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第七話「機動する鋼鉄」

 前庭に出ると、見たことのない馬車が置かれていた。


 馬が引いているのではないので、正確には馬車とは言えないかもしれない。


 本来、馬がいるべき場所には──



「機械の馬……ですか?」


 レイディルがいち早く反応した。

 しかし、馬と言うには大きく、更に足がない。

 代わりに車輪が四つついている。

 それが二体。



「機関車を参考にしてね。

前から順に、機械馬、キャビン、そしてヴァルストルム君を運ぶ荷台──荷台下には寝台のスペースも確保してあるよ。

馬力を確保するために、キャビンにも駆動機構を仕込んでおいたんだ。

レイディル君が村を出発した後、きっと役に立つだろうと思って、大急ぎで準備したんだよ」


 これには一同全員が驚いた。



「元々、試作品を作ってたんだけど、実用性が乏しくてね。それに手を加えて完成させたんだ。

さしずめ、機動馬車ってところかな。

まだまだ改良の余地はあるけどね、特に足回りなんかが……」



(凄い、まさかこんな移動方法まで考えていたなんて)



 そうレイディルは思ったのだが、アリーシアスとマリーの女子二人は本当に動くのかといった顔をしていた。



「ぶっつけ本番で悪いけど、ヴァルストルム君を乗せてみてくれないかな?

強度とか諸々、大丈夫だと思うんだけど……ダメだったらごめんね」


 博士が心配をする中、ヴァルストルムを乗せる。

 荷台は軋むことも無く悠々と騎士を受け入れた。



「よし、そのまま荷台に……そうその姿勢で──」


 博士が指示を出し、ヴァルストルムはゆっくりと跪き、片膝をついた騎士のような姿勢をとった。


 その堂々たる佇まいにレイディルは首を傾げる。

 何故このポーズを取らせたのか、その理由が掴めなかった。

 下を見ると姫がニンマリと満足げな笑みを浮かべている。


 どうやら、この人の発案らしい。



「このポーズなら、騎士の高貴さと気高さを演出できるでしょう?

それだけじゃないわ。

この姿を見れば、民も味方も安心する。

ヴァルストルムにはそういう感じのポーズが必要だと思うのよ」



「……つまり、この姿勢の大きな騎士が見えたら、みんなが喜ぶってことかしら」


 マリーが姫の意図を大まかに解釈する。


 確かに、このシルエットを見れば、すべての人が機械の騎士の威厳を目の当たりにし、解放の実感を得るに違いない。


 ヴァルストルムを象徴するポーズ──つまりは、そういう事だ。



「さて、それじゃヴァルストルムも乗せたので行きましょうか」


 レイディルが言うも、アリーシアスが手を挙げて制止した。



「私たちが乗るお馬さんに、名前が無いのも味気ないですし、名前を付けましょう。

きっと愛着がわきますよ」


 レイディルは必要だろうか、と一瞬思ったがこの馬達も共に旅をする仲間だ。

 名前を付けるのも悪くはないかもしれないと考え直した。



 では、誰が名前を付けるか……


 と、来れば適任は一人しかいない。

 その場にいた一同が姫を見つめた。



「え、私?」


 姫は自分を指さし意外そうな顔をした。




「……」


 腕を組んで五分少々。

 姫は悩んでいた。



(別に名付けるのが得意なわけじゃないのだけれど……)


