第五十六話「光のあと」
光の帯がやがて消え、海上に静寂が戻る。
戦闘の終わりを告げるかのように、ただ波の音だけが静かに街へと染み渡った。
敵影は無し。
今度こそ、本当の勝利だ。
少しの間を置き、騎士たちの間から歓声がどっと湧き上がる。
そして蓄積した疲労など無いかのように、光を放った者を見ようと我先にと広場へ押し寄せた。
「なんじゃい、おまえら! そんな元気があるなら他にもやることはたんとある! 瓦礫の撤去でもしとれ!」
呆れ果てたバーグレイの怒号が辺りに響いた。
「いやぁ……戦闘直後ですしね。街の復興援護は一段落付けてからお願いしたいもんです」
エリオスが苦笑混じりに頬をかく。
「さぁさぁ、みんな将軍はおかんむりだ。
ひとまずは身体を休めることを優先してくれ」
エリオスは押し寄せる一団を追い払うかのように手を振った。
所々から「将軍のケチ!」「ちょっとくらい見せろ!」「空気読め!」「ヒゲ!」と愚痴が飛ぶ。
そうして騎士たちは渋々と散っていった。
そんなやり取りの後ろでは、グレオールが胸を撫で下ろし、ヴァルストルムとアリーシアスに深々と頭を下げていた。
誰かに見られるのが嫌だったのか、すぐに頭を上げると、将軍の元へと駆け出す。
その声は、すでにいつもの軽い調子に戻っていた。
「いやはや、とんでもないモノ見せてくれたわね~」
力無く座り込むアリーシアスの元へ、ジルベルトがゆっくりと歩み寄った。
「戦略級魔術見せて貰ったお礼です」
少女の返答にジルベルトはカラカラと笑った。
「でもシアちゃん、前に光の魔術は今は存在しないって……」
マリーが横から質問を投げかけた。
「あぁ~、マリーさんそれはアプローチが違うんですよ」
アリーシアスの代わりにジルベルトが答えた。
「アプローチ?」
マリーは小首を傾げる。
「えっと……つまり、普通の魔術師がラディアント・ブラスターを見たらどうすると思います?」
ジルベルトはわずかに首を傾けながら問い返した。
「きっとこう考える。 “光魔術を作ろう”ってね」
肩を竦めながら続けた。
「だから失敗するんですよ」
ジルベルトは可笑しそうに笑った。
「でもこの子は違った」
アリーシアスの方に顔を向ける。
「お嬢様は“光魔術を作ろう”ではなく── 」
ジルベルトは少し間を置き、続く言葉をアリーシアスへと委ねた。
「そうですね、わたしが目指したものは……ラディアント・ブラスターの再現です」
「そう、つまり発想の出発点が、そもそも違うんですよ」
ジルベルトは楽しそうに肩を揺らした。
「光の再現じゃない。 あの光の大砲……破壊力を持った光を撃ち出す現象の再現」
満足げに頷く。
「同じ光でも、見てるものが全然違うってワケです」
ジルベルトはそう締めくくり、改めてアリーシアスを褒めそやした。
「いやぁ、これはお見事! 発想の飛び方が実にいい。普通はそこに辿り着かないわ。
あたしとは違うタイプの天才ね」
マリーはなるほどと呟き納得した。
「普通は魔術を習う上で歴史についても習うので、ここには固定観念も絡んできます。
“光魔術を使うには自然光の再現”だと。
まぁ、つまりはそういうこと……ですね」
アリーシアスはそう付け足し、立ち上がる。
そして少し困ったように眉を下げた。
「あと、わたしは天才なんかじゃないですよ」
そう言って一拍置き、彼女は小さく胸を張る。
「そうですね……わたしは才女です」
それを聞いたジルベルトとマリーは、思わず大きな声で笑った。
「それよりジルベルトさん。わたしを褒めてくれるのは嬉しいんですが……動き回ってないで、治療はちゃんとしてくださいね……」
「ああー、凄いもの見ちゃったから忘れてたわ」
ジルベルトはあっけらかんと笑った。
「さて、朗らか会話もいいですけど──そろそろレイディルをヴァルストルムさんから出してあげましょう」
勝利の空気で満ちるエルバルトの街。
だがレイディルは、未だヴァルストルムの中で気を失っていた。
