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第七話・幕間「三元帥」

 時は少し遡り、レイディルが砦から王都へ帰る頃。


 ──ドラウゼン帝国、帝都ダスカロン。


 城内に静かに響く足音が一つあった。




「三元帥、緊急招集とはな。

大方、ロデリック殿の砦攻略失敗の件だろうが……」


 歩きながら呟く人影がひとつ。

 男の名はアーヴィング・アルマディス。


 若くして皇帝の右腕とも呼ばれる男は、マントをはためかせる。


 彼の歩幅は大きく、迷いなく皇帝の間へ向かっていく。



 途中、同じ三元帥であるドレアドに出会った。



「おぉ、これはこれはアーヴィング。

思ったより早く来おったな」



 白髪の老人は、杖をつきながらもしっかりとした足取りで歩いている。


 仕立ての良い衣服に身を包み、その佇まいは実に上品だ。

 その顔には穏やかな微笑みを湛えている。




「ドレアド殿の方こそ、確かなにか重要な用事があるのではなかったですか?」



「なに、 例えどんな事があろうと、皇帝陛下に呼ばれては来ぬわけにもいかんじゃろう。

急いで切り上げてきたわ」


 白髪の老人はそう言い笑った。



(忠誠心など無いくせによく言う……)


 アーヴィングは心の中で悪態を付いた。

 彼は、何を考えているかわからないこの老人が、いまいち好きになれなかった。



 二人が皇帝の間の大扉の前に着くと、中から大きな声が響く。



「陛下! 申し訳ありませんでした!!

勝てるはずの(いくさ)、それを私はっ!

あまつさえギガスが破られたからと退却せざるを得ないとは……」


 アーヴィングが大扉を押し開けると、黄金の装飾が施された荘厳な玉座の間が姿を現した。


 その中央で、深々と頭を垂れて謝罪している壮年の男の姿が目に入る。


 整った口髭をたくわえた顔は、焦りと悔しさに歪んでいる。


 実年齢よりやや老けて見えるその印象が、さらに彼の混乱ぶりを強調していた。


 三元帥ロデリックである。



「予測など、戦場ではしばしば覆されるものだ。だからこそ戦は面白い。良いだろう、許す。(おもて)を上げよ」


 皇帝ガンディールの言葉には、威厳が漂っていた。

 ロデリックは申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、ゆっくりと顔を上げる。



 アーヴィングとドレアドは、入口から慎重に歩みを進め、その場の空気を乱さぬよう注意深く動き、ロデリックの一歩後ろに立った。



「経緯は聞いたが、本当に《ギガスマグヌス》が一撃の元、粉砕されたのだな?」


 落ち着きのある低い声で、皇帝と呼ばれた男は、告げる。


 《ギガスマグヌス》とは大型ギガスの正式名称だ。

 砦戦での大型のギガスはロデリックが作り出したものだった。



「あれは見たこともない巨人でした……」


 その言葉を聞き、皇帝は頬杖をつき、しばし沈黙する。



「『見たこともない巨人』か」


「は、はい……」


「ならば聞こう。その巨人は、どのような姿をしていた?」


「それは……まるで金属そのものが動いているようで……その者が持つ大砲は強大な光を放ちギガスを破壊しました……」


 皇帝の目が細められる。



「金属……機械の巨人……そして光の大砲か」


 彼は指で玉座の肘掛けを軽く叩いた。



「アルバンシアの新兵器か、はたまた……」


 皇帝は一拍置いて続ける。


「《メタフロー》の異物か……」


 ロデリックが息を呑む。



「《メタフロー》……まさか、あの?」


「確証はない。だが、ギガスマグヌスを一撃で粉砕するほどの力……

更には光を発する武器や魔術など聞いたこともない。

アルバンシアにそこまでの技術があるとは、考えにくいな。

だとすれば、《メタフロー》によって持たされた物の可能性も無くはない」


 皇帝は口角を上げる。



「ククク、ロデリックよ、その内革新が見られるやもしれんな。

我々の知る世界をまた塗り替えるような、な」


 玉座に座した皇帝の笑いは、静まり返った間に不気味に反響した。


 皇帝の笑みに潜む意図を測りかねたロデリックは、ただ黙っていた。



「陛下、私めにその巨人と戦う機会をお与えください」


 アーヴィングが嬉々として皇帝の前に出る。

皇帝ガンディールは玉座からアーヴィングを見下ろし、ニヤリと笑った。



「ほう、そうか、やはり戦いたいか。

お前ならばそう言うと思っていたぞ。

良かろう。動力艦の使用を許可する」


 動力艦とは、搭載された中型ギガスが動力源となる特殊な船である。


 船体内部の特別な区画に固定されたギガスが、巨大なパドルを回転させる仕組みになっており、   

 その膨大な力によって通常の帆船を凌駕する速度を誇る。



「はっ!」


 皇帝の許しを得るやいなや、アーヴィングは

深く一礼し、すぐさま出立の準備をするのであった。






 大廊下を颯爽と歩くアーヴィング。

 その顔には期待が滲み出ていた。



大型ギガス(ギガスマグヌス)を苦もなく倒す相手、果たして私のギガスは通用するだろうか?

