第三話 魔法少女は太れない。〜宿敵は『カロリー』と『大人の事情サービスシーン』〜
新しい魔法少女が誕生し、数週間が経過した。中学一年生の柚宮佳乃は、日々の戦いに明け暮れていた。
「いい加減にしてよ、あんたらのせいで!」
佳乃は、頭の中ではなかったことにしているが、春樹に下着姿を見られた時の怒りがそのまま力になっていた。母から譲り受けた魔法少女の力で、悪の組織の戦闘員をバッタバッタと倒していく。
しかし佳乃には一つ、悩みがあった。それは戦闘力や魔法力などではなく、その後に現れるドロップ品だった。
「なんでよ、またこれ!?」
戦闘後の地面に転がっているのは、新鮮な野菜ではなく、ポテトチョップス、チョコペェ、うめぇ棒。お菓子、お菓子、またお菓子。
母親の幸子の時は、家計が潤う量の野菜がドロップしていた。
「お母さんの時は野菜だったのに、なんで私だとお菓子なのよ!」
リビングで湿布を貼りながら雑誌を読んでいた幸子に、佳乃は大量のお菓子が入ったエコバッグを叩きつけた。
「あら〜、佳乃ちゃん。それはね〜、『心の栄養』が、物質化したものなのよ〜」
「心の栄養!?」
幸子は腰をさすりながら、のんびりとした調子で答えた。ギックリ腰は治っているが、まだ違和感があるのかも知れない。
「そうよ〜。お母さんの場合は『家計の安定』が心の栄養だったけど〜、佳乃の場合は『甘いもの』なんでしょうね〜。心が無意識に求めるものなのよ〜。好きなのを選んでドロップするわけじゃないの〜」
「そんなのいらないわよ! 太ったらどうするのよ!」
佳乃は心底絶望していた。食べなければいいのかもしれないが、もったいない精神が働いてしまう。なにより、勉強の合間に、つい手が伸びてしまうのだ。その結果、わずか数週間で、制服のスカートのホックがきつくなりつつあった。
ーーー運動するしかない。
そう決意を固めた佳乃だったが、もう一つ、どうしても解決したい問題があった。
「ねえ、お母さん。変身する時のことだけど、アレ、何とかならないの?」
佳乃は、真剣な面持ちで幸子に向き直った。
「あのさ、フリフリ服は、この際、もういいとして……変身する時、一瞬とはいえ下着姿になるの、あれ何とかならない?そうならないようにインナーを重ねて着ても容赦なく下着姿にされるんだけど…」
「あれ?あれはね〜、そういうものなのよ〜」
「そういうものってどういう事よ!」
佳乃の焦りに反し、幸子の口調はあくまでも優しい。
「あれはね〜、いわゆるサービスシーンね〜」
幸子は雑誌から目を離し、穏やかな笑みを浮かべた。
「は……?」
「ほら、戦隊モノとか、ドラマとか、アニメでも、ちょっとムフフなことになっちゃうってやつよ〜」
幸子の言葉に、佳乃は顔がカーッと熱くなるのを感じた。
「誰にサービスすんのよ!! 恥ずかしいじゃないの!!」
佳乃の悲痛な叫びとツッコミが、アパートの一室に響き渡った。
「あれを、もしまた春樹に見られたら……!」
その言葉を聞いた幸子は、何かを思い出したように手を打った。
「あら〜、そういえば、前に春樹くんに下着姿を見られたって、怒鳴ってたわね〜。でもあれはね〜、視聴者さんへのご褒美なのよ〜」
「視聴者って誰よ! 誰も見てないでしょ!」
解決作を見出せず、自室に戻る。絶望と怒りのあまり、佳乃はふわふわのベッドにダイブした。強制的に下着姿にされるわ、戦闘服はフリフリだわ、大量のお菓子がドロップするわ…思考が堂々巡りする。魔法少女になったが、最大の敵は世界征服を企む悪の組織ではなく、自分自身のカロリーと羞恥心になってしまった。
「……こうなったら、運動するしかないわ!」
サービスシーンはどうにもならないかも知れないけど、太るわけにはいかない。強制で下着姿にされてしまうために体型は妥協できない。佳乃は夕方、スポーツウェアに着替えてアパートを抜け出した。
「太ったら終わりだわ……絶対に太らない……!」
茜色に染まった公園の周りを走り始めた。フリフリ服とは真逆の、クールでストイックなランナーの姿。曲がり角を曲がった、その時だった。