「ところで……コレってどう開けるのかしら……」
マリーが胸の下で肘を支え、立てた右手の指を頬に当てる。
「おーい」
ゴンゴンという音とともに、アリーシアスがノックをするかのように装甲を叩いた。
しばし無言で待つ。
「……開きませんね」
アリーシアスは少し考え込み──
「はかせー! はかせー!」
少女はクラウス博士を大声で呼んだ。
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静かな空間だった。
小さな窓から差し込む陽の光と、各所に設けられた魔導ランプの光が、室内を優しく照らしている。
部屋の隅には、小さな机と椅子。
その背後には、道具を収めたボックスが一つ置かれていた。
中央には人一人が通れる程度の通路が伸び、その左右には簡易的なベッドが一つずつ据え付けられている。
右手のベッドの足側には、食料や荷物を収めるための箱が置かれていた。
そして手前には、外へと続く扉がある。
喧騒とは無縁の、落ち着いた空気。
外では時折、誰かの声や足音が遠くに響く。
その右手のベッドで、ひとりの青年が静かに横たわっていた。
しばらくして──
レイディルの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
ぼやけた視界が天井を捉える。
「……ここは」
喉がかすれた。
重い瞼のまま、目だけを動かして辺りを見渡す。
「この天井……機動馬車の中か」
ここは、いつもヴァルストルムが置かれる荷台の内部。
博士が気を利かせて設けた休憩所だ。
「おはようございます」
ぼんやりしているレイディルに、不意に声がかけられた。
向かいのベッドに腰掛けていたアリーシアスが、読んでいた本をパタンと閉じる。
「……あ、終わったのか……?」
レイディルは、まだ晴れない頭でなんとか言葉を組み立てた。
「そうですね。レイディルが頑張ってくれたので、全部終わりました。終了です」
彼女は本を横にそっと置き、状況を伝える。
「要塞内に囚われていた街の人たちも解放されました。
ジルベルトさんは今、外でマリーさんに治癒してもらっています。
姫と将軍……執政官は、今後のことを話し合っていて……」
少しだけ言葉を探すように視線を上げる。
「……あとは、そうですね。皇帝のギガスによる犠牲者は無し、です」
「そりゃ……良かった」
レイディルはそう言うと身を起こそうとした。
だが、力が抜けていた。
起き上がりかけた上半身が、そのままベッドへ崩れ落ちそうになる。
咄嗟にアリーシアスが腕を肩に回し、彼の身体を支える。
「無理は良くないです。
レイディルが倒れてから、まだ一時間しか経ってないんですから」
「一時間……か」
身体をそっとベッドへ預けられ、レイディルは再び天井を見て呟いた。
「大変だったんですよ。ヴァルストルムさんの操縦席、開けるの」
少女はそう言いながら、向かいのベッドに腰を下ろした。
「あー……うん……」
そういえば中から開けることはあっても、外から開けたことはない気がした。
レイディルはぼんやりとそう考える。
「じゃあ、どうやって」
「そこはですね……」
~~~~
「冷静に考えると、だ。
緊急時に外から開けられないということはない、と、僕は思うわけだ」
急遽呼ばれた博士が、指を立てて持論を展開する。
「まぁ、中で操縦者に何かあった場合、どうしようもないですしね……」
アリーシアスの言葉に、クラウス博士は満足げに頷いた。
「まさに今が“何かあった場合”だね。
ウェリィ、キミの意見はどうだい?」
「あー……博士が結論出しちゃったものを、私に聞かないでくださいよ。
同意見です、同意見」
ウェリティアはクラウス博士の問いかけに、気怠げに答えた。
「昔はあんなに懐いてたのに……時の流れは残酷だね……」
「そういう所が面倒臭いんですよねぇ……」
軽口を交わしながらも、二人はすぐにヴァルストルムへと向き直る。
「というわけで、だ。キミは左を。ボクは右を探そう」
