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春の女王と四季の話。

作者: ましろ

 あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

 女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。







 ある年の春の終わりのことです。


「ふう。これでやっと塔から解放される!」


 夏の女王と季節の交替の儀式を終え、塔を出た春の女王は身体を伸ばして自由を満喫します。


「去年はずっと本を読んで過ごしていたけど、今年はどうしようかな?」


 春の女王は考えます。塔にいない期間はそれぞれ自由に過ごしています。夏の女王は寝てばかりいるし、秋の女王は女王を慕う民たちと一緒に生活しているし、冬の女王は世界中を旅して回っていると聞きます。


「今年は冬の女王のように国を回ってみようかしら」


 そう決めた春の女王は国を旅して回ることにしました。






 季節は夏。

 初夏の蛍の乱舞はいつまで見ていても飽きません。

 一面に広がるヒマワリ畑で迷子になりました。

 キラキラ輝く星空を眺めながら眠りにつきました。



 秋になりました。

 木々は赤や黄色に色づき目を楽しませてくれます。

 ピンク色のコスモスがはかなげに揺れています。

 美味しい果実もたくさん堪能しました。



 冬が来ました。

 霜柱をしゃくしゃく踏んで遊びました。

 真っ赤な椿の雪を払い落としてあげました。

 一面の銀世界の美しさに目を奪われました。






 そうしているうちに冬も終わりに近づき、季節を廻らせる時間がやってきました。

 春の女王は旅の行き先を塔に向けます。


 その途中で一つの村に立ち寄ります。そこで4人の少年少女が円になってなにやら話し込んでいます。


「あーあ。早く春にならないかしら」


 そう言う少女の声が聞こえ、春の女王は嬉しくなりました。自分が廻らす『春』を好いてくれることが嬉しかったのです。


「何言ってんだ。冬のほうが雪遊びできて楽しいじゃん」


 こちらはやんちゃそうな少年の声。


「夏に川で釣りしたり泳いだりするほうが楽しいよ」


 もう1人の少年が答えます。


「私は秋がいいな。美味しいものがたくさんあるもの」


 おっとりした少女の声が続きます。


 どうやらそれぞれ違う季節が好きなようです。あーだこーだとそれぞれの好きな季節について主張しています。

 旅をしてどの季節も好きになっていた春の女王はうんうんと頷きながら聞いていました。

 その姿を見た春の好きな少女が春の女王に問いかけます。


「お姉さんはどの季節が好きですか?」


 4人が違う季節を主張するので、関係のない人に判断してもらおうと声をかけたようです。春の女王は困ります。


「夏の青い空に真っ白な入道雲のコントラストは綺麗だし、秋の味覚狩りは他の季節のものよりもずっと美味だし、冬の静寂は何ものにも代えがたいわ」


「春は?」


 春の好きな少女に問われます。


「春は…」


 そこで春の女王は気付きます。

 自分は春を知らないことに。


 そうです。春の女王は春を知りません。今までに旅をしてきたのは夏・秋・冬。春の女王は春の間はずっと塔にいなければならないので、春に出歩くことが出来ないのです。


「私は春を知らないの」


 素直に言いました。少年少女はどういうことかと首をかしげています。


「私は春の女王。春の間はずっと塔にいるから春に外に出たことがないの」


 春の女王の告白に少年少女は驚きます。しかし春の女王がとても悲しげな表情をしていることに気がつくと、彼らは口々に春の素晴らしさについて教えてくれました。


 夏の好きな少年は春の朝焼けがとても綺麗なことを。

 秋の好きな少女は春に咲く色とりどりの花で作る花冠のことを。

 冬の好きな少年は春に産まれる新しい命のことを。

 春の好きな少女は春にまつわるたくさんの素晴らしいことを。


 たくさんたくさんお話してくれましたが、春の女王はそれを見ることが出来ません。なんだかますます悲しくなってきました。


「女王様が塔に行かないとどうなるの?」


 夏の好きな少年が尋ねます。


「その季節が来なくなる、と言われているわ。試したことはないけれど」


「ふーん。それじゃあ試してみようよ。案外季節は廻ってきて、女王様も春を見ることが出来るかもしれないよ」


 冬の好きな少年が提案します。春の女王は迷いましたが、それはしてはいけないことだと分かっています。


「だめよ。私は春の女王。私が行かなければ春が来ないもの」


「誰が決めたの?」


「そういうものなのよ。ごめんなさい」


 秋の好きな少女に謝罪します。


「春が来るのが遅いときもあるじゃない? ちょっとだけなら遅れても大丈夫よ。少しだけここにいて、春が来るのを一緒に待ってみない?」


 春の好きな少女が春の女王の服を少しだけ掴んで引き止めます。

 確かに季節が遅れてきたり、逆に早まったりすることは良くあります。夏の女王が早く塔にやってきて塔の中で昼寝を始めることで夏が早くなったり、秋の女王が一緒に暮らす民たちに引き止められてやってくるのが遅れることなんてしょっちゅうです。


