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第12章 米国敗戦

第12章 米国敗戦


1.



 2月中旬、ホノルルに空母5隻,戦艦8隻,巡洋戦艦8隻,軽巡6隻,駆逐艦47隻

からなる大艦隊が集結した。 

戦艦は特徴的な3本足のマストをもっていた。 

去年に集結した米太平洋艦隊が再現したかの様だった。 

何を隠そうハワイ,太平洋で齒獲、改装した米太平洋艦隊であった。

違うところと言えば、重巡8隻が大改装され新たに巡洋戦艦として生まれ変わっている

ということだった。


 鉄砲屋には夢の八八艦隊実現であったが、戦う敵は太平洋に、もはやないので指揮官の

草鹿中将はハワイで訓練三昧であった。



 山本と米内は海軍省で雑談していた。


 「まったく麻生君という援軍がいなければ今頃、我々が手持ちの艦艇を全て失い

うろたえていたかもしれません。」


 「彼は日本の救いの神だな。」


 「ところで総長、彼はどうやって戦争を終わらせようとしているのです?」


 「我が国を正義となす国際世論を作り出すとか言って、東条首相に色々と政治的な

助言をしているよ。 

国内でも政治家や企業では常識だが世間では非常識というものを無くそうとしていてね、

たとえば『臭いものには蓋をする』という政治家や企業主の態度を改めさせるために

警察以外に倫理監査とかいう組織を検討させている。」


 「ほう、政治家もうかうかしてられませんな。」


 「それだけではない、60年後は日本中がゴミの廃棄場所に困る様になってしまう

そうなので、明治維新前の江戸の町のようにゴミの再利用を促進させる法案や組織等を

検討させている。」


 「江戸の町に学ぶべき点があるのですか?」


 「うむ。 儂も初めて知ったのだが、当時では100万人の都市というのは世界でも

有数の大都市だったそうだ。 

ペルー提督が江戸の町を歩いて塵一つ無いのを見て世界一美しい都市だと絶賛している

日誌があるそうだよ。」


 「つまり、江戸の町のようなゴミを何らかの形に再利用する仕組みを研究すると言う訳

ですか。」


 「そういうことだ。 それでもルーズベルトがなかなか講話に応じない場合は

ワシントン占領も考えるそうだよ。」


 「一気に敵の心臓部を急襲するのですか。 ずいぶん大胆な事を考えますね。 

敵の防御もすごいでしょう。」


 「麻生君は5月になったら有無を言わさず決行するつもりの様だよ。 これ以上戦争を

長引かせると敵に原子爆弾を作られてしまうからだそうだ。」


 「まるで桶狭間みたいですね。」


 「川中島とひよどり越えもいっぺんにやる感じだよ。」



 3月末にはアメリカには稼働できる軍需工場は数えるぐらいしか無くなり、油田,

パイプラインは破壊し尽くされ消火のあてもないまま燃え続けていた。 

更に、ほとんど輸入に頼っていたゴムが日本の潜水艦隊により手に入らなくなり、国内の

備蓄基地にも容赦なく爆撃が行われ、航空機の生産は月300機も作れない状態だった。 

このため、石油,ゴムは配給制となった。


 架橋や鉄道も軒並み破壊され、運河や湖,河川には機雷が投下されて、交通は車か

航空機に頼る以外になく、大量輸送の為の交通網は寸断されたと言って良かった。 

それとて不足する石油の為に満足に輸送することもままならなかった。


 米国民は不足する物資に最初は日本軍を恨んだが、小沢中将の市民への被害を出さない

様な作戦を取るという声明が何度も繰り替えし放送され、直接日本軍が市民に攻撃を

加えないことが判るとしだいに戦争を仕掛けたルーズベルトに不満の矛先が向けられて

いった。


 交通網を寸断された内陸部では塩の不足が深刻化して暴動寸前となっていた。 

そこに、陸攻機が爆弾の替わりに塩の入った箱を落下傘で投下した。 

最初はパニックになった市民も投下された箱を開いてみて、カリフォルニア産の塩と

住民へ配分して欲しいというメッセージを見つけて、大喜びで分け合った。


このニュースはすぐさまラジオで放送され翌日の新聞には


「ジャパン、塩爆弾を投下。」


という見出しで1面トップで扱われた。 記事には即日 高須中将にインタビューした

内容が掲載されていた。

 山本の「司令官は米国のマスメディアを積極的に利用すべし」という指示があった

からだった。

無論、これも麻生が山本に頼んだことであった。


 インタビューに対し高須の回答は


「日本には敵に塩を送るという諺がある。 これは、市民が困ったときは敵味方関係なく

救済の手を差し伸べるという我が国の史実からでた諺である。 

我々はこれを実践したまでである。

 我々が戦っているのはルーズベルト個人であるが、そのことは必然的に米軍と戦う

こととなる。 米国民には極力迷惑のかからぬ様な作戦を起てる努力をしている。 

だが、戦争が長引けば不本意ではあるが米国民に迷惑をかけざるを得ない作戦を遂行

しなければならなくなるだろう。

 我々は停戦講話を要求しているがなかなか実現しない。 我々は1日も早く停戦が

実現されるよう祈るしかない。 

停戦の実現はひとえに米国民の理性と勇気にかかっているのである。」


 であった。

 この塩爆弾の1件で熱狂的なルーズベルト支持者以外は日本の支持者になっていった。 

議会では再三に渡り対日講話案が出され、ルーズベルトは戦略的にも政治的にも窮地に

立たされた。



2.



