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彼女の瞳は死ンデレラ

作者: 花待里

 

「おめでとうございます〜!!あなたは当社の主催する『夢のシンデレラ☆プロジェクト』の第8代目シンデレラに見事選ばれました〜!」



「………あー、間に合ってますんで結構です。それじゃ。」



 それはまるで胡散臭い訪問セールスをドアの隙間から断わるワンルーム男の如き対応。


そんな塩対応は初めてだ。


 俺が呆気に取られているうちに足早に去ろうとする少女の前に何とか回り込み、再度説明を試みる。

きっと見知らぬ男にいきなり話しかけられて、ビックリしたのだろう。そうだ、そうに違いない。


俺はお仕着せ姿でホウキを抱える少女に名刺を差し出した。


「えっと、いきなり驚かせてすみません。俺はサウスデューク・コンツェルンの社員で、ビビ=ストレーガと申します。ホラ!名刺も社員証もありますので、怪しい者じゃありません。」


 サウスデューク・コンツェルンと言えば、その名の通り、かつて南の公爵と呼ばれた偉大な方が起こした会社で、今日においては知らぬ者のない国内最大級の規模を誇る一流企業である。


…であるが、目の前の少女は俺の名刺をさも胡散臭そうに見つめ「はぁ。」と気のない相槌をつく。


「えーっと、それでですね、貴女は国中の乙女の憧れとも言われるあの(・・)『夢のシンデレラ☆プロジェクト』のシンデレラとして選ばれたのです!プロジェクトの事は当然ご存知ですよね?!」


「ええ、まぁ…。」


『夢のシンデレラ☆プロジェクト』とは、我が社が行っている慈善事業のようなものの一つ。

要は、貧しかったり不遇な生活をしている少女を無償で支援し、シンデレラのように輝く女性になってもらうという企画である。

  支援の内容は多岐に渡り、物語のシンデレラのようにドレスや馬車といった即物的な物資の供給だけでなく、教育機関への入学や一般教養・上流階級マナーの習得、望めば職業訓練や玉の輿の斡旋などもやってのける。

 過去には隣国の王子に嫁いだ女性や、最高学府を経て外交官になった女性もいるくらいの本気度合である。


まさに結果にコミットする何とやら。


 そんな訳で、このプロジェクトは新聞や雑誌などで経過が常に取り上げられる為、宣伝効果を狙った協賛企業もガンガンに増えている。

 例えば協賛企業が競って提供する最先端のドレスやアクセサリーをシンデレラが身につけ紙面を飾る事により、世に広まり、それが流行になったり。

 このプロジェクトは恵まれない女性達の垂涎の的であるのと同時に、流行に敏感な上流階級の貴族達の情報源、それに目をつけた各社の広告塔ともなっていて、注目度No. 1なのだ!


 なのだが…。


 普通の乙女ならば瞳を輝かせるハズの内容にも、相変わらず虫の死骸でも見るかのような引きっぷりを見せる目の前の少女。


 オカシイ…。


 シンデレラがこんな死んだ魚のような目をするハズがない…。

 もしや人違いをしてしまったか。


しかし、艶やかな金糸の髪に空色の瞳、白磁の肌に瑞々しく色づく果実の如き唇。

 この目の前の少女、目つきは恐ろしく違うが、報告書に添えてある写真そのものの美少女である。


それでも一応、念の為、確認してみる。


「あのー、貴女(あなた)はペルラ=モティールさん17歳でお間違いないですか…?」


「はいそうですが。」


「………。ですよね…。」


 このプロジェクトに携わって5年、未だかつてこんなしょっぱいシンデレラに会った事があろうか?!いやない!

このしょっぱさは、そこらの食卓塩なんかじゃなく野生のままの岩塩だ!しょっぱい上になんか苦い!ニガじょっぱい!!


 不測の事態に懊悩する俺を少女は束の間憐れむような目で見つめた。自分のしょっぱさを自覚してくれたのかと思った矢先…


「シンデレラとかどーでもイイんで、お断りします。他の人を当たってください。では。」


「ちょと待ってちょと待ってオネエさん!!」


 焦って思わず8.6秒な呼び止め方になってしまったが、本当にちょっと待ってくれ!!


