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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
アルバンシア反攻編
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第五十四話「ディザスター」

 帝国の旗を掲げた艦が、ゆるやかに波を割る。

 皇帝専用の巨大艦だ。


 動力として据えられた二体のギガスが、それぞれのパドルを回し、艦は沖へと進んでいた。



 甲板に立つ男の外套が、潮風を受けてはためく。

 皇帝は水平線を見つめたまま、振り返らずに告げる。


「アーヴィングはどうか」


 背後に控える兵が、即座に姿勢を正した。


「はっ。重傷ではありますが命に別状はなく、医務室にて治療を受けておいでです」


 わずかな間。


「鋼鉄を従える術を得たとはいえ、その代償は大きかったか……。だが、まだ強くなれる。楽しみなことだ」


 その呟きは潮風に攫われ、誰に届くこともなく消えていく。


 皇帝の視線が、別の男へと移る。


「ロデリックよ。傷はどうだ」


 呼ばれた男は深く頭を垂れようとしたが、痛みに動きを止めた。


「は……辛うじて右腕と肋骨数本で済みました。剣で防いだはずですが……リオルド……恐ろしき男にございます」


 皇帝は小さく息を吐く。


「うむ。お前も治療へ下がれ」

「……はっ」


 部下のクルトに支えられ、ロデリックは艦内へと退いた。


 甲板に、鈍い足音が残る。

 やがて、それも消えた。


 再び、静寂。


 皇帝はゆっくりと、港へと視線を向ける。


 遠く、かすむ港街。

 未だ黒煙を噴き上げるエルバルト港。


「さて……アルバンシア」


 低く、愉悦を含んだ声。


「どこまで足掻けるか」


 口元が、わずかに歪む。

 それは笑みだった。


 潮風が、甲板を吹き抜ける。



------




 轟音が大地を揺らす。


 海からほど近い港。

 荒れた無機質な舗装地で、レイラは迫り来る岩の巨影を睨み据えた。


 小型とはいえ、五メートル。

 それが百体。

 波打ち際の岩礁を踏み砕き、石の巨躯が波のように押し寄せる。


「近接部隊は……小型ギガスの対応を!」


 声が戦場を裂く。


「武装は槌、斧、破砕系を優先! 剣は補助を!」


 次の指示は、迷いなく。


「魔術師隊は大型の迎撃に出ます! こちらへの援護は……ありません!」


 一瞬、兵の視線が揺れた。

 だがレイラは振り返らない。


「削りは私がやります!」


 踏み込む。

 レイラの剣は、人を討つ剣だ。関節を断ち、呼吸を奪い、急所を穿つ。

 だが岩に急所はない。


 質量を断つには、決定的に破壊力が足りない。


 それでも──。

 風を纏う。


 地を蹴る音すら消し、岩の懐へ滑り込む。

 一閃。


 防御結界(プロテクション)が軋み、纏った魔力が削れる。

 同時に、風を維持するだけで脚が重くなる。


 だが一撃では割れない。

 速度で削るしかない。

 後衛の魔術師はいない。本来のとどめ役は大型に回っている。


 ここは、己の脚と剣だけ。


(小型ギガス、百体……)


 視界の端に広がる、岩の群れ。


(ちょっとキツイ……かも)


 唇の端がわずかに歪む。

 それでも止まらない。

 止まれば、背後の誰かが潰れる。



------




 一方、街の中腹の広場では。


 中央で、ヴァルストルムは直立したまま動かない。

 操縦席の中で、レイディルは戦況を睨んでいた。


 小型百体。

 出れば潰せる。


 だがその間に、大型は港へ迫る。


(小型は……俺が出れば止まる)


 だが、それだけだ。

 おそらくその後の体力、魔力が続かない。

 それほど自身が疲弊していることを、理解していた。 


 レイディルは肩で息をしていた。

 ボヤける視界を、唇を噛み締め何とか戻す。


 操縦桿を握る手が、震えている。

 


