第2章 昭和14年
第2章 昭和14年
1.
宇宙魚雷艇を潜水艦に改装するのは10日で終わった。 水陸上両用車と
アンドロイドは1日で生産され、潜水艦発進用の水密ゲートも潜水艦の改装が終わる
頃には完全ではないが発進に支障を来たさないまでになっていた。
もともと宇宙船発着場は気密ゲートが存在しているので、このゲートを水密加工すれば
良いだけであった。
また、海上のドックの建設も行っていた。 ドックは資材運搬の都合上、宇宙船
発着場のゲートのそばに作られた。
そのころには、ラジオで1939年4月であることも、落下地点はハワイ島,
ヤルート島の中間あたりに位置しており、一番近い島がジョンストン島である事も
判った。
探査衛星から見た津波の被害は思ったよりも大きかった。
麻生の懸念が当たりそうであった。
「歴史を変更することになりませんか?」
と管理コンピュータの『アフロ』が訊ねた。
「この地下工場が地球に落ちたときに津波が発生した時点で歴史は変わっているよ。
さて、それじゃあ日本に行って3将軍を説得してくるよ。 もし、説得できないときは
洗脳もするかもしれないから準備していてくれ。」
「かしこまりました。 これからは麻生様の護衛を付けることにします。」
「護衛? しかし今回の為に3体もアンドロイドを作っているが?」
「あれは誘拐用です。 常に側にいて秘書,家事,護衛,性処理ができるタイプの
ものが必要です。」
「性処理?」
「この10日間、麻生様は性処理を行っておりません。 性処理が行われて
いなければ精神衛生上良くありませんし、判断ミスの延引にもなります。 また、
女スパイの誘惑にかかり身を滅ぼす原因になります。」
麻生はこの女スパイという言葉に絶句したが、精神衛生面を言われては考えざるを
えなかった。 また、誘拐用のアンドロイドの出来が人間と変わらないので性処理の
できるアンドロイドはどの様になるのか見てみたくもあった。
「わかった。 一番良いのを作っておいてくれ。」
2.
その日、4月20日の夕方に麻生は宇宙魚雷艇を基本にした潜水艦、伊400潜
『海虎』号に乗り込み、東京湾の海底にいた。
ネーミングは麻生の趣味で極力、日本海軍の規定に沿うようにしていた。
この伊400型潜水艦は時代を超越した性能を持っていた。
「では、山本五十六、米内光政、東条英機をさらってきてくれ。」
麻生はアンドロイド3体に命じた。
この半有機質型アンドロイドの性能は暗殺,護衛,戦闘,破壊工作が主にプログラム
されており、開発時に麻生の記憶にあるターミネータがモデルで、何処から見ても
人間の様であった。
アンドロイドは水陸両用の自動車に乗り、海虎号から出発した。
深夜に3人の将軍が眠らされて潜水艦に運び込まれた。
そろそろ起きてもらおうかと麻生が思ったとき、工場の『アフロ』から通信が入った。
「麻生様に申し上げます。 この時代の軍首脳部は人の命を紙屑同様に考えて
いますので、予め人道主義,博愛精神を意識及び深層心理に刻み込めば説得もうまく
いくと思います。」
「そんなことが可能なのか?」
「はい、他にも護身術や知識も植え込むことができます。 ラムウ帝国ではこの方法で
帝国内の治安維持を保っていました。」
「よし! それで行こう。」
かくして3人の将軍の意識に人道主義,博愛精神が植え付けられた。
3.
