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アヒムとライヒアルト 1

風に誘われた木々が揺れる音の遠くに、笑い声や話し声が飛んでいる。

ライヒアルトは校舎の二階から空を見た。

開け放たれた廊下の窓辺から入る風に手に持っていた紙の束が揺らされた。


頼んだよ、ライヒアルト君。


そう、言われればどうしても断る事は出来ない。

そもそも自分の中に断りの言葉というものが見当たらない。

もう17歳だというのに、自分の中で確かなものすら見つけられないでいた。

それでも忙しい学園生活の中で、やりがいや充実感はあったので何の不満も無い。

ただ卒業が近くなった今、明確な見通しの無い将来というものに、漠然とした不安はあった。

優秀で将来有望だと謳われ、“これまでの道のり”で約束されていると言われても、それは果たして正しい道なのかどうか…彼にとってはそれが問題であった。


「ふぅ…この書類の書き写しと…それから弁論大会の原稿もそろそろあげないとな…それから…」


教員に頼まれた仕事をこなしながら、自分自身で課したものを消化していく。

学園内で出来ることは少なく、どれだけのものを自分の課題としても、すぐに出来てしまう。

どれだけやっても理想には届かず、そもそも理想像が明確ではなかった。

子供の頃ならば偉大な魔術師と謳われた先祖や父のようになりたいと考えていた。

しかし家を離れて学園での生活が長くなると、今となってはそれを目指す事が自分の意志であったかどうかもわからない。

それなのに大切なものを探す事も出来なく、閉塞感を感じているのは確かだった。

だからといって今の立場を放棄できるだけの理由も行動力も無い。


「…っいいね!」

「ね…!」


頭の重い考えごとをしながら廊下を歩いていると、小鳥のさえずりのような囁きが耳に入り、目を向けると小さな少女達と目が合った。

少女らはライヒアルトと目が合うと慌てたように顔を伏せて小走りで脇をすり抜けて行った。


「…」


一瞬にして華やかな雰囲気になったその場に、ライヒアルトは少し笑みを浮かべた。

自分が出自が故に、女子から羨望の眼差しで見られている事は知っていた。

ついその期待に応えたいとかっこつけてしまう自分にも少し笑えた。

少女達の姿を見ていて、そういえばと思いだした。


「手紙を書こうか…」


もう、簡単な文字くらいならば読めるようになっているだろうか。

数年前に生まれたと聞く、母親違いの妹の事を思い出した。


一度も会った事は無いが、自分と同じ血を引く少女の事を想像するだけライヒアルトの心は癒された。

髪や瞳は何色だろう、誰に似ているのだろう、自分の事は知っているのだろうか。

想像するだけで凝り固まった頭が柔らかくなり、つい頬も緩む。

その想像の彼女に、何らかの言葉を残したくて手紙を書き始めたのはつい最近の事。

まだ幼子の異母妹に、愚かな事だと人は笑うのかもしれない。

特に名家の跡取りである自分と、妾の子供である妹とは立場が違うのだと故郷からの手紙で窘められた事もあった。

だがライヒアルトにとって妹は妹で、そこに境界も段差も見出すことは無かった。

しかし本人からの返事は今のところ一度も届いていない。文字が書ける年齢では無いと思うので仕方がない事だが。


「…!」



ゆっくり歩いていると、突風が吹いてライヒアルトの長い黒髪を乱した。

途端に手に持っていた紙を浚って空中へと舞いあげていった。


「あ…」


しまった、と急いで手を伸ばして紙に手を触れるが、結局は空を切っただけだった。

眼で紙の行方を追うと、空を優雅に飛んでいた白い鳩が紙を咥えてまた優雅に空を泳いで行った。

窓から身を乗り出して行方を目で追いかけると、目下の木の陰に消えてしまった。

自分とした事が考えに耽っているうちにとんだ失態を犯してしまったと頭を掻く。

しかし取りにいかない場合困ってしまう人の顔を想い浮かべて、ライヒアルトはすぐに走りだした。

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