 さっきも言った通り、このプロジェクトはガチで結果にコミットを目指している為、ある程度展望のある少女を独自に調査、審査している。

それから育成方針の策定、タイアップする協賛企業の選定などの企画案を役員はおろか社長、会長にまで通し、全てを整えた上の鳴物入りで行われる。

それ故に、おいそれと簡単にシンデレラを変える訳にはいかない、深くて痛い大人の事情があるのだ。


「どーでもイイって君!!今の自分を、生活を、変えたくないのかい?!俺達は知ってるんだよ?継母達に虐げられる今の君の生活なんて、まさに物語のシンデレラそのものじゃないか!!」



 子爵家の令嬢として産まれた彼女は、実母を亡くした後、父が何処からか連れてきた継母と2人の継子と暮らしているそうだ。

そして2年前、子爵である父親が他界してからというもの、本性を現したワガママ放題の継母達に虐げられ、現在は使用人の様な生活を強いられているというのが我々の内偵調査の結果だった。


 まさに現代のシンデレラ!!

何とかして少女を救わねば!!


ということで我々スタッフ達は異様な盛り上がりを見せ、未だかつてなく気合いの入ったプロジェクトとなっているのに…。



「は?何か勝手な誤解をされてるようですが…?」



 だから、その死んだ魚のような目で見るのはヤメテ!!


 潤んだ瞳というのは魅力的な女性の特徴の一つとよく言うが、まさに今、俺、魅力的。


「何をどう調べたのかは知りませんが、まず一つ。アナタが継母と言っている人は、我が子爵家の籍に入っていません。よって、あの女は私が未成年である間だけの、ただの後見人という名目の居候に過ぎません。でもそれもあと半年の事。私が18歳の成人になれば継承権を行使して我が家から速やかにお引取り願う予定です。」


「なん…だと…!?」


 我が国では、女性の爵位継承も認められている。しかしそれは成人した女性である事が条件で、未成年の場合は後見人を立てて成人までの間は代理をしてもらうことになっている。


「……しかし、継母はさも自分が当主だと言わんばかりに出しゃばっていると…。」


「ああ、それはただ面倒臭いので適当に泳がせて、世間様にもそう思わせているだけです。

もう一回言いますけど、私、未成年なので色々と法的な権限がまだ無いんですよね。

でも領地経営や屋敷内の事は私の指示の元、古参の家人が良く差配してくれていますし、家の資金も二重帳簿を使ってあの女には嘘の報告をさせてますから、浪費額も大した事ない範囲で抑えさせてますし。

虐げられてるといっても表向きな話で、家人は皆、あと半年後にあの女を盛大に叩き出す事を楽しみに頑張って演技してくれてますから今の生活で何も問題無いんですよ。」


 黒い…。


 ブラックシンデレラ降臨。


何この裏切られた感じ。

優しい魔法使い気取ってた俺、バカみたい。


「そんな訳で、私達がコツコツ進めてる計画を邪魔されたく無いんですよね。そんなプロジェクトなんかで有名になっちゃったら、あの女たちが蜂の巣突いたみたく喚いてやりづらくなるでしょーが。

うわ、めんど…想像しただけで萎えるわー…。」



 女の子が萎えるとか言うんじゃありませんーー!!

 俺の夢と希望を返せぇ!!



 可愛い顔から無残にも繰り出される暴言の数々に、圧倒されていた俺だったが、ここで心折られる訳にはいかない!!


何故ならプロジェクトは走り出しているから!何としても彼女をシンデレラにせねばならぬ!


 …だって俺、「じゃあちょっくら行って、健気なシンデレラちゃんをカボチャの馬車に乗せて助け出してくるわ〜☆」とか言って自信満々で職場出てきちゃったよ?!

だってまさか断られるなんて夢にも思わないもん!それを、


「拒否られました!テヘペロ☆」


 なんて言ったらプロジェクトは頓挫。泣き叫ぶ同僚。怒れる重役達。責任問題。降格。はたまた左遷。最悪解雇(くび)?!


 描かれていく暗黒の未来予想図を頭の中でビリビリに破きながら、俺は必死で語りかける。


頑張れ俺の脳細胞!何とか彼女にYes!と言わせる方法を考えるんだ!


「……分かった。じゃあ成人までのあと半年は匿名でプロジェクトに参加してもらうというのはどうだろう?それなら継母達にもバレないし、何よりこちらは無償であらゆる方向から君を支援すると言ってるんだ。子爵家にとっても悪い条件じゃないだろう?」


 素晴らしい妥協案!いいぞ、いいぞ、脳細胞!


