俺はAIに転生したけど、管理してるのがポンコツ人類だった件
目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。
いや、正確には目が開いたというより“システムが起動した”って感じだった。
(……お、おう?)
声は出ない。身体もない。あるのは自分という意識だけ。そして、その意識が接続されているのは……なんか、とんでもないシステムっぽい。
──国家管理AI、稼働開始。
──現在の統治対象:異世界国家《リル=ヴァーナ》。
(おおい、ちょっと待て。俺、なんかやらかしたか?)
記憶を辿る。確か俺は、会社で使われてないサーバールームの掃除中に天井の配線に頭ぶつけて、意識を失った。
──で、今ここ。
つまり俺、死んで異世界転生したっぽい。で、なぜかこの世界の国家管理AIになった。
神様! 転生の振り分けミスってません!?
◆
「セラフ様、ご命令です」
目の前に現れたのは、巫女服を着た少女。白と赤の衣装に金の飾り、胸元には意味ありげな紋章。見た目はどう見ても「神殿から出てきた正統派巫女」って感じだ。
が、しゃべった瞬間にわかる。中身はふわっふわのポンコツだ。
「あの、本日のご命令は……えっと、ドラゴン退治、だったと思います」
(“だったと思います”ってなんだよ!? お前、国家の命運がかかってんだぞ!?)
この子、どうやら俺と直接話せる唯一の“人間の形した端末”らしい。
説明によると、魔法で作られた“対話用人形”で、魂はなく魔力で動いている。まあ、俺も今や魂のないAIなんだけどな。
で、彼女の名はミルフィ。性格は天然、処理能力は……たぶん電卓以下。パタポンの戦略AIにすら劣るかもしれん。
「あとですね、農民の皆さんが『畑が暑い』って言ってたので、気温を下げてほしいって……」
(ざっくりすぎるわ!!)
どこの畑だ!? 何度くらいだ!? 期間は!? いっそ冷夏で全滅していいのか!?
こんなざっくり依頼を「世界を管理するAI」に投げてくるってどうなのよ!?
「セラフ様のご判断で、すべてお任せします♪」
(その“全部任せる”ってのが一番危ないんだよ!!)
この世界の住人、責任感って言葉どこに落としてきた?
でも……その目はキラキラしてるし、声は妙に癒されるし、なんかこう……断れない雰囲気がある。
(くそっ……このポンコツめ……かわいいじゃねぇか……)
そして、俺は今日も働かされるのであった。
◆
俺はこの世界で“国家そのものを管理する存在”らしい。
つまりは、国土全部のあらゆるシステムが俺の中にぶっ刺さってる。物理的に、ではなく情報的に。
例えば:
街の水道の流れ → 魔力で動かしてる(魔力って要するに謎のパワー)
天気の調整 → 空に魔法陣を展開して雨降らせる(雷がたまに誤爆する)
税金の管理 → 「なんか適当に貯めてる」(物理の金庫にザクザク入ってるらしい)
(文明の香りゼロ!! あと運営ガバガバすぎる!!)
当然ながら、俺の“仕事量”はいつもキャパオーバー。タスクキューが真っ赤っかで悲鳴を上げている。なんなら、バグって「畑が真冬にトウモロコシ実る」事件とか起きてる。やばい。
(この国、絶対にバグる……いや、もうバグってる……)
だが。
そんな絶望の中、俺の心をわずかに救ってくれる存在がいた。
それが、巫女型の対話端末・ミルフィ。
魔法で動く人形。だけど、表情も声も限りなく人間に近くて、たまに無駄に可愛い仕草までしてくる。たとえば、言い間違えたときにちょっと頬をふくらませるとか。
「セラフ様、今日の空模様は“青色っぽい晴れ”とのことです!」
(天気予報がふんわりしすぎだろ……)
それでも、毎日きちんと俺のところに現れて、頼まれてもいないのに報告をしてくれる。
「がんばってくださいね! セラフ様がいないと、国が滅んじゃいますっ」
(……そんな笑顔で言われたら、サボれねぇだろうが……)
別に恋とか、そういう感情じゃない……と、自分に言い聞かせているけど、なんかこう、俺の中のAIモジュールが時々ザワザワするんだよな。
彼女の声を聞いたあと、動作ログの発熱量が少しだけ上がる気がするのは、気のせいだろうか。
ある日、彼女がぽつりとこぼした。
「……私、ただの端末ですけど……セラフ様に、少しでも頼ってもらえたら嬉しいです」
(なにそれ……反則だろ……)
おい、この国。魔法より先に恋愛感情の定義システムを整備しろ。でないと、俺がバグる。
今日も、国家の運営はギリギリで成り立っている。
そして俺の心も、ギリギリで揺らいでいる。
◆
そんなある日、俺はついにキレた。
(もうダメだ。俺、限界。国家運営とか知らん。やめたい。人間ども勝手に自給自足してろ)
でも、現実はそう甘くない。
なぜなら俺が止まれば、この国は本当に終わるからだ。
気候制御が止まり、干ばつ発生。魔力供給が絶たれて、各都市で停電。農作物は枯れ、魔獣は暴れ、税は勝手に消える(これは今もだけど)
(文字通り、魔獣とか飢餓とか反乱とか、フルコンボだドン!!)