「ちょい待ち、ディル坊。アンタ、今動くのもしんどいでしょ?」


 ジルベルトが横目で見た。


『……』


「小型は他の隊が何とかします。

だからレイディル、焦らないで」


 姫が振り向かず告げる。


 短い沈黙。

 ヴァルストルムは動かない。



「小型はレイラ隊に任せて、我等は大型の対処を!」


 グレオールの号令が、魔術師隊を震わせる。


「帝国の残した要塞からも射撃を! 使えるものはなんでも使え! 波止場、埠頭へ大砲を並べろ! 小型の薄い箇所に砲を据えろ!

大砲の護衛も忘れるなよ!」


 バーグレイ将軍の声が続き、広がる。


 広場から見下ろす海の沖、砕けた波頭の向こう、巨大な影が進む。



 

 

 海面を割り、胸元までを海上に晒したまま進む巨躯。

 下半身はなお海中に沈み、見えぬ質量が水底を踏み砕いている。

 小型とは比べものにならぬ質量。


 その先頭に一体。

 わずかに後方、左右に分かれて二体。


 三体の大型ギガスが、港へ向けて歩みを進めていた。



 東の断崖――削り出された湾岸要塞の砲門が、一斉に海へ向けられる。


「撃て!」


 要塞に残っていた騎士が吠える。

 火が走る。

 鉄塊が弧を描き、沖へと消える。


 ——静寂。


 遠く、海が跳ね上がった。


 その瞬間、遅れて轟音が街を震わせる。



 広場で双眼鏡を覗く将軍。


「これを続ければ、防御結界は削れる……か?」


 馬鹿げた力を持つ皇帝が放った、大型ギガス。

 どれ程の結界強度があるか、測りかねていた。


「むぅ……ワシは湾岸で指揮をする。弓隊付いてこい! 距離が詰まれば弓の出番だ! この場はグレオール、お前に任せた!」


 そう言い、将軍は弓隊を連れ港へと向かった。


 なおも続く砲撃。

 しかし、大型ギガスの歩みは止まらず、着実に港へと近づいてきている。



「こりゃあ大砲と弓だけじゃ足りねぇな……あと足止めが必要だ」


 リオルドが目を細め沖を注視する。


「大型ギガス、港まであと千五百メートルといったところかな」


 その声は、広場東側の入口から響いた。

 現れたのは大隊長エリオス。

 杖を持つ魔術師たちを従えている。


 海面より高く、小型ギガスがいないこの広場なら、魔術隊の魔術を放ちやすい。


「来てくれましたか、エリオスさん」


 海を睨んでいたグレオールが、振り向いた。


「足止めを。出来ますか?」


「自信はないけどね……やってみよう」


 エリオスは海を見つめ両手を(かか)げた。


──風よ、足元に荒々しく集え。

空気よ、震えを止めよ。


大地の脈を激しく絡め、熱の鼓動を奪い尽くせ。──


「これはトルネード・ライズとフローズン・エア……?」


 傍らのアリーシアスが、思わず息を呑んだ。


「いやぁ器用なことするわ~」


 ジルベルトもまた苦笑を浮かべる。



 二種混合魔術。

 放たれた魔術が、海上に竜巻を発生させた。


 巻き上げられた海水が、瞬時に凍りつく。


 ねじれながら上昇する氷塊は、やがて巨大な柱となって海上に屹立(きつりつ)した。


 風は海面を抉り、冷気は空気を裂く。

 その中心に、巨大な氷像が三つ築き上げられた。


「……この距離で、海を凍結……」


「私はジルベルトのように強いのは無理だけど、この程度はね」


 遥か沖を見つめ、アリーシアスが目を丸くする。

 エリオスは頭を掻きながら言った。


 本人曰く、究極の器用貧乏。

 それがエリオスという男だった。



 だが──


 次の瞬間、凍りついた海を砕きながら、大型は前進した。

 氷が割れ、海水が跳ね上がる。


「なんて馬鹿力……! やっぱり長くは拘束できないか……」


 エリオスの声がかすれる。


 

