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77話「涙のあと」

 夕日と夜の闇がせめぎ合う、その隙間の時間。

 兵舎へと続く三叉路、その脇にある高い広場。


 街を一望できるその場所で、アリーシアスはベンチに脚を抱えて座っていた。


 啜り泣く声は、抱(だ)き抱(かか)えられた脚に閉ざされるように消えていく。


(わたし……最低だ……)


 アリーシアスは自己嫌悪していた。


 自分の感情を通すために、咄嗟に出た言葉。

 それは今まで彼を擁護してきた、自分自身の言葉すべてを否定するものに他ならなかった。


 しかし、それ以上に、その言葉を言うために彼女はレイディルを引き合いに出した。

 利用しようとしたのである。


(最低で……最悪な言葉……)


 しかも、扉の向こうには彼がいることも知っていた。


 わたしは彼が、悩み苦しんでいたことを知っている。

 今頃、レイディル(彼)は、どんな顔をしているだろう。

 許される言葉ではない。


 その思いが、彼女の頭の中を何度も巡った。


「……うっ……っ……」


 声にならない声。

 彼女の喉から、自然と嗚咽がこぼれた。




 夕日は地に落ち、闇が空を包む。

 

 夜の冷たい風がアリーシアスを撫でた。

 銀の髪が揺れる。


 ふわり、ふわりと。 


 途端、その動きを受け止めるかのように、塞ぎ込むアリーシアスの頭に、ぽんと手が置かれた。


 街灯が明かりを点ける。

 街路と広場に淡い光が刺した。


「すっかり夜になったな」


 彼女にそっと声がかかる。


「……レイディル……」


 アリーシアスはゆっくりと少しだけ顔を上げて、隣に立つ男を見た。

 彼は少し笑い、アリーシアスを見下ろしていた。


 レイディルは街を見下ろした。

 眼下に広がる街は一軒一軒に明かりが灯る。


「ここだと思った」


「……」


 ここは数日前、アリーシアスがレイラと買い物を楽しんだ後、別れた三叉路。

 レイディルはアリーシアスが、なんとなくここにいるんじゃないかと思ってやってきたのだ。


「前に王都の道、覚えてないって言ってたからな」


「……」


 アリーシアスは何も答えず、顔を腕に埋め前を見つめた。


「あー……」


 レイディルは気の抜けた声を上げ、一拍置く。

 彼は頭を掻きながら、言いにくそうに口を開いた。


「実は……扉の前で聞いてたんだが……」

「知っています……」


 言葉を即座に返され、レイディルは口ごもった。


「ま、まぁ……実際、オレは気にしてないっていうか……」


「……ごめんなさい」


 レイディルの言葉にアリーシアスは、目に涙を浮かべ謝罪した。


「わたし……どんな……レイディルが……知ってたのに……気持ちで……悩んで……うあぁぁっ……!」


 ごめんなさい、ごめんなさいと何度も言う言葉と共に、彼女の頬を大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。


 外見も外聞も気にせず、アリーシアスは声を上げた。


 その様子をレイディルは黙って見守った。


(普段はクールぶってても、十五だもんな……)


