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デッドキャットバウンス

掲載日:2026/09/02

 やあ、驚いた。君に会うのは久しぶりだ。たしか、俺がバイクの単独事故で入院して、見舞いに来てもらって以来の再会だね。針、全身麻酔、ハンマー、それからニンニク主義と腹をかっさばかれた爺の思想。どれも遠い日の思い出だが、あの出来事が、俺と君とが絶縁する直接のきっかけだった。君は俺を虚無主義だと批判して絶縁し、それっきり、二度と会おうとはしなかった。しかしそれは君の都合だし、俺としてはいつ会おうが構わなかったんだが、いつでもどこでも、なにをしても、不思議と自分から会いに行く気にはならなかった。


 おそらく君は、B君あたりから連絡を受けたんだろう。俺が極度に引きこもり、穴の虫になったというので、こうしてわざわざ訪ねてくれたに違いない。思えば、君は昔から気遣いの人だった。たとえ絶縁した人間相手でも、知っていて放っておくのは良心に咎めたんだろう。


 いや、嬉しいよ。だが同等に負担でもある。再会には然るべき段取りが必要だと俺は考えていたが、どうも、君のほうでは違ったらしい。わりに強引なんだな、君は。もっとも、段取りを踏んでいたら再会はなかっただろうから、君の突撃が戦術的に優れていることは、俺も認める。たいした役者だよ。


(私は再会早々にご挨拶を受けたので、その返礼として彼を睨みつけた。彼はニッコリ笑い、おもむろに立ち上がると、私になんの前置きもせずに湯を沸かしに行ってしまった。そうして私が呆気にとられているのを完全に放置したままで、せわしなく台所の辺りを探し回り、ややあって二人分の茶を手に戻ってきた……)


 さ、飲めよ。俺は変に無遠慮な言い方をしちまったようだ。気を悪くしたなら、謝るよ。これから楽しい話ができるかはさておき、とにかくこいつは俺の問題だし、君には全然関わりのないことだものな。しかし昔みたいに主義だの思想だの言うのは、よしてくれ。絶縁の再演になるだけだ。そんなことを延々と話していた時期もあったが、思い返すと、この上なくむなしい。この頃、俺はそういう言葉を見たり聞いたりするだけで、心底から憎しみが湧き上がってくる。堪えようがないんだ。それも、主義や思想に限った話じゃない。生活のあらゆる領域にはびこる接続条理という病原菌を、排撃し、殺菌したいくらいなんだ。俺は、嫌なんだ。とにかくうんざりして、我慢ができないんだ。


 B君から聞くところによると、君は俺とは違い、まだ昔のように語っているらしいが、いつか気付くよ。それでお別れさ。もう二度と、家にも来ないだろうよ。だから、いまのうちに君と話しておきたい。なんだかんだいって君とは長い付き合いだし、挨拶くらいしてもいいだろう。ただ、別れの後の握手は拒否する。こう言うといまは無礼に感じるかもしれないが、俺の話を聞けば、君もきっと納得してくれる。いつか、もしも偶然どこかで出会ったら、その時こそかたく、無感覚の握手をしよう。それで本当に、永遠にさよならだ。


(私は差し伸べた手を引っ込めて、彼の用意してくれた温い茶を一口だけ飲んだ。いつの間にか夏になっていたんだね、などと、彼は寝ぼけたことを言うが、私にはそれが冗談だとは思われなかった。一見健康そうな彼の容貌に拭いがたい不定形が張り付いているのを、私はたしかに認めた)


 よし、せっかくの来客だ。なにか明るい、前向きな話をしよう。


 そういえば、ついこの間まで、俺は感激屋という商売を営んでいた。これがなかなか疲れる仕事で、やりがいがあるんだ。ようするに、ある物事に全力で没入することが職務内容なんだが、そういう出来事はいくらでも転がっているし、やってもやっても終わらない。言うなれば無限の仕事なんだね。


