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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
アルバンシア反攻編
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第五十五話「金色の一条」

 戦略級魔術──


 それは一級魔術師を一級たらしめる、理由の一つであった。


 戦場そのものを変えてしまう規模を持つ魔術。


 都市を消し飛ばし、艦隊を沈め、時には地形すら書き換える。


 だが、それは単なる強力な魔術ではない。

 国家が扱う兵器だ。


 そのため使用には厳しい制約がある。


 王族、あるいはそれに準ずる最高権限者の許可。


 そして使用後には、必ず報告書が作成される。

 発動理由。

 戦術的必要性。

 被害規模。


 それらを詳細に記録し、後の責任問題に備えるためだ。


 戦略級魔術とは、撃った瞬間に国が責任を背負う魔術なのだ。


 とりわけ厄介なのは、他国領内で使用した場合だ。


 戦略級魔術は戦場だけで収まるとは限らない。


 余波が周辺国へ及べば、たちまち外交問題へと発展する。


 条約違反、過剰攻撃、民間被害。

 国際的な非難を浴びる例も珍しくない。


 だが──


 自国領内であれば問題が軽いかと言えば、そうでもない。


 今度は国内の問題になる。



「これが戦略級魔術……」


 水蒸気が晴れた着弾地点の水面(みなも)を見つめ、アリーシアスが絶句していた。


 ジルベルトはマリーの治療を受けながら、シエナ姫へ謝っていた。


「いやー……マジごめんね。出来るだけ範囲抑えたんだけど、結局、港ちょっと吹っ飛ばしちゃったわ……潮の流れも変わっただろうし、港の復興が面倒になったわねぇ……」


「自国を焼くということはこういうことです……」


 破壊された土地。

 失われた施設。

 そして復興費用。


 誰が許可し、誰が責任を取るのか。

 政治的な追及は、戦場の後で必ず始まるだろう。


 シエナ姫は粛々と答える。

 

「黙って全滅するわけにもいかないもの、今回は仕方ないと思います」


 戦後、役所の机にどれだけの書類が積み上がるのか。

 想像するだけで、役人たちは頭を抱えるだろう。

 姫の隣でダイレルがこめかみを指で抑え、目を閉じていた。

 ブツブツと「仕方ない……仕方ない……」と繰り返す声が漏れている。



「ジルベルトさん! 大丈夫ですか!?」


 アリーシアスがジルベルトの元に駆け寄る。


「おっ、やっほ! お嬢様見てた?

中々見られるもんじゃないよ~?」


「しっかりと目に焼き付けました。いえ、それよりも……腕が……」


 アリーシアスは魔術の余波で焼け爛れた腕を見る。

 両手は痛ましい状態だ。


「ん~、戦略級魔術ってさ、実行言語は長いし、構築には時間かかるし、術者にも反動あるし……デメリット多いのよね~」


 ジルベルトは自身の状態に対しあっけらかんと言う。


「しかも魔力を限界まで絞り出すから──しばらく魔術は使えなくなるしね~」


 空を見上げ言う。


「だから正真正銘、切り札ってワケ」


 そう言って、ジルベルトは肩を竦めた。

 やがてアリーシアスの顔を見て、笑って見せた。


「火傷は時間をかけて治療するしかないけど、魔術が使えないのはどうしようもないわね」


「いや~、マリーさんみたいな優秀な治癒術者がいてくれて助かりましたよ~」


 広場にジルベルトの軽い笑い声が響いた。




 街や広場のでは、騎士たちが座り込み、疲れた身体を投げ出すようにして、ようやく訪れた勝利と安寧を噛み締めていた。


 魔術師たちは魔力を使い切り、誰もがうなだれるように頭を下げる。


 エリオスも例外ではなかった。


「いやぁ、楽はできないものだ……」


 と、独りごちている。



 波止場付近では、逃げ遅れた者はなく、全員が無事だった。

 レイラは安堵に胸を撫で下ろし、自分の剣を見つめた。


 その刃はボロボロで、最早使い物にならないほど消耗していた。


 彼女は静かに愛剣に礼を言い、鞘へと仕舞い込んだ。

 港には、穏やかな時間が流れはじめようとしていた。



 街の広場にいる者たちも、訪れた静寂に戦の終わりを感じ取っていた。

 

