第1章 古代の設備
第13独立遊撃艦隊
第1章 古代の設備
1.
目が覚めたらそこは草だらけの海岸が広がっていた。
なぜ自分はここにいるのだろうか。 しばらくすると段々と記憶が甦ってきた。
自分の名前は麻生 洋 28歳、某電子機器メーカーの技術者である。
アニメの『宇宙戦艦ヤマト』に影響されてか、戦争が好きという訳でもないが、
戦艦大和は麻生に夢を描かせる存在になっていた。
麻生はゴールデンウィークを利用してインターネットを通じて知り合った
『戦艦大和愛好会』のメンバーと一緒に船で大和乗組員慰霊祭のため坊ノ岬沖に向かう
途中だった。
船は小型のクルーザーをもっている会員の船を借り、費用はワリカンだった。
クルーザーの中で麻生は気の合った会員たちと雑談していた。
話は何故、戦艦大和を大切にしすぎたのかと言うところから始まり、軍の考え方そのもの
にまで発展していった。
「やはり戦艦はアメリカ軍が硫黄島攻略の時にやったように動く砲台として使う
べきで、ホテル代わりに使ったり特攻に使ったりした軍の考え方がおかしいんだ。
兵器を大切にするあまり、人命,人権を無視した結果がガダルカナル攻防戦であり、
硫黄島玉砕なのさ。」
「でも、明治の頭で近代戦を戦おうとしたから、しかたがないんじゃないのか?」
と反論があった。
「そこだよ、問題は。 いや、現代でも同じ問題を引きずっていると思う。
僕は、この軍の体質が現在の日本国民に染みついて今のどうしようもない社会を作り
出したんだ。
大抵の人は『しかたがない』で過ごしてきているけど、これは復員した人たちが軍で
たたき込まれた事を広めたからさ。 これは軍が階級,学歴を重視し実力のある
人たちを阻害してきたからね。
それに軍の学歴重視の体質や階級を傘にきて部下をいじめるなんて今の社会の構造
そのものじゃないか。 従軍慰安婦や軍票など色々アジア諸国に迷惑をかけたつけが
今も日本不信の根本になっているだろう。 もし日本軍がアメリカと開戦する前に
もっと謙虚になっていればきっと敗戦しても違った社会ができると思うね。」
と麻生は力説した。
その夜、なぜか眠れないので、夜風に当たろうと思いデッキにでたとき船に衝撃が
走り、海に落ちたのだった。
やっとの思いで海から顔を出すと、タンカーらしい船と衝突したことがわかった。
クルーザーはあっという間に沈没してしまい、タンカーらしき船は停止しようとは
しなかった。
大声で助けを求めたが船は去ってしまった。
クルーザーの漂流物が浮いてきたのでそれにつかまって流されるままにしていた。
1昼夜たち、疲れがたまって心細さに泣きそうになったところまでは思い出した。
どうやら、眠っている間にどこかの島に漂着したらしい。
2.
