少女と凶器
俺は人混みをかき分け、現場中心へ歩みを進めた。
「あっ!!お疲れ様です!」
俺の姿に最初に気付いた制服警官が、お手本の様な敬礼を見せた。
「お疲れさん」
制服警官は敬礼を解き、イエローテープを持ち上げた。
テープをくぐり抜け視線を上げると、ほぼ同時に俺は名前を呼ばれた。
「三上!!」
声の主は西條 弘。俺はこの人に頭が上がらない。
「お疲れ様です」
「おう、うんざりするな…」
そう言い放った西條さんの横顔は寂しげだった。
少し俺を見やり、また話始めた。
「被害者は坂上 慎治56歳、傘が腹に突き刺さってやがった…」
「傘、ですか?」
「ああ」
「腹部を傘で…相当の力じゃないと…」
俺は言葉に詰まった。
俺の心を見抜いたように、西條さんは言葉を引き継いだ。
「俺も我が目を疑ったよ。長い間この仕事に就いてるがあんなのは見たことも聞いたこともねぇよ」
「被疑者は?」
「中山 勤…17歳ここ最近の事件同様その場で命を絶ちやがった」
西條さんの目線の先には、大量の血痕と人型のホワイトテープがあった。
「またですか…」
「これで三人目だ。もう関連性がねぇなんて事言えねぇよ」
最初の事件は、
「警視庁未成年犯罪者特別対策部」が発足されて間もない頃だった。
1月3日
PM3:05
豊島区 池袋
「現場から各車へ、区役所裏道りで事件発生。至急急行願います」三上は無線機のマイクを車内に放り投げ、目の前の惨劇に意識を集中した。
「あぅ…あっ…ぐっ」初老の男の脇腹にはサバイバルナイフが深々と刺さっていた。
サバイバルナイフを握った少女は、もう片方の手に拳銃を握りしめていた。
遠巻きに野次馬たちが事の成り行きを見守っている。一番近い場所に居るのは三上だった。
「コイツさ〜私の事端カネで〜ウツつもりだったんだよ〜。マジウザイんだけど」少女は間延びした喋り方でそう語ると、三上の方へゆっくりと視線を向けた。
三上を見つめ、少女また喋り出した。
「マジウザイからさ〜このオヤジ、死刑でいいよね…ねっ、刑事さん」
「止めろ」
とっさに三上の口から言葉が漏れた。
「バンッ」
銃声と共に男は声も無く崩れ落ちた。サバイバルナイフを脇腹に刺したまま。
三上は腰のホルダーから拳銃を抜き出し、少女に銃口を向けた。
少女の右手がゆっくりと動く。
「止めるんだ!」
三上は威圧的な声でそれを制止しようとする。
だか右手の動きは止まらない。
「止めろー!!」
「バンッ」
三上の声と共に銃声が、辺りに響いた。
一瞬の静寂
すぐさま女の悲鳴、誰かの嗚咽が三上の聴覚を通り過ぎた。三上は眼前の現実をただ眺めていた。
歪な頭の死体が2体。少女の体が痙攣し、拳銃が
「カタッ」と音を立てた。
「三上さん」
呼び掛けに気付き俺は振り向いた。
「お疲れ様です」
「未特」最年少、徳山 司が、俺に敬礼していた。
「司、被害者はどんな感じよ?」
俺より先に西條さんが司に問い掛けた。
「今病院から連絡を受けました。坂上は一命を取り留めました」
「初めてだな…」
西條はポツリと呟いた。
「ですね」
俺もそれに続いた。
「でも…絶対安静なんで聴取、取れませんよ」
司が当たり前の事を当たり前に言った。
「とりあえず待ちですね」
「だな」
俺とやりとりした西條さんは司の頭を軽く叩いてその場を立ち去った。
「はぁ〜」司は考え深げに溜め息をもらした。
「どうした?」
「いや俺考えたんですけど…そんなに簡単に自分の命をすてれるもんですかね?」
確かに一連の事件の犯人はなんの躊躇無く自ら命を絶っている。今回はまだ解らないが、前二人に薬物反応は出ていない。自分で自分の頭を撃ち抜くなんて正気の沙汰じゃない。
「あっ」司がなにか思い出した顔を見せた。こんなに考えが、顔に出る奴も珍しい。
「亮が気になる事言ってたんですよ」
「秋野か?」
秋野 亮。渋谷ではちょっとした顔の悪ガキだ。ただ最近の悪ガキにしては珍しく、拗ねても無いし男気もある。自然と人を惹きつける魅力を持っている。
「まだその辺りに居るのか?」
司はさっきまで現場聴取を取っていた。
「いや〜もう時間が時間ですからね〜」
そう司に言われ腕時計に目を落とした。時間は5時を少し過ぎていた。