 普段は冷静な言動を見せるアリーシアスが、今はただ泣いている少女に見えた。

 レイディルは、そんな彼女の姿に少し安堵した。



 彼女はひとしきり泣くと、鼻を啜りながら手で涙を拭った。


 レイディルはアリーシアスが落ち着いたタイミングを見計らい、話の続きを切り出した。


「ヴァルストルムで人を殺すことを覚悟って言うなら、実際オレにはその“覚悟”はない」


 レイディルは視線を前に向け、ゆっくりと話し出した。


「ちょっと前なら、気にしてたことだけど……」


 言いながら少し照れくさそうに、言葉を重ねる。


「まぁなんだ、幸いオレは周りに恵まれてるらしくてな。色々声を掛けて貰ったから……なんとか大丈夫なわけだ」


 レイディルは腕を組みつつ、人差し指でアリーシアスを、軽く指す。


「うん、ほら、その周りってのは……うん」


 そこにはアリーシアスも含まれている、と言いたげに、チラチラと視線を向けていた。


 その様子をアリーシアスは、静かに見ていた。


「……ははっ」


 レイディルは軽く笑うと、後頭部をポリポリと掻いていた。



「しかし……アレだ……どうしても、護衛は譲れないのか?」


 レイディルは照れくささを誤魔化すように、本題に入る。

 アリーシアスは黙って頷いた。


「なんで、そこまでして行きたいんだ?」


「…………」


 改めて問われ、アリーシアスは答えに詰まった。


「……わか……りません」


 今考えてみても、明確な理由は浮かばない。

 それは詰まりとなって息と共に吐き出る。


「ただ……マリーさんや博士……レイディルと一緒に行くことが……当たり前だと思っていました」


「そうか……」


 レイディルは小さく呟いた。


「……レイディルは……何のために戦うんですか?」


 未だ前を見据えたまま、アリーシアスは問う。


「んー……そうだな……オレは自分の気持ちを言葉にするのは得意じゃないんだけど……」


 レイディルは少しだけ空を見上げた。

 星が瞬き、月が輝いている。


「イリスがさ。アリシアは太陽だって言ってたんだ」


 アリーシアスはレイディルの言葉を、黙って聞いている。


「オレも、自分のことをあんまり上手く言えないことが多いし、その度にアリシアには助けられてきた、と思う」


「……」


 レイディルは再び街へと視線を落とした。


「……この光、あの一つ一つに生活があるんだよな」


 レイディルは街を軽く指差した。


「カリオン村のこと覚えてるか?」


「……」


「あの村の光を守るために、必死で戦う少女がいたんだ。魔力を限界まで振り絞ってさ」


 レイディルは、少しだけ笑った。


「オレはその姿が、輝いて見えた」


「……」


「太陽みたいに」


 アリーシアスは何も言わず、ただ彼の言葉を聞いていた。


「オレの戦いの根底には、多分、それが根付いてるんじゃないかって」


 しばしの沈黙。


「……わたしは……」


 アリーシアスは俯いた。


 人を守りたい。

 それは確かに、自分の中にある。


 けれど、それだけではない。


 どうしても彼らと一緒に行きたかった。

 その理由を、今の彼女にはまだ言葉にすることができなかった。


「……わかりません」


 それだけを、もう一度口にした。


「そうか……」


 レイディルはそれ以上、問い詰めなかった。


「どうしても護衛は譲れないか?」


 アリーシアスは、もう一度頷く。


「人を殺すことになっても?」


「……それも、わかりません」


 アリーシアスは僅かに視線を落とす。


「必要であったら……そうする……かも……」


 アリーシアスは、たどたどしく声を吐き出した。


「分かった」


 レイディルはその答えを聞き、小さく一息ついた。


「とりあえず戻ろう。夜も遅いしな」


 そしてレイディルはアリーシアスの顔を見る。


「あと……その涙。拭いとけよ」


 そう言って、懐からハンカチを差し出した。


 きょとんとした顔をして、アリーシアスがレイディルを見上げる。

 未だ自分の頬から、涙が一つ、二つとこぼれ落ちていたことに、ようやく気付いた。


「──っ!」


 アリーシアスは顔を赤らめながら、恥ずかしさを隠すように、差し出されたそれを鷲掴みにした。


「……とはいえ、あんな問答あったあとじゃ、屋敷に帰りたくないだろうな」


 レイディルは「うーん」と、少し思案する。