 しかし期待されているなら、答えるしかない。



「そうね……シュタール……シュタールフォルトでどうかしら」


 シュタールは鋼鉄を、フォルトはフォルトシュリット──進歩を意味する言葉を縮めたものだと、姫は言った。


 中々かっこよく付けられたと、姫は内心ガッツポーズを取った。



「ありがとうございます姫」


 アリーシアスは深々とお辞儀をし、言葉を続けた。



「では向かって右のお馬さんがシュタちゃんで隣がフォルちゃんと言うことで」


 姫が思っていたよりも、なんか変な感じに名前をつけられたのだった。



「それじゃあ、任せたわよ皆!」


 姫が気を取り直し、グッと親指を立てる。



「いくらヴァルストルムが強いとはいえ、猪突猛進ではなく、引き際はしっかりと考えるように」


 と、執政官。



 博士は御者台に乗り手綱を握る。

 残りの三人はキャビンへ。


「さてはて、上手く引けるかどうか──」



 シュタちゃんフォルちゃんの車輪がジリジリと回り、ゆっくりと動き出した。


 馬車は城を出て緩やかに大通りへと進んだ。

 街はまだ祭りの熱気に包まれていた。



 人々はこれから戦いに赴くであろう騎士を見やり、次々と道を開ける。

 希望を騎士に託すかのように……






 馬車は正門を抜け、速度を徐々に上げ街道の脇を行く。


 スピード的に砦に着くのは二日後だろうか。

 その速度と乗り心地は以前、村へ出向く際に乗った馬車とは雲泥の差だった。



「車軸辺りにヴァルストルム君を参考にした衝撃吸収機構を仕込んでみたんだよ。

これで驚くほど快適になってると思う。

……悔しいけど、複雑すぎて完全再現なんて到底ムリだったけどね」


 それでも、この馬車ならずっと乗っていられそうだ。



「しかし、これだけのものを動かしている動力はなんです?」


 ヴァルストルムを乗せつつも、このスピードだ。



「この握っている手網から、直接僕の魔力を込めているんだ。

おかげで運転すればするほど疲れるんだよねコレ」


 と笑いながら博士は言う。



 レイディルとクラウス博士が機械話に花を咲かせる中、アリーシアスはつまらなそうな雰囲気を滲ませていた。



「機械のことはよくわかりませんね」


 ツンとした表情でクールぶっているが、少し不機嫌にも見える。



「それじゃあ、お姉ちゃんとガールズトークでもする?」


 にこやかにマリーが提案するが──



「ガールズトークとか、もっとよくわかんないです」


 一言でバッサリ。

 にこにこしていたマリーの表情が、少しだけ残念そうに揺れた




「つまりだね、クリスタルムの仕組みは、内部にコマンドワーズを刻み込んだプレートを入れてあってね。 それを特殊な機材と炎魔術で両側から圧縮させて結晶化させるんだ。その後に雷系の術を込めるわけさ。

街灯なんかに使われてるのは中型……片手剣一本分くらいのサイズだね」


 博士の説明は、いつの間にかクリスタルムの話に移っていた。


 魔術の用語が出た瞬間、アリーシアスの目が鋭く光りここぞとばかりに、身を乗り出した。



「あの量の雷の術を封じる実行言語を、あのサイズの結晶体に……?凄いじゃないですか」


 実行言語──もといコマンドワーズとは、魔術を発動させるための命令文であり、魔術師がそれを唱えることで、魔力を現象に変換し、魔術を具現化させるものだ。



 本来、四級魔術であろうと発動には長い小節文を要するが、ほとんどの魔術師はその長い文を短縮し、必要な部分だけを選び取って魔術を発動させる。


 いかに短く、そして本来の魔術として成立させるかが魔術師としての腕の見せ所となる。

 もちろん、同じ短縮数でも、優秀な者が使えばその効果は高まる。



「そういえばレイディル、わかりますか?

