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強めの芸術に琴線を断たれることについて

作者: さえき
掲載日:2026/01/12

 人生は極めてたちが悪く、ときどき千慮(せんりょ)の海を超えて直接底へ届くような、そんなものに出会うことがある。それは音楽だったり絵画だったり、あるいは景色、言葉、香り、人、味のように様々な形態をしている一方で、一貫した性質を持っている。

 すなわち「思考世界を介することなく、直接的に心を揺らしてくる」ということだ。

 それらとの出会いは、ある種「琴線に触れる」という言葉で表現されるようなシチュエーションに近いかもしれない。だがここであなたに伝えたい「底へ直接届くもの」というのは、そんなに生易しいものではない。なぜならそれは人生にさほど未練もこだわりもない人間が、時折訪れるその出会いを期待しなんとなく生きながらえてしまうほどのものだからだ。だからこそ私はその言葉をより正確な表現に言い換えなければならない。「(振動のあまり)琴線が断たれる」と。

 人生というのはたちが悪い。そんなものに一度も出会わなければ、私は希死念慮の甘い誘い(いざない)に導かれ、今ごろ根之堅洲國(ねのかたすくに)で楽しく酒でも飲んでいたのに。

 もしここまで私の文章を読んでくれている人がいたならば、いつの日かあなたの琴線を断ったものの話ができたらと願う。なんといっても葦原(あしわらの)中国(なかつくに)で飲む酒も、決して悪くはないのだから。

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