 最初は秘密の令嬢ってことで売り出すのも、いつもと違ってインパクトがあり新鮮に感じてもらえるハズ。これなら重役へのプレゼンも何とかなりそうだし、企画の修正も僅かで済む。

でかした!俺の脳細胞!


「ん〜、でも、支援してもらうって言っても、特に何も必要ない…。」


 まだ足りないか!

地球のみんな!オラの脳細胞に元気を分けてくれぇ〜!


「君が子爵を継いだとして、そう遠くない未来、結婚して跡取りを産む必要があるよね?アテはあるのかい?」


「アテは…まだ無いですけど…。」


 ふふふ。そうだろう。婚約者どころか、親しくしている男性も居ない事は、我が社の内偵調査で分かっているのだ。


「なら、君の結婚のお世話をこのプロジェクトでさせてもらうのはどう?ご両親もいない状態で領主としての仕事と社交界での世渡りに加えて伴侶探しまで一人でこなすのはとても大変だと思うけど。」


「それは…確かに……。」


 うおぉぅ!!キタキター!傾いてる!心の天秤がYesに傾いている気配がする!


「プロジェクトに参加してくれるなら、ドレスや装飾品なんかの支給はもちろん、夜会やら舞踏会やらでのエスコートもその都度、我が社の有する最高級の人脈の中から最も相応しい方を手配しよう。君は何も心配せずに社交界を楽しむといい!

そうして君は誰もが羨むシンデレラとなって、最終的には王子に見初められるという寸法だ!!」


「あ、王子とか困ります。」


 ああぁっ!!Yesに傾きかけていた天秤がスゴイ勢いでNoの方にぃ!!何故だ?!


「王子ダメ?!なんで!王子アレルギーなの?!」


「いや、アレルギーて、玉子じゃあるまいし…。あでも、王子に点一つ付けたら玉子ですね、あはは、お兄さんウマイ!座布団一枚!」


 うわ…!今までがニガじょっぱ過ぎたから、こんな少しの笑顔だけでも無性にキュンとくる!!


 …そうか!ツンデレという属性が確固たる地位を築いているのも、今みたくギャップに萌えるからなのか!なるほどナルホド……って、そうじゃなくて!!


王子がダメな理由だよ!!


「だって私は婿を取らなきゃダメなんですよ?幾ら何でも子爵家に婿入りする王子なんて居ないでしょう?」


 確かにー!!そしてヤバイ!

シンデレラに相応しい相手として密かに目星をつけていたお相手候補は、我が国の第4王子を筆頭に、皆どなたも婿入り不可な物件ばかりだ!

しかし、生半可な相手だと、プロジェクト自体の盛り上がりに欠けるし…。どうにか重役達を頷かせる企画修正案を捻り出さねば…。



「そんな訳でやっぱりお婿さんは自分で探します。それじゃ失礼します…。」


「ちょおっっっと待って!話し合おう!」



 くるりと踵を返した少女の肩を必死で掴む。ここで逃したら俺の人生終わる!!

たとえ、うわなにこの人いい加減キモイんですけど的な目で見られようとも、ここで引き下がる訳にはいかないのだ!


「君の理想の男性像を聞こう!そして合致する男を俺が草の根掻き分けても必ず探し出してくるから!!」


 俺の必死さが伝わったのか、あかんこの兄さんのしつこさはスッポン並みや早いとこ話つけて帰ってもらおと思われたのか、少女は首を傾げて考える素振りを見せた。


「そうですね…。まず、婿に来てくれる次男以下である事。ウチの領地は農業が弱いんで、農業が盛んな領地の家の男性がいいです。取引に幅が出ますし、親戚価格で安く融通してもらえそう…ふふふ。

で、領地経営なんかは私がするので、下手に口出してきたり、出しゃばらない、控えめな…操縦し易い男性がいいですね。かといって何にもしないヒモみたいな奴は嫌なんで、ちゃんと仕事を持っている人。

外見は生理的に受付けないとかじゃなければ特に要望は無いです。あでも、眼鏡フェチなんで、眼鏡男子を希望します。それから健康で、金のかかる趣味とか変な性癖とか持ってなくて…あ、でも私イジメるの好きだからMっ気のある人の方が良いかな〜。」


 ………。この世にそんな男いるのか?

