一『初めに』~『偏見』
HDを掃除していたら見つけたので、次話はないです。
『初めに』
あれはいつのことであっただろうか、ふと、黒土實谷は白い箱を前に、思う。
白い箱――緑に囲まれた白塗り二階建ての箱、広い庭を持つ――障害者福祉施設は、そのなめらかなに磨かれた己の純白さを、外的から守るために、こしらえた緑の垣根を衛兵とし、広い庭を従者として、ある種の威容を漂わせて、数年前と変わらず實谷の前にある。
既に見慣れて十七年ほどになるだろうか。晩秋の風は冷たい、冷気は思考を冴え渡らせる。
無駄に冴えた思考とは得てして無駄な郷愁を自らに思わせるものだ。必要のない、あるいは過ぎ去った時のことを思うのは秋と冬の特権かもしれない。
考え、振りかぶり、實谷は少し笑う。そしてまた、首を振り、顔を引き締めた。
「意味のないことか……」
零して、歩む。冬のように寒い秋空の下、彼は、己が、急に言い渡された買い出しの帰りであったことを思い出し、その白い箱の入り口へと向かいなおした。緑の 既に落ちきった中庭は禿頭そのもの。それを補う鬘たりえたであろう、垣根も、しかし既に繁茂を持たない。彼が中庭を歩く姿は、外からも中からも丸見えだろう。
それでも實谷は、気にせず、通り過ぎる赤トンボと平行に、一人歩く。
箱への入り口、入る扉のその隣。朽ちかけ寂しく存在を、主張している縦看板。
『国営特種養老福祉院:関東3号』
これから記すのは、この施設を中心とした、老人と若者の、本当に、何気ない、日常の一幕の歴史である。
黒土實谷、23歳、特種障害者補助士乙種。
舞台は、彼が17歳の時分にまで遡る。
あれは――
『日常』
「坊、坊!」
声がしたので振り返る。高校生、黒土實谷のうしろには、菊花婆が居る。
頬を膨らませた菊花婆の姿は、まるで童女のように愛らしい。
「坊! なんども言っておるだろう? 呼んだら返事をせんか!」
菊花婆は愛らしいと、實谷は常々思っている。この上なくきめ細やかな肌。大きく円らな瞳。
目端と眉。唇と鼻。顎と頬。およそ顔の部分と言える部分において、この老女の顔はこじんまりとした造りが完全な均衡と共にあるのだ。
小さな体、頭二つ分以上の小さなその体躯は、しかし奇妙な落ち着きを帯びている。意思の強い瞳は、深く暗く、見つめていると吸い込まれるかのような深淵の奥行きを窺わせた。
「聞いているかえ? 坊」
「漏れなく、聞いているよ、菊花婆」
「なれば返事をせんか粗忽者め」
「ごめんよ、婆、少し考え事をしていたんだ」
既に十年ほどの付き合いになるこの老人の姿には、彼女たちに対する偏見の極めて少ないと自負する實谷少年をもってしても、時折、信じられなくなる。
この幼き体躯をもってして、この無垢なる表情をもってして、彼女が、御年250を越える正真正銘の老体であると言えるのだろうか、と。
實谷とてもちろん、彼女がその歳どおりの存在であるということを疑っているという訳ではない、まるで彼女がそういうものであると証立てるかのような、その特徴的な金髪と赤眼が、彼女を特種障害者――幼形不老者であると物語っているうえ。 その姿は、實谷が幼稚園児の時に、この老婆と出会ったときの姿を、全く不動のまま変えていないのだから。
紛うことなく、彼女は多くの物を見てきて、これからも見るだろう不老者なのだ。
「で、何だよ婆ちゃん」
「これじゃ」
言い、菊花が示すのは缶飲料。 菊花婆の好きな赤い炭酸飲料だ。
「……ああ、また、プルタブが開けられないの」
「別に開けられないわけではない、面倒なだけよ。またも糞もあるものか」
そういって、その幼い顔を顰める老婆。 しかし何処か微笑ましい怒り顔だ。
菊花婆は変わらないなあ、と内心に秘めて、苦笑しながら、比較的長身の實谷は、視点より大分下で差し出されている赤い缶を受け取り、開ける。
