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サンタクロースとニコラウス

正月過ぎちまったぞ……




 むかしむかし、まだ夜は暗く、人々の眠りが深かった時の話。


 ある街の、ある商人が、お仕事に失敗してしまい、一文無しになってしまいました。


 お金も無く、売るものも無く、商人に残されたモノは、二人の娘だけになってしまいました。


 このままでは冬を越すことが出来なくなる。商人は困りました。


 商人に残されたモノは娘だけです。そして商人は商人です。モノを売る人です。


 商人は、商人は、困ったのです。


 そんな様子を窓の外で聴いている人がいました。


 優しい顔をした、白い髭のおじいさんでした。名前をニコラウスといいます。


 ニコラウスは今にも落ちてしまいそうになりながら、商人の家の屋根まで登ります。


 そして煙突に近付いた時、突然、後ろから声を掛けられたのです。



 「こんばんわ」



 優しい顔をした、真っ赤な服に、真っ白な髭、大きな袋を抱えてたおじいさんでした。


 ニコラウスはびっくりして声も出ませんでした。


 自分以外に、こんな寒い日にこんな家の屋根に登る人がいるなんて、誰が思いつくでしょう。



 「そんなにびっくりしないでくれ、なにも悪いことをする気は無いよ」



 赤い服のおじいさんは言いました。



 「あなたは何故、ここにいるのですか?」



 ニコラウスはやっとの事で、おじいさんに言いました。



 「……いや、あなたが何故、こんな所にいて、何をしようとしているのかが気になったのだ」



 その時、ニコラウスの手には、一枚の金貨が握られていました。



 「教えてくれ、その金貨をどうするつもりなのだね?」



 おじいさんは問い詰めるように、ニコラウスに聞きました。


 やがて、ニコラウスは答えました。



 「この家にはお金がないために、娘さんが酷い目にあってしまうのです」


 「ほう、ほう、成程」


 「幸い、私には金貨があります。だからこの家の煙突から金貨を放り込もうとしたのです」


 「ふむ、ふむ、成程」



 おじいさんは、ニコラウスの言葉を聴き、少し考えたような仕草をし、こう言いました。



 「どうして助けるのかね?」


 「お金がないために、自分のしたくもない生き方をしないといけない、それは不幸じゃないですか」


 「本当にそうかな?」


 「なんですって?」



 ニコラウスはびっくりして聴きかえしました。



 「人間がしたくもない生き方をしているのはこの家だけじゃない、春に生まれて冬に死ぬ、そんなキリギリスと変わらない、生き方を変えることのできない人間で溢れていおる」



 おじいさんは、まだ喋ります。



 「まして、みんな生まれたくて生まれたわけでもない。勝手に生まれてしまって、勝手に酷い目に合わされるのは、この家だけではない」



 おじいさんは、まだ、まだ、喋ります。



 「そうして辛い人生を歩んで、生きていることだけで苦しくなってくる」



 おじいさんは、まだ、まだ、まだ、喋ります。



 「どれだけ欲しいモノが手に入っても、喉が渇くように、欲しい欲しいと言い続け、それが一生続くのだ」



 おじいさんはまだ、まだ、まだ、まだ、喋ります。



 「あなたが今日ここで、金貨を放り込むことで、ならば、次も、煙突からお金が落ちてくると、そう思い、もっと働かなくなるのではないか?」



 おじいさんは、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、喋り続けます。



 「それに娘さんが酷い目にあう家はこの家だけなのか?」


 「それは……」



 きっとそんなこともないでしょう、目に見えなくとも、酷い目にあっている人はたくさんいるのです。



 「それはあまりに不公平ではないかね? あなたは世界中の煙突を巡ることが出来るのかね? 巡ったとしても、誰もあなたを愛してなんてくれないよ」


 「本当に、本当にそうでしょうか?」



 ニコラウスは聴きかえしました。けれど、おじいさんは、おじいさんはとても哀しいそうな顔で言うのです。



 「……本当だとも、私が言うのだから間違いない、私は、私は、ずっとそうしてきたのだから」



 ニコラウスは泣きたくなりました。


 このおじいさんは、どれだけの思いを持って、どれだけの優しさを持って、今まで家々の煙突を廻ったのでしょうか。


 楽しいことだけでもなかったでしょう。


 誰も褒めてはくれなかったでしょう。


 おじいさんの苦労を思うと、ニコラウスはついに泣いてしまいました、涙がこぼれました。



 「何故、あなたが泣くのだ?」


 「おじいさん、あなたのした事は決して無駄では無い。あなたがした事は、きっと多くの人たちを幸せにした」


 「なんですって?」



 おじいさんはびっくりして聴きかえしました。



 「確かに人は、何でも選べるようで、何も選べない。本当に、本当に窮屈な生き方かもしれない」


 「そうだ、虫と変わらない」



 ニコラウスは涙を止めることが出来ませんでした。



 「神様から授かったこの命は、もしかしたら、自分の思いとは別に、勝手な思いで作られたものかもしれない」


 「そうだ、誰も、誰も、頼んでないっ」



 このおじいさんも、もしかしたらそんな境遇にあるのではないか、そう知り、涙が出てきました。



 「なのに追いやられ、追い詰められ、愛されず、必要とされない、生きているだけで苦しい勝手な世界かもしれない」