海虎号の艦橋の中で麻生と対峙するように3人の将軍が机に伏して寝ていた。
しばらくして、将軍たちが目を覚ました。
最初に目が覚めたのは山本五十六であった。
山本は目が覚めるとあたりの様子が違うことに気づき、周りを見ていたがすぐに
麻生に気づいた。
「君は服装からすると民間人のようだが、君は何者かね? そしてここは何処だね?」
「山本閣下、その質問のご回答は後の二人が目を覚まされたときにお答えします。」
その時、寝ていた米内光政と東条英機が目を覚ました。
「お加減はいかがですか? 意識ははっきりしていますか?」
麻生は二人の意識を確認するように質問した。
二人は山本と同じように辺りを見回し、そして麻生に視線を移しうなづいた。
「このような方法であなた方をお連れしたご無礼をお許しください。
あなた方をお連れした訳をはなす前に、この中の設備をごらんになってどの様に感じられ
ましたか?」
「どうやら何かの制御室のようだが、ここの機械は私が知る限り日本にも、いや
最新設備を誇る米国にも見たことがない。 いったいここはどういう所なのか想像すら
つかん。」
と山本が返答した。
「それでは防御壁を上げましょう。」
と麻生が言い終わった途端、麻生の後ろの窓の外にあった防御壁が上にスライドした。
「このままでは暗くて判らないと思いますので灯りをつけます。」
途端に窓の外が明るくなり、3将軍は息をのんだ。 窓の外には魚の泳ぐ姿が
見えたのだ。
「海中なのか・・・。」
山本が驚きの声を隠しきれない声でつぶやいた。
「そうです。 ここは私が命じて作らせた潜水艦の司令室です。」
「潜水艦の司令室だと? この様な潜水艦を作れる君はいったい何者なんだ?」
と東条が叫んだ。
「閣下、冷静にこの艦橋の中をご覧ください。」
その時、米内が口を開いた。
「潜望鏡が無いし、変な四角いガラスがあちらこちらにつけられているな。
艦橋員もいない様だがこの潜水艦はいったい何処の国で作られたのかね。
いや、何十年後に作られたのかね。」
米内の言葉に山本と東条が米内を見た。
「さすがは米内閣下、お察しがよろしいですね。 私の名は麻生 洋、今から約
60年後から来ました。」
「馬鹿馬鹿しい、その様な事を誰が信じるのだ?」
海軍と仲の悪い陸軍の東条がつぶやいた。
「そうですね、それでは未来から来た証明として、これから起こることを当てましょう。
陸軍は5月11日にノモンハンで武力抗争を計画中ですが・・・」
「貴様、何故それを知っている! さてはソ連のスパイだな!」
東条が立ち上がったのを見て米内が制した。
「東条閣下。 麻生君がスパイなら何故ノモンハンの事を喋る必要がある? それに
まだ彼は話し終わっていないのだ。 話を聞いてから判断しても遅くはなかろう。」
米内の言葉に東条はしぶしぶと座った。
山本はまたその様な策謀をしていたのかと呆れ顔で東条を見た。
東条が驚くのも無理はない。 ノモンハンでの武力抗争計画は上がっていたものの、
参謀本部はこの計画を却下したのである。 しかし、それを不服とした現地の辻参謀は
命令を無視して強引に武力抗争をしかけるのであるが、現時点での東条は全く知る由も
なかった。
4.
「私がこの様な形でお会いしたのは、軍の上層部の意識改革を行い、ひいては政治家
だけでなく日本国民全ての意識改革をし、将来の日本人が世界に尊敬される様にする
為です。」
「ほう、すると君のいた時代の日本人は尊敬されていないのかね?」
と東条が皮肉っぽく言った。 しかし、麻生は意に返さなかった。
「現在の軍の上層部の体質が末端の兵隊まで行き渡り、それが日本人全てに根付いて
しまっています。 具体的には階級の上下を尊重するあまり、部下へのいじめがあります。
士官が将兵に将兵が民間人にいじめや虐待をします。 特に大陸ではひどい事を行い、
60年たっても日本軍は軍隊という名の強盗だともいわれています。」
「何、強盗だと? けしからん! そんな事を言う連中は粛正してやる。」
東条が叫ぶや麻生は東条に指さし、怒気をはらんで叫んだ。
「あなたのその考え方が日本軍を強盗だと言わしめるのです! いいですか、あなたの
様な考え方が米国に敗戦するまでに、国民全てに浸透してしまい未来の日本人の精神が
屈折したのです!」
「何? 米国に敗戦しただと?」
3人は驚いたが特に米内と山本の驚きは大きかった。
この時期、米内,山本は三国同盟に反対していた。 何故なら、三国同盟が締結されれば
対米戦は避けられないからである。 彼らは米国の工業力を知っており、米国と戦争に
なれば必ず負けることを認識していた。 したがって、対米戦の引き金となる三国同盟の
締結をいかに阻止するかで日夜頭を悩ましていたのであった。
「ええ、昭和16年12月に開戦し昭和20年8月に敗戦しました。
特に昭和20年8月には帝都には破壊できる物はなにも残っておらず、米国は原子爆弾