「よし……マリーさんとこ行くか!」


 レイディルはそう言って、先に歩き始めた。


 アリーシアスは一瞬だけその背中を見つめる。


 両手を重ねるようにして、ハンカチを握りしめた。

 そして、少し遅れてその背中を追った。


 夜の帳が街を覆い、夜陰が道に染み込む。


 月の光と街路が、その闇を静かに照らしていた。



------



 空は夜の闇に沈み込む。


 しかし、街の中央区はクリスタルムを備えた街灯の明かりに照らされ、賑やかな様相を呈していた。


 酒場や料理店からは賑やかな声が響き渡る。


 アルバンシア全土から帝国を追い出したことによって、人々は平穏を取り戻しているようだった。


 その中央区の一角。

 少々お高めな宿の一階。


 そこは食堂になっており、人々が空腹を満たしていた。


 レイディルはその扉をそっと開ける。


 開いた扉からは、いっそう大きく楽しげな声が外へと飛び出した。



 レイディルは入口から店内を見渡す。

 するとその食堂の一角に、木製のジョッキを片手にビールを飲んでいるマリーの姿があった。


「ん?」


 レイディルが声を漏らす。

 それもそのはず、対面には珍しくクラウス博士が座り、串焼きを持っていた。




 物憂げな瞳でジョッキを一気に飲み干すマリー。


「このお店は……随分賑やかだ。さぞ繁盛しているのだろうね。料理もどうしてなかなか……良い味してる」


 博士は串焼きを一口頬張る。

 肉と肉の間の野菜を器用に避けながら。


 マリーは右手を上げて店員におかわりを頼みつつ、チラリと横目で博士の顔を見やる。


「博士……回りくどい話はやめましょう。

本当は、お昼のことを聞きたいんですよね?」


 核心を突かれた博士は、勢い余って野菜を口に含んでしまった。

 本当なら吐き出したいところだが、食べ物を粗末にするのも憚られる。

 博士は慌てて水を流し込み、無理やりそれを飲み込んだ。


「ゴホッ……ま、まぁそういうこと……」


 クラウス博士は口元をテーブルナプキンで拭いながらそう告げる。


「……アリーシアス君のこと……なんだけど……」


 博士の言葉に、ジョッキをグイッと煽るマリー。

 そして再び片手を上げ、店員におかわりを告げた。


「伝書に名前がなかった件、ですね」


「マリー君はどう思ってる?」


 ほどなくしてジョッキいっぱいのビールが運ばれる。

 マリーはそれを一息に飲み干した。


「それは、当人を交えて話したほうが良さそうです」


 そう言うと、マリーは博士の背後を見やる。

 つられてクラウス博士も後ろを振り向いた。


 博士の背後には、レイディルとアリーシアスがジッと立っていた。






 しばらくして。


 マリーは、月の名前を冠した紫色のカクテルをクイッと飲み干す。


「以前、操縦者の予備を立てるという話が出た時に、私は『この四人でいることが楽しい』とは言ったけれど、今回は話が違うわ」



 レイディルとアリーシアスはマリーの横、それぞれに腰を掛ける。

 マリーはいつもと同じく優しげな表情であったが、その口調には些か厳しい雰囲気が滲んでいた。


「護衛という名目上、危険過ぎることもない、とは思っていたけれど……国内の戦いだけでもあれだけ激しかった」


 マリーは、遊撃隊として活動したそれぞれの戦いを思い出しながら告げる。


「次に行くのは更に過酷な戦場(いくさば)。

時に残酷で時に残忍な……そんなところにわざわざ連れて行きたくないもの……」


 マリーは遠くを見据えるような目で、天井を仰ぐ。


「だから、そこまで。

そこが私としてのボーダーライン……」


 マリーは、いつの間にかおかわりをしていた紫のカクテルをまた飲み干す。


「シアちゃんが可愛いからこそ、私は連れていくのは反対派」


 空になったカクテルグラスの縁を人差し指でなぞり、きっぱりとそう言った。


 そして視線を博士に投げかける。


「あ、あぁ、僕かい?」


 クラウス博士は顎を撫でる。

 無精髭がジョリっと音を立てた。


「僕は、そうだね──正直、彼女の実力には目を見張るものがある……それは大きく信頼できるよ。一緒に行動もしてたしね」


 眼鏡を上に直しながら続ける。


「ただ、マリー君の言うように、精神面で耐えられるかは別だね……まぁ、主な戦闘はヴァルストルム君がしてくれるけど、先の戦いの数々を見ると、そう簡単な話でもないんだろうね……」