「ようやった坊」
言い、菊花は灰色の壁に囲まれた廊下を、ゆったりとした動作で歩き始める。實谷も後に続き、自分よりも大分下にある頭頂部をなにげなく眺める。ちなみに撫でるのは厳禁だ、菊花婆はそれをすると驚く程に怒り出し、三日は口を利いてくれなくなる。但し、菊花婆は誰かを撫でるのは好きなのだ。
「坊、先に言っておく、今日のおやつは煎餅だ」
「……またかよ」
「何が不満か」
「いや悪くないとは思うよ、思うけど……」
「ふん、坊はワガママだのう、安心せい、おはぎもある」
「どっちにしろ若者受けはしなさそうなラインナップで」
「坊、あんまりワガママ言うと婆は怒るぞ」
怒らせては叶わない、と實谷は苦笑する
「まあ、おはぎも好きだけどさ」
「だろう? なにが問題か、問題などどこにも無いではないないか」
「いやまあ、小さい頃から、そんな菓子ばっか食べさせられていれば、当然嫌いじゃないけどさ」
己の小さな手を懸命に動かし、小さな歩幅を、しかしゆっくりと、落ち着いた足取りで、菊花婆は共用の和室へと向かって進んでいる。後に続く實谷も慣れた様子で、既に無意識的にその動作の速度を隣の老婆に合わせている。
どうして老人とは、あのように地味な菓子を好むのか、實谷はなんとなくそう思った。
『日々』
この春から高校二年生になった黒土實谷は、早生まれなので既に一七歳である。
未だに馴染めぬ学校だけれども、それでもどうにか彼はその時間、その場所をやり過ごしている。
防犯上の理由から基本的に、日がな一日この白い箱の中で過ごしている菊花を始めとした不老者たちは、奇妙な縁からこの箱へと日々通っているという非常に珍しい若者――黒土實谷の来訪を心待ちにしていた。
彼の語る、彼の見た世界、彼の一日の体験談は、暇を持てあましている老婆たちをそれなりに楽しませ、喜ばせるのだ。
菊花――姓は既に捨てた――は實谷を孫のようだと形容したことがある。実際、黒土實谷もこの奇妙な老体、世間では遠い存在と考えられ、疎まれ忌まれ傅かれている存在に対して、肉親に抱くような情を抱いていた。
彼がそれを口にしたことは、思春期特有の羞恥心から一度も無いのだが。
「ほう、その山本という生徒は、余程の乱暴者じゃのう」
「まあ悪い奴じゃあない、とは思うんだけどさ」
春先、未だ感じられる底冷えから逃げるため、こたつに入り、上等の緑茶と煎餅、おはぎ、草餅の前に座る二人のそのさまは、部屋の奇妙な薄暗さも合わせて、どこからどう見ても仲の良い祖母と孫の語らい、というような情景である。(肝心の老婆の容姿が幾分若すぎる気もしないでもないが) ともあれこれが二人の日常の姿である。
茶の啜る音、春鳥の夜鳴き、カーテンの外から漏れるのは近隣の民家の光。
恐らく相当に名の知れた名店の物であろうおはぎは、實谷の好物で、それを食べるこの青年の姿は、対面に座る童女の如き嫗の些細な楽しみでもある。
(おお、相変わらず旨そうに食べる)と菊花は思ったが、
言えば、取り繕うだろう、そのため菊花は彼にそれを言ったことはない。だから實谷は、自分が好みの物を食べるときにとても嬉しそうな表情をしていることを知らない。
「ふぅ、……相変わらず茶が旨い」
「婆は本当に茶が好きだよね」
「遠回しに我が極まった老人だと言っているのか坊?」
非道い言いがかりを聞いたと顔を顰めがらも、實谷は菊花がそのあどけない手で茶飲みを持ち上げ、小さな口にあてがい茶を啜る姿を眺める。
實谷は言ったことはないが、彼にとって菊花の茶を飲み啜るさまは、彼に些細な幸せを感じさせる瞬間である。
それは日常の象徴であり、また、彼にとってはこの老婆や、この箱――福祉施設、通称『養老院』――に住む他の老婆たちとの間に縁を感じる動作なのだ。
