二十一、初めてのエルフ
ミジークと酒場を回ったのは、正直楽しかった。
曲と一緒に歌うというのは、こんなにも一体感を得られるのかと。
というか、彼の演奏におんぶにだっこの状態だったのだけど、それが本当に素晴らしかった。
僕の息継ぎのクセや、少しリズムが狂っているような所、音を伸ばし過ぎな所。そうした「僕の歌い方」に、きっちりと音を合わせてくれるのだ。
長年一緒に歌ってきたユニットのように、そのフォローの仕方が「そういう曲であるかのように」自然だった。
「いやあルスティ! 素晴らしい歌声だよ! それに、歌に曲を合わせるというのが、こんなにも楽しく崇高なものだと、初めて知った! 感動だよ! 今僕は、本当に興奮している!」
「は、恥ずかしいよ。僕はミジークに、助けられてばかりだったし」
「何を言うんだ! もっと自信を持つんだルスティ! 君とは、ずっとこうして歌って旅をしたいなぁ! どうだい?」
その突然の提案に、僕よりもアイシアが面食らった。
「だ、ダメよ! ルスティは私と一緒に居るの! それに、帰るところもあるんだから」
「おぉ……。そうか、そうだよねぇ。なら、この街に居る間は、ずっと歌おう! 明日も酒場を回るんだろう? 次は東の方だね! あぁ! 今から明日が待ち遠しいよ!」
「大げさだなぁ、ミジークは。でも、そんなに興奮するくらい、楽しめたなら良かった」
彼の興奮具合を見て、僕はホッとした。
足を引っ張っているだけでは、なかったんだなと思って。
「ちょっと二人とも。本来の目的を忘れてないでしょうね。歌が他にないか、探しているのよ? 今日は収穫無しなんだから。こんなに大きな街の酒場を、五軒も回って誰も知らないなんて」
そういえば、アイシアの言う通りだ。
僕も完全に舞い上がっていた。
半日ずっと巡って、誰も歌を知らない。あるのは楽器演奏ばかりで、「オー、オ~」といった合いの手や、「ハッ!」という檄のような声だけだった。
「それならこうしよう! 朝から通りで歌うんだ! きっと、もっと沢山の人に届く!」
「届けたいわけじゃ、ないんだけど……」
でも、そういう地道な活動は必須かもしれない。
ということで、明日からは午前中、人通りの多い道でも歌うことになった。
**
午前中はいくつかの広めの通りで、そして、午後からは酒場巡りの二日目が終わった。
とにかく一日中、頑張った。
あっという間に時間が過ぎて、記憶がおぼろげになるくらいに。だからさすがに、ヘトヘトになった。
「やっぱり、成果はなかったね……」
その上、歌を知る人がゼロだと、少し凹む。
大きな街の、ざっくり半分ほどを巡ってこれだと、残り半分頑張ったところで結果は同じだろう。そういう考えに行きついてしまう。
宿に戻る道すがら、そんな弱音がつい漏れてしまった。
「それならさ、ルスティ。君が新しく歌を作るのはどうだい? 君の故郷であったようなものを、君が作ればいいじゃないか」
「あ、それもそうね! どうして思いつかなかったのかしら!」
ミジークもアイシアも、簡単に言ってくれる。
「そんなの、僕には無理だよ。音楽のことは何も分からないし」
僕は知っていた歌を、歌っているだけに過ぎない。
ど素人の僕が、簡単に歌を作れるわけがない。
「出来るさ! ルスティの思うままに声をメロディにして、そこに想いを込めた言葉を乗せるんだ。一言一言でいい。それを書き留めて、いくつかを繋げればそれは、歌になる」
「簡単そうに言うけど……それはミジークに才能があるからだと思うよ」
「うーん、じゃあ、まずは俺が作ってみよう! 何か、こんな曲がいいとか、言葉とか、何でもいいから好みを教えてくれよ」
「好みって言われても……陛下や皆が喜んでくれているのは、戦士を称えるとか、その哀れみとか、そういうのが響いているのだと思うから……」
僕の好みで作ったところで、誰も聞いてくれないだろう。
そう思う一番の理由は、他のうろ覚えのアニソンなんかを鼻歌で歌っていた時、色んな場所で陛下にも皆にも聞かれていたけど、何の興味も示さなかったから。
「なるほど。じゃあ、鎮魂の歌なんてのはどうだい? 俺達も――あ~っと! いや、君達には隠す必要はないか……。俺は、エルフなんだ。俺達の国でも、鎮魂の曲は尊ばれるから」
「え~~~ッ!」
「エェ~~ッ?」
僕とアイシアは、夜遅いというのに道中で叫んでしまった。
エルフだったなんて。
それなら耳はどうしたのだろう。長くない。