 クラウス博士は目を伏せ、頭を搔く。

 その顔は「困った」と言いたげだった。


「……うーん、情と実績では賛成。

人として……というか……うん、彼女の年齢的には反対、かな」



 一通り話終えると、マリーとクラウス博士の二人はレイディルの顔を見やった。


「オレですか? そうですね……」


 レイディルは腕を組み、唸りを上げる。


「さっきアリシアは執政官と大喧嘩したんですよ。んで、屋敷に戻りにくいだろうと思ってマリーさんとこに連れてきたんですが……」


 レイディルは、まさか二人がこんなに真面目な話をしているとは思わなかった、といった顔をしていた。

 内情をバラされ、アリーシアスが半目でレイディルを睨む。

 マリーと博士はポカンと口を開けていた。


「ちなみにオレもアリシアには平穏なところにいて欲しいとは思います」


 その言葉にマリーは一瞬ホッとしたような顔をする。


「でも、よく考えてみてください。

アリシアってわりと無茶しません?」


 レイディルの予想外の言葉にマリーと博士は目を丸くする。

 アリーシアスまでもが同じ顔をしていた。


「そ、そうでしょうか……?」


 さすがに困惑するアリーシアス。

 しかしレイディルは気にせず続ける。


「多分、置いていったら隠れて着いてくるとか、そういう無茶しそうなんですよね。

だったらいっそ本人の希望通り連れて行って、ちゃんと目の届くところに置いておいた方がいい」


 レイディルはこともなげに言ってのけた。


「そんな方法があるんですね……」


 アリーシアスは、自分がそんなことをすると思われているのが不服なのか、顎に手を当て考え込んでいた。


「えぇ……あの、ディル君……お姉ちゃんたちの話……聞いてたかしら……」


 マリーがあたふたと問いかける。


「はい」


 レイディルは至極真面目に、当たり前だと言うように答えた。


「まあ、それは建前なんですけどね」


 レイディルは少しだけ苦笑を浮かべ、アリーシアスへ視線を向ける。


「オレはアリシアの……自分の好きなようにやらせてやりたいと思ってます」


「で、でも……危険……なのよ?」


 マリーが問いかける。その頬には一筋の冷や汗。


「ディル君なら、そう言ってしまうかもって……そう思ったけど……」


 本当にそう言うとは……マリーの言葉は最後まで出されず、萎んでいく。


「ちなみに……つい先日ですが、遊撃隊のリーダーはオレに決まりました」


「そ、それがどうしたんだい……?」


 博士が言葉に詰まらせながら聞き返す。

 マリーの胸中に、嫌な予感が走った。


「い、いつ決まったのかしら……」


 マリーは困惑したように瞬きを繰り返した。


「あっ……」


 アリーシアスは夜の学院でのやり取りを思い出していた。


「私は……その……許可した覚え……ない……かな?」


 マリーは引きつった笑いを浮かべていた。


「ヴァルストルムに乗って戦うのはオレなので、オレがリーダーってことで……」


 言った本人であるレイディルも、眉間に皺を寄せていた。


「はぁ……」


 マリーは深い溜息を吐いた。

 レイディルが何を言いたいのか、観念した様子だ。


「わかったわ……リーダーに従います……」


 そうして両手を軽く上にあげた。

 お手上げと言いたげに。


 恐らく何を言っても無駄だろう、と。


 マリーのその言葉に、レイディルは溜めていたものを吐き出すように、大きく息を吐いた。


「ふぅ……だいぶ、無茶苦茶言いましたが、とりあえずそういうことで……」


 彼は額に浮かんだ汗を腕で拭う。


 その態度にマリーは目を見開いた。


 どうやら、相当無理をしていたらしい。


 当の本人はというと、乾いた喉……いや身体を潤すかのように、水をゴクゴクと勢いよく飲んでいる。


「私たちはともかく……執政官を説得するのは骨よ……?」


「レイディル君がこう言うからには、何か考えがあるんだろう……」


 マリーとクラウス博士はレイディルを見やり、そう告げた。



 クラウス博士の言葉に、レイディルは頷き返事を返す。


「私の反対する気持ちは変わっていないから、きっと助け舟は出せない……」


 マリーは伏せ目がちにそう呟いた。


