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サンタクロースと雪白王妃



 むかし、むかし、あるところに、とても美しい王妃様がいました。


 雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪。


 王様も、大臣も、騎士様も、国中の人、みんなが王妃様を美しいと思っていました。



 「世界で一番、美しいのは王妃様」



 みんなそう言って、王妃様を褒めました。



 「世界で一番、美しいのは私」



 王妃様も、そう思っていました。



 ある日の事、王妃様に、一人の王女様が生まれました。


 王女様はすくすく大きくなりました。


 雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪。


 それは王妃様の子どもの頃のようで、国中の人々はお姫様を褒めました。



 「世界で一番、美しいのはお姫様」



 国中の人々が、そう言っているかのように、王女様は褒められました。



 「世界で一番、美しいのは王妃様」



 そんな事を言っていた人達は、もうほとんどいません。みんなお姫様に夢中です。


 王妃様は怒りました。怒って、王妃様は、お姫様が7歳になったクリスマス・イブの晩に。



 「こんばんわ、王妃様」



 怒っていた王妃様に、一人のおじいさんが声をかけました。


 王妃様とは反対で、笑って、優しげな顔をした、真っ赤な服に、真っ白な髭、大きな袋を抱えてた人でした。



 「あなたは誰ですか? ここは私のお城です。泥棒は出て行ってください」



 突然、出て来たおじいさんに、王妃様はびっくりして言いましたが、おじいさんは相変わらず笑っています。



 「突然、お邪魔したのはすまなかった。けれど、どうしてもお話がしたくて、着てしまったのだ」



 そうやって謝るけれど、おじいさんは相変わらずニコニコ笑ったままでした。


 王妃様はそれが馬鹿にされているようで、もっと怒りました。



 「何故あなたは笑っているのですか? あなたも、私を馬鹿にしているのですか?」


 「馬鹿になんてしていない。会いたい人に会えたのが嬉しいから笑っているんだ」



 そんなに自分に会えたのが嬉しいのか、と。王妃様は、久々に褒めらた気がして、嬉しくなりました。


 けれど、すぐに哀しくなりました。



 「昔はみんな、そう言っていました。けれど今は、みんな、お姫様に夢中です」


 「そうか、そうか」


 「あなただって、お姫様を見ればそうなるに違いありません」


 「そうか、そうか」



 馬鹿にして! 王妃様は怒りました。



 「馬鹿になどしてはいないよ」


 「本当にそうですか? あなたも、みんなと同じではないですか?」



 きっとそうに決まっている。王妃様はそう思いました。


 何故なら、お姫様は本当に美しいのです。


 象牙のように白い肌、火のように紅い唇、夜のように黒い髪。


 王妃様だって、美しいと、そう思います。



 「そんなに美しいお姫様がいて、王妃様はさぞ鼻が高いのではないかね?」


 「いいえ、みんなお姫様のことばっかり、やっぱり私を馬鹿にしている」


 「解らないなあ」



 「なにがですか?」と王妃様が聞くと、おじいさんはハッキリ言いました。



 「お姫様が美しかったら、何故、王妃様が馬鹿にされたことになるのかね?」


 「それは、それは――それは」



 何故でしょうか? 王妃様は答えられませんでした。けれど、それでも王妃様は、みんなが馬鹿にしていると思ったのです。


 あんなにちやほやしていたのに、お姫様が生まれたとたん、こっちを見向きもしなくなるなんて。


 やっぱり馬鹿にしている、そう思いました。



 「誰かが褒められても、それは王妃様が馬鹿にされていることにはならないよ」


 「では、どうしてこんなに私は悔しいのでしょうか?」



 王妃様は、自分でも何故こんな事を聴いているのか、解らなくなりました。


 けれど、このニコニコ笑ったおじいさんは、何でも答えてくれるような気がしたのです。



 「王妃様は、ただ愛されたいだけなのだ」


 「愛されたいですって? そんな子どもみたいなこと!」



 まるで、泣いてお乳や玩具を欲しがる子どものようだと、王妃様は怒りました。



 「なにもおかしいことはないよ」


 「おかしいです。私は大人のレディなのですよ」


 「大人かどうかなど、どうでもいいことだ。大人も、子どもも、みんな愛されたくて仕方がないのだ。それは少しも不思議なことじゃない」



 「そうでなくては人間は生きていけないからね」と、おじいさんは言いました。



 「愛されなくては生きていても面白くない、生きているだけでは人間は辛いだけなのだ」


 「それでは私はどうすればいいのですか? 私は、あの子が、お姫様が生きている限り、前のようには愛されない!」



 王妃様は大声を出して泣きました。ワッと泣き伏した拍子に、王妃様の手からは、ポロリとリンゴが落ちました。


 瑞々しい、見ているだけで涎が出てきそうな、とても美味しそうなリンゴ。


 おじいさんは、そのリンゴを見ると、黙って拾い上げ、持っていた袋の中に仕舞い込みました。


 いつものニコニコした顔は、みるみる哀しそうな顔に変わりました。



 「あなたはお姫様の母親ではないのか?」


 「そうです、私は、あの子の母親です」


 「どうして、あの子を産んだのだ?」


 「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪。そんな美しい子が私の子どもなら、それはどんなに素晴らしいことでしょう、そう思いました」


 「母親ならば、子どもにしてあげるべき事はたくさんある、けれどその理由はたった一つだけだよ」



 優しい、撫でる様な、抱きしめるような暖かい声が、王妃様に届きました。



 「ただひたすら、愛しなさい」



 おじいさんは、そう言うと、袋からリンゴを取り出しました。


 先程のリンゴとは違う、けれど、先程のリンゴよりずっと美味しそうなリンゴ。



 「けれど、けれど、私のお母様は、二番目のお母様は、私を、私の事を」


 「だからこそ、愛しなさい」



 王妃様は、子どもの頃の辛い記憶を思い出しました。


 まだ王妃様が、お姫様だった時の事。


 お城から追い出され、森をさまよい、その最後には、その最後には。



 「これだけは覚えておきなさい」



 優しい、撫でる様な、抱きしめるような暖かい声は、厳しい、叩くような、肩を揺さぶられるような冷たい声になりました。



 「愛されている人をいくら貶しても、あなたが愛されることにはならないよ」



 王妃様の耳に、おじいさんのその言葉がいつまでも響きました。




 **********




 結局、あのおじいさんは誰だったのだろう。


 気が付けば、王妃様はベッドで眠っていました。


 夢だったのだろうか、と思いましたが、王妃様の枕元には、あのリンゴが置いてありました。


 王妃様は身体を起こし、鏡に向かい言いました。



 「鏡よ、鏡、鏡さん。世界で一番、美しいのは誰かしら?」



 鏡は何も答えません。鏡が喋るはずもありません。


 その代わり、鏡に映る、王妃様が言いました。



 「私が世界で一番、美しいと思うのは、たった一人の私の子」



 それだけ言うと、鏡の中の王妃様はニコリと笑いました。


 その笑顔は、きっと、国中のみんなが、「世界で一番、美しい」と、そう言うくらいに美しく輝いていました。


 今日は、クリスマス。お姫様の枕元に、このリンゴを置いておこう。王妃様はそう思いました。


 今日、この日なら、お姫様は、きっと喜んで食べてくれるに違いありません。


 王妃様は、ワクワクして、お部屋を出て行きました。




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