という最終兵器を広島と長崎に1発づつ投下し広島と長崎は壊滅します。
それを見て天皇陛下が無条件降伏を受諾されました。」
「その原子爆弾というのは、たった1発で1都市が壊滅できるのかね?」
米内の声が震えていた。
「はい、空中550mの所で爆発します。 爆発した瞬間、直径1km以内の可燃物は
瞬時に引火します。 むろん人間もです。 そして爆発時の衝撃波で周囲数kmの
建築物が破壊されます。
次に猛烈な爆風が周囲数十kmに広がり、その猛烈な風と熱で建物は崩壊します。
後には放射能という生物の生存を許さない猛毒物質が残ります。
この放射能をごく微量に浴びても体に異変が起きます。
万一体に異変が見受けられなくても、次に生まれてくる世代に影響が引き継がれます。
まさに究極の破壊兵器です。」
米内と山本は声がでなかった。
「そ、そんな兵器が米国で開発されるというのか?」
という東条の声も震えていた。
「東条閣下。 信じる信じないはあなたの勝手ですが、無謀な作戦で兵を失うことは
避けて下さい。 米国と開戦するには国力を温存せねばなりません。 まず、あなたには
ノモンハンでの武力衝突を極力避けるようにして下さい。
私が記憶しているノモンハンの事件は、出動人員5万9000に対する消耗率は、
戦病者を含めると32パーセントと言う数字です。
陸軍は乃木将軍の203高地での戦訓を生かせず、同じ失敗をします。
後にソ連の将校はこう言います。 『日本の将兵は勇敢だったが指揮官は無能であった』
と。」
「馬鹿な、計画は中止と決定しているし、万一実行されても作戦計画は十分練って
万全のはずだ。」
「その計画には外交情報と近代戦の知識が欠落しています。
日本が米国に敗戦したのも情報収集能力の欠落がその原因の1つです。」
「何かね、その外交情報とは?」
「ドイツとソ連は水面下で不可侵条約を締結する動きをしています。 8月に正式に
調印されますが、軍事的にはすでに調印済みとしてドイツとソ連は行動をしています。
したがってソ連は満州国境に兵力を集中し初めています。」
「それでは防共協定の背信行為ではないか!」
この時期、共産主義勢力を阻もうと日独伊防共協定を締結していた。 後に、これが
軍事同盟に発展するのである。
「ドイツにとって日本は囮にすぎません。 独ソ不可侵条約はポーランドを孤立
させるためのものす。 ヒトラーにとって我が国はソ連の目を東に向ける為の駒でしか
ないのです。
マイン・カンプに見られるようにヒトラーは狂信的な人種偏見を持っています。
我が国を2等国民国家と言っているのです。 そんなヒトラーが我が国のために軍事
協力をすると考えられますか?」
東条は顔を引きつらせ言葉を無くした。
「それに日本軍、特に陸軍は精神論を振りかざし、近代戦というものを全く理解して
いません。
精神力があれば何でもできるというのは間違いです。 できるというのであれば燃料の
ない航空機を飛ばして見せて欲しいものです。
近代戦はランチェスターの法則に従うことを米国は理解しています。 すなはち、
兵器の優劣があまりなければ数の多い方が必ず勝つのです。 つまり、物量こそが
近代戦の本質なのです。
陸海軍もこの事は頭に叩き込んで下さい。」
これには在米経験があり米国を良く知っている山本もうなずきながら聞いていた。
ランチェスターの法則を簡単に説明すると、
第一法則:戦力は兵力に比例する。
第二法則:戦力は兵力の2乗に比例する。
第一法則は古代の戦争の様に1対1の戦いを想定している。
古代の戦いでは個人の技量や武器の威力がものをいう。
第二法則は近代戦のようなを1対多数の戦いを表している。
近代戦では火力の登場により、兵力の集中効果が生まれる。
近代戦争は打った弾の数に比例して敵がやられていくという意味で確率戦となってしまい
三国志のような英雄が誕生することもない。
第一法則は次のような微分方程式で表される。
dN/dt=-W
dM/dt=-V
ここで、N,Mが兵力数、VがNの側の武器の能力、WはMの側の武器の能力である。
これから、単純に時間tに比例して兵力が減っていくことがわかる。
それに対し、第二法則は次のように表される。
dN/dt=-WM
dM/dt=-VN
これは,兵力の減り方が、相手の兵力と武器の性能の積に比例することを表している。
これを解くと、指数関数の解となるが、これを近似的に表すと兵力の2乗に比例する
という関係が出てくる。
簡単な例を考えると
武器性能が同じで、片方が10の兵力、片方が8の兵力で戦った場合、
10×10-8×8=6×6
となり、8の兵力を持つ側は全滅するのに対し、10の兵力を持つ方はまだ6の
兵力を残すのである。
このように兵力を多く投入することが勝敗を決めてしまう。
また、双方共に集中運用するだけの兵力を失えば、補給力の大きな方が戦争の主導権を
握ることになる。
5.