魔術の話」


 アリーシアスはレイディルの解析魔術のことしか聞いていなかったので、気になった。



「オレも魔術を使えるといえば使えるから、意味はわかるな。

その魔術が実践で役に立つもんじゃないだけで」


 正直に答える。



「全小節読んでもですか?」


「あぁ、なんかおかしいか?」


「そうですか……解析魔術では魔力の出力はしっかりしてましたし、実行言語を間違えさえしなければ、どの術も本来の効果が出ると思うんですが──」


 調べてもらったことはあるが、特別な原因がある訳ではなかった。


 ただ単に、本当に才能が無かっただけだ。

 才能が無いだけで、魔術の威力が落ちる──そんなこともあるのかと当時は思ったものだ。



 術に対し、実力が足りなければ使用できない。

 0か100かしか体験していない優秀な彼女には理解しづらいことだろう。




「それじゃあ、勉強しましょう勉強。

もし空いている時間があれば私が教えますから」


 とうの前に諦めていた魔術を今更勉強した所で、どうにかなるとは思えなかった。


 しかし、彼女のやる気をそぐのも悪いと思い、



「じゃあ作戦に支障が無い時はよろしく頼む」


 ぶっきらぼうに答えた。




「青春ねぇ」


 傍でずっと2人のやり取りを、見ていたお姉ちゃんが頬に手を当て微笑みながらしみじみと呟いた。



 砦へ向かう途中、街へ寄り一泊。


 王都を出て一日と少し、普通の馬車では到底辿り着けない速さで、夕刻には砦に到着した。


 通常なら何日もかかる道程を、一日で走破したことに、アリーシアスもマリーも驚きを隠せなかった。



 砦の(おごそ)かで堅牢な姿が、遠くからでも目に入ってきた。



「流石に少し疲れたね」


 ずっと操縦をしていたクラウス博士が言う。

その顔は、クタクタになっていた。



「ありがとうございます。

次からはもしお声がけ頂ければ、私達も操縦いたしますので」


とアリーシアス。



「いやぁ、レイディル君やアリーシアス君は万全でいてもらわないと……これは僕の役目さ」


 機動馬車は通常のものより大きいため、砦の広場に停める。


 砦内でも目を引くその車両が静かにその場に佇んだ。


 機動馬車とヴァルストルム、その二つの特異さから、砦を防衛している騎士たちの視線を集めた。




「僕は少し機動馬車の点検をするから、すまないけど副司令に挨拶をしてきて貰えないかな?」


 バーグレイ将軍が不在の間、砦を預かる副司令官がここの最高責任者だ。


 早速車輪回りを触りながら背中越しに博士は告げた。



「でしたら、私が行ってきますね。

ディル君とシアちゃんは、お姉ちゃんが戻るまでどこか見て回るといいわ。」


 マリーは言うと小走りで司令室へ向かった。



「シアって私のことですよね?」


 とアリーシアスが尋ねた。


「いつの間にかあだ名付けられてるな。」


 レイディルが苦笑しながら応えた。



 二人はそんなやり取りをしながら、マリーの言うとおり適当にぶらついてみた。


 砦の中には適度に花が植えられている。

 殺風景な景観を良くするための措置だろう。

 中には治療に使える薬草もチラホラ見える。


 足元に散らばる緑や鮮やかな花々の色彩が、どこか硬質な砦の印象を和らげているように感じられた。



 そんな中、近くのの食堂からは勤務を終えた騎士たちの笑い声やざわめきが聞こえてきた。



「……オレも昔は騎士になりたかったんだよなぁ」


 ふとレイディルが昔を思い出したかのように口を開く。



「騎士ですか? でも──」


「そう、魔術が人並以下だから落とされた」


 アルバンシア王国の騎士になるためには、最低限の攻撃か防御の魔術が使える必要があった。


 攻撃はからっきしでも、せめて防御魔術が実用レベルだったら、と当時は何度思ったか。



「『君の魔術では、戦場では役に立たん』ってバッサリ言われたよ」


 ハハッと、自嘲気味に呟く。



「そのものの言い方、父ですね。」


 あえて具体的に言わなかったが気付かれてしまった。



「だから、カリオン村の時に苦々しい顔を何度かしてたんですね」


「驚いた。

暗かったのにそんなとこ見てたのか……というか、よく覚えてるな」


「才女ですので」



 アリーシアスは冗談めかして言った。

 日没と共に砦を吹き抜ける風が吹く。



「少し冷えてきましたね」


 谷間に位置する砦の風は街と比べて随分寒い。



「父を、見返してやりましょうね」


 アリーシアスがニコッと笑ってそう言った。


「お手柔らかに頼むよ」


 レイディルもまた笑って答えた。



「あぁ、いたいた。今しがた副司令さんに挨拶終わったところよ、ちゃんと宿泊所使わせて貰えるって」


 マリーが上機嫌で戻ってきた。

 その手には何やら瓶を持っている。



「もうすぐ博士も来ると思うから、先に食堂に入ってましょうね」


 ルンルンとした足取りで食堂へ入っていった。



「良い酒もらったんだな……」


 レイディルの呟きにアリーシアスはハテナを浮かべていた。


 お酒を貰うと嬉しいものなのか?

 少女がそれを知るにはまだまだ早かった。






 翌朝、貰ったであろうお酒を飲んでも飲み足りなかったのか、追加で結構な量を飲んでいたマリーは、二日酔いの気配もなくにこやかに告げた。



「さて、昨日食堂でも話したけれど、執政官の言う通り、まず北のグレナウを解放しに行きましょう」



 通称、豊穣都市グレナウ。

 水質の良い湖のほとりにある街で、湖からは豊富に魚が取れ、広大な畑と多彩な果樹園、さらには畜産も盛んだ。

 大規模な市場を保有しており、解放できれば食料の補給ラインも整うだろう。




「通常なら急いでも数日かかる道も、機動馬車なら、恐らく三時間ほどで着くんじゃないかな。

なんたって馬の疲労がないからね。

僕は疲れるけど」


 博士が冗談めかして言う。




 一行は豊穣都市グレナウに向かうべく、機動馬車に乗り込み、早朝の静かな砦を後にした。

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