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ショウテン。  作者: みつ
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『グローバリズム、というものに、

いつしか少し懐疑的に、なっていた…。』



 瀬戸内寂聴さんは、

いろいろあって、尼に、なったが、


彼女が残した発言に、

「小説は、孤独でないと書けない。」というのがある。

僕なりに噛み砕いて、それを言い換えるなら、

小説は、和気あいあいとして、書くものでは、ない!と、僕は捉えている…。


僕は、

その一歩先か、一歩後かは、

定かではないか、

小説を書いて公表するなら、

なお、そうする者は孤独に、なるのではないのか…!?、という境地に達していて、

例えば、僕は再三、

「ぼくは、フィクション小説を書きます。

あくまで、フィクションです!」と述べて書き上げた小説を誰かが読んだ時、

その半数くらいが、

「この作者は○×を、バカにしている!」とか、

「○△を、軽視している!!」とか思い考える輩がいて、フィクション小説を

そういう読み方しか出来ない人が少なからずいる…と僕は踏んでいる…。

僕が生きる現実が僕の意に関係なく、

そうであるなら、

漫画に、よくあるが、

死んだ人間が生き返る…とか、

もう、そういった類いのフィクション作品は、いっそ止めた方がいいと僕は思う…。


 僕は自由に書物を読みたくて、先日、紙の本の一冊の短編集を買った。

始めの短編を読んで、読み終わり、

最後に改めて作者名と、その短編の文字数が書いてあったのを僕は見た…。

4.850字であった。

僕が生徒と呼ばれる年端の時、400字詰め原稿用紙は、すごく馴染みがあって、

それに換算すれば、

12枚と、ちょっとである…。

僕は、その短編を始めから、しっかり読んで読み終えて、

その作品で余計な箇所がある、

とも、

もっと長くて良いとも、

まるで思わなかった。


   

   僕のことを、もう少し話そう…。


  僕は今まで物理というのを、ちゃんと誰かに教わったことがなく、

たまたま聴かせてもらったことで、

物を動かす時、それをまずゼロから、

少しでも動かす時に一番、労力が必要である、

みたいなことは、あった…。

 自動車が、そうであるように、マニュアル車は、

いっそく、にそく、さんそく、…とシフトチェンジされて走るが、いっそくで、まず動き出すときに、

一番、パワーが、いる…。


 

 人には、喜怒哀楽があり、どれかが欠落していると、僕は、もう、それは人じゃないのでは…?と思う節があり、

喜びがあるから、

悲しみもあって、

怒ってしまうが、

楽しい時だってある…これらって表裏一体というか、みつに繋がっているという僕の中の認識である…。

僕は個人的に、

怒らないようにありたく、

それって、でも難しくて、

日々、腹が立つことは、何かしらある…

でも、柳のように、それらを流すというか、怒りに振り回されない生活を心がけていた。



 令和七年は、もし昭和が続いていれば、

昭和100年に、あたり、

終戦は昭和20年で平成に変わる前まで、

実史の昭和は、64年まであった。

僕は、それを記憶しており、

昭和、平成、そして令和の今日を生きていた…。


僕はバブル景気というのを我が身をもって、体感したことはないが人生で一度は、そういったことに、あやかりたいというのが本音であり、僕は、そういう男であった…。


  …  … … …

 

 とある連載漫画が、あって、それは完結済みなのであるが僕は、それを読んでから、

ライフというのを深く考えるように、なった…。

その漫画には、様々な登場人物が出る。

その中に、まさしく若者という男性が出ており、

彼は、彼なりに考えて生きていた…。

彼が、ある時、たどり着いた生き(ざま)とは、

『前向きに諦める。』

みたいなことで、

 誰かに、

「それって、やる意味あんの?」

「そんなことして、どうすんの?」

なんて言われても、

彼は、その当時、彼なりに悟っており、

何にでも己が、そこに意味を、

価値を見出だすことが出来れば、

意味は、あるし、

それをしていかないと生活も成立しない…、

だから、とにもかくにも、やらないと…。

みたいなスタンスであった。


あくまで、僕が読んだ漫画内のことで、

その中の登場人物のことである…。



 僕は書店にて最近も啓発本たるものを読むのだが、

『今、あるものに、満足できているか?』と僕に問う教えがあり、

続けて、

『そうでないなら、あなたは、いくら欲しいものが、この先、手に入っても満足できない。』とあった…。

 僕は現状、多くのことに感謝は出来ているが、

己の内なる声に耳を傾けた時、

やはり、『今の僕』には、

まだまだ欲しいものや、

味わいたいと思う体験がある。


   たなぼた、というのがある。

    棚から、ぼた餅、である。


そういうことが、ないかなぁ…!と、

僕は、どこかで思っており、考えていて、

滅多に、そんなことは無い!とも、

分かっていつつも、

そんなことを考えてしまう…。


      だったら、せめて、

  ぼた餅が落ちてきそうな棚の下まで、

   まず自ら移動してみようか……。




  

  

  大御所、と、女性は誰かに言われれば、

「ちょっと!

そうは呼ばないでよ!!」と、

返すのであろうか…?

 大分前の話である…

パーソナリティーが売れっ子、シンガーソングライターの女性であるラジオ番組にて、

1リスナーがハガキを通して彼女に、

「歌詞が生々しいですね…実体験ですか?」

と質問した。

それに対して彼女が、

「わたしは、歌詞を実体験でしか、書けないのは、良くないと思う…。」と答えているのを、

僕はカーラジオで聞いていた。


その、女性シンガーソングライターは、

その時分は、そう思っていたのだろう…

が、『今』は、そうか、

どうかは定かでは、ない…。


 これから語るのは僕の回想を踏まえた、

『今』の僕の思考である…。

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