「あれ……? 佳乃?」
運動中の佳乃の視線の先に立っていたのは、Tシャツ姿で、汗を拭いている春樹だった。
「春樹?!」
まさか、こんな場所で会うとは。佳乃は思わず声を上げ振り返る。
「奇遇だな、こんなところで。……あ、この前お菓子ありがとな。あれ、すごい量だったけど、どうしたんだ?」
「あ、あれは、その……親が、大量に買いすぎちゃって……」
佳乃はしどろもどろになりながら、嘘をついた。春樹は部活帰りなのか、Tシャツの首元が汗で濡れている。引き締まった胸元に、佳乃は思わず目が釘付けになり、頬が染まるのを感じた。
「そっか。で、佳乃こそ、こんな時間にどうしたんだ?運動?」
「あ、うん、ちょっとダイエットはじめてね」
「ふーん? 全然太ってるように見えないけどなー。どこにダイエットするところがあるんだよ」
春樹は屈託なく笑う。しかし、その笑顔が佳乃の焦りを煽った。
「だめだめ、油断したら一瞬で太るから。それに、体型もろバレだし」
「体型がもろバレ??」
佳乃はしまった、と口を覆った。つい、変身時のサービスシーンの屈辱が口から漏れてしまった。
「な、なんでもない!とにかく、油断しないように今から頑張るの!」
無理矢理明るい声を作り、佳乃は一歩、春樹から距離を取った。
「そっか、頑張ってな!またな!」
春樹は佳乃に手を振り、家の方向へと去っていく。佳乃は再びランニングを再開したが、春樹の視線が気になり、スピードが上がらない。
(だめだ、これで太ったら本当に終わりだわ。フリフリ服と下着姿が、最悪のセットになってしまう!集中、集中!!)
佳乃は焦燥感に駆られながら、スピードを上げていった。
一方、春樹は角を曲がったところで足を止め、考えていた。
(佳乃、なんか変だったな)
「『体型もろバレ』って、どういうことだろ……?うーん…体育の着替えとか?女子は大変なんだな…」
春樹は先程のスポーツウェア姿の佳乃を思い出した。ストイックに走り込む姿は、何故か記憶の女の子と重なった。
あの時、あの駐車場で誰かに殴られた衝撃で、春樹の頭には、曖昧な記憶だけが残っていた。襲われたという事実と、ピンクのフリルが痛々しいドレス(?)と色気のないシンプルな下着姿の女の子。
「……あの、幻と関係あるのか?」
考えても答えは出ない。春樹は、頭の中の疑問を振り払うように、家路を急いだ。
数日後の日曜日。佳乃が体重計を睨みつけ、太る恐怖に怯えていた。ドロップのお菓子を家族に押し付けようと涙ぐましい努力をしていた一方で、春樹は学校に来ていた。
体育館では、他校のバスケ部を招いて練習試合が行われていた。まだ一年生の春樹は試合には出られないが、玉拾いや点数の記録など、雑務をテキパキとこなしている。
昼食の時間になり、部員みんなが体育館の隅に輪になって集まり、お弁当を広げた。
「なんか最近、変な勧誘が流行ってるらしいぜ」
「知ってる、『世界征服』とか言ってる、怪しい組織だよな」
「今どき世界征服とかマジで草って感じだよな」
そんな他愛のない会話が飛び交う中、春樹は何気なく体育館の入口に視線を向けた。遠目から見てもわかる、異様に目立つ黒いスーツの男が、体育館の影に立っている。
「あれ、向こうの先生かな……?」
春樹はそう思ったが、気味の悪い笑顔が浮かんでいるようにも見えた。
練習試合という事もあり、誰も他校の先生か、あるいは用務員かと気にも留めない。春樹も気のせいだろうと、再び自分の弁当に視線を戻した。
「よし、トイレ行ってくるわ」
昼食を食べ終え、午後からの試合に備えておく。日曜で校舎は空いていないため、春樹は一人、部室棟のトイレへ向かった。
佳乃は日曜日も走り込んでいた。毎日大量のお菓子を摂取しているため、体型を維持するためには仕方がない。何より、強制的に人前で体型を晒すことになるのだ、妥協などできなかった。
いつものランニングコースを走っていると、ふと違和感に気づく。
(あれは…!)
