第捌枝〜郷〜
故郷の夢の話。
私の父の仕事には転勤があり、私が幼い頃から時々家族で引越しをした。山口、愛知、神奈川…といくつか移り住んだ。
内気で人見知りの激しい私は、友人ができるのに時間がかかる為、引越しの度に苦労した。
しかし、一番長く住んでいた山口県での友人付き合いは、成人して関西で暮らすようになった後も、ありがたいことにずっと続いている。
しばらく友人達に会っていない時は、時々彼女達と遊んだ頃の夢を見る。
仕事が忙しく帰郷できない時は、山口で暮らしていた頃を夢に見る。
山口は出身地でもあるので、どこの県よりも思い入れが深い。
実家のアパートのベランダから見渡す町並みは素朴だが、建物の合間に見える田畑や木々の緑は瑞々しい。
東の空の下に小さく連なる徳山市の工業地帯は、朝や曇りの日は霞んで薄紫や水色に染まり、夜になればネオンのような街の光と共に闇の中で煌めく。
夜にその近くを車で通って見た時の、その美しいこと。 大小様々なパイプが絡み合い、ごつごつとした巨大な金属の塊のような工場達が、オレンジ色に照らされ鈍い光を放っていた。
見上げるほど高い煙突は、朝日に照らされると白く光り、神々しい。
西には深い山並みがそびえ、夕方には黒々とした姿となり鮮やかな夕焼けを切り取る。
北は台所やトイレの窓から隣のアパートが見えるだけだが、よく近所の幼児の泣き声や笑い声が聞こえる。
南に広がる町並みの中心には永原山という低く横長な山があり、山の中には公園やプールが作られている。
山頂には、洋風な風車が1つ立ち、天候により回転したり静止したりしている。オランダの姉妹都市の象徴として建てられたものらしい。和風な町並みの中で、一際存在感を放っている。
山の遥か向こうの南西には瀬戸内海がキラキラと輝いている。
立ち話をよくした通学路、古い家、気持ちの良い風、草の匂い、温暖な気候、広く整備された自動車道、道沿いの水路…
住んでいた頃は、当たり前で何とも思わなかった景色だ。故郷を離れてからそれらは鮮やかさを増して夢によく現れるようになった。
夢の中では、私が普段通りの生活をしていたり、学校に遅刻したりするリアルなものが多い。
一方で変わっている夢は、私が空高く飛んで町を見下ろしたり、つばめのように稲畑の真上を低空飛行したりする。
時には、町に大地震が起きたり、津波で水没したりする非日常的なものもある。
逆夢というものもあるが、そんな夢を見た時は、実家が心配になる。
しかし、山口は地震こそ時折起こるが、瀬戸内海は九州や四国に囲まれているので、津波は起こりにくい。比較的、災害が少ないのだ。地球に隕石が落ちれば分からないが。
夢でも現実でも、できればそのような光景は見たくはない。
日常の幸せを噛み締めながら、祈ることしか私にはできない。