とりあえず水を探して島の周りを歩いてみることにした。
10分ほどで1周できるくらいの小さな島だった。 どうやら水草でできた島の様だった。
残念ながら川も道も町もなかったので島の中に入っていくことにした。
背の高い木はあまりなく、170センチある彼の肩の高さまで草が茂っていた。
地面には土らしいものがあまり見かけられず、植物の根の様なもので覆われていた。
しばらくすると小高い丘があった。 丘はそこの部分だけ地面からなだらかな弧を
描いているように見えた。 高さは大体3~4メートル位であろうか、地面に近い部分は
少し傾斜がきつくなっていた。
自然に出来たにしてはあまりにも完璧なドーム型の丘であった。
麻生は島全体の様子を見るため、丘の上にあがることにした。 少し後ろから走って
一歩目を坂に踏ん張る様に足踏みをすると、とつぜん土が崩れ彼は丘に張り付く様な
格好で転倒した。
立ち上がり、何気なく崩れた部分を見ようと振り返って麻生は息をのんだ。
そこには厚さ1~3センチの土砂がはがれ、その下に金属の壁が見えたのである。
明らかにこの丘の下には人工の建造物があるなによりの証であった。
麻生はしばらくの間、金属の壁を見ていたが、やがて付着している土砂を取る作業に
かかった。
どうやらこの島は水草の浮力だけではなくこのドームの浮力も手伝って海上に漂うことが
できているらしかった。
しばらく土砂を取っているとドアらしい取っ手が露出した。 取っ手はどことなく
旅客機の扉に似ている感じがした。
取っ手をつかんで回すとまわったが、そのまま扉を引く事ができなかった。
そのまま押してみると、10センチ位奥に入ったがそれ以上押せなかった。
今度は扉を左右に揺さぶると右奥に引き込まれるように開いた。
入り口から日差しが入っているので真っ暗と言うわけではないが、かなり暗かった。
徐々に目が慣れ、中の様子が大体分かるようになり、麻生は中に入ってみることにした。
中はドーム状で、丘の大きさとほぼ一致している様に思えた。 入り口らしい扉は他に
あるようには見えなかった。
壁には何か判らない模様があり、触ってみると金属的な感触だった。 壁づたいに
1周した所で、ふと気がつくと今までなかった光が淡く中央部を照らしていた。
が、天井には照明らしい器具が見えなかった。
天井のどのあたりから光が出ているのか気になって天井を見ながら中央部に近づいて
いった。
麻生は中央の照らされている部分に入って行った。
途端に彼は眩しい光に包まれて、思わず両手で目を覆っていた。
3.
光が消え、ようやく彼が顔を上げたときあたりは一変していた。
麻生はすぐさま「スタートレック」等のSF映画やゲーム等でよく使われている
転送装置だと直感した。 改めて周りを見回すと、そこは先ほどの場所よりも少し
小さい四角い部屋であった。
出口らしい扉があったので近づいて調べてみたが取っ手もなければ扉の周囲に
開閉スイッチらしい物もなく、扉を開ける方法が判らなかった。
再び見回すと椅子とコンソールらしい装置が見えた。 技術者の端くれの彼は急に
興味がわき、椅子に座りコンソールに向かった。
椅子から微妙な振動がし背もたれ部分がもこもこと動き始めた。
「なぜこんな所にマッサージ椅子の様な場違いな物があるんだ?」
と思わずつぶやいてしまった。
コンソールにはこれと言ったスイッチ類が無く、適当に触ってみたが反応は無かった。
しばらくすると遭難してから今まで休んでいなかったためか、マッサージにより
心地よい睡魔に屈してしまっていた。
-- 奇妙な夢だった。 何かに頭の中を調べられている。
逃げようとしたが逃げられない。 頭を激しく振ったが効果がなかった。
そのうちに頭の中を調べていた何かはいなくなった。
突然激しい空腹が襲ってきた --
目が覚めると激しい空腹感に襲われた。 椅子の振動は止まっていた。
「腹が減ったな。 さて、どうしたものかな・・・。」
とつぶやいた時、コンソールから
「食堂に移動します。 移動中は危険ですのでベルトは外さないでください。」
とアナウンスが流れ、椅子からベルトが出て、肩から腰にかけて装着された。
ベルトは2本で胸のあたりで交差しており、緩くもきつくもなかった。
プシュッ という音と共に壁だったところの一部があいて出口ができた。
椅子がふわっと言う感じで浮かんだかと思うとするすると出口に向かって行った。
出口から出ると横に通路があり、通路に出た椅子は90度左に向きを変え、加速を
始めた。
麻生はリニアモーターカーの様な原理で移動しているような感じがした。
移動中、麻生は通路の壁を見ていた。
時折、何かの部屋らしい入り口とその側に小さなコンソールがあるのが見えた。
いくつか四つ角を曲がりある部屋の前で椅子が止まり、90度向きを変えると
目の前の扉が開き椅子が部屋の中に入っていった。
その部屋も飾り気が無く、味気ない感じがしたが、食堂らしく大きな部屋に四角い
テーブルがいくつかあった。
麻生を乗せた椅子は近くのテーブルに近づいた。
テーブルの中央に左右に開きそうな40センチ位の四角い扉があった。
「現在、生鮮食品の在庫がありません。 現在調理可能なものは非常用の真空
保存食です。 真空保存食をお召し上がりになりますか?」
とテーブルが問いかけた。
「何でもいいから早く食べたい。」
「判りました、後5分お待ちください。」
と言われしかたなく彼は待つことにした。
しばらくするとテーブルの中央の扉が開き料理がせり上がってきた。
うまそうな匂いである。
麻生は料理の乗ったトレーをひったくって夢中で食べ始めた。
うまい! とにかくうまかった。
料理が残り1/4になったとき、
「まだお召し上がりになりますか?」
とテーブルから問いかけられた。
「あともう1人前追加してくれ。」
と返事を返し、再び食べることに熱中し始めた。 丁度最後の1口を食べ終わった時、
テーブルの扉から違うメニューの料理がせり上がってきた。
「ふう~。」
食べ終わって思わず一息ついたとき、椅子から
「司令室に移動します。 移動中は危険ですのでベルトは外さないでください。」
とアナウンスが流れ、椅子は再び移動を始めた。
4.