 「そうだ、望んで生んでおいて、必要なくなったらゴミのように捨てるんだ!」



 皆が皆、そうならないために必死になっている。それだけの為に生きている。




 「砂地に水を垂らす様に、乾いては求め、乾いては求め、『愛されたい』と思うことは、永遠に続く苦しみかもしれない」


 「そうだ、生きているだけで苦しいんだ!!」



 生きているだけで苦しいのに、生命はそれでも生きろと言ってくる。


 そんなに頑張っているのに、世界はそれでも戦えと言ってくる。



 「だというのに……」



 だというのに。



 「それでもあなたはプレゼントを届け続けたのですね」


 「なんですって?」



 おじいさんはびっくりして聴きかえしました。



 「大人も、子どもも、みんな辛いのに、それでもあなたはプレゼントを届け続けた、それはきっと世界を幸せにするでしょう」


 「そんなことがあるものか、世界なんて、幸せにできっこない!」



 おじいさんは、優しげな顔を真っ赤にして怒り出しました。



 「もう誰も私の事など望んでいないのだ。手作りのおもちゃなんて皆いらない、煙突だって、もうほとんど見当たらない」


 「いいえ、他の誰がいなくとも、あなたは世界に必要な人です」


 「なんですって?」



 おじいさんの顔色は、もう赤いやら、青いやら、声は怒鳴るやら、泣きそうやら、子どものようでした。


 けれどニコラウスは続けます。


 自分がこれからやろうと、煙突から金貨を放り込もうとした先の未来で、どういうことが起こったか、その未来に向けて。



 「あなたがプレゼントを配った人達は、きっといつまでもそれを覚えているでしょう。そして大人になり、自分の子ども達にも話して聴かせ、また枕元にプレゼントを置くでしょう。それがどんなに素晴らしいことか解らないのですか?」


 「解らない。いなくなっても変わらないのでは無いか?」


 「変わらないかもしれません。けれど、あなたが言った通り、生きているだけで人間は苦しいんです」


 「それがなんの関係があるのかね?」


 「その生きているだけで苦しい世界で、一年に一回だとしても、見返りを求めないプレゼントを渡せることが、見返りを求められなく人に愛されることが、本当に素晴らしいと、そう言っているのです」



 ニコラウスは続けます。


 きっと、このおじいさんは未来の自分なのだと、そして、その自分が苦しんでいる。


 ニコラウスは涙を流します。おじいさんがかわいそうで、けれど、おじいさんが誇らしくて。



 「例えあなたがいなくとも、プレゼントを配れなくとも、玩具を造る人、それを運ぶ人、枕元に置く親たち、そしてそれを伝えていく人々」



 それぞれの人生があり、それぞれの苦しみがある人々をニコラウスは思います。


 みんな余裕なんてあるはずがありません。


 この世界で、自分の事しか考えられなくなったとしても、どうして責めることが出来るでしょうか。



 「信じられますか? 彼らはみんな、自分だけでは無く、人の幸せを願っているのですよ? あなたが言う、この窮屈で、自分勝手で、生きているだけで苦しくて、どれだけ生きても満たされない世界で、人の幸せを願っているのです」



 なんて美しい人々なのだろうと、ニコラウスは思います。


 自分の事しか考えられなくなっても、それは仕方がないことなのに、それでも人の幸せを願える、なんて素晴らしいのだろうと。



 「そして、それを始めたのは、おじいさん、間違いなくあなたなのです」


 「けれど、けれど、それでも苦しいのだ……」



 俯いたおじいさんに、ニコラウスはそれでも続けます。



 「そして、プレゼントを貰った子ども達が、いつか本当の困難にぶつかった時、人の本当の幸せとはなにかを思い出すのです、そして自分は幸せだったことを思い出すのです。でなければ、人は苦しみから立ち上がれない、人は勇気を持って立ち向かえない。それはあなたも解っているのではないですか?」



 おじいさんの心には、何が思い出されるでしょうか。



 冬に散り、それでも自分はキリギリスだと、自分の運命に向き合っていた小さな勇者でしょうか?


 親に何度も殺され、愛し方を教えられなかったのに、それでも最後は娘を愛そうとした王妃様でしょうか?


 親にも兄弟にも見離され、それでも自分の苦しみと、醜さに向き合い続け、美しくあろうとしたアヒルの子でしょうか?


 貧しさを知り、不思議な力を手に入れ、全てを手に入れても、人の心を失わなかった人間らしい王様でしょうか?



 彼らの道のりはどれも平坦では無く、苦しい道のりだったでしょう。


 彼らを知った子ども達は、どう育つでしょうか。



 彼らは夢や、魔法を知らしめ、子どもの純真を護るだけでは決してありません。


 困難に立ち向かう勇気を、運命と向き合う力を、その心を護り育むのです。


 形は違えど、彼らと、プレゼントを配り続けたおじいさんは、間違いなく同じものなのです。



 いつの時代でも、どの世界でも、形を変えつつも必ずある、大きな道しるべなのです。



 おじいさんは、サンタクロースは、いつの時代でも、多くの人々に必要とされるのだと。ニコラウスはそう言っているのでした。



 「確かに、それはあなたでなくてもいいかもしれません。けれど、あなたは間違いなく、多くの人を幸せにしているのです」



 ニコラウスは、おじいさんを優しく抱きしめました。



 「名も知らないおじいさん、私はあなたを誇らしく思います」





やっぱもう少し続きます。

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