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五、大食堂


 翌日から、掃除の仕事をさせてもらえるようになった。

 させられる、などと考えるよりも、僕もこの世界で働けるのが嬉しかった。


 最初はお城の外回り。広場だと思っていた昨日の場所は訓練場で、そこを含めた広大な土地を、手分けして綺麗にしていく。

 落ち葉集めはすぐに慣れた。一度覚えたことは、問題なく出来るらしい。


 でも、伸びた雑草の処理は、少しコツが必要だった。出ている部分を直接、燃やしていく。

 集めたものを一気に燃やすわけではなく、一つ一つに意識を向けないといけないので、骨が折れる。手で抜いてから集めた方が楽だろうか? と思ってやってみたけれど、どちらも結局は大変だった。


 ただ、腰を屈めなくていいから、燃やす方が少し楽かもしれない。

 教わるやり方には、意味があるのだなと納得した。


「ルスティ! 一旦休憩だよ! お昼ご飯食べに行こう!」


 声を掛けてくれたのは、僕の指導係のアイシアだ。

 人懐っこい笑顔が可愛いし、人間の僕にも優しい。年は十五歳前後だろうか。

 茶色の髪と瞳で、左に小さな泣き黒子がある。メイドカチューシャが階級を示しているらしく、彼女は白無地の下女。とだけ教えてくれた。他の階級も気になるけど、気にしても意味がないよと言われた。下の者が上になることは、ほとんどないから、と。


『つまり、何か刺繍がある人には逆らわないこと。この一つだけ覚えておくんだよ』


 と言われた。

 僕はそれさえない、見習いだ。長い髪が邪魔にならないよう、アイシアがお揃いのポニーテールに結んでくれた。


「今日のお昼は何かな~」


 アイシアは、食べるのが大好きらしい。というか、他に楽しみが無いのだとか。

 仕事の縫い物を楽しむ人もいるらしいけど、向いていないの、と笑った。


「食堂のごはん、おいしいの?」

 僕は昨日も分けてもらった、陛下の食事を思い出していた。あんなご馳走ではないのは、確実だ。


「おいしぃよ~! 料理長のマムはね、すっごい料理上手なの! でも、怒るとすっっっごい、怖いから」


 だから、粗相をしないように。という意味だろうウィンクを、微笑みと一緒に投げられた。

 僕はもちろん、隅っこで、大人しく食べようと心に誓った。



  **



 大食堂は、ごった返していた。

 女性だけの別区画を使えるのは、メイドカチューシャに刺繍入りの人達だけらしく、僕とアイシアは男衆に混じって座らなくてはいけなかった。


 怒ると怖いというマムは見るまでもなく忙しそうで、すぐにそれがマムだと分かった。受け取りカウンターから見える厨房で、鬼の形相で鍋を振っているから。

 女性にしては体格が良くて、強そう、というのが第一印象だ。


 今日のお昼はたぶん、焼き飯みたいなものだろう。それと透明のスープ。彼女は休みなく、大きな鉄鍋を振るってご飯を炒めている。

 これはやっぱりお米なんだろうな。


 トレイに置かれた焼き飯を感慨深く見ていると、厨房で働く他のメイドさんから「受け取ったら早く進んで!」と檄を飛ばされた。アイシアも、早くこっちにおいでと手招きしていた。僕はどうも、のんびりし過ぎているらしい。


「適当に、空いてるとこに座るんだよ」と、アイシア。


 隅っこの席は、やはりそういう場所が好きな人が居て、四隅と壁際はどこも埋まっている。空いているのは真ん中の方だけだったので、二人並んでそこに座った。


 出来れば目立たない場所がいいなと思ったのは、僕がコミュ症だからというだけではない。

 年頃のメイド達は、ともすればそういう対象にも見られるようで、絡まれても無視するように聞いていたけれど……。


「お前が新入りか! 陛下が攫ってきたって? まだクソガキじゃねぇか!」


 どっちにしても、絡まれてしまった。

 体も声も大きい、肉厚のゴリゴリマッチョ。シャツを着ているけど、パツパツで窮屈そうだ。そして、モミアゲと繋がったヒゲが怖い。鋭い目つきも、もちろん怖い。戦士だか騎士だか分からないけど、腰には剣も下げている。