 その一環で先日、俺はパブリックビューイングに行った。最近やっているスポーツの大会、君も知っているだろう。大盛り上がりだね。怖いくらいに世界的だ。べつにわざわざ外出しなくたって、家のテレビで十分事足りるのはわかっていたが、俺はいい機会だと思ってカフェに出かけてみた。


 平日だというのに凄い人だかりだった。みんなユニフォームなんか着ちゃって準備万端だ。仕事をするにはうってつけの環境だった。


 ところが俺は、感激屋としてあるまじき失態を犯した。ユニフォームを買うのを忘れちまったんだ。普段着だった。俺が辺りをきょろきょろ見回して、バツが悪くなって店を出ようとすると、顔面を紅潮させた客が何事かまくしたてて、誰かのユニフォームをくれた。一緒に見よう、応援しよう、君もチームだ。そういうことらしかった。これで仕事ができると、俺は都合よく思った。


 俺は、見たよ。しかも、ただ見るというんじゃない。熱中し、熱狂し、全存在を賭けて観戦した。大汗をかき、唾を飛ばし、必死に応援した。あの場で一番熱量が多かったのは、間違いなく俺だよ。その俺に便乗するようにして、客はさらに盛り上がっていった。俺は誰とでも肩を組み、親しげに振る舞い、そしてなにより陽気に歌った。そんなふうだから、贔屓が負けたときは、また誰よりも落ち込んでみせた。俺は見知らぬ人たちと泣いて、慰め合い、互いに健闘を称え合った。俺はいい気分だった。


 楽しかったよ。面白かった。


(僕は公園を散歩していた。白鳥が数羽、公園の池を悠々と泳いでいる。目を凝らして白鳥を観察してみると、それが白鳥の形をしているアヒルボートであることに気が付いた。僕は嬉しくなって池に飛び込み、さっそく無人のアヒルボートに乗り込んだ!)


 カフェを出たら、もう朝になっていた。家に帰ろうとして一歩踏み出すと、その一歩毎に、あのユニフォームを着た観客たちとの記憶が曖昧になる。彼らの顔、背格好、表情、そうして俺自身の仕事、感激屋としての職務、すべて、わからなくなった。といって、なにも特別なことはない。仕事の後はいつもそうだった。


 もらったユニフォームは捨てた。あんなものを大事にとっておいて何になる。

 記念の一枚も消した。誰が誰だかわからないから、残していても仕方ない。

 グッズも、連絡先も、約束も、あそこで得たものはすべてゴミだった。

 だからいま、俺に残ったものはなにもない。なにもないよ。

 たいした役者だった。一世一代の大演技さ。


 それからどうしたって? もちろん、仕事を続けたよ。いくらでもあると言っただろう。ユニフォームを捨てたら、ペンライトを振る、ペンライトを捨てたら、色紙にサインを集める、色紙を捨てたって、また次がある。どこだって、俺はやっていける。俺はいくらでも熱狂できる。そうして、いつまでも生活していける。


(瞬間の絶対視……逆説的な総体の把握……。観念的、頭が悪いのね。うふふ……)


 俺は、感激屋だと言ったね。この仕事をはじめたのには訳があるんだが、まだ君に話してなかったな。聞かれなかったから答えずにいたが、ついでに軽く触れておこう。


 なに、たいしたことじゃない。空白のカンバスに色を塗ってみたくなったとか、あるいは、真っ黒い穴に光を投げ込んでみたくなったとか、その程度のことさ。思えばこの時点で、俺は感激屋だったんだな。上手くいくわけだよ。 


 カメレオンのように、カメレオンでないように。それが俺の仕事だ。俺はなんにでもなれる。憎むことも、愛することもできる。恨むことも、許すこともできる。笑うことに、泣くこと。喜ぶことに、悲しむこと。誇りや卑下、栄光や屈辱。