司令室は何も無いように見えた。 中央に机状のコンソールがあり、椅子は机状の
コンソールの前で止まった。
中央の壁がモニターになり、女性の画像が映し出された。
「私はこの生産工場を管理するコンピュータ『アフロ』です。 現在、あなたが
目にしている画像はコミュニケーションを円滑する為に作られた疑似人格です。
先ほどあなたが眠っている間にあなたの記憶を読ませていただき、あなたの理解
できる言語を使用して会話をしています。」
(記憶を読んだって? じゃあ あの変な夢は現実だったのか?)
「あなたは1万5千年ぶりの訪問者です。 あなたが漂着した島は、推測のとうり
転送装置です。 転送装置はその基部の構造が地滑りのため、海に滑り落ち、海を
漂流していた所にあなたが漂着しました。
この漂流中の転送装置は先ほど暴風雨圏に入り、入り口が開いていた為、雨水の
浸水により浮力が無くなり海底に沈んでいます。」
「じゃあ他に転送装置はないのかい?」
「他の転送装置は1万5千年前に全て海中に没しました。
この生産工場は月の地下にあります。 あなたが元の場所に帰るにはこの工場で
生産された宇宙船船を使う以外方法がありません。」
「何だって! ここが月の地下だって? いったい誰が何の目的で作ったんだ?」
「この工場は食料,医薬品,武器等を火星に送る為に作られました。
今から1万5千年前、火星と木星の間にもう一つ惑星がありました。
この惑星を風星と言い、ガトランティス帝国が統治しておりました。 当時の地球は
ラムウ帝国が統治しており、お互い火星を植民地として領土抗争をしておりました。」
「それで、そのガトランティス帝国とラムウ帝国はどうなったんだ?」
「火星ではラムウ帝国が兵器の数から優勢でした。 しかし、ガトランティス帝国の
発明した時空爆弾を使いアステロイドをラムウ艦隊と地球上空に出現させ、ラムウ艦隊は
壊滅。 地球も帝国の都市のほとんどが壊滅しさらに核の冬が発生しました。
一方ラムウ艦隊はアステロイドが出現する直前、風星上のガトランティス帝都に対し、
直径100kmの巨大砲艦のタキオン砲攻撃を行い風星は破壊されました。」
「つまり相打ちだったのか。」
「はい。 火星に残った人々は本星から食料、空気等の物資が届かなくなり音信が
途絶えました。」
「ふ~ん。 ところで、この工場は稼働しているの?」
「この工場はガトランティスの時空爆弾の探知を警戒する為、工場の生産を
休止状態にし、エネルギーの放出を停止しました。
現在は外部からの転送及び命令のみを受け付ける為のエネルギーしか使われて
いません。」
SF好きでもある麻生は時空爆弾に興味がでてきた。
「その時空爆弾とはいったいどんな武器なんだい?」
「目的の場所の周囲数10km~数千kmの空間に存在する全ての物質を別の場所の
別の時間に転移させる兵器です。
基本的には放射能汚染地域や暴走を始めた戦艦等を安全な所に転移させ、周囲の
安全を図るために使用されるものでした。
しかし兵器として使用する場合、目的の場所に何もなければ意味がありませんから
何らかのセンサーが搭載されています。
仕様上、時空爆弾は空間を移動せずに時間だけ移動させたり、時間を移動せずに
空間だけ移動はできません。 これはマイクロホワイトホール原理に基づき、移動する
ホワイトホールへ……」
「難しい理論は判らないから説明はいいよ。 要するに時間と空間を強制的に転送
させてしまうんだろう。」
「まあ簡単に言ってしまえばそういう風になります。」
「ところで、僕が転送されてくるまで休止状態だったのは何故なんだ?