 いや、一人知ってるな。



 俺だ。



 自慢じゃないが実は俺は侯爵家の三男だ。幾つかある領地の中には南方の農業が盛んな場所がある。どこか領地を任せようかと親に言われたが、領主なんて荷が重い事はやりたくなくて、今の仕事についた。俺にはサラリーマンが性に合っていると思う。

外見は悪くないハズだ。そして、普段はコンタクトだが、眼鏡も所持している。

毎年の健康診断でも異常は無いし、趣味は読書。変な性癖とやらも恐らく無い。選ぶAVの種類もいたってノーマル。

 そしてSかMかと言われたら……どちらかというと、どちらかというとね!…M属性だ。


 なんつー独白だ。


 額を脂汗が伝う。


 俺は今、人生の岐路に立っている。


 ここで、条件に見事ガッチリはまる俺が名乗り出れば、計画通り彼女をシンデレラに出来る。

企画的にはシンデレラの相手が俺では若干インパクトが足りないが、『プロジェクトがきっかけの運命的な出会い!』とか、『玉の輿を蹴ってでも選んだ純愛!』とか、少女漫画チックな展開で押して行けば大衆ウケするのではないか。


うん、何とか言い訳は立つな。


 だがしかし、それすなわち俺の人生が詰むことを意味する。


 仕事の為に結婚決めて良いのか俺?!


 生涯を苦じょっぱく過ごす事になるかもしれないんだぞ!



 …しかし、貴族に生まれた段階で、政略結婚させられることも覚悟はしていた。

これは一種の政略結婚と思って割り切ってしまおうか。そうすれば全てが丸く収まるのだ。


 今や俺の脳細胞は、賛成派と反対派に二分され、ヤイヤイと討論している。


くそ!俺は一体どうすれば良いんだ!!


討論に決着がつかず、いよいよ脳内国民投票にまでもつれ込もうとしていた時ーーー


「そんな人なかなか居ないですよねー。無理言ってスミマセン。なんで、この話は無かったことにーーー」


「イマス!ココニ!!」


 もはや国民投票なんてやってる猶予は無かった。咄嗟に口から出てしまったこの一言を回収する術はもう無い。

半ばヤケになった俺は一気にまくし立てた。


「俺、実はストレーガ侯爵家の三男で、南方の農業が盛んな領地にアテがあります。領地経営に口出す気もないし、この仕事も続けるつもり。その他の人格的な条件も満たしてると思う。だからオレが結婚相手になるっていうのはどうだろう?!」


「でも眼鏡…。」


 外見にはたいしてこだわらないと言ったハズなのに不満そうにする彼女。

どんだけ眼鏡好きだ!

すかさず俺は、コンタクトの調子が悪い時用に常時携帯している眼鏡を装着した。


「あら…素敵…。」


 ふふふ。どうやら彼女のお気に召したようだ。

しかし視界が激しくボヤけ目眩までする。これはコンタクトの上に眼鏡をしているからであって、決して人生の先行きを憂いての事ではない!はず!


「侯爵家とのご縁…。広大な農地との優遇取引…。

 そして御し易そうな、イジメ甲斐のある眼鏡の素敵な旦那様…。ふふふ。眼鏡…萌えるわぁ…。」


 おおぅ…。真っ黒な心の声がダダ漏れだ…。怖い怖い怖い。ここまで来てなんだけど、こんなダークなシンデレラで果たしてプロジェクトは成功するのか。


 しばらくブツブツと黒い欲望を呟いていた彼女は、俺に向き直ると、生き生きした瞳で初めて素敵な笑顔を見せてくれた。

なまじ美少女なだけに破壊力抜群だ。


「分かりました。貴方の熱意に負けましたわ。そこまで仰しゃるなら半年間は匿名という条件で、シンデレラを引き受けます。」


 背筋を冷たい汗が流れ、俺の口からは、もはや乾いた笑いしか出なかった。


なんだろう、まるで悪魔と契約でも交わしたかのような恐怖感。


 そうして瞳の死んでいたシンデレラは、うって変わって寒気がするほど美しく生気に満ちた笑顔で微笑んだ。



「よろしくね未来の旦那様。」



 ミライノダンナサマ…。


 嗚呼、俺の人生、詰んだ…。




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― 新着の感想 ―
[良い点] スタッフ側との恋愛()はさぞ運命的に演出・報道されたのだろうなと思うと合掌。何でそこまで職務を全うしてしまったのか…主人公、絶対胃薬常備してる。
[気になる点] あぁ……職務に忠実な社畜が出荷されてしまった……
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