 その傍らでアリーシアスは、顎に手を当て、思索(しさく)に沈んでいた。


「あれが戦略級……」


 炎術の極。

 それは、ただ火を放つ魔術ではない。


 通常、魔術というものは現象を戦場に再現し、実行言語によって昇華させる。

 術者は威力、範囲、燃費──それらを調整し、状況に応じて最も効率の良い形に術を組み替える。


 だが、戦略級は違う。


 効率など初めから捨てている。

 膨大な魔力、長大な実行言語、術者への反動。

 そのすべてを飲み込んだ上でなお、撃つ価値があると判断された術。


 調整の余地はほとんどない。

 ただ、定められた形のまま戦場へ叩き込まれる。


 アリーシアスは今、その到達点の一つを目の当たりにしていた。



「お嬢様なら、なんかの参考になるんじゃない?」


 神妙な顔で考え込むアリーシアスにジルベルトは声をかける。


「そう──ですね……」


 思い当たる節があるのか、それともただ戸惑っているのか。

 その返事は、どこか歯切れが悪かった。


 その時だった。


 広場のあちこちで、ざわめきが起きた。


「……?」


 若い騎士の一人が海の方へと目を向ける。


 穏やかだった港の水面が、わずかに揺れていた。


 風はない。

 波も立っていない。


 それでも、水面だけが静かに歪んでいる。



「え……なに、あれ……?」


 騎士の声は、戸惑うような響きを帯びていた。


 やがてその異変に気づく者が増えていく。


 その中で、クラウス博士は水面を見つめたまま、絶句していた。


「なんてこった……」



 水面から、何かが突き出ていた。


 それは岩のようにも見えた。

 だが時間が経つにつれ、ゆっくりと持ち上がっていく。


 周囲に大きな波を立てながら。


 やがて──


 表面を焦がした大型のギガスが、上半身を海面から現した。


 さらにその後ろから、もう一体。



「あー……これって出来たクレーターに今まで沈んでたってことかー……所謂、撃ち漏らしってヤツ?」


 うんざりしたような声で、ウェリティアが状況を分析していた。



「直撃したやつ以外はアレで仕留めきれてないワケね……」


 状況を察したジルベルトが、痛む身体で海を見つめる。

 その顔に浮かんでいたのは自責だった。

 切り札(ディザスター・ノヴァ)をもってしても仕留めきれなかった、自らの未熟さへの。



 戦略級魔術で焼けた波止場から、バーグレイ将軍が広場へと戻ってくる。


「戻りました! えらいことになりましたな……」


 海を進む大型ギガスの姿を見やり、バーグレイ将軍が唸るように言った。


「ご苦労さまです将軍。軍の状態は?」


「騎士たちは限界……大砲の弾も矢も撃ち尽くしました。どうやら……ヴァルストルムも……ですな」


 バーグレイ将軍はシエナ姫に淡々と状況を報告した。


「あとは……上陸してきた大型に対して、余力のあるリオルドさんに何とかしてもらうしか……ないかしら……」


 現状、もはやその手しか残っていない。

 リオルドならば倒せる可能性はあるだろう。


 だが、上陸を許せば確実に、この港街は再起不能になる。


 かといって、大型を野放しするわけにもいかない。


「ギガスにも術者との射程距離があると聞くが……

皇帝がもっと離れるまで耐える……は無理か」


 エリオスが呟くように言う。


「皇帝がここからどれだけ離れたかは分かりませんけど……

近くにいるとも思えません。射程は、実質無いものと考えた方がいいかも……」


 マリーがその呟きに反応する。

 エリオスは「だよな~」と力なく相槌を打った。



「……」


 シエナ姫は必死に打開策を思考する。

 やはり自国の港。

 出来るだけ犠牲にしたくない。

 住んでいる者たちのこともある。

 戦いが終わればそれで全て終了ではないのだ。


 そう考えあぐねていると──



 グレオールが、一歩前に出る。


 周囲の視線が、一斉に彼へ集まる。


 その視線を気にする様子もなく、ヴァルストルムの前に立つ。


 アリーシアスは操縦士の件を思い出し、少し身構える。


 グレオールは一瞬だけ視線を伏せた。

 唇を固く結び、何かを飲み込むように息を吐く。

 しかし、グレオールのとった行動は──



 彼はヴァルストルムに対し、深々と頭を下げた。



「……頼みます」


 その口から出たのは、ただの一言。

 それだけだった。



 ヴァルストルムが静かに前へと踏み出す。


『……頼まれました』


 レイディルの声が街に響く。



 グレオールも、レイディルが限界に近いことは分かっている。

 そしてレイディル自身も、それを嫌というほど理解していた。


 それは二人だけではない。

 周囲の誰もが、そう思っていた。


「また……撃つんですね」


 アリーシアスはヴァルストルムを見上げながら言葉をこぼした。


 誰も、何も言わなかった。