「話が飛んでしまいましたので、日本がどの様な経緯で戦争に突入したかを順序
立ててお話しします。
第一次大戦後のベルサイユ条約はドイツを圧迫しドイツ国民はこの束縛から逃れる
ための救世主を求めていました。 そこに目を付けた米国は一介の伍長であった
ヒトラーを、ヒトラー自身にすら気づかれない様に援助し、ナチス総裁、ひいては
ナチスがドイツの政権を取れるようにします。」
3人ともまさかと言う顔で聞き入っていた。
「なぜ米国がこの様な回りくどい事をするかと言えば、米国は新しい市場が欲しいの
ですが、アジアはヨーロッパの列強が支配しているため手が出せません。
そこで、ヨーロッパに戦争を勃発させ、ヨーロッパの列強の力を弱め、アジアの
権益を奪おうと考えました。
ヨーロッパで列強同士が戦えば相対的に米国の国力が上がりますからね。
米国は戦争の火種としてドイツに目を付けました。
ナチスへの隠れた工作と共にヨーロッパ列強にドイツを締め付ける様に強要します。
要請に従わない国には経済制裁をちらつかせ、無理矢理、仲間に引きずり込みます。
この様な自分勝手な米国の行動は60年経っても変わりません。
ヒトラーは軍備を拡張し大規模公共工事を行います。 内需拡大は成功するのですが
ベルサイユ条約の締め付けおよび経済制裁が続くため、ベルサイユ条約を無効にする為に
戦争を起こします。
同盟国のイギリスからの要請もあり、ルーズベルトは欧州戦争に参入しようと
画策します。
しかし米国の国内世論は開戦に反対なので自分から仕掛ける事が出来ません。
そこで、議会の賛成を得るためにも相手から攻撃されたためやむをえず開戦する事に
しなければなりません。
でもドイツは先の大戦の教訓から、どのような挑発を受けてもアメリカと戦おうと
しません。 そこでルーズベルトはドイツと軍事同盟を結んだ日本に目を付けます。
ルーズベルトにとって外交手腕の未熟な日本を戦争に引きずり出すのは簡単な
事だったのです。
そして、我が国に対し経済制裁を行ってきます。 更に中国大陸からの撤退などの
過酷な条件を突き付けてきます。 辛抱できなくなった日本はついに米国に対し、
宣戦布告します。」
「許せんな・・・。」
怒りに震えながら山本が唸るようにつぶやくと米内と東条はうなずいた。
「我が国は緒戦においてはいくつかの勝利を得ますが、ミッドウェイで4空母を
失ったのをきっかけに作戦の不徹底、敗戦の教訓を生かさない無責任な作戦立案等で
敗退を続けます。
また、戦線の拡張が補給線を長くし、敵に補給を断ち切られ、飢えと病魔で闘う前に
戦力が半減する部隊が続出し、ほとんどの部隊で地獄絵の様相を呈します。 この時、
軍は食料の現地調達方式を見直し、補給部隊の護衛をすべきでした。
米国のB29戦略爆撃機が完成してからは日本は毎日空襲に見まわれます。
帝都は灰燼に帰し国民も食べ物が無くなり飢えのため暴動が起きる寸前になります。
そこへ原子爆弾が落とされ日本は無条件降伏します。」
「それで日本はどうなる? 陛下はご無事か?」
「陛下はご無事です。 天皇という位置付けは政治とは分離しますが、外交等で
天皇は必要と言うことになっています。 戦後、海外の植民地を失った替わりに日本は
独立を果たしますが、実質的には米国の1部として扱われます。
しかし、再軍備は行われませんでした。」
「陸軍、海軍は消滅したわけか。」
「はい。 戦後、中国,シナまでが相次いで共産国家になり、米国は日本を防共の
防波堤にしようと考え、軍備を要請します。
しかし、よほど軍の横暴が堪えたのでしょう。 吉田首相は米国の再三にわたる再軍備の
要請をけり続けました。
その背景には無知蒙昧な軍の暴走により戦争に突入することを恐れたと考えられます。
しかし、自国を防衛する為の軍隊がいなくて、はたして独立国家と言えるでしょうか?
警察を最新鋭の武器で重武装させた自衛隊はありますが、専守防衛に徹しており攻撃を
受けない限り戦えないのでは意味がありません。 60年後の世界では最初の攻撃で
防衛部隊を壊滅できるのですから。」
「つまり、軍隊に近い組織ができるのか。」
「ええ、装備的には世界第3位ぐらいに位置付けされる様にはなりますが、
攻撃出来なければ意味がありませんし、自衛隊の存在自体が災害対策専用の部隊に
成り下がっています。
また、自衛隊員の中にはおかしな宗教によりテロを働く者も出てくる始末です。」
「自国を守るべき者がテロを働くとは・・・。」
二・二六事件を予想していたにも関わらず、阻止できなかった東条は眉間に皺を
よせていた。
「しかも、国際的な要求で海外に派遣しても、派遣先で行うことは道路整備だけです。
諸外国から見れば、日本の自衛隊は道路工事しか役に立たない軍隊という認識となって
います。
また、日本の政治家は資金援助をするしか能のない連中と思われています。」
「道路整備だけとは情けないな。」
海軍大臣の米内はやれやれといった表情でつぶやいた。
「しかも日本に進駐している米軍の設備費や食料は『思いやり予算』と称して、日本が
負担しているのです。 米軍基地の土地は地主から実質上、無期限に提供するように国が
強制しています。
しかし、米軍が我が国を守ってくれるかと言えばそうではありません。
実際に日本に配備されている部隊は日本を守るための部隊ではないのです。
これではヤクザにメカジメ料を払っているのと一緒です。」
米内,山本,東条は沈痛な面持ちで聞いていた。