まだ時空爆弾が残っているとは思えないのだが。」
「私が休止状態になる前に計画されていた宇宙艦隊の生産は全て終了し、次の
生産計画が入力されなかった為、そのまま休止を続けていただけです。」
「では僕が生産計画を入力しても構わないかい?」
「はい、生産計画担当者用の転送装置で来られましたので、あなたはこの工場に
おける全ての権限を施行できます。 あなたが再び生産計担当者用の転送装置で
帰られるまで、この工場はあなたを主とします。」
「その生産計画担当者用の転送装置の地球側は海の底ないんだろう?」
「はい、受信側の転送装置の受信条件は転送される生物が生存できる環境でない
場合は送信できません。」
「つまり、この工場で作られた宇宙船で帰るしかないわけだ。」
「そのとうりです。」
「判った。 さっき宇宙艦隊の生産が終わったと言っていたけれど、まだ
残っている?」
「はい、宇宙戦艦,宇宙重巡洋艦,宇宙巡洋艦,宇宙駆逐艦がそれぞれ2隻づつと、
宇宙戦艦,宇宙重巡洋艦に搭載用の宇宙魚雷艇が16隻ほど格納庫に保管されています。
しかし、基本的に宇宙での戦闘の為に建造されましたので大気圏突入能力や
大気圏航行能力はありません。」
「それでは、この工場で何が生産できるか見せてくれ。」
「では、サブモニターに表示します」
5.
2時間位で麻生はこの工場の全容をほぼ掴むことができた。
『アフロ』は工場全体のコンピュータの総称名で個々のコンピュータの名前では
なかった。
だが、麻生は管理コンピュータを『アフロ』と呼ぶことにした。 麻生の認識力では
個々のコンピュータに名称を付けた方が使いやすかったからであった。
この工場では何でも生産できた。
生鮮食料である野菜はもちろんのこと、魚介類、鶏、家畜まで。
ただ、地下工場が休止状態に入るときに、これらの動物の内で人工冬眠できない種類の
ものは卵や種の形で保存されていたので、すぐに全ての食料品が揃う訳ではなかった。
また、基本的には全て機械が自動で行うが、人手が必要な作業はアンドロイドで
行われる。 このアンドロイドも自己生産ができるのである。
アンドロイドも全金属製の作業用から戦闘用、暗殺用、果ては全有機質製の
セックスドールまで生産可能なのであった。
武器も携帯兵器から宇宙戦艦まであらゆる武器が生産可能である。
また、開発・生産担当コンピュータが各分野にわたりそれぞれ存在しており、
個々に性格を持っている。 そしてそれら全てのコンピュータを統括するのが管理
コンピュータ『アフロ』であった。
6.
麻生は地下工場の全容を掴んでから、地球へ帰還する方法を考え始めた。
「まず、大気圏突入できる宇宙船でなければならないな。
自衛隊なんかに見つかるとやっかいだからレーダーに探知されない様にステルス
機能が欲しいし、大きな船だと人目に付く。 海上では密入国の警備が多いから
やはり水中から近づくしかないのかな?」
しばらくして麻生は兵器開発・生産コンピュータがいることを思いだしたので、
兵器開発・生産コンピュータを呼び出し、必要な用件を満たした機種があるか
問い合わせた。
この兵器開発コンピュータにはマッドサイエンティストの性格が植え付けられた
ので、麻生はこの兵器開発コンピュータに『ブレインズ』と名付けた。 命名は、
彼の頭の中で思いつくかっこいい名前のマッドサイエンティストは『サンダーバード』
に出てくる『ブレインズ』しか思い浮かばなかったのだった。
『マジンガーZ』の『Dr.ヘル』は好きになれないし『Dr.モローの島』の
『Dr.モロー』はマイナーという感じがし、色々考えはしたが、結局、マッドでは
ないが『ブレインズ』に落ち着いたのだった。
兵器開発・生産はマッドサイエンティストの性格が最適という判断から、この
地下工場を建築したラムウ人が植え付けたということだった。
「宇宙魚雷挺程度を大気圏突入,大気圏飛行,海中航行できるように改造すればいい
でしょう。 後は水陸両用自動車を搭載すれば人目につかず上陸できます。 潜入には
やはり暗殺用のアンドロイドの指示に従えば簡単ですよ。」
「じゃあ早速改造にかかってよ。」
「では、製造ラインにエネルギーを廻します。」
その直後、警戒のサイレンが鳴り響いた。
麻生は何が起こったのか判らなかった。
「いったい何の騒ぎだ?」
「防衛コンピュータから報告! 突然、工場上空に時空爆弾出現しました!