 すべて、俺にとっては同じことだ。

 点。無数に散らかった点。生きることも死ぬことも、数直線上の錯覚だ。


 だから、今日という日に、君が来てくれてよかった。実は、俺はもう廃業したんだ。感激屋はやめた。昨日か、一昨日か、もっと前だったかもしれないが、やめたことはたしかだ。それだけははっきりわかるんだ。ああ、理由なんか聞かないでくれよ。ないものを聞かれたって答えようがないからね。


(そう言うと彼は、能面のような顔付きになって私を見た。のっぺりとして、立体感がなく、まるで現像された写真だった。彼は二、三秒のあいだそのままでいたが、私が見返しているのに気がついてはっとすると、また元の陽気な表情で、感激屋の仕事におけるどうでもいいようなことを喋りはじめた。私は彼の話を注意深く聞きつつ、アナログ的存在である人間の、デジタル的存在への遷移について、考えを巡らしていた。彼の、およそ血肉の通った人間らしくない、代謝の停止した抜け殻……彫像の唇……なにより、私を見つめるビー玉のような瞳について……)


 あれはいつだったか、感激屋の仕事中に盛り下げ屋とかち合ったことがあった。詳しく説明する必要はないだろうが、つまり、盛り下げ屋というのは感激屋の反対だ。俺は盛り上げる、あっちは盛り下げる、それだけのことだが、構図が単純なだけに、この二つがかち合うと不都合が生じる。職務内容が正反対なせいで、一方が目的を達成すれば、もう一方は必ずご破算になるという寸法だ。予防策として現場被りを避ける協定が結ばれているらしいが、いつも上手くいく方策はあり得ないから、まあ、気休めだろう。


 なんにせよ、俺は奴を見て、奴も俺を見た。


 現場はデモ会場だった。言っちゃ悪いが、皆、非常に楽しそうだった。満足げだった。彼らの訴えを俺は聞き流していたし、さして理解もしなかったが、それでも大声を張り上げて賛同し、眉間にしわを寄せて、色々な不平不満をぶちまけてみた。振り返ったのは二三人だったが、これは電撃戦だから、さして問題はない。まずは発火のために焦点を絞って、その二三人に語りかける。ちょっとした演説じみたこともする。これはまあ、作戦上の必要から通信するという案配だ。そういうふうにして、彼らの実際と要求をごちゃ混ぜにするんだね。すると、さすがだ、それでこそだ、君が未来だ! と、分隊は大感激なわけだ。で、こう言うとまた自画自賛になってしまうが、俺のデモは真の活力なんだな。主張、奥行き、深度、どれをとってもなかなかの仕事ぶりで、作用力が優位に働くアジテーションなんだ。ところが、そんな状況にもかかわらず、あの盛り下げ屋だけが、いじらしく俺に対抗していた。


 奴の主張? そんなもの聞く必要はない。君に、感激屋のコツを教えてあげよう。一つ、場の中心になること。二つ、他者を認めないこと。三つ、疑いを捨てること。それだけ守れば、誰でも一流の感激屋になれる。向かうところ敵無しだ。


(ゼロ、イチ、ゼロ、イチ。無意味な計算、有意義な計算。それからまたゼロ、イチ、ゼロ、イチ。僕はアヒルボートを漕いだ。その役割が僕に回ってきたので……)


 盛り下げ屋は効力を失って、仕事が大失敗に終わったらしい。通りの隅で、誰に顧みられることもなく、かといって去ろうともせず、まだなにか言い足りないように口を開いてみては、言葉と自分の距離を測りかねて突っ立っていた。なるほど、奴は鋭く批判しながら自己を偽らず、おまけに自己反省も欠かさない立派な盛り下げ屋だった。一言でまとめるならウドの大木ということになるが、それも身から出た錆で、奴の甘さがそうさせたんだ。奴は主義、思想というものを信じていた。場違いにのんきで、なんだか亡霊じみているんだ。とどのつまり、盛り下げ屋というのは熱を冷ます仕事だから、どうしても熱に対するなんらかの姿勢、立場が必要になる。しかしそのせいで奴は数直線から逃れらず、一歩でも踏み違えたら無自覚のまま、ゆくゆくは、別の道順で感激屋にたどり着くだろう。