「話を戦後に戻しますと、戦後マッカーサーによる日本国憲法が発布され、自由主義
国家として確立します。
米国は我が国と安全保障条約を結びますが、その実体は日本を中国大陸の共産圏国家に
対する前線基地です。
さらに米国は日本国民に気づかれないように、精神面での米国化を計ります。
もっとも、政治家も国民も敗戦により、それまでの帝国主義や家長制度という日本の
伝統的な習慣を否定するという、誤った風潮に流されてしまったのも大きな原因です。
かくて皇国日本という意識は消滅してしまい、残ったのは日本軍によって広まった
陰湿なイジメとアジア諸国の不信ぐらいなものです。 60年後には10才未満の子供が
イジメを苦にして自殺をする事が珍しくなくなりますし、未成年者の凶悪犯罪も頻発
します。
また、国民には政治無関心、自分さえ良ければどうなってもいいと言う風潮が蔓延し、
たとえどこかの国から侵略を受けても自分さえ助かれば侵略者に自国を売ることも躊躇
しないでしょう。
未来の日本人に皇国日本という考えは存在しないのです。
お国の為とか国に尽くすとか言えば何らかの思想犯という目で見られるように
なります。」
麻生にとって皇国日本というのはどうでも良かったが、天皇陛下の忠臣である米内,
山本,東条にとってこれは耐え難い事であった。
「建物はまた作り直せますが、一度失った国民精神は2度と元に戻りません。
良き日本人、良き国際人になるためには今の軍の意識改革しかないと思っています。
そしてその最後の機会が今の時代なのです。
今から対米英戦を意識した軍備をして、勝利で対米英戦を終了しなければなりません。
負ければ皇国日本は無くなってしまいます。
また、軍人と軍の意識を変え悪しき慣習を国民に広めないようにして、謙虚な国に
ならなければなりません。」
6.
「敗戦しても、それがお国のためになるのならいいが、そうじゃなさそうだな・・・。
ドイツと軍事同盟を結ぶ事が、我が国を米国と開戦にさせることになると言うことだが、
海軍は同盟に反対の立場をとっているのに、なぜ軍事同盟が締結されるのかね?」
「来年には米内閣下は首相になられますが、半年後に陸軍が大臣選出を拒否し総辞職
します。
後任に近衛内閣が誕生しますが、この時の組閣では、同盟反対を唱える人たちは別の
職責についており、中央から外れます。 そして、あなた方のいない間に同盟が締結
されます。」
「儂が反対してもだめなのかね?」
東条の意外な言葉に皆が東条を見た。 しかし、麻生は残念そうに首を振った。
「無理でしょう。 この時期、ドイツは破竹の勢いでヨーロッパを蹂躙します。
ドイツの勝ち馬にのり、ヨーロッパ諸国のアジア植民地を奪うことに日本中が賛同
します。 反対すれば暗殺されてしまいます。
また、ドイツも海軍の恐れていた事項を巧みにかわして同盟を締結しやすく工作
します。」
「では米国との戦いは避けられないのかね」
「はい。 日本は対米交渉で譲歩に譲歩を重ねます。 しかし米国は経済封鎖をし、
蘭印や仏印、ヨーロッパ諸国にも経済封鎖を強調するように強要します。
さらに海外の植民地の放棄と軍の撤退を要求してきます。
ここまでやられて倒れない内閣は無いでしょう。
もし、この要求をのんでも、ルーズベルトは日本と戦争をしたがっているのですから
更に過酷な条件を突きつけてくるでしょう。」
3将軍はうなって考え込んだ。
さらに麻生は米国と開戦後、どの様に日本が戦ったかを詳しく語った。
仏印とはフランス領インドシナの略で、今でいうタイ,ミャンマー(ベトナム)近辺
である。 ちなみにこの時点でタイは独立国家である。
フランスがドイツに降伏すると、すかさずサイゴンに艦隊を進出させ、表向きには
これが米英の経済制裁の引き金になった。
蘭印とはオランダ領インドシナの略で、今でいうジャワ,スマトラ,スンダ列島を
指す。
この当時、石油は中東からはまだ見つかっておらず、年間800万トンを輸出していた
蘭印がアジア一の産油国であり、米国を除けば輸入可能な最後の国であった。
「どうせ米国との戦いが避けられないのであれば今から国力を温存し対米戦に備える
べきです。
パイロットは言うに及ばず腕に何らかの技術をもつ将兵は内地に復員させて新兵器の
開発,生産,パイロットの育成の促進を図るべきです。
また、我が国が現在使っている暗号は全て米国に解読されていますので、新しい
発想の暗号を検討すべきです。」
「暗号は先日新しい機械式に変えたばかりだが。」
「山本閣下。 米国の情報収集能力は桁違いです。 我が国の暗号は300人からの
専任チームが数日とたたずに解読されてしまうのです。 それに米国側は1度暗号を
解いていますので、いくら乱数を変えても直ぐに解読できるのです。」
「そんな馬鹿な・・・。」
「ですから、発想を変えるのです。 たとえば、原文をどこかの方言にするとか、
日本語の原文そのものを中国語などにするとか、使用する電波そのものを見直す
とかです。
ちなみに山本閣下は暗号を解読され、昭和18年4月18日に前線視察の為、陸攻機で
ブーゲンビル島にさしかかった時、待ち伏せに合い命を落とされます。
したがって新しい発想の暗号を作り出す必要があります。
軍の暗号だけでなく外務省の暗号も解読されています。 米国はこちらの腹の内を知り
尽くしていますので、あなたがたがどの様に戦争回避に尽力をしても無駄なのです。」
7.