肉親の愛を受けたことのない實谷にとって、菊花の茶を飲む姿こそが、平和な、日常の、暖かさの表れであった。が、言うのも気恥ずかしいこととして實谷青年はそれを言葉にしたことはなかった。
その青年の内心を知ってか知らずか、菊花婆は頬を綻ばせ、厳めしい顔つきを和らげ、そしてほぉ、と一息吐く。
なべて世はこともなし、日常は続いている。
『親』
黒土實谷の母親は既に無い。三歳の時らしい、微かな思い出が少し残るばかりだ。
祖父母はいない。そして自分を育てるべき父は、その父たる自覚を持っていなかった。
縁日で買ってきたカラーひよこを扱うように、表面上は真剣だが、心底ではどうでもよいと思っているように。あるいは、拾ってきた犬猫が既に家に居着いた後に子供の見せる飽きの冷淡さが、黒土實谷の父親の特徴であった。
幸い金には困らない、裕福な家であった。しかし實谷に与える心の豊かさは存在しなかった。
彼の教育はもっぱら雇われた家政婦の仕事であった。
パートタイマーの家政婦の食事、幼稚園の送り迎えも父親の仕事ではなかった。
實谷がどれほど肉親の愛に飢えていたのか、幼き子供にして、どれほどに飢えていたのか、それは論を待たないだろう。家政婦は冷淡な人物、一線を引いた者しかいなかった。
そして、少年は親を、困らせるためなのか、あるいは自分を見て貰うためであるのか、度々、騒動を起こし、一人で家の外に逃げ出した。
その行動は、結局父の気を引くことはなく、家政婦の首が挿げ変わっただけであったが。
とはいえ、その子供心の悪戯とも、逃走とも、探求とも取れる行動が、後の彼の人生と、彼の全人格を規定するかのような出会いを生んだのだから、なにごとも不思議なものである。
『不老者の趣味』
「のう坊、このゲームのヒロインは皆、頭が緩いと思わないか」
「……コメントに困るな」
「ほれ、この反応を見てみい、……どうじゃ、まるで阿婆擦れではないか」
菊花の趣味の一つにはテレビゲームがある。老人であるが新しい脳を常に保っている彼女たち不老者の対応力は高い。
大抵、新鮮な新しい者好きであり、人生を潤す遊びを尊重する。日本においては諸外国と違い、不老者はかつて、天の神の血濃きものとして一定の尊崇を集めていた。
その時から伝統の工芸や文学をたしなんでいたのだから筋金入りだ。あるいは終わりの見えない生を満たすには遊びが必要不可欠だったのだろうか。
江戸時代に入り、権力の集中と幕府の不老者管理が推し進められた時には、天人奉行の下、幾つかの『桃源の館』と呼ばれる天人を1箇所に集める組織が作られた。その時、それまで各地域の伝統で、地域の神と化していた者、有力者の一族を裏から支えていた者、あるいは古くから地域や、一つの家に捕らわれていた者が集まって、それぞれの文芸教養を交流させ、さながら館は美芸の都と化し、多くの美芸百般が生まれたと伝えられている。
彼女たちは暇を嫌う、降って湧いた不老、あるいは「何か」に宿命付けられたかのような不老、長き生において何よりの敵は有閑なのだ。
そのため、彼ら幼形のご老体は、インターネットに親しみ、最新のゲームや、音楽、漫画や、文学、娯楽小説を嗜み、そして自分たちもそれに積極的に関わるのだ。
現在、菊花婆が、實谷の膝の上に座り、甘い体臭(加齢臭など微塵も感じない!)と石鹸の香しさがブレンドされた匂いを振りまいて、表情を変えず、手に握ったコントローラーを操りながら、己の体重を背後の青年に預けて、所謂RPGゲームに興じるのも、そういった考えが理由なのだろう。
現代の娯楽を忌憚なく楽しんで(若干意地の悪い楽しみ方だが)いる童女そのものの老人の姿は非常に愛らしい。
「ほっ、ちょろいのう、今にも腰を振らんばかりではないか!」
「下品な物言いやめろ!」
「初心な奴め、坊は純情でいらっしゃる」
「モラルとデリカシーの問題だ」