 大型に対抗出来る武器はもはやラディアント・ブラスターしか残っていない。


 恐らくあと一発、撃てるか撃てないか。


 例え限界を越え、撃てたとしても意識はそこで途切れるだろう。


 グレオールに頼まれたからやるわけではない。

 例え誰に頼まれなくても、自分は撃つために前に出ていた。


 レイディルはそう考えながら、ヴァルストルムの後ろ腰から光の大砲を取り出し構えた。



 目が霞む。

 沖を進む岩影の姿が多重にブレる。


 ヴァルストルムの望遠機能で壁に映し出されるギガスは巨大だと言うのに。


(真ん中だ……真ん中を狙え……)


 操縦桿を握る手に、力が入らない。


 連なり海を歩く大型ギガス、その中心へ銃身を向ける。

 向けている、はずだ。




 レイディルは引き金を絞るかのように、操縦桿のボタンを押し込んだ。



 次の瞬間、身体の奥を抉るような衝撃が走る。


 サイリンク・リアクターに蓄えられていたエネルギーでは足りない。

 不足分を補うように、レイディルの精神力が強引に引きずり出される。


(……っ)


 意識が、暗く沈みかける。


 ラディアント・ブラスターが放たれる。

 輝く金の光は、真っ直ぐに駆け抜けた。



 先頭の大型ギガスに直撃。


 その巨体を貫き、粉々に砕く。



 だが──



 二体目。


 右半身を大きく抉られながらも、

 それでもなお前進を続けていた。


 照準が、わずかにズレていたのだ。



「しまっ……」


 レイディルの意識が途絶えると共に、地面へと跪いた。




「……操縦士さんを、責めることはできません」


 シエナ姫が呟きのようにか細い声を出す。


 ここで退却した場合、大型ギガスはあとどれほどで活動限界を迎えるのか。

 術の制御はどこまで及ぶのか。

 そして、どこまで進撃してくるのか。

 

 それらを考え踏まえ、姫は拡声器を構えた。


『全騎士に告げます! 大型ギガス残り(いち)! 半壊しつつなおも前進! 我々はこれを陸で迎えうちます!』


 切り札は出し尽くした。

 損害が未知数であるならば迎え撃つしかない。


 リオルド一人にやらせる訳には行かない。

 残った戦力によって港を防衛するのだ。


「それが如何に無謀だとしても……」

「いえ……まだです!」


 シエナの独り言を遮るかのように、アリーシアスが大きな声を上げた。


 周りは目を丸くし、彼女を見つめる。


 アリーシアスは深呼吸を一つ。


「まだ、ここに消耗のない魔術師が、一人います」


「気持ちはありがたいけれど──」


 二級魔術師に何ができるのか、シエナ姫はそう言いかけた。

 だが、少女の顔は真剣そのもの。

 有無を言わさぬ雰囲気を出していた。


 そうしてアリーシアスは静かに歩を進める。

 杖を片手に、跪くヴァルストルムの前へと。


「やらせてみましょう。ダメ元です。

あの少女が何を成せるかは知りませんが──なに失敗すれば元の作戦を通せばいい」


 バーグレイ将軍は、わずかに肩をすくめて言った。


 アリーシアスはジルベルトに向きかえり、その顔を見る。

 ジルベルトは何を言うでもなく、ただ静かに頷いた。



------




「いえ……まだです!」


 わたしらしくない大声だと自分でも思う。


「まだ、ここに消耗のない魔術師が、一人います」


 そう言うしかなかった。

 わたしのような少女に、誰が賭けると言うのだろうか。


 自分だってそう思う。

 ましてや二級魔術師。


 ジルベルトさんのような戦略級魔術が使える訳でもない。


 でも、わたしは前に出た。

 自信は……どうだろう。


 ちょっと無いかも。

 正直、レイディルが聞いたらウソだろ?と言うかもしれない。

 でも、本当に自信があるわけじゃない。


 わたしは、せめてヴァルストルムさんの前へと、歩みを進めた。

 将軍が「やらせてみましょう」と言ってくれた。

 確かにダメ元かもしれない。

 そう思いながら杖を握りしめる。



 憧れのあの人へと顔を向ける。

 ジルベルトさんは、何を言うでもなく、ただ頷いてくれた。

 今からわたしがやることを肯定してくれている気がしてくる。



 通算、三度。

 わたしは見た。


 一度目は遠くの街道から。

 二度目は森で。

 三度目は、そう、今。


 ならば出来る。出来るかもしれない。



------



 アリーシアスは静かに、そしてゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


 誰も聞いた事のない、思い当たる節もない実行言語。

 この場にいる大勢の魔術師であろうとも、多彩な魔術を操るエリオスでさえも、紡ぎ出される言葉を理解できなかった。


 魔力が形を作る。


 アリーシアスの杖に魔術が構築される──



 その先端に()()()()




