第漆枝〜水〜
作者がよく観る洪水の夢の話。
夢占いでは、洪水は現状にストレスを抱えている心の表れだとか。
私が見る夢の中で一番多いのは、洪水の夢だ。幼い頃に頻繁に見た竜巻の夢とは違い、大人になってもよくこの夢にうなされる。
夢の中。
見慣れた街の遥かの向こうの海からビルを越える津波が姿を現す。
ゆっくりに見えるが、津波は海岸近くに迫ると白い飛沫を上げ、凄まじい速さでどっと押し寄せてくる。ビルや建物の間を縫うように進み、家や木々を一気に飲みこんでいく。
人は皆逃げ惑うも、あっという間に流されていく。
私は必死に家族と車で逃げる。
あるいは走って。
走ると、泥沼を歩くように足が重く、うまく進めない。
高山まで来ると大抵助かる。津波は山の麓までしか来れない。
高山を登り、頂上付近の森の中にお寺があって、そこから反対側の街を見下ろすと、高いビルの上部以外は全て海の底に沈んでいる。余震のように、次の津波がまた街を撫でる。
その光景を見ていると、生き残れたことが奇妙で、ここにいることがいけないことのような気さえしてくる。そして、先が恐くなる。
竜巻の夢と同様に助からないこともある。
津波が発生した時、自分が海にいた場合だ。私は大体砂浜を歩いたり、浅瀬で泳いだりしていた。
突然、潮が引いていき、泳いでいた多数の人々と共に浅瀬だった砂浜に取り残される。うっすらとしていた水平線を眺めていると、その彼方からはっきりとした線が見えてきて、だんだん帯のように太くなっていく。私は嫌な予感がして「逃げろ」と叫びながら駆け出す。
ゆっくり近付いてくるように見えたが、それはみるみる大きくなり、いつの間にか巨大な黒い壁となって迫ってきていた。
波の頂きが傾いた途端、圧倒的な力で流された。全てが目まぐるしく回転し、上も下も分からない。何もかもが、めちゃくちゃになった。
多分、夢の中だが、そこで私は死んだのだと思う。嫌な気分で目が覚めた。
私は夢で済んだからいいが、実際に災害に遭う人のことを思うと背筋が凍る。
地震に遭い、家や土砂などの下敷きになれば即死するかもしれないが、意識があれば死ぬまで身動きが取れず、焼かれたり餓死したりするかもしれない。
洪水や津波に遭い、流されれば冷たい海水に浸かり、凍死したり溺死したりするかもしれない。
火山の噴火に遭い、火砕流が迫ってくれば、粉塵に埋もれたり高温にさらされたりして跡形もなくなるかもしれない。
運よく生き残れたとしても、愛する人、住み慣れた故郷や家をなくすかもしれない。
当たり前のように過ごしていた日常が壊れることに間違いはない。
だから、洪水の夢を見るたびに、忘れがちな日常の有り難みを思い返している。