「すまんな、なにぶん筋金入りの日本人ゆえ、横文字で言われても分からぬわ」
「ゲームとかヒロインは横文字じゃないのかよ!」
クックと、菊花は喉を鳴らすように小さく笑い、ほんに坊はうい奴のう、と眼を細めて、ちらりと實谷を一瞥する。
「うぜぇ」
「そのような汚い言葉を使うでないぞ」
平和であった。
『老形不老障害』
白い箱――特種福祉施設――に勤める人間は余り多くない、門衛と警備員、そして事務員と給仕雑用の職員、最後に調理人くらいだろうか。
厳重に審査された、優秀な職員が基本的には住み込み、もしくは近隣の宿舎に住み、幼形不老者の生活を補助している。
付け加えれば警備員が最も選任の難しい職員でもある。
若く美しい童女しかいない不老者は、多くの偏見と悪意にさらされて生きている。その血やその肉、その身体を美貌と不老の元と考える者は人類史の始まりから存在し、常に彼女たちを狙っている。また一般人も不老、という属性に眼を曇らされるのだ。
誘拐、強姦、殺害、さまざまな危険が彼女たちを取り巻いている。
彼女たちは皆美しい、まるで作られたかのように、まるで彼女たちが不老者であると示すように美しく、そして一般の人間にはありえない身体特徴を持つ。
一般人は不老を妬む、それを歪みと捉える、性犯罪者は、あるいは悪人は、その女体としての味に執着を抱く、哲学者、科学者、歴史家に宗教家、神学者に、富豪なども危険だ。
さる富豪が秘密裏に不老者を監禁していたなど、枚挙に暇がないような事例だ。そしてそれは人類のある段階、極少数の人間にこの病とも、徴とも、異常とも、奇跡とも言われる形質が発現するようになった時からの宿命なのだ。幼形不老障害者の周辺は危険と困難に満ちている。
そういった危害から身を守るための存在として、力は所詮のところ姿と同程度でしかない彼女を護るための警備員は必要不可欠であり、そしてまたそれが獅子心中の虫になりかねない危険な存在でもあることから。そのため警備員は特に厳重な審査を経て行われるのだ。
彼女たちは、不老だ、そして選ばれたかのように奇妙に美しく、特徴的だ。その脳自体が、その他の人間と違う、器質として、構造として、密度として、常人と差異がある。
高い記憶容量、記憶力、感受性、そして老いないという異常。
人は古くは彼女たちを神の血を引くと、あるいは神に選ばれたと、神に遣わされたと言い尊び、そしてまた、罪を背負っているとも、歪んだ存在であるとも、存在そのものが罪であるとも言い疎んだ。
彼女たちは、歳を取らない、ある一定の年齢に達すると、その成長が止まり、以降、その身体を維持するように新陳代謝を繰り返し続ける。
現代の医学は、遺伝学は、その遺伝子と、その脳が他者と違うことを判明させた、その体質も、恐ろしい程に病に強いということも判明した。
しかしそれが現れる理由は、誰にも分かっていないのだ。ある時、どの家系血統にも突如として現れる原因不明の先天異常。
不老という人間の夢は、しかし、感染することもなく、稀に子供を産むことが出来る不老者が現れて、その子を産んだとしても、そこにその特徴は受け継がれないような、何もかもが不明の、異常の現象としてあった。
古くから、神の存在根拠と言われ続けた、彼女たち幼形不老者の数は、現在、約3万人ほどと推定された。そしてその多くは日本で暮らしている。
『日本』
日本は老人を慈しむ。例えそれが、幼形老人であってもだ。
日本という国は古くから、幼形老人が一定の権力を持った唯一の国である。
彼女たちは、仏教が輪廻からの解脱を許されぬ罪人と訴えられれば、己達はこの世の汚濁の中を生きて善行を積み続けることの出来る存在と反論し、また自ら自身は移ろわず、他の者によってのみ殺されうる存在であるのは、縁起の宿命によってのみ生きる仏法の体現とも反論した。