やにわに東条が叫んだ。
「判った。 儂は前から米国は好かなかったんだ。 向こうが仕掛けてくるのなら
受けて立つ!」
「さすがは対米強硬派の東条閣下ですね。 ご決断がお早い。」
「だが、君を全面的に信頼したわけではないからな。」
「結構です。 ですが対米英戦争を戦い抜ける様に軍備を進めて欲しいのです。」
「今のままでは駄目なんだろうな。」
「ええ、これから米国の開戦の昭和16年12月までにやらなければならない事を
述べますので、すぐに取りかかって下さい。
日独伊三国軍事同盟は昭和15年9月に締結して下さい。 ドイツを利用してソ連の
目をドイツに向けるのです。
ついでにヨーロッパ戦線でがんばってくれれば言うことがありません。
また、米国との開戦は昭和16年12月にして下さい。 この頃が日米の戦力比が
もっとも均衡する時期です。 ですので、米内閣下と山本閣下は三国同盟に断固反対の
態度から、条件次第で同盟賛成の態度をとって下さい。
今、お二人が暗殺されると日本は米国に蹂躙されてしまいます。」
「うむ、暗殺などされたらお国を守れんからな。」
「陸軍はノモンハンの武力抗争を極力避ける様にし、できる限り大陸に配置した
兵力を復員させて下さい。 そして航空機は重爆撃機を開発して下さい。
特に、開戦壁頭にB-17に匹敵する爆撃機を開発・生産できるように研究して下さい。
他の航空機ですが、海軍と陸軍がバラバラに開発をしていると国力の無駄ですので、
新規開発を控えて下さい。
自走砲や携帯ロケット弾、成形炸薬弾等の研究も進めて下さい。
次に海軍ですが、パイロットの養成学校をどんどん建てて下さい。
航空機とパイロットは消耗率が激しいので優秀なパイロットは養成学校の教官に
転任させてパイロットの数を増やすべきです。
これからは航空機が戦場の主役となります。 航空戦を行えば、月に100人,
200人と戦死していくのですのす。 今からパイロットを大量に養成しないと
開戦までに十分なパイロットが揃えられません。」
「わかった。 海軍だけでなく陸軍も航空学校を大量に作ろう。」
「また、艦戦,艦攻,艦爆も1機種に絞って生産して下さい。
機種数を増やすのは国力を消耗させるので得策ではありません。」
ここでいう艦戦は艦上戦闘機の略で、主に敵航空機と戦うための航空機である。
艦攻は艦上攻撃機の略で爆弾または魚雷で敵基地や船舶を攻撃するための航空機
であり、爆弾の投下は水平飛行中に行うように設計されている。
魚雷を搭載している場合は雷撃機とも言われる。
艦爆は艦上爆撃機の略で、急降下中に爆弾を投下し、敵基地や船舶を攻撃するための
航空機であり、通常は水平飛行中に爆弾を投下する様に設計されていない。
なぜなら、急降下中の爆弾投下の方が命中率が高いため、水平飛行中に爆弾を投下
できるような照準器も訓練もなされていないのが一般的だからである。
「陸海軍の航空機種を統一すれば生産性が向上し保守部品も共通になりますので、
ぜひ航空機種の統一を行って下さい。 特に現在開発中の海軍の戦闘機は優秀です。
この戦闘機は皇紀2600年に式制されたので零式艦上戦闘機または零戦と呼ばれ、
この時代での名機中の名機になります。」
これにはさすがに3人が顔を見合わせた。
陸軍は海軍との対抗意識が強く、何でも対立していた。 戦闘機もその例に漏れず、
開発競争をしていたのである。 大戦末期には燃料のオクタン価の高低まで競っていた
くらいであり、このため航空会社も新機種開発に力を奪われ粗製乱雑な航空機しか
製造できなくなってしまっていたのである。
式制とは正式に軍が採用することを言う。 この時、開発名から式制名に名前が
変更される。 ネーミングにはルールがあり、海軍の試作の場合、通し番号に試作の
試の字をつけ、続いて種類の名称が来る。
十二試艦上戦闘機というのは12番目の試作の艦上戦闘機ということになる。
式制された後のネーミングは、年号に式制の式を付けて、続いて種類の名称が来る。
この時の年号は皇紀の年の下2桁または1桁をつかう。
零式艦上戦闘機というのは、皇紀の下2桁が00なので零となり、正式の式を付けて、
続いて艦上戦闘機ということになる。
陸軍の試作の場合はカタカナのキまたはクで始まり、後は連番である。