 アイシアが睨みつけてくれているけど、この男は全く意に介していない。

「てか、人間みてぇな臭ぇやつが、なんで俺達の食堂に居るんだぁ?」

 大きな髭面を、僕に噛みつくつもりかというくらいに、近付けてくる。

「あーくっせえ! クセェなぁ、おい! 食欲が失せるから出て行け!」

 めちゃくちゃ凄まれている。


 この恐怖感は、直接された人にしか分からないだろう。体が芯から震えてしまって、声も出ない。「やめてください」の、ひと言。たったのひと言が、喉の奥にぎゅっと詰まってしまう。


「や、やめなさいよ! 陛下に言いつけるわよ! それにルスティは臭くないわ! 人間でもいい匂いなんだから!」

 アイシアが、机をバンと叩き立ち上がってくれた。必死で追い払おうと、食らい付いてくれている。


「あぁ? 下女が俺にたてついてんじゃねぇ。失せろ」


 アイシアまで凄まれてしまった。

 僕は情けないことに、元が男であっても、こういうのにはからっきしだった。どう対処すればいいのか、全く分からない。

 いや、魔法が使えるじゃないか。

 ――でも。本気で撃つと、この食堂が吹き飛んでしまう。


「だ……誰か助けてよ! 見て見ぬフリしてないでさぁ!」

 アイシアは負けていなかった。しかも、僕と男の間に割り込んできて、盾になってくれた。

 僕も女の子に頼り切っていないで、自分でなんとかしないと!


「ぼ、僕が気に入らないなら、出て行きますから! アイシアには何もしないでください!」

 出せた! 声を、振り絞ってちゃんと言い返せた!