「まあ、なんというか、あの人を言い負かす最終兵器は……あるにはあります」


「その割には自信なさげだねぇ」


 博士が眉を八の字に曲げ苦笑する。


「いや……アリシアを前にしていうのもなんですけど……オレあの人少し苦手で……」


 そう言いレイディルは「ハハハ」と乾いた笑いをこぼした。


「しかし、まぁ、言うようになったねぇ」


「操縦者問題の時のディル君が嘘のようね」


 クラウス博士とマリーは、レイディルに優しい眼差しを向ける。


「ちょっとは開き直れるようにはなった気がします」


 彼はそう言い、照れくさそうに指で頬を搔いた。


 そしてレイディルは、改めてアリーシアスに視線を向ける。


 彼女はコップを両手に持ち、黙って三人の会話を聞いていた。


「で、マリーさんや博士の意見を聞いても、気持ちは変わらないか?」


 レイディルが確認するかのようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 アリーシアスは小さく首を縦に振った。


 恐らく、今のアリーシアスにある気持ちは、まだ漠然としすぎている。

 その答えは、本人にもわからない。


「きっとそれは一緒にいることでわかるのかもな……」


 レイディルは誰に聞こえるでもない、小さな声で呟いた。


「オレは最大限、アリシアが着いてこられるように、あの執政官と言い合うつもりだ。

だけど最後は結局、アリシアの覚悟が全てだと思う」


 レイディルは真っ直ぐに彼女を見据える。

 アリーシアスは、もう一度静かに頷いた。


「と、いうわけで……マリーさん。アリシアを一晩泊めてもらえませんか?」


「ははっ、そういえばそんな話をしていたような気がするね」


 クラウス博士は顎を撫でつけ笑った。


 真面目な話からの落差に、マリーは上目で天井を見つめ、肩を落とす。


「もう、しょうがないわね……お部屋空いているか、宿の人に確認してみるわ」



 結局、部屋は空いておらず、アリーシアスはマリーの部屋に泊まることになった。




------




 翌朝。


 少し重たい雲が、空を半分ほど覆う。

 太陽もまたその雲の後ろに隠れていた。


 王城の前に四人は立つ。


 レイディルとアリーシアス。

 そしてマリーとクラウス博士だ。



「アリシア、昨日はよく眠れたか?」


 城へと続く階段を登りながら、レイディルがアリーシアスへと声をかける。


「ええ、お互い少し話をした後、スヤスヤだったわ。とっても可愛い寝顔だったわよ」


 二人の後ろをついてくるマリーがニコニコと微笑みそう言った。


「人の寝顔を見るのは感心しません」


 アリーシアスが頬を膨らませ、抗議する。

 その反応にマリーは、うふふと答えていた。


 その背後ではクラウス博士が、よたよたと階段を登っていた。


「それにしても、二人ともありがとうございます」


 レイディルが立ち止まり、振り返る。

 マリーは唐突な礼に、きょとんとしていた。


「あら、なにが……かしら」


「執政官の説得について来てもらって」


「でも、私はなにも協力できないわよ?」


 マリーは困ったように返答した。


「それでも、です。お二方がいてくれるだけで、ずいぶん気が楽になります」


 レイディルは小さく拳に力を込めた。


「博士も──例の新兵器開発で忙しいのに……」


「いやいや、いいんだよ。引き換えは僕の睡眠時間と体力ってところだ……」


 クラウス博士は軽く笑って見せた。

 昨夜はレイディルたちと別れた後、技術開発局へ戻って新兵器開発の続きをしていたため、ほとんど眠っていないらしい。


 そうして体力が尽きたのか、博士は頭を垂れる。

 しかし、彼はゆっくりと手を上げると、親指をグッと立てた。



 レイディルの隣では、アリーシアスが申し訳なさそうな顔をしていた。




 やがて一行は城の正面、大扉の前へとたどり着く。


 レイディルは左右の門番に軽く会釈をし、扉に手をかけた。


(さて……どう転ぶか……)


 レイディルの胸中には、戦々恐々とした思いが渦巻いていた。


 じっと扉を見つめる。

 そして、ゆっくりと扉を押し開いた。

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