式制されたあとのネーミングは海軍と同じルールとなっている。
ただ、皇紀の下2桁が00の場合、海軍と異なり百を付ける。
この式制のネーミングルールは他にも魚雷や砲弾にも適応されている。
「毎年1月にある陸海軍の航空機比較競技で決定させるしか頭の固い連中を
説得するのは難しいですな。」
米内は東条に同意を求めるように相づちを打った。
「航空機各機に無線を設置し、連携が取れるようにして下さい。
敵は1対1でかなわないと見るや編隊を組んで1機に襲いかかる戦法を取りますので、
こちらも編隊を組んで攻撃できるように訓練して下さい。
特に戦闘に参加しない攻撃指令機をもうけ、編隊での攻撃を有利にする戦法の訓練を
して下さい。 航空隊で教えている1対1の戦いはこれからはあまりありません。
連携の取れた10機はそうでない20機と同等の働きをします。」
「そんなに違うのか。」
海軍の航空兵力を強化してきた山本には驚きの提案であった。
「小隊は4機で1隊編成にして下さい。 格闘戦等では4機から2機で1機と対峙し、
陸攻等の爆撃は4機同時におこなう用にします。
この戦法は60年経っても使われており、この編成方法に勝る物は無いでしょう。
パイロットには撃墜されたときの為に落下傘を付ける習慣も指導して下さい。
日本は米国と違い、戦闘機の操縦は熟練が必要ですのでパイロットには必ず生還する
様にしませんと、パイロットの損耗に補充が追いつかなくなります。
体当たりや自爆など言語道断です。
これからの戦争は制空権を取った者が勝つことを十分認識して下さい。」
東条が言い辛そうにつぶやいた。
「しかし陸軍は捕虜になることを許さないが・・・。」
「戦争で消耗しやすく、新たに補充するのに時間も金もかかるのがパイロット
なのです! 陸軍の訓辞は優秀なパイロットを自殺に追い込むだけです。
生きていれば捕虜になっても捕虜交換の折りに戻ってきます。 パイロットの損傷は
戦力の減少と同じと考えて下さい。
資源の少ない日本では人も資源なのです。」
「人も資源か・・・。 なるほど、人は石垣、人は城と言う事か。」
東条はうんうんとうなづきながら目を閉じた。 中国大陸で関東軍を指揮していた頃を
思い出したのであろう。
東条の部下思いで四角四面の性格は評判であり、下級将兵からは信頼されていた。
「海軍は金食い虫の大和級戦艦の生産を取りやめ、資材を屑鉄にして弾丸や空母等を
作って下さい。 脆弱な空母は納庫を密閉するのではなくシャッターや引き戸にし、
解放式にして万一爆弾が命中しても破壊力がすぐに逃げて船の中に残らない構造に変えて
下さい。」
「判った。 直ぐに艦政本部に要請しよう。 この前の津波で工廠が破壊されて大和級
戦艦の建造どころではないから何とかなるだろう。」
「それと航空機各社の工場の側に滑走路を作って下さい。 飛行場まで牛で運搬して
いては埒があきませんし、運搬中に機体を破損する可能性もあります。
試作が出来たら直ぐに飛べる様にして下さい。」
「うむ、すぐ軍令部に起案しよう。」
「米内閣下は来年に組閣の大命が下りますので、石原将軍の五族共和路線を唱え、
大陸からの撤退を表明して下さい。 そして軍は人道主義を徹底し、一般常識と幅広い
知識を持つように指導し、戦においても正々堂々と戦う様に訓示して下さい。
更に海外や国内の情報を収集、分析する集団を作って下さい。 新しい技術、外交
情報は残らず集めて分析して下さい。 日本が負けた原因の一つに情報収集能力の欠如が
ありますから。」
「なりふり構わず外国の民間人もスパイとして採用しよう。」
「それだけでは足りません。 もっと貪欲に科学技術情報の収集に努めて下さい。
レーダー等で有効な電波の受信に八木式アンテナがありますが、これなど開戦前に発明
されているにも関わらず、開戦後数ヶ月もたって、敵兵器を齒獲して初めて日本人の
発明と判ったくらい科学技術情報に鈍感です。
軍は戦うことばかり考えてなく、科学技術も勉強しないと時代に取り残されて
しまいます。」
「そうだな。 これからは科学技術も知っておかねば新兵器,新戦術が考え
られんな。」
「東条閣下は昭和16年10月に組閣の大命が下ります。