 4月になってドイツ軍の東部戦線の進撃が始まった。 東条はこの進撃の情報を

受け取るやすぐさま木戸外相を中国に密かに渡らせた。


 「ドイツの進撃の速度は恐るべき物です。 遠からずソ連は占領されるでしょう。 

マイン・カンプに見られるように、ヒトラーは東へ進撃してきています。 

それは我々東洋人を2等民族とみなし、抹殺しようとしています。 

良い例がユダヤ人です。 

我が帝国に亡命してきたユダヤ人は皆、ガス室で抹殺されるといっております。 

我が帝国はユダヤ人国家のユダヤ共和国を建国しました。 

ヒトラーはソ連占領後、ユダヤ人を庇った我が帝国に対し宣戦布告をしてくるでしょう。 

そうなると、ドイツ軍の進行途中にある満州国と中華民国は真っ先に蹂躙されます。

 いまは小さい問題は後回しにして、大きな問題から対応しましょう。 

国共合作ができたのです、同じ中国人同士 満州国とも合作してドイツに当たらねば

太刀打ちできません。」


 木戸の説得により、とりあえず対日停戦と満州とのソ連国境共同警備が実現した。 

その影には南方方面占領国の独立、満州国からの関東軍撤退、朝鮮の独立と日本の行動を

好意的に見ていたからであった。

 だが、米国に頼っていた武器は日本軍のパナマ占領の為、入ってこなかった。


 イギリスはドイツ軍の東進速度があまりにも急激なため、ソ連はこの夏に停戦する

だろうと考えた。 

また、日華事変の終結を見て日本との講話を検討し始めた。

 チャーチルにとって大英帝国の利権さえ守られればそれでよく、日本との戦争継続は

利権を守るのに何ら寄与しないどころか東洋艦隊の様に多くの犠牲が出てしまうと

考えたのである。


 実際、開戦前からシンガポール以東は英国にあまり利益をもたらしていないのである。

大英帝国が繁栄してきたのはひとえにインドを植民地として利益を吸い取っていたから

である。 

香港,シンガポール等のアジア地域の植民地もあるがインドに比べれば得られる利益は

多くなかった。


 ペナン島沖海戦以後、戦闘らしい戦闘もなく、日本が出した講話条件が英国にあまり

不利にならないとあっては、チャーチルが停戦,講話を考えるのも無理はなかった。


 それに、うまく日英同盟を復活させれば、米太平洋艦隊,大西洋艦隊を壊滅させた

実力を持つ日本を米国に変わってシーレーンの警護をさせる事が出来るかもしれない。 

日本は外交下手だからうまくいくだろう。 そうチャーチルは考えた。 

 チャーチルから

「場合によっては全ての戦闘行為を停止し、講話に応ずるやもしれぬ。」

という声明とイギリスがベトナム等のアジア諸国の独立を承認するのは数日後であった。


 ルーズベルトはチャーチルを裏切り者となじったが、

「対日講話無くしてドイツとの戦争は継続は不可能であり、米国も対日講話すべきで

ある。」

と逆に対日講話要請を受けてしまっていた。

 米国の新聞も英国の行動は合理的であり、対日講話をして繁栄を始めたアジア経済に

参加すべきであると書き立てた。


 宗主国であるイギリスのこの行動で豪州議会では対日講話が半数を占めるに至り、

対日講話も時間の問題であった。


 焦ったのはマッカーサーである。 