彼女たちはその蓄えた知と長い寿命を使い、有力者を助け、衆生を助けその立場を確保してきた。
開国により、日本も、先進国として、幼形不老者を、異常な、病に落ちた、自然ではない歪んだ存在として隔離することを迫られた時も、日本は建前上の隔離でそれを済ませた。
以降も一定の影響力を保ち、民衆にも天人さまとして親しまれた彼女たちは、世界各地で流浪しあるいは隠れ、生き抜いてきた不老者を率先して受け入れ、時には、富豪に飼われている彼女たちの同胞を買い取り、また救助などもした。
敗戦の後、日本に進駐軍が訪れた時も、幼形不老者が暴行されぬよう、そして自らの立ち位置を確保するために多くの努力が払われた。それこそ政治家によって、そしてその幼形不老者自身の手によってもだ。
高度経済成長期、幼形不老者を悪、幼形不老者を歪んだ者として見る、西洋の価値観が日本に流入した。そのせいで好奇な視線を送る者、悪しき偏見を持つ者も増えた。
そして、彼女たちは、市井から姿を隠し、隔離されるように数カ所に集まって、時には富豪の下に集まって、あるいは未だに幼形老人を天人、神の子として崇める地域を利用して暮らすことを余儀なくされた。そして治療されるべきものと見なされるようになり、また政治への影響力を法により大きく削がれることとなった。
しかし、それでも、それでも日本において、彼女たちは迫害されぬ立場を確保し続けたのだ。
今の民衆の大半は、幼形不老者を見たことがない、幼形不老障害者という名を冠された彼らを空想の想像の、幻想のものと見なしている者が大半だ。
即ち、確かにあるのだろう、いるのだろう、しかしそれはこの世のどこかに居る者だ。という観念だ。
現在彼女たちは、国営の養老施設に、約一万三千人ほど隔離されている。そしてそこであてどもなく、外的な要因が無ければありえないもの――死――を焦がれつつ、有り余る時間の中で暮らしているのだ。
『人数』
彼らの人数は、全世界で約二万人と推定される。
七〇億人の内の2万人、多いと見るか、少ないと見るか。彼らは10万人に7人の割合で生まれる。
数千年の時代、その中で生まれただろう全ての幼形老人の数を考えて、現在は2万人、多いと見るか、少ないと見るか。
『食事』
共用の和室、そこでこたつの上に載せられたハンバーグを食べている菊花と實谷。
とてもおいしそうに牛と豚の合い挽き肉を焼いた物を食べる菊花。
老体とは濃い味付けを好まず、薄く、渋い物を好む。事実、幼形老人の大半はそれを好む。がしかし、同時に濃く、おおざっぱな物を好む子供の舌をも併せ持つのが幼形老人でもある。大半の幼形老人は威厳の問題、年齢の問題から広言こそしないが、カレーやハンバーグ、ナポリタンが死ぬ程好きである。
「うむ、悪くないな」
「……ハハ」
實谷は思わず笑う、上品に、無駄なく、軽やかにハンバーグを口に運ぶ菊花の愛らしさに耐えられなかったのだ。
訝しげな眼で見られたので、彼は顔を引き締めて、自らもまた、口に食事を運ぶ。
「どうじゃ、坊、余りお腹が空いていないのではないか?」
上目遣い、赤い左眼と、茶色の右眼、金の髪は絹糸のように揺れて、硝子のように燦めく。口調こそ重々しいが、その意図するところは子供のような催促だ。
「山田さんに頼もうか?」
山田とは、気っ風の良い中年女性職員の名だ。
「なにを言っておる、我は別にもっと食べたいと催促したわけではないぞ?」
「じゃあなんで……」
「そんなこともわからぬとはな、……坊を気遣ってのことに決まっているだろう?」
よく言うよと、實谷は肩を竦める。
思えば老人とは子供の反対にあるような者だが、しかしその本質は非常に近い者なのだなぁ、と思い。
結局、實谷は己のハンバーグを半分に分けて、目前の美しい童女姿に献上した。
