボードについてお聞きしてもいいですか?」
「かしこまりました。まずクエストボードが置かれている場所ですが、それは王城の衛兵の詰所にあります」
「衛兵の詰所か、俺はてっきり冒険者ギルドとかに在るのかと思った」
先程は想像通りのドワーフが出てきたことから、クエストボードもその名前の雰囲気から冒険者ギルドとかに設置されているものだと思い込んでいた。
そして冒険者ギルドは酒場も併設されていて、そこで昼から飲んだくれている輩に優奈が絡まれて、それを颯爽と助ける栄治。その騒動の一部始終をギルドマスターが見ていて、栄治に超難関な試練を出す。その試練を難なくこなす栄治は、マスターに認められて華々しくSランク冒険者としてデビュー。彼の実力に惚れた大国の美少女お姫様が栄治に結婚を迫るが、それに嫉妬してしまう優奈。かくして修羅場と化すなかで、抜け駆けで栄治を手に入れようとする、ちょいエロのお姉さんメイドと冒険者仲間として仲良くなったが、いつの間にか栄治のことを好きになっている猫耳娘。気がつけば栄治に周りは美少女ハーレムに。
それが、主人公補正のかかっている自分が歩む道に違いない、と信じて疑わない栄治の妄想は情報屋の無情な言葉で砕かれる。
「冒険者ギルドはありませんよ?」
その短い言葉で、栄治の王道ハーレム街道はガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「ええっ!? それじゃあ元気一杯でみんなのアイドルなギルドの受付嬢も、ギルド最強でコミュ障気味の無表情無口美少女もいないって事なのか……」
「なんて無情な世界なんだ」とテーブルに突っ伏して絶望する栄治に周りには、どんよりとした重く暗い空気が立ち込める。
栄治の落ち込んでおる理由が全然わからない情報屋は、彼の絶望っぷりに困惑しながらも説明を続ける。
「ギルド制度というものは随分昔に廃止されました。なんでも、当時あったギルドは王権に近付き、様々な特権を得ていたらしいのですが、それが後々に癒着や市場の独占に繋がり、市民たちの強い反発にあい、ついには廃止されたようです。ですが辺境の国などに行けば、まだギルド制度の名残がある所もあるようですよ?」
後半は、未だ絶望の淵にいる栄治を思いやってか、慰めるような口調になる情報屋。
栄治は内心で「ここまで順当にファンタジー路線を行っていたのに、なんでそこだけ現実的なんだよ……」とぼやく。
「いや、別にギルドに興味があるわけじゃ無いんです。どうぞクエストボードの説明を続けてください」
元気のない声で言う栄治に、急に落ち込み出した彼の内情を理解できない情報屋は「はぁ」と若干困惑気味に頷いてから、話を続ける。
「衛兵の詰所には、この都市の周辺に起きている問題で、グンタマー様に解決してもらいたい案件をまとめた物があります。それがクエストボードと呼ばれています」
「それじゃあ、そのクエストボードで依頼を受ければ、他のグンタマ―と戦わずに済むんですね。よかったですね栄治さん!」
優奈はニッコリと栄治に笑いかける。その太陽のような笑顔を見た瞬間に、「そうだ俺の隣にはこんなにも可愛い美少女がもうすでにいるじゃないか」と栄治の心は絶望の底から舞い上がり天高くまで登っていく。
きっと自分は、女の子に沢山囲まれるハーレム系主人公ではなくて、一人の女の子を一途に思い続ける純情系主人公に違いないと確信する栄治。それに、ハーレム系主人公は前々からいけ好かないと思っていたのだ。沢山の女の子から思いを寄せられながらも、鈍感でそのどれにも応えることが出来ずに、自分の気持ちは色んな女の子にフラフラする。何とも優柔不断で甲斐性無しの情けない男である。それに引き替え純情系主人公の一途に思い続ける姿は正しく、男の中の男と言えるだろう。
栄治はモテる男への嫉妬を自分勝手な持論で最低男と位置づけして満足すると、すっきりした心待ちで情報屋の方を向く。
「それでは次に世界情勢についてお聞きしてもいいでしょうか?」
「分かりました。先程も言いましたが私が説明できるのはエスピアン地方についてですがよろしいですね?」
情報屋の確認に、優奈が小さく手を挙げる。
「あの、エスピアン地方とは何でしょうか?」
まだサーグヴェルドにきて数時間しかたっておらず、右も左もわからない二人にとって、エスピアン地方というものがどういったものなのか皆目見当がつかないのである。
「エスピアン地方というのは、東のウーラ山脈から西のウェイグ海の間に広がっている平地の事です」
そう言って、情報屋はエスピアン地方について詳しい説明を始める。
ほとんどが平地になっているエスピアン地方には、数多くの国が混在しているらしい。
「まずエスピアン地方の西側ですが、ここにある国は、その多くがウェイグ海に面しているため、海上貿易が発達していて裕福な国が多いです。国家間の仲もそこまで険悪ではなく、今は他の国々と比べると情勢は落ち着いています」
人は満たされていると争いをしないと言う事だろう。しかし、満たされすぎても逆に欲が出てしまって、争いの原因になったりもする。
「次に南の方ですが、こちらは中小国家が多く混在しており、毎日のように小競り合いが発生しています。複数の国が絡んだ大きな戦も何回か起きています。それと、こちらは魔族領とも隣接していますので、そこでも人間と魔族の種族戦争が発生していますね。私の情報ですと、魔族側に強力な魔王が現れたとのことです」
「魔王が現れたって、そんな呑気なことでいいんですか? 強力な魔王って言ったら人類存亡の危機とかじゃないのですか?」