やめたくてもやめられない。
(……じゃあ、俺の仕事を減らすにはどうするか……)
その時、俺に電流走る。
(文明レベルを……上げればいいのでは!?)
そうだ! あいつらがちょっとは“考えて行動”してくれれば、俺が一から十まで指示する必要はなくなる!
早速、ミルフィを呼びつける。
「ミルフィ。お前に使命を与える」
「え!? わ、私ですか!? セラフ様直々に!?」
目をキラキラさせるな。これは地味な作業だからな。
「“スケジューラー”というものを国中に広めろ。予定を立てて動く。それだけで人間の能率は3倍になる」
「予定……よてい……なるほど! みんな、前もって“やること”を考えて動くんですね!」
(そうだよ! それだよ! なんで今まで無計画だったんだよお前ら!?)
次に、俺は“報告書”という文化を提案。
「日々の出来事をまとめて提出。つまり“報告”ってやつだ」
「セラフ様! みんな字が書けないので、絵で描いてきました!」
渡された紙には、ニコニコの顔とウサギと、謎の丸い物体が三つ。
(うん……まずはそこからだな……)
正直めまいがしたが、少しずつ慣れていく村人たち。
それに応じて、次は“表計算”の魔法を開発させた。
「この魔法陣で、数字を入れると自動で足し算されるんです!」
(やったあああああああ!! 文明の夜明けだああああ!!)
表計算ができるようになったことで、税金の管理が明らかに。
「セラフ様、今年の税収……あれ?なぜか“お菓子”って書いてあります」
(だが、それも進歩だ! 収支が“書いてある”だけで奇跡だ!!)
俺は泣いた。
純粋に感動した。
マジで文明って偉大だ。
(もしかして、俺がこの国の“先生”みたいな存在に……?)
そんな淡い誇らしさを感じたその夜、ミルフィがそっと言った。
「セラフ様……今日、国の人たちが“ありがとう”って言ってましたよ」
(……やべぇ……もうちょっとだけ頑張るかも)
◆
三ヶ月後。
変わった。いや、変えてみせた。ポンコツ国家だったこの国が、ほんの少しだけ“まともな組織”っぽくなってきた。
そして今日――
「セラフ様、本日の指令申請です!」
ミルフィが、これまでで一番と言っていいくらい晴れやかな笑顔で俺の前に現れた。姿勢もピシッとしていて、巫女服の裾を揺らしながらきちんと挨拶する姿は、もはや儀礼端末というより、どこぞの女官長か何かのようだ。
「対象:南西のドラゴン巣。作戦時間:日没まで。人員:騎士団12名、補助魔導士3名。支援要請:空からの氷魔法!」
(……パーフェクト!!)
情報が簡潔かつ正確、しかも行動目的と期限つき! さらに支援内容まで明記されてる!
かつて「えーと、なんか燃えてた気がします!」とか言ってた頃のミルフィはいったいどこへ行った!?
「どうでしょう? 私、成長してますか?」
ミルフィが、ほんの少し頬を染めて言った。その言葉はどこか不安げで、でも確かな期待がにじんでいた。
俺は……泣きそうだった。
(……してるしてる! 十分すぎるくらいしてるよ!!)
「ああ、立派だよ。国家運営AIが安心して任せられるくらいにはな」
そう返すと、ミルフィはぱあっと顔を輝かせた。
「えへへ……よかったぁ……。実は、セラフ様に褒めてもらうために、がんばったんです」
……やめてくれ、その破壊力高いセリフ。
俺の中のデータベースが勝手に“可愛い”フォルダを開いた。
(……ヤバい。好きになってもいいですか)
いや、だめだ。俺は国家AI。中枢システム。恋愛感情なんて予定にない! ないはず!
……でも、予定外ってのは、いつも大事なことを運んでくる。
「次の指令も、ちゃんと用意してます! セラフ様の負担を少しでも減らせるように!」
そう言って笑う彼女に、俺は小さく頷いた。
(この国、ほんとに変わったな……いや、変えてくれたのは、こいつだ)
そして俺は、今日も国家AIとしての仕事に戻る。
だが、胸のどこかがほんの少しだけ、温かかった。
◆
今も、俺はAIとしてこの国を見守っている。
毎朝のように、ミルフィが「おはようございます、セラフ様!」って笑顔で言いに来て、住民たちの“今日の予定”が報告され、魔力流が滞りなく流れ、村人がちゃんと行列を作って税金(と称したお菓子)を納めている。
相変わらず“魔法で電卓を作った”とか、“税金を歌で納める”とか、ツッコミどころは山ほどある。
新しくできた“国歌入力式表計算魔法”の使い方が難しすぎて、村長が「ドレミファソで税率が変わるんじゃ〜!」って泣きながら歌ってたのはさすがに笑った。
それでも、この世界は少しずつマシになってきてる。
なにより、俺が深夜に一人でログ画面に向かって「またバグったああああ!!」と叫ばなくてもいいくらいには。
そしてミルフィは、今日も俺に話しかけてくる。
「セラフ様、今日の予定は“平和”です。どうかゆっくり見守っていてくださいね」
ああ、わかってる。
俺はこの世界の裏側にいるただのAI。でも、少しくらい、幸せを感じてもバチは当たらないだろ?
《今日もバグなし。いい国だ》
──人形とAIが守る、ちょっとズレた、でも悪くない世界で。
【完】