いざというときの補給ルートと撤退ルートが無くなってしまうのである。 

特に補給は日本潜水艦隊の海上封鎖で思う様にできない状態である。 

緒戦で壊滅してしまったフィリピンの航空兵力は補充の見通しが立たず、弾薬,燃料すら

枯渇状態にあった。 さらに、太平洋地域全体を見ても航空兵力,弾薬不足は深刻で、

作戦行動が立案出来ないほどになっていた。

 それもこれも、効果的な日本の潜水艦隊による輸送船の襲撃により、パナマ占領後は

1隻の輸送船も訪れていなかったのである。 

逆に日本は完全に南方方面,本土,ハワイ,パナマ,カリフォルニア,バミューダの

シーレーンが確保され、常に輸送船が大船団で悠々と航行していた。


 マッカーサーが慌てて本国に連絡をとると


「もし豪州政府が対日講話をした場合、補給の確保が出来ない為、本国に帰還せよ。」


と返答があった。 マッカーサーが意気消沈したのは言うまでもない。


 思わぬ情勢に焦ったルーズベルトは国内世論を自分に有利に仕向ける為、アッツ島に

飛行場を設営し、ダッチハーバーからアッツ島経由で日本を爆撃、中国に着陸させる

奇襲を計画した。

すぐにドゥーリットル中佐が志願し、長大な航続距離を誇るB-24D 16機で

アッツ島を目指した。


 4月18に未明にアッツ島を出撃したB-24は東京の防空レーダー網に捕らえ

られた。 

土浦からは最新の高高度ジェット要撃機 震電改と震電が緊急出撃した。 

この時点では震電改はまだエンジンの量産体制がととのっておらず、わずか8機が

配備されていただけであった。

 震電改は5分もしないうちに高度1万4千メートルにまで上昇して敵機を探した。 

レーダーに敵機の反応が出たのはすぐであった。 

敵機は高度8千メートルを飛行中であった。 

すぐさま急降下をし、対空誘導ロケット弾の照準を固定する。 

 まず、先頭の4機が1発づつ発射、対空誘導ロケット弾はあっという間に敵機に命中し

4機が撃墜された。 

この時初めて敵機はこちらの存在に気が付き銃撃を始めたが、対空誘導ロケット弾の

射程は機銃よりも遙かに長いのである。

 ようやく震電24機が駆けつけた時には、先頭の4機が対空誘導ロケット弾を撃ち

尽くし、生き残っている敵機はいなかった。


 ルーズベルトは作戦失敗の報告に驚いた。 

ジェット戦闘機とロケット弾で撃墜されたのである。 

日本の科学力がかなり進んでいることにショックを受けていた。 

しかも、米国に展開されている第一艦隊等の各艦載機,重爆,陸攻等、どの様な

航空機を使っていてそれがどの様な性能なのか、まるで判っていないことに気が

付いたのであった。


 この失敗は

「日本に爆撃をして、日本軍が報復のため都市を爆撃し始めた場合どうするのか」

と追求され、ルーズベルトはさらに窮地に立たされた。



 数日後、ルーズベルトはアナコスチアの航空技術情報センターから、不時着した零戦の

分析結果の報告をアーノルド陸軍航空隊総司令官から受けていた。


 「はっきり申し上げて現在の陸軍機や海軍機でこの零戦をくい止めるには、敵機の倍

以上の数が必要となります。」


 「そんなに必要なのか!」