 なに、俺のやり口? 別にたいしたことはない。デモの現場では、弱者一点張り論法で押し切った。使いどころを見極めれば、これほど便利なものはないよ。俺はいま論法と言ったが、手口はなんでも構わない。肝心なのは包摂することだ。善を悪に、孤独を集合に、冷静を熱狂に、相手の立場を奪い、自分の立場に包摂する。それさえ成功すればあとはこっちのものだ。言い換えれば、これはアクティベートするということなんだ。彼ら自身を、彼ら自身にアクティベートする。中心点の再配置と、運動の再解釈、そのためのアクティベートなんだ。それによってデモは大盛況のうちに終幕となり、誰もが満たされて帰路につく。一生懸命な仕事の甲斐があったというものさ。


(アクティベート……。私は彼の態度に酷く失望した。昔の彼は関係における他者の不可能性を知りながらも、自己の他者モデルを絶対視することは決してなかった。種々の相違点はあれど、その点では、私たちは一致していた。翻って、いまの彼は自身のみならず、他者をも、操作可能な変数として扱っている。これは倒錯だ。私には、かつて彼に開かれていたはずの前途が、他ならぬ彼自身によって、無残にも喪失されたように感じられた……)


 デモ終了後、参加者は口々に俺と同調し、集会の案内やら思想の概要やらを紙ぺら一枚で渡してきた。無論、そいつは帰り際に破り捨てたよ。デモだのなんだの、あんなものは線の端から端まで移動する幻想のためのお遊び、ただの文字、ただの繊維さ。参加者を殺害したほうがまだしも面白かっただろうが、それだって感激屋の仕事だ。強烈な感激に堪えきれず、とうとう人を殺してしまうというわけだ。


 俺か? 俺は奴らとは違う。しかし、ずっとしゃかりきになっていたのはたしかだ。暇さえあればエンジンにやたらめったらガソリンを注ぎ込み、軽油が駄目ならレギュラー、レギュラーが駄目ならハイオク、ハイオクが駄目なら原油をという具合に、駆動のサイクルを強引に継続させてきたんだからな。


(同情っていうの、私は嫌い。だって、なにを同情するの? 知りもしないのに、わかったような顔しちゃって、なんの慰めにもならないじゃない。あなたが一人で満足したら、私はどうすればいいの? それじゃ、私があなたの素材みたいじゃない。……でも同情は嫌いだって、私、言ったよね?)


 結局、俺はガソリンを無駄にしちゃったよ。見当違いだった。

 ようするに、点だ。線形世界の外部と内部をそぎ落とすものだ。


(彼の言うことが私にはわからなかったし、下手に深掘りするのも気が引けた。あの痛ましいビー玉のような瞳をまた見たくはなかった。私が単身乗り込んだのは彼を向上させるためだったが、もしかすると、それも自惚れだったかもしれない。とはいえ、やって来てしまった以上、ある程度の打撃は甘んじて受け入れなければならない……)

(ゼロ、イチ、ゼロ、イチ)

(飛び降り、飛び降り!)


 ああ、君はそこが気になっていたのか。実は、感激屋は前提を必要としない。俺は石ころ一つからでも感激を生み出せる。俺は俺自身の空虚から実体を書き換え、構成物を無限に出力することができる。同時に構成物を空虚に変換し、実体を置き換えることができる。たとえば、あらゆる事物を掣肘する無方向な駆動力が、この世のどこかに潜在しているのを想像してみるといい。


 どうだい、拍子抜けだろ? 気にするほどのことじゃない。


(…………おい。俺はこないだ観察屋を見たぜ。自分の目で自分の目を見るプロフェッショナルだが、彼らはあれで劣等感が強いので、そこを刺激してやれば、簡単にのぼせ上がるみたいだ。おだてまくった後は、もちろん、素知らぬ顔で放っておくのが一番。劣等肯定殲滅弾を撃ちまくるんだ)

(アヒルボート! 馬鹿!)