楽しみだ」


 一人笑みを浮かべたのも、束の間。

 重大な事を忘れていた、と気付く。



「そういえば、どこへ行けば奴と戦えるのだろうか……」


 威勢よく飛び出したものの、標的がどこにいるのか、彼にはわからなかった。





「さて、巨人はアーヴィングに任せるが、ロデリック、ドレアド。

お前達二人はどうする?」


「は、はっ! 砦より東に進軍中のアルバンシア軍本隊は私にお任せ下さい!

良き策がございます」


「ふむ、あの英雄リオルドがいる部隊を破る策があると?」


 ロデリックは自信たっぷりに「お任せ下さい」と告げた。






 ロデリックが皇帝の間を去ったのを確認し、ドレアドが口を開いた。



「陛下、我が配下がロデリック同様、砦の絶壁を越えることに成功したようです。

しかしながら、自爆したらしく、炎が遠くの空に上がったのを確認いたしました」


 自分の部下を失ったにも関わらず、ドレアドは淡々と報告をこなす。



「ギガスを見られた場合、目撃者を抹殺か

それが不可能であれば自爆するように命令しておりました。

ヤツもそれなりの腕はありましたが──

恐らくは自爆してでも、破壊したい物があったのでしょうな」



「つまりはメタフローの異物を発見したと?」



「隠れて密偵をするよりも優先、となれば憶測でしかありませぬが、恐らくは」


 ふむ、と少し思案してから皇帝はドレアドを鋭い視線で見る。



「報告はそれだけか?」


「……他に何かありますでしょうか?」


 ドレアドは表情を崩さずに答える。



「ククッ、その目の光、どこまでも暗く淀んだ光よ。

隙あらば、何者でも取って食らうような気概を感じるぞ。

野心を持つ者は嫌いではない。

我が首が欲しければ、存分に狙うがいい」



「ハハハ、まさかそのような恐れ多い事を。

わたしが皇帝陛下にかなうはずもございませぬ。

たとえどのような策略を持ってしても、不可能でございましょう」


 ドレアドは見透かすような皇帝の視線を受け、なおも怯まず返した。



「では、この後わたしはロデリック殿の補佐をすることにしましょう。

彼は少々頼りないところがありますからな。

では、失礼いたします」


 そう言い残すとドレアドも皇帝の間を後にした。

 誰もいなくなった後、皇帝は玉座でしばしの思考をする。


 おもむろに立ち上がり、窓から空を見やる。


 空は重々しい雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。



「フフフ、英雄に巨人。

アルバンシアも面白い国になったものだ」


 皇帝の間にはガンディール一人の笑い声が響いた。





 アーヴィングは歩きながら、巨人の行方に思い巡らせていた。


 アルバンシア軍本隊の面々について思案を重ねる。


 バーグレイ将軍率いる本隊には英雄リオルドや一級魔術師ジルベルトが戦力として揃っている。



「巨人と英雄を同時に使うことは、どうだろうか……」


 アーヴィングはつぶやく。

 彼が考えるに、巨人のような高戦力な兵士を、あえて英雄と一緒に行動させ本隊をより強固にする可能性もある。


 しかし、今のところガルダ平原において巨人の姿を見たという報告は無い。



(だとすれば別行動か?それともこの後合流か?)


 もしも、別行動だとすれば、一体どこに向かうのか。

 アーヴィングは立ち止まり、所持していた地図を広げる。



「砦より東側にあるものと言えば……」


 ガルダ平原、豊穣都市グレナウ、工房の街カーネス、村がいくつか、トレルムの街、リオ山道、そしてエルバルト港。



 ガルダ平原を迂回し、他の場所に向かった可能性もあるが……



「グレナウ……」


 彼はその名前をつぶやく。

巨人があそこに向かう可能性十分にある。


 食糧の補給ラインと、戦局の安定を確保するためには、グレナウが最適な拠点となる。




 決意を固めたアーヴィングは、地図をたたんで再び歩き出す。

 巨人の動きがどこに向かっているのか、まだ確証は得られていないが、迷っている暇もない。


 そう彼は思いながら、本国を後にした。




 ──かくして、時は現在へと戻る。

レイディルたちは今、グレナウへの道を進んでいた。

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