調理師の里中さんは元シェフであり、そのハンバーグは實谷にとっても非常に喜ばしい美味加減であったが、しかしまあ、喜色を隠さず、おお、本当か! と頻りに聞いてくる菊花婆の姿が見れたので、實谷青年が後悔をすることはない。
『施設』
この施設には五人の幼形不老障害者がいる。本来はその安全上、利便上、大規模に集まるのが常だが、しかし人間関係その他の問題から、こうした小さな養老院に暮らす者も多い。
長き生をやり過ごすための、小さな楽園。退廃の園は、蠢いて神秘的でもある。
『帰宅』
夜一〇時、黒土實谷は、帰宅する。
玄関まで見送りに来た小柄な幼形老女と別れの言葉を交わす。
「ん、それではな」
「婆、わざわざ見送りありがとう」
「ふん、一々礼を言うような仲ではあるまいに」
「礼儀だよ、礼を言わなきゃ言わないで、怒るでしょ?」
「カカッ、当然だ!」
「ずっけぇの」
「ふん、それではな」
「また明日」
いつものように實谷青年は、再会の約束を一時の別れの挨拶とした。
しかし言われた、菊花老人の眉は、顰められた。
あどけなく、名工に縁取られたような美麗の顔面が呆れるように、鷲が面を喰らわされたかのように。
嘆息と苦笑と、そして僅かの喜びの混じる溜息を吐きながら、菊花老人は己より遙か年下の青年と目を合わせた。
「
いい加減、こんな婆たちに構わず、同世代の友と交わって語らえばよかろうに」
「……いいんだよ俺は、敬老精神に溢れる若者なの、っとそういえば今日は他のばあさんたち見かけなかったね」
「ん? うむ、アンナが本局に出ててな、院長は創作活動、キヨが学会に、綾子が研究所に」
「……ああ道理で」
「今度あったらよろしく頼む、喜ぶ」
「言われなくても」
實谷は、裏庭を通って、冷たい我が家へと向かう。
途中振り返り、こちらを見ている菊花婆に手を振り、今度こそ振り返らず家路へと着いた。
『歪み』
神は人を救う、そのために死後の天がある、地獄がある。
衆生は仕事の内に、あるいは念仏の内に、極楽へと至り、あるいは罪の六道を巡る輪廻の輪を抜け出ることが可能となる。
あるいは、神の血を引く者がいれば、あるいはこの世の苦しみを負い続けることが定められた者がいるのならそれこそが不老者であろうか。
審判の時までを生きる者、あるいはこの世の四苦八苦を味わい続ける者、あるいは人を導く神の存在証明者。その全ては女性だ。それも遺伝子のXY染色体を持つ者、ある種、純粋と定義されている女性のみだ。
人の身で奇跡を持つ者。罪業を背負う者。衆生を導く者。
遍く幼形不老者は、定命であるが、しかし不定命である彼女たちは、己の存在の意味を問い続けている。
なぜ?なぜ?なぜ? と。
ある時は、家父長制におけるアウトサイダーとして、神の摂理の歪みとして、あるいはある時は神の寵愛を受けし者として、この世のあらゆる社会と文化において時に迫害され、時に尊崇されるもの。時に妬まれ、時に仰がれるもの。それが彼女たちだ。
ああ、不老者よ、そは悪魔の具現、女の罪の現れ、この世の歪みである。
ああ、不死者よ、そは最も純粋な神の子、この世の悪を見つめ善を監視する、聖母の血脈。
この世の奇跡である。
時を越え、場所を変え、文化により細部は違うが、しかしおおむね同じ経路を辿って、もたらされた。多くの同胞の死と迫害、多くの同胞の受難と忍耐、多くの同胞の努力と生。
現代を生き残っている彼女たちは、そういった先人の歴史の上に立っている。
科学であろうと宗教であろうと、どんな価値観や主義主張が支配的になろうとも。
正しいとされた多くの規範の下、同性の妬み、異性の欲望を、一身に受け、そして退け、そして今もなお変わらず生きる者。
汝こそ不死者よ、汝こそ天の意志よ、汝こそ神の血よ、輪廻の象徴よ、神に使わされた天使よ。
