七、お城の中のゴシップ
食堂で絡まれた日から、一週間ほどが過ぎた。
歌のお陰で、男衆からの評判も良く、嫌なことは言われなくなった。その代わり、お昼と夜の食堂で、歌う羽目になっているけれど。
でも、皆が喜んでくれているから、僕も嬉しい。
「お疲れ、ルスティ。実は私も、毎日楽しみなの」
アイシアはいつも、僕が歌い終わるのを待ってくれている。それから一緒にトレイを受け取って、隣同士で食べる。
マムの作る食事はどれも美味しいから、二人とも夢中で口に運ぶ。会話をしながら、というのは一度もないくらいに。
それを見て、近くの男衆は「もっと食え!」と、隠し持っている非常食をくれたりする。主に干し肉を。これが、絶妙に塩やスパイスが効いていて美味しいのだ。噛めば噛むほど肉の甘味も出て来るし、僕もアイシアも大好物になってしまった。
何なら、僕達に分け与えるために日々持ち歩くようになった。というウワサも聞く。
最初に物凄く嫌われていたのが、ウソみたいだ。だけど、嫌う理由を誰かから聞くことが出来て、納得もした。
「人間はな、戦争狂いなんだよ。人間を好きな魔族は一人もいねぇ。あ、お前だけは別だがな」
人間は、たいして強くないくせに悪知恵があって強欲で、同族間でも戦争を繰り返すし、魔族にも当然ケンカを売ってくる。資源や広い土地、美しい女……奪えるものは何でも奪おうとする野蛮な種族らしい。
そして、たまらなく臭いという。僕も最初に言われたことだ。
魔力の循環が出来ないのか気付かないのか、それなりの魔力を持った者でさえ、循環させていない。そのせいで、体内で腐っているのだという。その匂いは、十数メートル先からでも分かる程で、とてもじゃないが我慢出来ないらしい。
その人間である僕が、陛下に連れて来られたのだから……皆が酷い態度に出るのも、頷けるなと思った。
「今じゃすっかり人気者ね。お陰で私も、干し肉をたくさんもらえて嬉しい」
二人セット。くらいに思われていて、アイシアも僕も、変わらない感じで可愛がられている。
「僕も、アイシアと一緒に食べられて嬉しい」
「フフ。ほんとイイ子よねあなたって。あ、そうだ。シア様があなたを嫌ってる理由、耳にしたわよ」
アイシアは、ウワサ話も大好物だ。
数日前、廊下ですれ違ったシアさんに僕だけが冷たく睨みつけられたのを、アイシアは見逃さなかったのだ。
「何かしたの?」と聞かれ、理由は分からないし最初からそうだったと言うと、「調べてみる!」と張り切っていた。その結果が出たらしい。
「シア様はね、陛下の腹違いの妹君なんだけど、陛下のことを愛していらっしゃるの。まぁ、これは周知の事実だったんだけど」
実る事のない恋愛は逆に燃え上がるから、分かるのよねぇ――と、アイシアはしばらく浸った後に、「その恋敵が、現れたっていうことらしいのよ」と、結論した。
――うん。話が見えない。
「もう! あなたのことよ、ルスティ!」
そう言って僕の背中を、バシッと叩いた。
そしてアイシアは、どう見ても嬉しそうに体をくねらせている。
「なんで……?」
なんで嬉しそうなの。
というか、なぜ僕が? 恋敵にされた?