(頭が悪いのね。もうおしまい。ふふ……)

(私はぎょっとして、尻を突いたまま半歩ほど後ずさった。彼の表情が異様な速度で明滅するのを見たので……。それから彼は、見せたいものがある、と自慢げに微笑して静かに立ち上がった。私は彼に手招きされるまま外へ出た。二分ほど歩いた先にあるコンテナガレージには、彼の愛車が一台、綺麗に整備されて、スタンドで後輪を浮かした状態で保管されていた。私はそのバイクを見たことがあった。フルカウルの、極端な前傾姿勢を強いられるバイクで、彼はいつも上目遣いになり、前方を睨みつけるようにして走っていた)


 君、このバイク覚えているだろ? 俺が自爆してぶっ壊しちゃったやつ。金も時間も浪費したが、なんとか直せたよ。どうしてもこいつに乗りたくってさ。うん、そうなんだ。転倒したときの光景が印象的でね。たしか入院中、君にも話したっけな。青空、路面、滑走するバイク、火花、危険物、それから俺の肉体。圧縮された断片と、脳味噌の錯覚。以前から考えていたことが、他ならぬ俺自身によって暴露された形さ。事故なんぞはただの体験だが、すくなくともあの全きバイクと行為しない行為への触媒にはなったんだね。


(それは違うと、私は反論した。馬鹿を言うな、と彼を諫めた。仮に点が点にすぎないのだとしても、点と点とをつなぎ合わせる独自の線を創造し、それを一つの実感として結実させることが、いわゆる人生に他ならないと私は信じている。私は撃鉄としての点は認める。線と張力が不可分であることと、収斂としての点も認める。しかし、彼の言うような点はどうしても認められない……)


 うん。君はそうだった。昔から変わらないな。しかし、今さら議論もなにもないものだとは思わないか? 俺は言い争うつもりはないし、その理由もない。貼り付けの線だろうが、なんだろうが、君が満足なら結構だ。すべては生者のものだからね。生きているなら、なにをしようが、君は正当だ。議論の余地はない。だから、君の言うのはもっともだよ。君はそうやって生きていけばいい。そうやってね。


(大げさに言えば、君が終われば世界も終わるのだ、と私は言った。今日が終わったら、最後にもう一度、明日に前進する。明日が終わったら、また最後にもう一度、懲りずに前進する。新しい日、新しい命、これまでとはまったく違った復活は、そうして発見されるものだ。地の底にそういう欠片があると信じ込むことは、彼に不可能だろうか……?)


 やあ、君はずいぶん大仰に言うんだな。じゃ、俺もそうしよう。俺はね、歴史の原罪を背負っていこうというんだよ……


(彼はそう真面目に呟くやいなや、一転して、げらげらと大笑いした。私は悲しい直感に胸を打たれて彼を見た。あの活力に満ちた、みずみずしい、美しい友人の末路に……それから、思い出……いずれ虫食いの穴だらけになる、散り散りの思い出……私に残されたのは、そうした感傷だけだった。別れの握手は、彼の存在と共に、永遠に保留されるだろう……)


 さっきあの部屋で、君が今日来てくれてよかったと、俺は言ったね。それは、俺にまだ感激屋の感覚が残っていたからなんだ。廃業後、どれだけの時間が経ったかわからないが、とにかく君に対して最後に、個人的な感激屋を演じることができた。無論、演じることに始まりも終わりもないが、君のために便宜上、そういうことにしておくよ。


 さて、いつまでも喋っていたって仕方ない。俺はいまから、バイクに乗るつもりだ。


 それじゃ、さようなら。 




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