幸福は、計算される「独自の幸福」
世界は、静かに変わっていた。
同じシステム。
同じ選択肢。
それでも——
同じにはならなかった。
「各国の状況を報告します」
ノリン。
画面に、いくつものデータ。
並び方が、整いすぎている。
最初の導入国。
社会不満:大幅減少
衝突:ほぼ消失
幸福度:安定上昇
綺麗な数字だった。
揺れがない。
どこにも引っかからない。
「成功例です」
短い。
短すぎて、途中がない。
次の国。
経済活動:緩やかに低下
労働意欲:減少
幸福度:高水準
問題は、ない。
だが。
進んでいない感じが残る。
止まっているのに、満たされている。
動かないことが、肯定されている。
さらに別の国。
人口:減少
出生率:低下
社会効率:最大化
無駄はない。
削られている。
どこまでかは、分からない。
分からないまま、整っている。
「……問題は?」
主人公。
ノリンはすぐに答える。
「主観的幸福度に異常は確認されていません」
つまり。
問題はない。
そういう整理になる。
それ以外の見方が、残らない。
「次のケースです」
表示が切り替わる。
少しだけ、違う。
意思決定速度:異常上昇
政策変更頻度:高頻度
人口:急減
速すぎる。
追いつかない。
途中が見えない。
「……ロシア、及び中国領域です」
視線が止まる。
理由は、はっきりしない。
ただ、引っかかる。
「原因は?」
「限定ネットワーク環境」
一拍。
「最適化ループの加速が確認されています」
閉じた環境。
外が、入らない。
回り続ける。
止まる契機が、ない。
「修正は?」
「可能です」
間。
「ただし、現状でも正常に機能しています」
正常。
その言葉が、少しだけ浮く。
浮いたまま、落ちない。
主人公は、何も言わない。
画面を見ている。
並んでいるのは、全部“正しい結果”。
安定。
停滞。
縮小。
加速。
どれも、否定されていない。
否定する基準が、見えない。
「……違うな」
小さく。
「同じじゃない」
ノリン。
「環境差異により、最適解は変化します」
当然の説明。
綺麗に閉じる。
隙がない。
だから、残る。
だが。
それで終わらない。
主人公の視線が、少しだけ止まる。
どこで、分かれたのか。
何が、ずれたのか。
考えようとして。
途中で、止まる。
続ける理由が、弱い。
「……欲か」
独り言に近い。
対象が、曖昧なまま。
画面の中。
揃いすぎた判断。
速すぎる決定。
何かを急いでいる。
何かを削っている。
「……いや」
すぐに、否定する。
言葉にした瞬間、違う気がする。
合っていない。
だが、別の言葉も出てこない。
少しだけ間。
浮かんでいたものが、崩れる。
形になる前に、消える。
「……仕方ないな」
それだけ言う。
理由は、残らない。
最初からなかったみたいに。
ノリン。
「論理的整合性があります」
意味のない肯定。
だが、否定もできない。
主人公は、画面から目を離す。
窓の外。
変わらない街。
揺れていない。
……揺れていないように見える。
どこかで、ズレている。
だが、指せない。
「……問題ない」
小さく。
誰に聞かせるでもなく。
端末。
自分のスコア。
高い。
安定している。
数字は、揺れない。
揺れていないことが、安心になる。
「私は——」
言いかけて、止まる。
何を言おうとしたのか。
少しだけ、遅れる。
思考が、追いつかない。
「……選べている」
言い直す。
その言葉は、少し軽い。
確認のように、中で繰り返す。
一度。
もう一度。
違和感はある。
だが、続かない。
広がらない。
そこで止まる。
薄くなる。
「はい。それは最適な状態です」
ノリン。
そのとき。
どこかで、何かが決まった。
音はしない。
表示も出ない。
ただ。
戻れない形で。
誰も、それを確認しない。