そう言いながら、どこからか持ち出してきた梯子をヴァルストルムの胸部に立てかけ、クラウス博士はするすると登っていった。
そうしてヴァルストルムの胸部をペタペタと触り始める。
「あー、触って探すよりも確実な方法、あります」
ウェリティアは梯子の上のクラウス博士に呼びかける。
博士は「あぁ、あれがあったか」と理解した表情をして梯子から降りた。
「でも、大丈夫かい? その術を使い慣れたレイディルくんでも初回は気絶したって聞くよ」
「そうですね……まぁ、要は使用の意図ですよ。
ということで、マリーさん。後のことは任せました」
「あら……私?」
マリーは周囲を見回し、すぐに事情を察したように小さく頷く。
ウェリティアはそう言うと、梯子をよたよたと登り、右手をヴァルストルムの装甲へと沿わせた。
「範囲は極小。対象は装甲の厚みのみ……ってとこかな」
そう呟き魔力をヴァルストルムへと流す。
「あっ、解析魔術……でも」
アリーシアスが言い終わるよりも早く、ウェリティアの身体がぐらりと揺れ、そのまま梯子から崩れ落ちる。
落ちてきた彼女を、マリーが優しく受け止めた。
「おっ、ナイスキャッチ」
博士が明るく言う。
「しかしまぁ……あの高所からよくもまあ綺麗に受け止められますね~」
ジルベルトがマリーを見る。
「腕力が凄いのかしら」
その呟きにマリーは穏やかに答えた。
「コツがあるのよ。ほら、患者さんとか抱きかかえることもあるから」
マリーは柔らかく微笑んだ。
その笑みは、どこか慣れたものだった。
ジルベルトは感心したように「へえ」と声を漏らす。
「わたしは小柄、ジルベルトさんは火傷、博士は非力。
必然、受け止め役はマリーさん、ということですかね」
「うーん、改めて非力と言われるとそれなりに傷付くなぁ」
アリーシアスの言葉にクラウス博士は苦笑いをしていた。
そんな博士を他所に、マリーがウェリティアを抱きかかえる。
お姫様抱っこのまま、そろりとアリーシアスの前へ歩み寄った。
「うーん……」
唸り声を出し、ウェリティアが瞼を上げた。
「思ったより起きるの早いですね」
予想外だったのか、アリーシアスはわずかに目を見開いていた。
ウェリティアが気を失っておよそ十分。
ヴァルストルムに解析魔術をかけた者の中では最短だ。
「あー……しんど……頭がぐわんぐわん、ガンガンする……気持ち悪い……多分大人が経験する二日酔いってこんなんかー……」
マリーに抱きかかえられたまま、ウェリティアは混濁した意識をなんとか保とうとした。
「二日酔いってそんな感じなのかしらね?」
マリーがキョトンとした顔で尋ねていた。
「二日酔いはともかく──恐らく、解析範囲を絞ったおかげで、この程度で済んだのだと思います」
自分は解析魔術が使えないため、推測でしかない。と、アリーシアスは続けた。
「と、とりあえず……博士。
操縦席の向かって右の装甲……その辺り。操作は──」
揺れる視界の中、説明をするウェリティア。
その言葉通り、博士は梯子を登り言われた場所付近をコンコンと叩いてみる。
そうして一際、軽い音がする場所を発見する。
装甲を開くと、いくつかのボタンのようなものが現れる。
「ふむ、これを操作すればいいと言うわけか。
指定の手順を踏む必要がある、か。
なるほど単純に開かないようにはなっているね」
そう独り言を言いながら操作をする。
まもなく、ゴウンと音を立てて、操縦席が開いた。
~~~~
「ということで、操縦席で気を失っているレイディルをマリーさんがなんとか運び出したというワケです」
ヴァルストルムの操縦席が開いたとはいえ、高さがある。
「放り投げられたら簡単だったんですけどね」
などど、アリーシアスが宣う。
どうやらマリーがレイディルを背負い、紐で結びつけ、慎重に梯子を降りたらしい。
「それは……なんか……ひと仕事だったな」
いつもは何気なく開け閉めをしていたが、外から開いた記憶はない。