「だって、そうじゃないルスティ。魔力の高い人間なんて、見つけたら殺せと言った張本人がよ? 連れ帰ってきて、こいつは殺すな、でしょ? こんなに可愛い子だからさ、そういうことに使う――ケホケホ。えっと、じっくり育てて奥さんにするつもりだろうね。って話なのよ!」
さらに背中をバシバシ叩かれた。少し痛い。
「そんなわけ……」
ないと思うけど。
「あるかもしれないじゃない! ま、事実はどうあれ、シア様がそう思っているんだから、あなたは恋敵なのよ」
「なにそれこわい」
「フフフフ。今はね、お城中この話でもちきりだったの。調べるまでもなかったわ」
「もっとこわいよ。シアさんに、誤解だって言いに行こうかな。ていうか、皆そんな目で僕を見てたの?」
余計な軋轢を生みたくない。というか、勝手に敵にしないでほしい。無害なのに。
そもそも僕は――いや、これはややこしい話になる。
「だめ! だめよダメダメ。殺されちゃうかもしれないわよ? ていうか、様をつけなさい、様を!」
「あ……うん、シア様」
「まぁ、皆はヘンな目で見たりはしていないと思うわ。でないと干し肉なんてくれないし。ウワサはウワサとして楽しんでるだけよ。お城はタイクツだもの」
「それなら……まぁ、いっか。いやでも、シア様に殺されたり……そこまでしないでしょ?」
どちらかというと、僕を拒絶してる感じで、直接何かするようには思わなかった。
「……うーん。でもねぇ……」
「ヤバい人なの?」
僕は人を見る目がないから、殺意とかを見逃しているのだろうか。
いや、まさか……。
「ううん。もう少し、この状況を楽しみたい、みたいな?」
「ちょっと! アイシア!」
「アハハハハ! ウソウソごめんごめん。行くなら一緒に行ってあげる。でも、私も怖いから心の準備をさせて」
たしかに、怖い感じはある。
「わかった。僕もアイシアと一緒だと心強いし。お願い」
あの強面のヒゲ男に向かっていけるアイシアだから、きっとシア様にも、きっちりと誤解だと言ってくれるはず。もちろん、自分でもちゃんと説明するつもりだけど。
それにしても、そんなことになっていたとは。
そういえば昔も、勝手に嫌われたりしていたなぁ。実の親に。
でも、あそこまで毒でしかない人も、そうはいないだろう。
そう、ここの人達は人間ではなくて、魔族だしね。根はいい人ばかりだし、シア様もきっといい人に違いない。話せば分かってくれるはずだ。
――なんて、思っていたのだけど。
その日の午後の仕事が終わった夕食時に、陛下が大食堂にやって来た。
「ルスティ。明日から午後の仕事は無しだ。代わりに力の使い方を教える。昼メシを食ったらすぐに、あの訓練場に来い。我を待たせるなよ?」
「ふぇ?」
マムの美味しいごはんを口いっぱいに頬張った瞬間だったので、頑張っても変な声しか出せなかった。
必死でもう一度返事をしようとモグモグしていると、陛下は呆れた顔で霧の中に消えた。
「ん、んぐぅ!」
「ルスティ。水みず!」
のどが詰まりそうになっているのを見て、アイシアはすかさず水を渡してくれた。
「――っは! 今の、途中から味がしなかった……もったいない……」
「そんなこと言ってる場合? のんきねぇ、あなたは。陛下直々のご指導よ? これは……ひと波乱あるわね」
アイシアはブラウンの瞳をキラリとさせて、心底から楽しそうだった。
陛下と僕が絡む事柄には、つまりはシア様の恋心が絡んでくる。そのくらいは僕にも理解出来た。
「アイシア……一緒に、シア様のところに行ってくれる約束……」
覚えてるよね?
「え? ああ~。あれね。うん、覚えているわよちゃんと。でも、もう少しほら、タイミングを見ないと」
「えぇー? 楽しんでない?」
「いい? ルスティ。何事にも、ここだというタイミングが必要なの。わかる?」
アイシアは急に真顔になって、僕の両方のほっぺをしっかりと押さえた。そのせいでくちびるが、むにゅっと変な形に押し出される。
――少しひんやりとした、細くて可愛い手だ。
いや、そんなことを思っている場合だろうか。
「これは試練なの。シア様とあなたにとっての。だから、もう少し様子を見ましょう」
何言ってんだこの子は……。
「あいひあ、ひゃうぇいにくい」
「あなたが分かったと言うまで、離さないわ」
ダメだ。これ、他の誰かに何か言われてるやつだ。
楽しそうなことになったら、盛り上がるように何とかしろ、みたいなことを。
とりあえず言っても無駄だと思ったので、僕はコクコクと小さく頷いた。
すると彼女の頬が、にへら~っと緩む。
これは……。
つまりはたぶん、シア様は直接手を下すような、恐ろしい人ではないのだろう。このまま、皆のゴシップネタに貢献していても大丈夫そうだ。
まずは一安心、といったところだけど。
それにしても、僕を売るだなんて。
アイシアは意外と、ちゃっかりしているというか楽しいことに目が無いというか、油断ならない子だというのが分かった。
いや、兄弟姉妹でよくあるあれだ。妹で遊ぶ感じなのかもしれない。
そう思うと、かなりしっくりとくる。
――しょうがないなぁ。まったく。
元大人の僕としては、甘んじて受け入れることにしよう。