「そうね。ちょっとだけなら」


 春の女王は少しだけ、春を待ってみることにしました。






 冬の終わりになっても厳かな空気はやわらぐことがありません。

 春の始まりが来ても、春一番が吹くことがありません。


「やっぱり私が行かないと春が来ないわ」

「もう少ししたら春が来るわよ。もう少し。もう少し」


 何度も塔に行こうとしますが、春の好きな女の子に引き止められ、そのたびにもう少しだけ、と長居をしているうちにどんどんと時が廻ります。しかし季節は廻りません。


 春の訪れを待ちわびる大人たちの声が聞こえます。

 春が来なければ草木は芽吹かず、種を蒔くことが出来ません。


 とうとう王様から季節を廻らすためのお触れまで出てしまいました。


「もういいわ。私は春の女王。たとえ春を見ることが出来なくても、春を愛していることに変わりはないもの。その春が来ないことは悲しいことだわ」


 王様のお触れとともにやってきた城の騎士たちと春の女王は塔に向かうことにしました。

 春の好きな女の子はその後ろ姿を見送ることしか出来ませんでした。






 塔に入ると冬の女王が迎えてくれました。


「今回は随分遅かったね。夏の女王のように寝過ごしたのかい?」


 快闊に笑う冬の女王に春の女王は訪ねます。


「冬の女王は冬を見たことはある?」


「冬を? そういえばないね。冬の間はずっと塔にいるからね。まぁ、冬は雪が積もって旅がしにくいから別に構わないけれどね」


「じゃあ雪の結晶の美しさも、暖炉の火の暖かさも知らないの?」


「知らないな。でも美しいものも暖かいものもたくさん知っているよ。それじゃあまた。早く旅に出たいんだ」


 冬の女王は遅れた分を取り戻すようにさっと塔を出て行きました。

 春の女王が祭壇に向かうと、国中が春になります。


 春の女王は無機質な塔の祭壇の間にいる間中ずっと春について思いを馳せていました。



 どんな花が咲いているんだろう?

 動物の仔は無事に産まれたのかしら? 

 春の朝焼けと夏の朝焼けはどう違うのかしら?

 春風は温かく強く吹いているのかしら?



 そうしているうちに春は終わり、夏がやってきます。

 春は随分遅れましたが、夏の女王は眠そうな目をこすりながらもしっかりと期日にやってきました。


「夏の女王は夏を知っているの?」


「なつぅ? そんなの知らなーい。暑くて寝るのに向いてないもん。塔は涼しくて寝るのに最適」


「川で魚を獲ったり星や蛍の光に見惚れたりしたいと思わない?」


「ぜーんぜん。起きてるのめんどいし」


 そういって夏の女王は祭壇に向かい、ころんと横になって寝息を立てています。






 春の女王は塔を出ます。いつもは塔から解放されることが嬉しいのですが、今回はちっとも喜べません。どうやって過ごそうか考えても、春を探しに行きたいとしか思えないのです。しかし、春の女王が塔にいなければ春が来ないことが分かった以上、春の女王自身が春を見ることはありません。

 春の女王は塔の前から一歩も動くことが出来ません。


「春の女王様」


 呼び声に顔を上げれば春の好きな女の子が立っています。


「私と一緒に来てくれない?」


 特に行くあてのなかった春の女王は、どこに行くのか、何をするのかを聞くことなく女の子と一緒に行くことにしました。

 何も話すことなく春の好きな女の子の住んでいた村に着きました。

 一軒の小屋の前に立つと女の子は振り返って言いました。


「春の女王様。春の女王様に春を見せてあげる」


 不思議に思って首をかしげると、女の子はその小屋の扉を開け放ちます。


 そこに『春』がありました。



 一面に咲くたんぽぽ。

 飛び交う無数の蝶々。

 どこまでも続く蒼穹。

 仔に乳を与える母牛。



 夏にも秋にも冬にもない、『春』がそこにありました。

 春の女王は小屋に入り、『春』に触れます。



「絵、か…」



 それは小屋の中一面に描かれた春の絵でした。壁も天井も床も全て使って描かれており、中に入って扉を閉めれば春の中にいることが出来ます。


「ごめんなさい。春の女王様に『春』を見せてあげたかったの。こんなにも春が素晴らしいんだよってことを見て欲しかったの。だから王様にお願いして春の部屋を作ってもらったの。本当は本物の花や蝶々がいるはずだったんだけど、季節が夏になったらいなくなっちゃったの」


 残念そうに呟かれた春の女王の言葉に、春の好きな女の子はぽろぽろと涙を流して謝りました。


「何を泣くことがあるの? ありがとう。春とは本当に素晴らしい季節だわ。私は春の女王であることをこれほど誇りに思ったことはないわ」


 初めて目にした『春』はとても素晴らしいものです。

 たとえ絵であったとしてもその素晴らしさは十分に伝わりました。


 そして春の好きな女の子の優しさに心打たれた春の女王は次の春が来るまでその小屋で過ごすことにしました。

 王様にお願いして、壁に桜を咲かせてもらったり、小さな川を流してもらったりして存分に春を楽しみました。

 春の好きな女の子や他の季節が好きな子たちも一緒に春の小屋で過ごします。

 たまには外に出て、その時々の季節を楽しみ、各々の好きな季節の良いところを主張します。

 でもやっぱり春の女王はどの季節も好きで、一番を決めることは出来ませんでした。




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