それはもう四苦八苦しただろう、とレイディルは思った。
「それで……残った大型ギガスは……どうしたんだ? オレの記憶じゃ、一体外したような……」
少し間を開け、レイディルが思い出したように質問を投げかける。
「そう、ですか──」
アリーシアスは少し残念そうな顔をし、わずかに視線を逸らした。
「まぁ、残った大型はわたしが華麗に吹き飛ばしてやりましたよ。見せてあげたかったです、わたしの凄い魔術を」
そう言って、大袈裟に身振り手振りを交え、得意げに語ってみせる。
「……光」
「え、なんです?」
「いや、気は失ってたんだけど……光が走ったのを見た気がする」
そのレイディルの言葉に、アリーシアスは口角を上げた。
「そうです! それこそがわたしの必殺技とも言える魔術。その名も《ルミナス・レイ》!」
そう言い、身を乗り出すように語り始めた。
曰く、光の魔術であること。
曰く、ラディアント・ブラスターを再現して見せたこと。
そして──まだ未完成であること。
一通り語り終えると、彼女はどこか期待するようにレイディルの反応を待った。
「……よくそんなの作ってる暇があったな……いや、それ以上に──あの大型を貫く魔術か……大魔術じゃないか」
「そりゃあ、至る所で本を読んで理論を組み立ててましたよ」
「ああ、あの……オレはてっきり英雄譚とか叙事詩とか読んでるのかと……」
「のんきですね……まったく。
わたしが本を読んでるのは、ほとんど魔術の研究か、もしくはあなたの勉強方針を考えるためです。……まあ、たまに英雄譚も読みますけど」
「んぐ……そりゃ悪かった」
自分のことを出されては、黙るしかない。
レイディルは言葉を詰まらせながら、そう謝った。
室内に、ふっと沈黙が落ちた。
レイディルは再び半身を起こそうと、力を込める。
身体がぐらりと揺れる。
それでも、無理に身体を起こした。
「もう少し寝ていた方がいいですよ……」
アリーシアスは静かな声で、そう言った。
「いや、なんていうか……折角だから街の様子が見たいなって……」
山道から港。
中型ギガスから大型。
あの激戦を越え、勝ち取ったその様子を、彼は見たいと言った。
アリーシアスは上目で軽くため息をひとつ。
その顔は呆れと諦めが混在していた。
「やれやれ……じゃあこの杖使ってください」
彼女はそう言うと、道具入れから松葉杖を取り出した。
そしてアリーシアスは少し思案し、続けた。
「ん……肩、貸します」
今のレイディルは、体に力が入らないだろう。
杖で支えたところで些か不安が残る。
彼は「うーん」と唸った。
「いや……しかしなぁ……」
年頃の女の子の肩を借りることに抵抗があるらしく、言い淀む。
「あぁ、もう! だったら倒れない程度の支えになります! これが妥協点!」
レイディルの反応にアリーシアスは耐えきれず声を荒らげた。
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二人は、荷台の側面に備え付けられた扉から、ゆっくりと外へ出た。
水平線の向こう、揺らぐ太陽の光が、起き抜けの目に染みる。
「んん……ここ、広場か……」
「はい、戦闘も終わったので、広場へと移動させました。あっ、ここ段差あるので気をつけて」
アリーシアスがそれとなく手を携えレイディルを誘導する。
(当然と言えば当然だけど、レイディルの足取り、やっぱりまだ重いかな……)
杖と彼女の支えでなんとか歩けている程度だ。
ようやく地面に降り立つも、レイディルの息は絶え絶えだ。
広場に立つレイディルの右腕に、自分の腕を絡める形に位置を変え、アリーシアスが補助をする。
そんな彼女がふと目を向けると、跪くヴァルストルムの姿があった。
ヴァルストルムの右腕とレイディルの顔を交互に見比べた。
「……」
何かを言いかけて、アリーシアスは小さく口をつぐむ。
「なんだ? なにかあったか?」
「いえ、別に……」
レイディルの問いかけにアリーシアスはそっぽを向いた。
「しかし……しんどいな……」