戦争を仕掛けてくるのはルーズベルトと彼を取り巻く軍需産業です。 一般国民は
知りませんので米国民を味方につける戦術を研究して下さい。
米国は国民の声が政治に大きく反映する国ですので、敵国民に日本が正義なのだと
言うことを判らせてやれば早期停戦が可能です。
また、開戦での勝利の報告はせず、被害のみを国民に知らせて下さい。 勝利の後の
慢心が一番危険です。 そして、マスコミにも検閲の撤廃をして、日本は生き残るため、
そして白人支配の有色民族の独立のために戦っている事を国民のみならず、有色人種
諸国に知らしめて下さい。
さらに、国民のみならず陸海軍全軍にアジアに礼をつくし五族共和の模範生に
なるように誘導して下さい。 米国に勝つには我が国を善となす国際世論が必要です。
そして、短期決戦を念頭に置いた戦略を考えて下さい。
米国相手に1年以上戦争を引き延ばすと海軍、陸軍総掛かりでもひっくり返せない
ほど戦力に差ができてしまいます。
たとえば、17年後半には敵空母は100隻以上になります。」
「それじゃあいくら沈めてもきりがないぞ。」
山本は疲れた声だった。
「恐るべきは米国の工業力か・・・。」
東条も唸るように呟いた。
「それだけではありません。 同じく17年の後半には200隻もの潜水艦が
生産され、その半数以上が太平洋に配置されます。
護衛のない輸送船団は敵潜の格好の餌食となり、海上輸送は寸断され十分な補給が
出来なくなります。
開戦前、日本の保有している商船の量はおよそ600万トンありました。
開戦後の被害は1年目100万トン、2年目180万トン、3年目390万トンと
日本は完全に輸送を阻まれてしまい膨大な船舶と船員を失います。
この中のほとんどが潜水艦の攻撃によるものです。
実質的に日本を倒したのは潜水艦なのです。」
「しかし、輸送船に護衛の駆逐艦を付けるには数が足りんぞ。」
海軍の戦力を知っている米内は悲鳴を上げた。
「はい、ですから緒戦で他の国はほっておいて米国だけに集中するしかありません。
開戦からの半年までに米大陸に進出し、これらの空母や潜水艦がまだ工廠にある段階で
叩く以外、勝ち目はありません。
どうせ英,豪は米国の兵器をあてにしていますので、米国の工場が破壊されると、
放っておいても干上がってしまいますし、ソ連も16年末にはドイツと戦っており
我が国どころではありません。 中国に張り付けている戦力も動員して、戦力の集中を
しなければなりません。」
「う~ん。 聞けば聞くほど他の国を後回しにして全力で米国と戦わねばならんな。」
最初、中国,南方方面,米国と三面作戦をとろうと考えた東条は、その考えを改め
ざるを得ないと思った。
「米国を攻撃するために必要な爆撃機ですが、現段階で優秀な陸上爆撃機はB-17
です。
これに匹敵するような爆撃機の図面をお渡ししますのが、日本での開発が出来ない場合、
陸軍はスパイを派遣してB-17の設計図を盗むか、開戦と同時にフィリピンへ進行し
B-17を齒獲する作戦の準備をしてください。
山本閣下は現在試作中の戦闘機の設計図とエンジンに改良を加えて下さい。
詳しくは後日、技術者を連れて海軍に行きますのでその時に見せて下さい。
作戦や兵器の生産の決定権は、海軍では軍令部が、陸軍では参謀本部が持っているので、
山本閣下は軍令部総長を、東条閣下は参謀本部総長を説得して下さい。
もっとお話ししたいのですがもう朝ですのでみなさんにお帰りいただきます。」
麻生の時計は朝の5時を指していた。
麻生は別れ際、3人にいつでも相談できる様に腕時計型通信機を手渡した。
腕時計型といっても通信方式は電波ではなく超空間通信なので通信距離が格段に
違っていた。
また、すでに地球を取り巻くように各種の探査衛星、通信衛星を打ち上げており、通信,
索敵は万全であった。
3人を見送ったときに津波被害のことを訊ねてみたところ、やはり太平洋側に
大きな影響がでて復旧に1年近くかかるということだった。
幸い、艦隊を太平洋の沖合に避難させることができ、連合艦隊は無事だったが、
工場が大きな痛手をくっていた。
麻生はこれを聞いて、軍用機や軍艦の改造だけでなく、地下工場でこの時代の
日本でも生産できる物の技術公開や、最新の対空機銃なども生産しようと決意した。