 「敵戦闘機の設計は極めて優れており、機体に銃弾を浴びてもエンジン,搭乗員,

燃料タンクさえ無事であれば飛行が可能な様に作られております。 

操縦席と燃料タンクの防弾は我が方より多少劣っていますが、それでも薄い鉄板をパイの

様に重ねて防御していますので12.7ミリ機銃では防御鋼板を貫けません。 

それに防風も防弾ガラスが採用されており、複数の戦闘機で1機の零戦に対峙して大量の

機銃弾を浴びせ、エンジンを穴だらけにして飛行不能にしなければ撃墜できません。

 しかし、零戦には高出力エンジンを搭載しており全速力で逃げられると追いつくことが

できません。 

また、こちらのパイロットは経験,技量共に不足していますので零戦を落とすためには

更に多くの戦闘機が必要となるでしょう。」


 「我々の戦闘機は日本の戦闘機と比べそんなに劣っているのか・・・。」


 「はい、速度においても格闘性能においてもかなり劣っています。 一刻も早く

開発中の新鋭機XP-51やXF6Fを完成させ、量産せねば制空権を奪い返せま

せん。」


 ちなみに、米軍にも試作名と式制名が存在する。 しかし、日本のように複雑ではなく

試作名は頭文字にXを付けるだけである。


 「そうか、開発を急がせよう。 生産も現在の爆撃機中心から戦闘機中心にしよう。」


 ルーズベルトは疲れたような声でそう言った。

ルーズベルトはつい先ほど、ダグラスやロッキード等の軍需工場の社長からなる連盟と

会合して、これ以上の戦争継続は会社の死活問題となるという報告を受けたばかりで

あった。

彼らは、戦場が米本国から遠く離れたヨーロッパやアジアで行われるものと想定し、

ルーズベルトを影から戦争になるように煽っていたのであった。

 だが、本国が戦場となり、しかも自分たちの工場に集中的に攻撃が加えられる様に

なっては考え方を改めざるを得なくなったのである。

 特に戦艦長門の主砲弾の一種である零式対空弾を改造した爆弾の威力は絶大であった。 

それも、地上10mの所で爆発するので建造物の被害が大きく、水で消火できない炎で

工場が全焼することもあるくらいだった。


 ようやく配備されたVT信管で数機の重爆,陸攻が血祭りに上げられたが、日本側は

VT信管の作動する周波数の電波を空中から大出力で発信し、対空砲弾が目標に近づく

前に自爆させてしまう戦法に出た。 さらに、高高度からの爆撃も可能な自己誘導爆弾を

開発した。

この自己誘導爆弾は目標の航空写真を記憶し、1万メートル以上の高度から投下されても

自分で落下方向を修正するので、米軍の対空砲はほとんど役に立たなくなった。

また、高度1万メートルからの爆撃を阻止できる戦闘機もなかったので、被害が広がり、

戦力の差はさらに開いていった。

従来の爆弾だと、風に流されたりするため、高度3000m~4000mで爆弾を投下

しなければならず、敵機の迎撃や対空砲により必ず何機かは未帰還機があったのだが、

自己誘導爆弾によって爆撃機の損耗はほとんど無くなったのである。

このことは、日増しに爆撃機の数が増えていくこととなる。 

米国の戦力と補充能力は坂を転げ落ちるように悪化していき、逆に日本軍の戦力は

加速的に大きくなっていった。



3.