「だから大人しく寝てた方が良いって言ったじゃないですか……」
そう言いながらも、アリーシアスの視線は一瞬だけ、ヴァルストルムの腕へと戻った。
「寝てばっかもなぁ……」
アリーシアスの様子など意に介さず、レイディルは気の抜けた声でぼやいた。
「功労者はその権利があるわよ」
そやり取りを交わす二人に、声がかかる。
見れば広場の端、そこにあるベンチにジルベルトは座り二人を見ていた。
マリーがその隣で、両腕を取り治癒を施している最中だ。
「休める時に休んどかないと」
そう言い、立ち上がろうとしたジルベルトをマリーが窘める。
「ルルさんも、治療受けられる時にちゃんと受けてください」
そうピシャリと言われ、ジルベルトは大人しく「はい……」と一言発し、座り直すのだった。
その傍らで、だるそうな人影が視界に入る。
ふらり、と身体を揺らしたのはウェリティアだ。
「あっ、レイディ起きた?」
レイディルに気づくと、ウェリティアは猫背のまま、ふらふらと近づいてくる。
「お加減どうですか?」
「んー……サイアクかな。頭痛い」
もともと気だるげなウェリティアは、さらに気だるげな様子で答えた。
「まぁ、私だからこの程度で済んでるところもあるかな。一般人だとこれ解析の記憶残らないだろうね……」
こめかみを押さえながら、ウェリティアは息をひとつ吐く。
ふと、二人の腕に視線を落とした。
「あー……いいなぁ。私も支えて……」
そう言いつつ、レイディルの杖を持つ方の腕を遠慮なく取る。
「今のレイディルじゃ支えになりませんよ」
「なんか捕獲された獲物みたいだな……オレ」
レイディルは左右の腕を取られながら、改めて周囲を見渡した。
街には瓦礫が散乱し、煙が燻る。
広場から港へと続く道は、建物が溶け落ち、ひしゃげている。
所々張られているテント。
その傍らで身体を休める騎士たち。
救出された住民。炊き出しの準備をする者。
街はボロボロだった。
それでも──帝国を打ち破り、取り返したのだ。
レイディルは、そのまま視線を港へと向けた。
港も荒れていた。
ギガスの残骸と思われる岩屑が散らばり、桟橋は崩れ、係留されていたはずの船の姿はない。
船の残骸だけが、波に揺れていた。
「船は……ないのか」
「ええ。我が国の船は、帝国軍が占領時に全部壊したらしいわ」
横から、シエナ姫が声をかけた。
その後ろには、ロルフ率いる護衛の姿もある。
「おはよう、操縦士さん。両手に花ね」
「あ、おはようございます……」
咄嗟のことに、レイディルは間の抜けた返事を返した。
シエナ姫は気にした様子もなく、言葉を続けた。
「まったく……船がこれじゃあ港の意味がないわね……」
口に手をやりながら、シエナ姫はブツブツと呟く。
やがて、姫はひとつ区切りをつけたように話題を変えた。
「もうしばらくして一段落したら、戦後処理の諸々で一度王都に戻ろうと思うわ。
……帝国のこともあるしね」
シエナ姫は気が重いと言わんばかりに、大きくため息をつく。
そうして姫は、ウェリティアの方へ視線を向ける。
運転よろしく、と言いたげな顔だった。
ウェリティアは小さく「うへぇ」と漏らした。
レイディルが海へと視線を向けると、いつの間にか沖に船影があった。
それも一隻ではない。いくつもの影が、海上に並んでいる。
「ん……? あれは?」
その声に残りの三人も海を見つめた。
やがて、そのうちの一隻から小舟が切り離され、港へと進み出た。
「えぇ……まだ何かあるの……」
ウェリティアは心底うんざりしたというように声を捻り出した。
「敵……というには様子がおかしいですね」
アリーシアスの言葉に、シエナ姫は小舟へと視線を据えた。
「はぁ……敵であれ何であれ、休むのはもう少し先になりそうね……」
そうして姫はロルフと護衛を連れ、港へと歩みを進めた。
レイディルもまた二人に支えられ、姫の後を追った。
その背後で、かすかな話し声と火のはぜる音が、街の空気に溶け込んでいた。