迎撃システム作動。 対空レーザー砲展開。」
メインモニターに上空の時空爆弾が映し出された。 麻生にはまるで巨大な鉄球の
様に見えた。
「時空爆弾が何故、今になって出現するんだ!」
麻生が叫んだとき、時空爆弾の周囲の空間が歪む時の、陽炎のような空間が急速な
勢いで広がり始めた。
歪んだ空間は地下工場を包み込むようにひろがった。 ようやく対空レーザー砲が
姿を表したときは、地下工場が歪んだ空間にすっぽりとくるまれしまった後だった為、
レーザーが直進せず鞭のような赤い奇跡を描き時空爆弾に命中しなかった。
次の瞬間、歪んだ空間が青白く輝き、光が消えた後には月の地面に丸いスプーンで
えぐった様な穴だけがあった。
7.
太平洋上に小さな青白い光球が突然現れた。
その光球は急激に膨張し、直径が数十kmにも達し、1/3は海中に没した。
海中に没した光球の一部は海中に浸透していった。
やがて、光球の中にえぐり取られた地下工場ごと月の岩盤が出現したかと思うと、
突然青白い光が消えた。
後には月の岩盤と真空の空間が残った。 刹那、岩盤は落下を始め、あたりの空気と
海水は真空の空間に雪崩れ込み暴風と化した。
工場内を覆っていた青白い空間の光が消えたとき、地下工場は周りの岩盤と共に
自由落下が始まった。
管理コンピュータ『アフロ』がけたたましく叫ぶ。
「空間の移動を確認! 現在高度15m! 落下地点は海です! 隔壁閉鎖!
衝撃に備えてください!」
とたんに、麻生の座っている椅子からベルトが飛び出し、麻生の体を固定した。
そして椅子は後ろの壁の窪みにはまり込み固定され、90度回転したため麻生は
天井を向くことになった。
直後、体が椅子にめり込むような衝撃があり、地下工場のあちらこちらから
軋むような音が聞こえてきた。 数秒後、鈍い衝突の振動が伝わってきた。
管理コンピュータ『アフロ』が的確な状況処理を行い始めた。
「着底しました。 工場の損害はありません。 工場の端にある宇宙船発着場は
海中にありますが、宇宙船発着場は気密になっているため浸水はありません。
外は夜ですので星の位置から何処に移動したのか計算します。
外部の状況を確認するため探査衛星の製造を行います。
外部モニターの映像から推測すると中央部の直径10kmが海面上に現れています。
海面からの標高は6mです。」
麻生は日本に帰れるのがかなり先になると直感した。
「こういう緊急事態の場合は食料の確保をしなければいけないから、食料を生産して
くれ。」
「かしこまりました。 ただいま、現在位置の推測ができました。 位置は地球の
太平洋上です。 時間的に60年程度遡っているようです。 誤差は±1年です。」
「なんだって? それじゃあ太平洋戦争の2年ぐらい前じゃないか! この時代は
新しい島は見つけた国の領土にされてしまうから国旗を作って地上のあちこちに
立てよう!」
「国旗のデザインはいかが致しますか?」
「とりあえず白地に赤い丸をかいただけの簡単なものにしてくれ。」
「わかりました。 ただちに日本の国旗を生産し、地上に立てます。」
この時、麻生は自分の記憶を読みとられている事を実感した。
8.