 4月末にはドイツ軍は鋼鉄の奔流となってウラル山脈まで到達し、ウラル山脈を要塞化

したソ連軍と激しい攻防を繰り返していた。


 ルーズベルトは迷っていた。 後2年ほどでマンハッタン計画は完了する。 

原子爆弾で戦況をひっくり返すことが出来るのである。 

しかし、日本軍による油田地帯の攻撃により、国内の石油は欠乏しており、満足に

航空機,戦車で迎撃することすらできないのであった。

 また、軍事工場や海軍工廠は連日の爆撃により反撃の為の武器製造すらままならない

状態である。 

今は、占領した地域を広げる事をしていないが、もし大西洋に制圧部隊が派遣された場合

防ぎようがなかった。 すでに、日本軍は中国からほとんど撤退しており、大西洋岸に

制圧部隊が押し寄せるのも時間の問題と思われた。

世論の言う様に対日講話すべきか否か、苦悩の日々は続いた。


 一方バミューダでは中国大陸から引き上げた関東軍10万名が八八艦隊に護衛されて

集結していた。 一気にケリをつけるべく戦力を集中させていた。

 日本軍のこの動きは米軍に察知されてはいたが、バミューダにどのぐらいの戦力が

集中したのかは判ってはいなかった。

何故なら、航空機で侵入しての撮影も、潜水艦による潜入も、いち早く阿蘇型重巡に

探知され撃退されてしまうからであった。


 この日、東条は海外特派員に対し記者会見を行っていた。


 「米国は1発で1都市を破壊できる原子爆弾という兵器を開発中であります。 

この兵器を使用することは市民をも戦火に巻き込む非道な戦術であり、もはや戦争とは

呼べません。 

この兵器の開発を続けるならば帝国は全力を持って阻止するでしょう。」


 この原爆開発のニュースは米国民に賛否両論を引き起こした。 

戦争を終結させる為にはやむを得ないと言う者。 

毒ガス等の無差別大量殺人兵器はジュネーブ協定で禁止されており、この原爆も

無差別大量殺人兵器なので使用すべきではないと言う者。

 意見は様々だったが、一様に日本の阻止行動とは何かを考える事はなかった。


 山本五十六は通常の電波通信で海軍D暗号を使いニューヨーク上陸作戦の偽情報を

流した。 ワシントンから守備部隊の目をニューヨークに釘付けさせる為のいわゆる

リークであった。

米軍は急増した日本の通信から、近く日本軍の大攻勢があると判っていたが、暗号文中の

NZが判らず、一計を講じた。

ニューヨークの沿岸砲台が故障し修理が必要と平文で打電した。 この通信を傍受した

伊201潜がNZでの水際での防衛力が下がると暗号で打電した。 

ようやく暗号を解読した米軍は大慌てでニューヨークの守備を固め始めた。

通常の電波を使う限り、どの様な暗号も米軍に解読されてしまうことが判っていた山本の

作戦勝ちであった。


 ワシントンが雨の日を狙って、第一艦隊と八八艦隊は、まだ夜の明け切らぬ内に突入を

敢行した。 阿蘇型重巡の電波妨害により敵のレーダーから逃れ、第一艦隊は

ニューヨークを目指し、八八艦隊はワシントン攻略のためチェサピーク湾に侵入していた。

 ノーフォークは連日の爆撃で迎撃できる航空機が足りず、沿岸砲台も大破しており、

八八艦隊の侵入を阻止することには使えなかった。 しかも、八八艦隊を発見した

守備兵は米艦隊と誤認し、ワシントンに報告をしなかった。

 なにしろ、太平洋で齒獲した米艦隊で構成されているので間違えるのも無理はない。

冷静に考えれば、米軍に艦隊と呼べるほどの艦艇がないのであるが、米軍は海軍が

壊滅状態であることをひた隠したため、八八艦隊を米大西洋艦隊と見間違えたので

あった。


 時を移さず一式重爆,一式陸攻にまで分乗した落下傘部隊もバミューダを発進、

ワシントンの西側の郊外とホワイトハウスに降下する手はずであった。


 第一艦隊が艦載機750機を3波にわけてニューヨーク爆撃に発進させた。 

続けて戦艦,重巡の戦隊がマンハッタン目がけて突入した。 