------


 正直、整っていない。

 効率的じゃない。

 酷く歪で、稚拙。


 自分で考え、作り上げた実行言語。


 機動馬車の中で、暇があれば少しづつ組み立てていった。

 みんなには内緒で。


 わたしだけの魔術を。



 魔術とは、現象の再現だ。


 そして再現した現象に、実行言語によって様々な形を付加させる。


 あの日、ヴァルストルムさんが放った光。

 あれがあるからこそわたしは──




------



「いつか……シアちゃんは“この世界には光の魔術は存在しない”って言っていたわ……」


 杖の先に生まれた光を見て、マリーが思い出すように呟く。


「いやはや……あたしが言うのもなんだけどさ……」


 ジルベルトが口角を上げ笑う。


「天才だわ……」 




------



 憧れのジルベルトさんの声が聞こえた。

 嬉しいことを言ってくれた。

 でも、わたしは天才なんかじゃない。


 今だってほら。



 わたしの杖に集まる光は、暴れ狂ったように、纏まりなく散らばる。


 勢い強く、まるで制御を拒むように。


 わたしの身体では、術を支えきれない。



 わたしは倒れそうになる。


 足を踏ん張ってみるけれど、それ以上の衝撃に身体が持っていかれそうになる。


「ぐっ……」


 意識しなくても、自分の口からくぐもった声が出た。


 その瞬間。

 背中に、硬いものが触れた。


 倒れかけた身体が、ふっと止まる。

 振り返る余裕はない。


 けれど──

 背中を受け止めているのは、硬い金属の感触だった。


 巨大な掌。


 跪いたままのヴァルストルム。

 その右手が、そっと開かれていた。


 まるで、背を支えるように。



 ジルベルトさんは、戦略級魔術の代償をものともせず放った。

 レイディルは限界を超えて、ラディアント・ブラスターを撃った。

 

 ならば──


 「わたしだって……!」


 口からくぐもった声が漏れる。

 他の誰でもない、自分へ向けた声。


 けれど光は集まるそばから放射するように散らばろうとする。

 それをどうにか留めながら魔力を捻り出す。


 大型が進んでくるのが見えた。

 もう港に近い。


 クソッたれ!とわたしは心の中で悪態付いた。


 そんなに暴れたいのならギガスに向かってからだ。

 わかった。

 なら、今すぐ名前を付けてあげる。


 名前は大切だ。

 これが最後の魔術を構築する要。


 そう、この光はルミナス──



 杖の先で暴れていた光が、一瞬だけ静止する。


「……ッ! ルミナス……ルミナス・レイ!」



------



 アリーシアスの杖から光が迸る。

 名前を与えられ解き放たれた光は、一つに纏まり、ただ一条となって(くう)を駆け出した。


 キィィィィンという高音を引きながら、衝撃を伴い空と海をわかつかのように飛翔する。


 その勢いに呑まれながら、アリーシアスは懸命に杖を離さぬよう腕に力を込める。


 金色の光は輝き、ただ真っ直ぐに進む。



 放たれた光の衝撃が少女の銀の髪を大きく揺らした。

 金色の閃光の中で、その髪はまるで光の尾のように揺れていた。



 今にも港へ上陸せんと、陸に足をかけた大型。

 そのど真ん中に、光が突き刺さった。


 胴を光が穿つ。

 岩の体にくい込み、抉り、砕く。


 巨体がぐらりと揺れ、上体が折れ曲がった。


 光はそのまま背後に突き抜け、背面の岩が弾け飛んだ。


 そして砕かれていた右と胴のヒビが繋がり、一気に砕けた。



 崩れ落ちる巨岩が海へと落ちていく。

 残った下半身もやがてボロボロと崩れ、海の底へ沈んでいった。



「終わった……」


 誰かが呟いた。

 今度こそ、正真正銘の勝利だ。



 アリーシアスは力を無くしたように、地面にペタンと座り込む。


 そして、後ろを振り返る。


「ありがとうございました……」


 レイディルとヴァルストルムに、誰にも聞こえない小さな声でお礼を言った。


 巨大な右の手のひら。

 その指の隙間から覗くヴァルストルムの瞳は、すでに光を失っていた。

 それでも少女を見守っているように見えた。

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