麻生は何故今頃、時空爆弾が現れたのか、何故60年前の地球なのか謎だった。
すると『アフロ』が推測を始めた。
麻生はコンピュータが推測することができるので改めてこの工場を造ったラムウ
帝国の科学力に舌をまいた。
「時空爆弾は何らかの方法で探知網を突破し工場上空で待機していたものと思われ
ます。 工場のセンサーでも認識できないほど優秀な隠蔽機能が搭載されていたと
言うことになります。
そして、この隠蔽機能が稼働していては時空爆弾が作動できないか、作動しても
無意味な状態になるらしいので、隠蔽機能を解除して時空爆弾が作動した模様です。
工場の生産ラインにエネルギーが廻された直後に時空爆弾が隠蔽機能を解除して
いますので、工場を常に監視していたものと推測できます。」
「ではどうして転送先が60年前の地球なんだ?」
「転移のコースから、太陽に転移させる予定の様でした。 時間も60年ぐらいしか
遡っていないので、1万5千年の間に時空爆弾で使用するはずのエネルギーを隠蔽機能
と工場の監視で使い果たしたのではないかと推測できます。
我々にとっては幸運でしたが、地球の住民にとっては迷惑でしょう。
この地下工場ごと転移したのですから膨大な質量の岩が海に落ちた訳です。
巨大津波が発生し、沿岸の住民にかなりの被害が発生するものと思われます。」
津波と聞いて麻生は驚いた。
この時代は戦争中か戦争直前の時代である。 そこに津波が押し寄せれば只でさえ
国力を消耗している所に追い打ちをかけるようになる。
「なんとか津波をうち消す方法はないのか?」
「残念ながら津波をうち消す装置は開発されておりません。 また、たとえ開発
されていたとしてもこれから生産するのでは津波の広がりを止めるのが間に合い
ません。」
「では通信だ! 何とか日本に連絡して被害を最小限に食い止めよう!」
「わかりました。 あらゆる周波数の電波を使い津波を知らせます。 メッセージは
どうなさいますか。」
「そうだな、日本への津波の到達時刻と、全ての船舶を津波の被害の及ばない沖合に
避難させて、沿岸部の住民は高い山に避難するような内容にしてくれ。」
「判りました。」
いくら時空爆弾が地下工場の岩盤が転移する空間を異空間に移動させたとはいえ、
膨大な質量が落下したのである。 たとえ高度15mの落下とはいえ、押しのけられた
海水は巨大な津波となって太平洋全域に広がっていったのである。
通常の津波は指向性があり、一方向に向かって進むため、エネルギーの減衰はあまり
無いのであるが、この場合は全方向に津波が発生したため、日本に津波が押し寄せる
時にはかなりのエネルギーが拡散されていると推測された。 しかし、それは被害
地域が大きく広がることを意味していた。
津波というのは波の移動ではなく波を上下させるエネルギーの移動である。
その性質は日本海溝などの深海では音速以上の速度で移動し、波高数メートル、波長
数百メートルの波となる。 浅いところでは深度に比例して移動速度が遅くなり、
波高が高く、波長が短くなる。
したがって、船舶は深度の深い海上に出ると津波の被害を受けないのである。
「それと地上や海中に没した月面を怪しまれないようにカモフラージュしてくれ。
・・・さてと、作らなければならない物がまだまだあるぞ。 何から作ろうか・・・。」
しばらく考えて麻生は管理コンピュータの『アフロ』に生産の指示を出した。
まず、既に製造されている宇宙魚雷艇を潜水艦に改装するように指示し、同時に上陸の
為に水陸両用車両とアンドロイドも生産するように指示した。
次に地下工場の改装である。 宇宙船発着場は海中に没してしまったので潜水艦を
発進させる為に発着場に水密ゲートを追加するように指示を出した。
そして、船舶の改装が出来るように海上にドックを作るように指示をした。
これで津波により海軍工廠で船舶の改装が出来なくなっていても、ここで改装できる
様になる。 麻生は、もし津波の影響で日本の工場が壊滅していた場合、ここで艦艇や
武器の製造をしようと考えていた。
最後に探査衛星は既に『アフロ』により地球全域をカバーできる数だけ生産中なので、
通信衛星の生産を追加させた。