第一波は航空基地の破壊、地上攻撃施設,基地の爆撃である。 

第二波は残った陣地の攻撃と鉄道,主要幹線道路の爆撃である。 

第三波は艦砲射撃の為、突入する戦隊の上空警護であった。

 だが、第一艦隊の本当の任務は敵航空機とワシントン守備部隊を引きつけることに

あった。


 一方ニューヨークに第一艦隊出現の報告を受けたルーズベルトはワシントン守備部隊の

一部を残し、ニューヨークに急行させた。 

ついに日本軍が大西洋岸に上陸すると思ったのだった。


 第一波攻撃隊250機はニューヨークの防御施設に狙いを定め、突撃していった。 

真っ先に航空基地が破壊され、つぎに海岸線の要塞砲,対空陣地が破壊さた。 

摩天楼に象徴されるビル群の屋上に設置された対空砲も攻撃を受けた。 

生き残った対空陣地も第二波攻撃隊により沈黙し、架橋,鉄道も破壊された。 


 ようやくワシントン等の近隣基地から迎撃機が散発的にやってきた。 第三波攻撃隊

146機は全て零戦であり、圧倒的な数にP-38ライトニング,P-40ウォーホーク,

F4Fワイルドキャットの敵ではなかった。 

ニューヨークに戦艦の18インチ砲弾,14インチ砲弾、重巡の8インチ砲弾がビル群に

雨の様に降り注いだ。


 艦砲射撃は爆撃の比ではなかった。 大量の砲弾を一気に叩き込むのである。 

誘導ロケット弾も含め、全弾撃ち尽くすと大胆にもその場で輸送船から補給をうけ、

また砲撃が開始された。

 この段階で既に米軍には応戦できる航空機も砲門も壊滅していたのである。

 輸送船で運んできた砲弾すら撃ち尽くした戦隊は悠々と沖合に引き上げた。 

世界経済の中心となっていたニューヨークは1日で瓦礫の山と化していた。


 艦砲射撃が終わってから、各地から集められた米軍の守備隊は大急ぎで海岸線に接近し、

日本軍の上陸部隊を水際でくい止める準備をしていた。 

だが、彼らは待ちぼうけを喰うことになるのである。

 八八艦隊率いる上陸部隊はその頃、何の抵抗もなく上陸を終え、関東軍10万は一路

ワシントンに急行していた。


 ニューヨーク近隣の航空基地から支援の戦闘機が発進しニューヨーク上空で零戦に殲滅

させられた頃、ワシントンのレーダー基地は使用できない状態になった。

レーダー波を妨害するチャフの散布と電波妨害が同時に行われた。

 雨の中をついて一式重爆150機,一式陸攻100機がワシントンの主要幹線道路,

鉄道,対空陣地,周辺のビルを爆撃し始めた。

 爆撃機と少し時間をずらして奇襲部隊の乗った輸送機,重爆,陸攻が続き、落下傘が

次々とホワイトハウス目がけて落下した。 奇襲部隊は狙い違わずホワイトハウスに

降下した。 雨で視界が悪く、夜が明けきらない薄明かりの上、ダークグレーの色をした

落下傘は発見され辛い。 しかも守備部隊は爆撃に目を奪われ反対方向から侵入した

奇襲部隊は完全に見落とされていた。

また、ワシントン郊外にも降下した制圧部隊は手近な車を奪いホワイトハウス目指して

ひた走った。


 この作戦のために、予め探査衛星でワシントン市内の地図が作製されており、

制圧部隊は迷うことなくホワイトハウスに到達した。 

途中、守備部隊と接触があったが車のスピードを上げ、守備部隊を振り切った。 

守備部隊はまさか雨の日に爆撃が敢行されることも、爆撃中に空から日本軍の侵入が

ある事も思っていなかったので、気が付いた時には制圧部隊は通り過ぎて見えなくなって

いた。


 ホワイトハウスに降下した奇襲部隊、約200名は警備の警官を射殺し、

ホワイトハウスに雪崩込んだ。 

暫くして携帯ロケット弾すら装備した制圧部隊400名が到着し、ホワイトハウス奪還を

試みる守備部隊と激しい戦闘が行われた。 

しかし、守備部隊の主力はニューヨークに張り付いておりここに残っている守備部隊は

5千名足らずであった。

 数時間の戦闘で防空壕に隠れていたルーズベルトが捕らえられ、ホワイトハウスに

日の丸が上がった。