「ぼくがでていきますからぁ。だってよ! グハハハハハ! お可愛い声じゃねぇか! もっと泣き喚いたら許してやる!」

「やめなさいよ! 男のくせに、こんな小さい子をいじめるなんて情けないと思わないんだ!」

「ア、アイシア。も、もういいから、僕が出て行くから」


 僕を庇い続けてくれるアイシアの、袖を引っ張った。これ以上は、本当に殴ってくるかもしれない。こんな筋肉男の力でされたら、軽くはたかれただけでも怪我をする。

 そこに、外野からもヤジが飛んできた。ただ、僕達の味方というわけではない。


「おいクソガキ! 何かしてみせろ! 俺達を楽しませるんだ! そうしたらここで食ってもいい!」


「何様なのよ! あんたが何かすればいいじゃない!」

 その声の方にも、アイシアは反撃してくれた。


 でも、周りはもう、こちらに注目している。全員が僕を敵のように見ていて、鼻をつまんで手を払うジェスチャーをしている人も、沢山居る。

 こうなってしまったら、僕が何かするしか、逃がしてくれそうもない。

 その覚悟を決めた時に、ふと、陛下が僕の歌を気に入ってくれたのを思い出した。


「う……歌います。ちょっとですけど。歌います!」


「あぁ? 歌だぁ?」

「いいじゃねぇか! 歌わせろ!」

「歌え歌え! 下手くそだったらつまみ出してやる!」


 ヤジが止まらない。男どもの身勝手な、そして恐ろしい圧で身がすくむ。


「ルスティ。そんなことしなくていいから。もう出よう」

「ううん。ここで逃げたら、もうずっと、ここでご飯が食べられなくなる。アイシアも目をつけられちゃったし」

「私はいいから!」

「……だめだよ。それに、僕を庇ってくれて、嬉しかったから。僕も戦う」


 元はと言えば、人間なのに、僕がここに居るせいだ。


「今から歌うので! 静かにしてください!」

 ヤジの合唱の前では、僕の声はかき消えてしまう。まずは黙ってもらわないと。


「おうおう! いっちょ前に、静かに聞けだとよ!」

「いい度胸だ! 聞かせてもらうじゃねぇか!」


 すると十秒もしないうちに、うるさかったヤジも、その周りの喧騒も消えた。

 マムが振るう鉄鍋の音と、厨房で作業している食器の音だけになった。


「い、いきます……」


 そして歌った。心臓の鼓動が早くて、大きくて、手も足も震えたままだけど。

 陛下に歌った、切ない歌を。


 戦士が傷付き倒れても、その物語は語られ紡がれていく――そういう歌詞の、物寂しい歌。


 一応は、思いを込めた。

 その曲に込められた想いには、届かないかもしれないけれど。


「…………いい歌じゃねぇか」


 終わったという合図に、一礼した時だった。

 近くから、その声が聞こえた。

 すると、方々から拍手が起こり始めた。


「いい歌を歌うじゃねぇか!」


 皆の態度が、一変したのが雰囲気で伝わってきた。

 何よりも、僕に絡んできた男が、涙を流している。

 申し訳ないけれど、似合わなさ過ぎて、ちょっと引いてしまった。


「かぁ~~~っ! い~ぃ歌だ! それにいい声だ。よし、駄賃をやる!」


 そう言って手に渡されたのは、コゲパンだった。

 というか、その変わりようは何なんだろう。でも、あんな風に絡まれるよりはいい。


「あ、ありがとう」

「なんだテメェ、パンをやるならハムくらい乗っけてやれよ! しゃーねぇ、このハムやるよ!」

「おいおい! ちまちま乗っけてねぇで肉だ! もっと肉を食わせてやれ!」

「そーいやぁガキ、お前、ガリガリ過ぎだろ! もっと食え!」

「おぉい! マム! このクソガキに肉をやってくれ! 卵もだ!」


「あ、あの……」

 そんなに食べられないよ。


 というか、今度は皆に取り囲まれてしまって、身動きが取れない。

 アイシアも困惑して、棒立ちになっている。

 そして、彼女のトレイにも、どんどんお肉系のものが置かれていく。


「マム! いい肉を食わせてやれ! こいつは細すぎる!」


 貢ぎ物が、終わらない。


「あんたらの晩メシから引いとくからね!」

 厨房から、怒ってはいない様子だけれど、怒声のような響きが返された。


「そりゃぁねぇよマムゥゥ!」

「うるさいね! 仕事増やすんじゃないよ!」

 これは怒声だった。


「お~~こぇぇ。でもほら、たっぷり貰ってきてやったぞ。食え食え! たんまり食え!」

 別のゴツイ人が、いつの間にか運んできてくれた。


「わ、ほんとに、食べきれないから……」

「食えなくても食え! ガキは常に何か食っとけ!」


 さっきまでのは、一体何だったんだ。と、思いたくもなる。

 だけど今のこの人達は、気の良いオッサンだ……。


「あ、あの、これから仕事もあるので、こんなには……」


 どちらにしても、困った。

 そんな風にわやくちゃにされていると、見かねたのだろう。階級の高いメイドさんが数人来て、「あなた達は極端なんです! うちのが困ってるでしょう!」と、散らしてくれた。


 そして慣れた手つきで、引くほど山盛りにされたお肉たちを、小分けにして油紙に包んでいく。

 ものの数分で全てを包み終えると、それらを二つの大きな布にまとめてくれた。


「あなた達二人で分けるといいわ。サボらない程度になら、仕事の合間につまんでもいい。こっちは足が速いから今日中に。他は一週間ほど大丈夫なものばかりだから」

 テキパキと指示もしてくれて、ずっしりとしたそれを渡された。


「さ。あなた達は外回りでしょ。早く食べてしまいなさい」


 焼き飯は少し冷めてしまっていたけれど、ようやく落ち着いて食べられそうだ。

 男衆はというと、大人しくなって、こちらにはあまり視線を送らないように、ひっそりとしていた。


 大人になったら、やっぱり女性の方が強いのだろうか。

 もしくは、階級が関係しているのかもしれないけれど。

 とりあえず、僕は彼らに認めてもらえたようで、安心した。

 一時はどうなることかと思ったけれど。


 それから、アイシアには、ずっとついていこうと心に決めた。今日出会ったばかりの僕を、必死で庇ってくれたのだから。あんなに恐ろしい男衆から、身を挺してまで。

 彼女が困っていたら、僕も真っ先に助けたい。


 ――そんな人に出会えて、僕は幸せ者だ。



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