さも平然と強力な魔王が現れたと言う情報屋は、どこか他人事のようで思わず質問する栄治に、情報屋は「人類の危機とは大袈裟ですね」と小さく口元に笑みを浮かべる。
少しバカにされたように感じた栄治は、口をへの字に曲げる。
「魔王とは魔族の国の王ですが、魔族の国も人間と一緒でいくつかの国があります。そして魔族の国どうしでも争っているので、いくら強力な魔王が現れたとしても、人類を滅ぼすのは不可能でしょう。それに、人類には勇者という存在もおりますので」
「なるほどね、魔王に勇者か……そこら辺はちゃんとファンタジーしてるんだな」
そうなるとますます冒険者ギルドがないことが悔やまれてしまう。再び栄治の頭に美少女ハーレムが浮上してくるが、頭を振ってそれをかき消す栄治。
「最後に北のほうですが、こちらは2つの超大国によって支配されています。1つはガルベーザ帝国という国で、もう1つはホルヘス皇国です。この2つの国は国力が拮抗していて、戦ってしまうとお互いにとんでもない被害が出てしまうので、長い間不戦条約が結ばれていましたが、最近両方の国の王が若い方に代替わりした事で、この条約を軽視する声が強くなっておりまして、緊張が高まっている状態にあります」
「なるほど、ちなみにエスピアンの東はどうなっているのですか?」
「はい、東の方は先ほど言いましたようにウーラ山脈が広がっていまして、そこにはドワーフの国があります。そして山脈の麓には深い森が広がっていて、その森にはエルフがございます」
山脈のドワーフに、森に住むエルフ。またしてもファンタジーにありがちな設定の登場に「なんでここまでお約束が揃っていて、冒険者ギルドがないんだ!」と憤慨する栄治。
三度彼の脳内に美少女ハーレムが思い浮かぶが、それを栄治は「ハーレム系主人公は最低男、ハーレム系主人公はクソ野郎、ゴミクズカス!」と必死に欲望を抑え込む。
「エスピアン地方の情勢については理解することができました。それでは最後に、グンタマーについての情報を教えてください」
ハーレム系主人公に対しての罵詈雑言でなんとか欲望を封じ込めることに成功した栄治は、一番知りたかった情報を求める。
「分かりました。私もグンタマー様についての情報はさして多くは持っておりませんが」
そう言って、情報屋は一旦言葉を区切ってコーヒーを一口飲むと、再び口を開く。
「まず、グンタマー様はとても強大な力を持っています。その力は、黄套で小国の軍事力と同等とされていて、赤套では大国の軍事力をも凌ぐと言われています」
「ん? ちょっと待ってください。その、オウトウとかセキトウというのはなんですか?」
栄治は聞き慣れない単語に説明を求める。隣の優奈を見てみても首を傾げている。
「はい、黄套や赤套というのはグンタマー様が身に付けているマントの色のことです。グンタマー様の強さはマントの色に反映されていますので、黒を始めとして青、緑、黄、橙、赤、そして最後に紫という順で強くなっています」
情報屋の説明に、栄治はロジーナからマントを受け取った時の説明を思い出す。確かロジーナはグンタマーにはSからFまでのランクがあると言っていた。となると、情報屋の説明と照らし合わせると、紫がSランクでそこから順番に下がっていき、今の栄治や優奈のマントの色である黒はFランクということだろう。
「なるほど、この世界の人たちはマントでグンタマーの強さを判断しているんですね」
「そうです。そして先程の話ですが、グンタマー様はとても強大な力を持っているため、一般人はあまり積極的にグンタマー様と関わろうとはしません。触らぬ神に祟りなしというやつですね」
この言葉を聞いて、栄治はやっと謎が解けてスッキリした気持ちになった。
彼が城門を通る時のやけに丁寧な態度の衛兵や、大通りを歩いている時に感じた視線は、強大な力を持っているグンタマーを警戒しての事だったみたいだ。
栄治が納得して頷いていると、さらに情報屋が説明を続ける。
「一般人は関わろうとしませんが、国は違います。国はできるだけ強いグンタマー様を1人でも多く抱え込もうと躍起になります。なにせグンタマー様はお一人いるだけで戦局が一変してしまいますから」
「それはそうでしょうね。なにせ俺たちは1つの軍隊を手軽に運用できますからね」
情報屋と栄治の2人がそんな会話をしていると、不安そうな表情で優奈が声を発する。
「やはりグンタマーというのは戦からは避けられない運命なのでしょうか」
彼女の悲しみを含んだ声音に、情報屋は表情を柔らかくして慰めるように言う。
「確かにグンタマー様は戦いからは逃れられない運命にあるようですが、私の知っているグンタマー様の中には、決して合戦には参加せず、盗賊や魔獣討伐など人の為になる戦いしかしない者もいらっしゃいます」
情報屋の気遣いが伝わり、優奈はニッコリと微笑む。
そんな彼女の天使の微笑みを向けられた情報屋は、僅かに頬を赤らめて優奈から気まずそうに視線を外す。
中年のいい歳こいたおっさんが、若い子にドギマギする様子を面白そうに眺める栄治には、1つの希望が芽生えていた。それは情報屋が言っていた「国は強いグンタマーを欲している」と言う言葉だった。
圧倒的な強さを誇る栄治に、大国の美少女姫が一目惚れする。しかし、他の国も栄治の強さを欲していて「ぜひうちの姫と結婚してくだされ」と縁談がわんさかやってくる。たちまち彼の周りはハーレム状態に。
「いやいやこれは困っちゃうな」
先程までハーレム主人公を散々言っていた彼は、ハーレム状態になった自分を想像してニヤけるのであった。