 一方、上陸した関東軍10万名は一目散にワシントンに向かっていた。 

程なく関東軍が背後から守備部隊を強襲し、守備部隊は降伏、ワシントンの要所を

制圧し、完全に占領してしまっていた。


 八八艦隊司令官の草鹿中将は即座にルーズベルトに降伏を勧告した。


 「これ以上の戦闘は無益です。 我々は既に原子爆弾を開発していますが、この様な

残酷な兵器は使わない様に努力しました。 しかし、まだ戦闘を続けるのならば我々は

早期戦争終結の為、原子爆弾を使用します。」


 と脅した。 

実際に原子爆弾は麻生から設計図をもらってはいたが、人形峠で採掘されたウラニウムの

精錬がうまく進まず、この時点ではまだ原子爆弾は存在していなかった。


 「馬鹿な、我々と同じ白人種のドイツ人なら判るが日本人などに原子爆弾が作れる筈が

ない!」


 「大統領、我が帝国には大量のユダヤ人が兵器開発に協力してくれています。 

そのユダヤ人の中にはアインシュタイン博士もいるのですよ。 博士の言葉では

原子爆弾は材料さえあれば普通の学生にも簡単に作れるのだそうです。」


 ルーズベルトは絶句した。 

アインシュタイン博士が日本で兵器開発に協力しており、原爆の製造が簡単であると言う

ことに激しい衝撃を覚えた。


 更に、草鹿は追い打ちをかけた。


 「ドイツのテッヘル博士もロケット製造に協力してくれていましてね、日本にいながら

ワシントンを攻撃できる超長距離ロケット弾を開発中です。 

この弾頭には原爆搭載が可能です。

我が帝国は三国同盟から外されましたが、同盟中にドイツの科学者を大量に引き抜いて

いますし、ユダヤ人科学者も大挙して亡命してきました。 

科学力で言うと我が帝国の方が上なのです。」


 この時、ルーズベルトは日本が三国同盟から外れたこと、日華事変が解決したことを

思いだしていた。 

ハル・ノートでは

1.中国および仏印からの日本の陸海空軍兵力と警察力の全面撤収。

2.三国同盟の破棄。

3.中国における蒋介石政権以外の一切の政権の否認。

を要求していたが、今や3番目しか要求できる項目が無く、しかも英国,豪州,中国が

満州を承認しており、日本に中国における蒋介石政権以外の一切の政権の否認を要求

したところで無意味となっていたのである。


 ルーズベルトはここにいたってハル・ノートを要求する事が意味のないことに

気が付いたのであった。 

また、ここで戦争を継続するならば、ドイツの侵攻も阻むことが出来ないという事実を

再認識した。

 

 しばらくの沈黙の後、ルーズベルトは重々しく答えた。


 「私の負けだ。 無条件降伏をしよう。」



 アメリカ敗戦のニュースは全米のみならず世界中を駆けめぐった。 

建国以来、他国に占領され、降伏すると言う経験のない米国民のショックは大きかった。 

しかし、反面これで戦争が終わるという安堵感も同時にあった。


 この日のワシントンポスト紙は

 「日本と大統領個人の戦いは日本の勝利に終わった。 

日本には一貫して正義を貫いていた。 それは戦争中に都市への爆撃をほとんど行わず、

極力市民に戦火がかからない作戦を展開してきた。

 また、内陸部で市民に不足する塩すら提供するという行為により、大統領個人と

戦争していることを我々は強く認識した。

 日本軍は最後にニューヨークとワシントンに対し攻撃をしたが、戦争を早期終結

させるには止むを得ない作戦であった。

 正義のない大統領に勝利があり得なかったのは当然の事である。 我々は今回の経験を

糧にして、大統領が無謀な戦争を仕組まないように監視する必要がある。 

それが開戦時に来栖駐米大使が言われたアメリカの理性の発現であろう。」

と掲載した。


 東条はすぐさま記者会見し、領土的野心の無いことを表明、また今回の作戦で大勢の

ニューヨーク市民,ワシントン市民が犠牲となり東条は国民に日米の戦没者の霊を弔う

ように呼びかけた。

 