多くの名で呼ばれ、そして生きる彼女たちは、今もなおこの世界で、ときに醜さに塗れ、ときに平和に生き続けるのだ。生きているのだ。生きていかなくてはならないのだ。
『偏見』
菊花と實谷が、テレビを見ている。大広間の丸い大きな机を前に、木製の深い椅子に体重を預けている實谷の身体の前に、その小さな身体を置いている菊花という構図だ。
映し出されているのはニュース番組のようだ。毎日夕方に、変わらず放映される情報番組。
些細な日常性。――『本日午前11時頃、――区――在住の――――さん二八歳が殺人と死体遺棄、婦女暴行の容疑で――』
流れるニュースを聞いて、目を細めて、極めて不機嫌な様子で鼻を鳴らす菊花。その小さな身体の前で手を組んでいる實谷は、溜息を吐く。
「捕まったってさ……犯人」
「ふん、分かっておる、というよりも今同じニュースを見ているだろう」
「いや、まあもしかして寝てたかも、と思って……ぐっ!」
菊花の肘が實谷の腹部にめり込む。
「面白くない冗談はやめておけのう、坊」
「うぃ……で、どういう気分」
「当然だがよくはない、我らの血、我らの身体、我らの肉を多くの貴族や、呪い師、なによりも男と女、病人が、万病の薬として求めることはあった。昔からな。
我は江戸の生まれよ、その時からそういうふうに考える奴はおった。だがな、その他の多くの者はそんなことを考えはしなかった。我らは昔から狩られた、だが実際、人々の夢見る効能は持っていないのだからな、なのに伝説や、神話、言い伝えにまるで我らの肉が薬として伝えられたりな、あるいは人づてにまことしやかにそういった事が噂され、訴えられたがな。
我らはそれを封殺した。そして押さえ込んだ。
なによりも多くの民衆は、我らを尊く、高い、天の人の末裔と考えた、だから我の生まれた時に、一般の民衆がこのようなことを起こすことなど考えられなかったのよう」
隣の机、上にあるのは珈琲と、緑茶。良質の豆と、最高級の玉露。香しい匂い、隣には煎餅、老人の家においてあるような菓子、洋菓子、エリーヌ、うなぎパイ、飴。
「それが最近では、我らへの幻想が復活しておる、その上、我らも昔よりは近い、尊崇などどこにもない。精々が老人への労りか、あるいは地方には未だに我らへの信仰が残っている地域もあるのだろうが、やれ我らの身体の味がどうだの、ロリババアがどうだの、よからぬ妄想を当てはめて、そして一瞬の隙を突いて、我らの同胞を一人拉致し、監禁することに成功した。
その果てにあるのは醜く凄惨な身勝手な欲望の発露。あるいは死んだ菖蒲唄はこの我では考えられぬような目にあったのやもしれぬ、この何処に、我の機嫌が良くなる要素があるのか。
菖蒲歌は歳上の天女でな、唄を歌うのが好きだった。心地よい声音だったのう。
そしてまた短歌や長歌、俳諧にも漢籍にも優れ、深い造詣を持っていた。
会話こそ滅多に交わすことはないが、それでも、彼女は我の大切な同胞であったのよう」
言って、菊花は、その童子めいた身体を、さらに深く沈める。そして目を瞑り、己の孫のような青年にその身を預けきる。韜晦と慙愧の念の海、そこに乗りだし泳ぎ沈むように。
その幼女の重みを身体で受け止めながら、實谷は、菊花の腹の上に、己の組み合わせた手を当て、まるで實谷がなにかをするはずがない、というような絶対の無防備を見せている菊花婆の体温を確かめる。
脈と脈、心臓の響きと心臓の響き、体温と体温、呼吸と呼吸、時計の音、白い箱の外から響く喧噪、あるいは上階から聞こえてくる所長の歌声。
なにもかもが融け合うかのような錯覚、夢幻のような心地が、居間に流れている。
ニュースは、まるで変わらぬ日常を示すかのように、既に違う事件の報道へと移っていた。
生活の残滓、色褪せた響き、なにもかもが全てどうでもよくなってくる倦怠。
いつしか、二人は眠りに落ちていく。浅く甘やかな眠りへ――