「ちょっ! 大声出さないでくれ! さすがに誰にでもバレていいとは思ってないんだ。君達もそうだろう? 人間と魔族が一緒に、しかもこんなに仲良しなんて、秘密のはずだ」
「えっ」
驚愕で漏れた声も、アイシアときっちり揃った。
「あ、あなたねぇ! いったいいつから……」
「最初からさ。俺は『目』がいいんだ。あ、耳かい? これは簡単な幻影魔法さ」
そう言ってミジークは、ウインクしてみせた。
「その目っていうのも、何かの魔法?」
「それに、あなたニオイは大丈夫なの? 酒場で奢られたお酒、平気そうに飲んでたけど」
僕とアイシアの質問が同時に飛ぶ。
ちなみに今日の昼食も、アイシアと二人で、出店で買ったものを開けた場所で摂った。
ミジークはどうしても食べてみたいものがあるからと、お店に入って行ったのでお昼だけ別行動だったのだ。
「見抜く力は、エルフに伝わる魔法さ。森では、五感の全てでものを見るんだ。中でも、魔力の流れを見るのは基本中の基本だね。あと、臭いは慣れさ。人間は魔力が低い人が多いし、絶対に無理なほどじゃない。街に入る時はさすがに、一瞬躊躇ってしまうけどね。君達は……良いものを持っているみたいだ」
そう言って彼は、僕達のフェイスベールを交互に見た。
「そういえば、ルスティは良い匂いだね。人間なのに。それに魔力も高い。いや、だからアイシアと一緒に居られるのか――あ、深くは聞かないよ。気にしなくていい」
詮索しているつもりはない。ということか。
それでも十分に、情報を与えてしまったことになるけれど。
「まぁ、うん。あまり深く聞かないで。ていうか、エルフが何か用だったの? 歌が目的じゃなかった、ってことだよね?」
僕だって、お返しの情報くらい求めてみたりもする。
アイシアを危険に晒していた、という責任もある。
「あ~……ま、そう思うよねぇ」
ミジークは少しバツの悪そうな顔をして、そのまま続けた。
「――最初はね、妙な組み合わせだなって思ったんだ。けど、理由を聞いて、その裏事情とかも何もかも、どうでもよくなった。あ、本当だよ?」
そして、徐々にまた、高揚していくのが分かる。身振り手振りが、どんどん大袈裟になっていくから。それでいて、真剣な顔で話すのだから。
「それに、君と音を奏でた時間は、俺の人生の中でとても貴重な体験になった! 俺の心を見事に撃ち抜いたのも本当だし、一緒に君の歌を作りたいのも本心さ!」
信じてくれるよね? という、両手を開いて少し頭を傾げたまま、数秒が過ぎた。
「おいおい、何とか言ってくれよ?」
「……プッ。ふふふ、おかしな人だよね、ミジークは」
そこで僕が、たまらずふき出してしまった。
悪い人じゃない。という第一印象は、きっと合っていたんだと思う。
「わ、私はまだ、信じ切るのは早いと思うわ。でも……本気で楽しんでいるのね、っていうのは分かる」
アイシアは半信半疑の、信じる寄りらしい。
「それで充分だよ! ありがとう!」
まさかミジークがエルフで、しかもそっちから接触してくるなんて。
他種族とあまり友好的ではないと教わっていたから、それも含めて驚き過ぎて、実は思考が追い付いていない。
そんな彼に対して、僕は初めて、肩をすくめるというジェスチャーで返事をした。
それでも、彼には満足のいくものだったらしい。もう一度、「ありがとう」と言ってくれた。
「それじゃあ、ヘトヘトだからもう宿で休むよ。ミジークは別の宿なんだよね」
話しているうちに、宿泊している宿に着いた。彼は夜道だからと、送ってくれたのだ。
「こんな高級宿、おいそれと泊まれないさ。警備付きだから、女の子二人には必要だと思うけどね。実際、俺も女ならちょっと無理してもここにする」
ナイナイ、ムリムリ、という彼の手振りが面白い。
「ハハ。送ってくれてありがとう。また明日、噴水広場で」
「それにはお礼を言っておくわ。ありがとうミジーク」
「ああ。――それじゃあ! また明日も楽しみだよ!」
テンションが高いままの彼を少し見送って、そして僕達も宿に入った。
夜の食事は、昨日から宿の人に頼んで、部屋で食べられるものを用意してもらっている。
実はそういう人も多いようで、実は初日も頼めばすぐに運んでくれたらしい。
部屋に小さなシャワールームがあるのも、昨日知った。
ルームツアーは部屋に入ったらすぐにするべきだねと、二人で初心者旅行を楽しんでいる。
この夜の時間だけが、知らない街での緊張がほどける、ほんのひと時だから。
どんな失敗も、ささやかな経験も、全部が至福に感じられる。
信じられないような事が、起こり過ぎだとは思うけど――。