 数日後、ニューヨーク沖の戦艦大和で停戦の調印式が行われた。

 山本、米内は感慨無量だった。 つい3年前までは絶対に勝てないと思っていた米国に

勝ったのであった。


 「麻生君本当にありがとう。 これで日本は救われた。」


 東条も涙ぐんで麻生の両手を取っていた。


 「いえ、私だけの力ではありません。 私の出した難しい問題にみなさんが答えて

くれた結果です。」


 「だが、第13独立遊撃艦隊の働きは目を見張るものがあった。 

この16隻の活躍がなければここまで出来はしなかった。 

これから君はどうするのかね。 未来に帰るのかね?」


 「私はまだしばらくこの時代に留まります。 史実では今の時期にドイツの敗戦が

濃くなっているのですが、アメリカの国力が衰えた今、ドイツは更に強大になりつつ

あります。

 ヒトラーの野望は全アジアをも支配しようとするでしょう。 そうすると日独戦争の

可能性が出てきます。 特にユダヤ人を庇った日本に対しては必ず戦争を仕掛けてくると

思います。」


 思わぬ麻生の言葉に東条たちは顔を見合わせた。


 「戦争回避はできないのかね?」


 「ヒトラーの人種偏見はもの凄いですから難しいと思います。 特に日本がアメリカを

負かした事で、白人が黄色人種に負けたと嘆いていますからね。 たぶんドイツは

アメリカ制圧に出るでしょう。 

恐らく、その時に米国と軍事同盟を結ぶようになり、ドイツと戦う事になるでしょう。

私は今時大戦においてヒトラー,スターリンは戦後を見据えた上で抹殺すべき人物だと

思います。」


 「確かに、彼らが生き残っていれば戦争は一時的に終わってもすぐにまた始まる

だろうな。」


 「ええ、ですからドイツに負けない科学力を持つ必要があります。」 


 東条,米内,山本は深刻な表情で考え込んだ。



 他にも麻生がこの時代に留まる最大の理由として時空爆弾が未だ発見できていない

ということがあった。


 同日、占領していた地域からの撤退を命じ、特に独断で侵攻作戦を起てていた作戦

班長の辻政信中佐には対独開戦の準備のため至急帰国すべしという緊急電文を出して

いた。

 こうした陸軍の中央からの命令を無視する体質を麻生は懸念して、徹底的に教育

し直す様に東条に要請していた。


 電文を受け取った辻は仰天した。 辻はノモンハンでの武力衝突を企てたのもドイツを

信じていたからであった。 

そのドイツがあろうことかソ連と不可侵条約を結ぶという情報を東条から突きつけられ、

ドイツに不信感が芽生えていた。 

辻は大慌てで帰国し、陸軍参謀本部に駆け込んだのであった。 

参謀本部総長は予備役から復帰した石原 完爾大将が東条に変わって勤めていた。


石原は辻に

「独断作戦を行えば帝国の反逆者として陸海軍の総力を挙げて攻撃するぞ。」

と脅しをかけると共に、満蒙の国境線における対ドイツ戦の戦略を辻に研究するように

命じた。


 そのころルーズベルトはホワイトハウスで考えていた。


 「それにしても何故国力もなく取るに足らない日本に破れたのだろう。」


 だが、いくら考えても答えは出てこなかった。



4.



 麻生は東条に今後の日本の政治の構造として、中央集権に集まる腐敗の元凶となる

予算配分を地方7,国3の割合にし、さらに予算の使い道を国民に公表する義務を

負わせる様に提案した。

 また、軍部は政策に口を挟めないし構造にし、国家を戦争に駆り立てる事を極力避ける

仕組み作りの検討も行ってもらっていた。


 とかく、金の集まるところに不正が集まる。 極端な言い方をすれば金を集めなければ

不正も起こらなくなるのである。 

また、金が集まらなければ軍部も政策に口を出さなくなる。


 ともかく、今時大戦が終結した段階で再び軍部が戦争に走らないようにする仕組みが

必要であった。 その為には軍人も国際知識と常識と教養が必要であった。 

何も考えずにその時の雰囲気で日華事変を勃発させたり、三国同盟締結工作をしたり

するようなことは避けねばならなかった。 

やはり民主国家を宣言し、アジア諸国の信頼を得るためにも憲法を改正て領土拡張の

放棄をうたわなければならない事に結論着いた。


 また、米開戦を煽ったマスコミにも国際感覚と発行部数偏重主義の見直しを

させなければならなかった。 

戦後をにらんで今から対策をしなければならないことが沢山あることに麻生は気付いた。



5.



 東条は3月から麻生の提案した憲法改正に取りかかった。 形の上では天皇陛下が

東条に憲法改正の勅命を出したことになっているが、実際には東条が天皇陛下に言上して

勅命を賜ったのであった。


 憲法改正の主な骨子は

 1)軍部の政治への介入の禁止

 2)全軍の統帥権を総理大臣がもつ

 3)領土拡大の永久放棄

 4)国土の自然環境の保護

 5)諸外国の環境を考慮した交易

 6)天皇は国民の象徴であり、総理大臣は国家の代表とする

 7)民主主義を政治・経済の根幹とする

となっており、草案はアジア諸国及びアメリカ,英国に翻訳されて配布された。


 チャーチルは世界でまれにみる平和憲法だと絶賛し、英国,豪州の議会は対日講話が

可決された。


 新憲法は国民投票で審議され、賛成が90%を越えめでたく公布された。

この日、5月3日を憲法記念日として祝日扱いになるのは数年後である。



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