視界に入ったのは、週末の住宅街にはありえない、黒いスーツの集団だった。悪の組織の戦闘員だ。彼らが向かう先に、佳乃は心当たりがあった。
(学校だ!まさか、また誰かを攫いに…!?)
学校へと入り、部室棟へ歩いていく。佳乃も後を追いかけた。男子トイレが騒がしい。
「またお前らかよ!学校にまでくるんじゃねえよ!!」
春樹の声が聞こえ、焦る。襲われてるのは春樹だ!!
男子トイレという事もあって躊躇しているが、佳乃には秘策があった。あの時から考え、用意しておいた装備。これさえあれば。
「ちょっとまったあーー!」
男子トイレのドアを勢いよく開け、怒鳴り込む。黒スーツに押さえつけられた春樹が視界に入った。
黒スーツたちと春樹が顔を向けたそこには、仮面を付けた少女がいた。
「いいか!?こっちを見るなよ!!絶対見るなよ!!」
すぐさま呪文を唱え、変身する。着ていたスポーツウェアは光の粒子となって消え、佳乃を容赦なく下着姿に変える。当然、走り込んでいたのでスポーツ用の下着だ。黒スーツも、春樹も、釘付けだった。
「見るなぁーー!!」
結局、仮面以外は無惨に消え去り、体を隠すように丸まって変身した。あまり意味はないが、とりあえず顔は隠せている。
黒スーツと戦闘になるが、羞恥心を力に変えた佳乃は強い。
バキッ!!ゴスッ!!ゴワンッ!!
瞬く間に黒スーツ達は大量のお菓子に姿を変えたのだった。佳乃は、フリルとリボンが過剰にあしらわれた魔法少女の服に身を包みながら、息を荒げた。
「はぁ……はぁ……」
戦闘は終わった。男子トイレの中は、大量のチロロチョコと、ポテトチョップス、うめぇ棒で埋め尽くされている。トイレに散乱するお菓子、シュールだ…
春樹は呆然と、仮面の少女を見つめていた。その顔は、驚きと、信じられないものを見た困惑で満ちている。仮面を付けているが、その女の子には見覚えがあった。間違いなくーー
「あ、ありがとう、助かったよ。」
「あ、うん、無事でよかった。あの、それと…言いにくいんだけど…その…」
春樹から視線を逸らす仮面の少女。しかし気になるのか、目だけが動き、チラチラと見ているのがわかる。
「なに?」
「えっと、それ、しまってくれるかな…」
春樹は、指を指されて初めて、自分が、用を足す途中に絡まれたことを思い出した。つまり、丸出しだった。
「あっ!!」
慌てて背中を向け、しまい込む。
「ご、ごめん、変なもの見せちゃって…」
「ううん、仕方ないよ」
自分もサービスシーンを披露したことを思い出し、頬を染めるが、仮面がうまく隠してくれていた。
無言の空気は外から聞こえる声に破られた。
「おーい、春樹、まだかー??」
部員だろう、遅くなった春樹を探しに来てくれたのだ。
佳乃は慌てて窓から飛び出していく。
変身したままだが、ここで解除すれば、またしても春樹の前で下着姿になるし、何より、男子トイレに女子がいること自体まずい。部員たちに出くわす前に立ち去る必要があった。仮面の下から覗く佳乃の顔は、羞恥心と焦りが混じり合っていた。
佳乃は、魔法のフライパンを握りしめ、飛び去った。が、窓枠にフリルが引っかかり、顔から地面に激突する。一瞬の間の後、無言で立ち上がり、今度こそ飛び去っていった。
春樹は、夢で見たピンクの幻が、紛れもない現実だったことを悟った。あの時の下着姿と、目の前のフリフリ服が、現実に起こったことだと理解した。
その時、部員たちがトイレに入ってくる。
「なんだこのお菓子の山!?」
「あ、いや、なんかわかんないけど大量に貰った?」
曖昧な春樹の返事に疑問だらけの部員たちだった。
「は?トイレでか?」
「俺もよくわからん…」
春樹の疑問は晴れることはなかった。




