レイニー3
3
「祥太は雨の日って嫌い?」
「ん?」
カツサンドで汚れた指を舐める祥太に、穂波は空に視線を向けたまま聞いた。
「雨かー。どっちかというと嫌いだな。余分な手荷物は増えるし、濡れるし、あとは何となく出かけるのが面倒になるしな〜。穂波は?」
「私は好きかな、そりゃ長靴とかはもう履けないから、水溜りに飛び込むのは無理だけどね」
苦笑する穂波。
「大人用の長靴探せばあるかもしれないぜ水嶋さん」
「いやいや、さすがにもう大人なんで辞めときますわ長谷川くん。その役目はもし子供ができたら、その子に託しますよ」
「結婚も一つの進路だよなぁ」
進路調査の紙に玉の輿と書いてたことを思い出し、思い出し笑いをする祥太。
その笑みに穂波は
「女は結婚したら働かなくていいから良いよなぁーとふざけたこと考えてるなら殴るよ?」
とジトーっとした目で睨んでくる。
それに気づき、慌てて祥太は
「いやいや、滅相もない。そんな恐ろしいこと考えてねぇよ」と否定する。そして、話題を素早くシフトチェンジする。
「あーそうそう長靴だ。普段履けないから雨の日すっげぇ待ち遠しかったの覚えてるわ。あ、さっき車が左折したときに水溜り被ったチビっ子がいて、思わずニヤけてしまったよ」
「お主もワルですな〜。あとはこうやって軒下に避難して、改めてここの風景こうなんだと実感できるのも楽しさの一つと私は思うかな」
「ふーん、まぁ何となく今日立ち止まって周りを見たら、あぁこんなのがあるんだなーって気づかされたってのはあるかな」
人それぞれ雨の日を楽しむ方法があるということだ。
「じゃあ、ぼちぼち行こうか」
そう言って穂波は、鞄の中から折りたたみ傘を取り出した。
その光景に祥太は、絶句する。
「は? 傘あるじゃねぇか」
「降水確率が少しでもある時は持っておくといいよ。備えあれば憂いなしってね」
「いやいや、傘あるならわざわざ走る必要なくね?」
「実は傘が入ってるのパン買うときに気づいたの」
先程の申し訳なさそうな表情は、どうやらこれのことらしい。
「ごめんね、わざとじゃないんだよ。本当に。あ……その代わり、パン代奢るから、それでチャラにしてくれない? お願い」
穂波は自分の顔の前で手を合わせ、祥太を伺う。
上目遣いと金銭取引のダブルコンボに祥太は仕方ないなーとばかりに頷く。
「まぁ、過ぎてしまったことは仕方ないや、次から気をつけてくれ」
傘を忘れた祥太が言うのは、なんとなくおかしいが、今はそれしか言葉が思いつかなかった。
「うん、気をつけるよ」
穂波が傘を広げた。
「まぁ、傘忘れた自分が言うのも何だが、相合傘も雨の日を楽しむ一つの方法かもしれないな」
背丈の関係上、祥太は穂波の手から広げた傘を受け取った。
穂波が近くに寄ってくる。
小さい傘に寄せ合う肩と肩、至近距離で感じる呼吸と呼吸。
傘を持ってないほうの手をポケットに突っ込んだ祥太は、先程ポケットにねじ込んだ進路調査の紙のことを思い出す。
無造作に広げてみると、残念なことに雨に濡れてヨレヨレになっていた。
「あー乾かさないと書けないね」
横から進路調査の紙を覗き込む穂波。祥太はすぐさまその紙をポケットに戻した。
帰ったら広げて、どっかに置いて乾かすしかない。
どうしても書けそうにないなら、明日担任から新しい進路調査の紙をもらうしかない。
まだ3日もあるのだから……。
いや、もう3日しかないと言うべきなのか……。
「あ……よし決めたぜ。進路希望これにすっかな。雨の日はかならず休みになる仕事だ。そうすりゃ天気予報に振り回されることないし、一応働いてることになるから、ナイスアイデアだ」
「あのね、そんな職業ないと思いますけど? 馬鹿なこと言ってるとまた再提出だよ長谷川くん」
「いやいや、世界は広いから探せばあるかもしれないぜ水嶋さん」
了
ありがとうございました、次作をお願いします。