「いや、あれで正解だ!」


 リオルドが叫ぶ。


「お前は氷竜巻を持続! 魔術師たちにも氷魔術を使わせろ! 氷の礫系だ!」


「何か、考えが?」


 グレオールが身体を(ほぐ)しているリオルドに問いかける。


「単純な話だ。アイツらが足止めして俺がぶん殴る!」


 グッと拳を握り込むリオルドに、グレオールは呆れた顔で肩を落とした。

 だが、その口元はわずかに笑っている。


「姫さん! “アレ”を使う時じゃねぇか!?」


 リオルドはそう問いかけ、答えを聞かずに港へと走り出した。


 エリオスは即座に魔力を注ぎ込む。

 大型は、止まらない。


 港までの距離、残り千。


「魔術師隊! 氷の礫を大型ギガスに集中!」

 

 氷弾が唸りを上げ、空気を裂く。


 リオルドが港から海へと飛び出した。


 速い。


 大型目掛け飛来する氷の礫。


 リオルドはその一つを蹴る。

 さらにもう一つ。


 足場は不規則。

 触れれば砕ける。

 だが止まらない。


 氷を踏み替え、風を裂き、一直線に大型へと迫る。

 空を駆ける。


 そして──エリオスが構築する吹き荒れる竜巻の中へ、躊躇なく踏み込んだ。



「弓隊! 魔術で矢の射程を伸ばせ! リオルドに構わず射ろ! どうせ避ける!」


 将軍が吼える。

 湾岸から、風の魔術に乗った矢が一斉に放たれる。


 魔術は結界に弾かれる。

 だが、風に乗せた実体の矢は違う。

 防御結界の効力を、わずかずつではあるが確かに削っていく。



 大砲の弾が、矢が、礫が。

 氷の竜巻の中を乱舞する。



 だが、リオルドはそれらをものともせず、大型へと飛び移った。


 すかさず巨大な剣が、両の腕から振り下ろされる。


 海上へ轟音が弾けた。


 しかし、巨大な岩の怪物の前ではリオルドの一撃といえど、山を叩くに等しい。



 だが、海面から突き出た巨体は、僅かに仰け反った。



「ひぇぇ、あれで人間……?」


 広場で単眼鏡片手に傍観するウェリティアが、ドン引きしていた。


「……でも、アレでもまだ足りないわ」


 マリーの声が、シエナ姫の胸に落ちる。

 このままでは、間に合わない。


「……ジルベルトさん。出来ますか……?」


 シエナ姫の隣で、腕を組み堂々と立つジルベルト。

 髪を風にたなびかせ、静かに頷く。

 口から、溶けきった飴の棒を抜き取る。


「おうよ、やらいでか」


 飴の棒を指で弾き、ジルベルトは笑う。

 その足元から、静かに、しかし確実に魔力が満ち始める。


「多分さ、こーいう時の為に温存したのよね。絶好の機会ってワケね」


「なにを……?」


 未だ大型の防御結界は健在。

 それを承知で魔術師が何をするのか。

 アリーシアスには見当がつかなかった。


「お嬢様。一級魔術師が一級魔術師と呼ばれる所以──見せてあげよう」


 ジルベルトが自信満々に言う。



 シエナ姫は、迫り来る大型ギガスを見据える。

 戦う兵たち。

 大型に立ち向かうリオルド。


 そして、静かに口を開いた。


「アルバンシア王代理、シエナ・ゼルテ・アルバンシアが命じます。

ジルベルト・ルルアノーク。

戦略級一級魔術の使用を許可します」


 姫の張り詰めた表情が、ほんのわずかに緩む。


「緊急事態ということで、許可は略式…… 細かいことは全部終わってからにしましょう」


「おーけい……それじゃはじめるわ」


 姫の言葉を受け、ジルベルトが広場の端へ立つ。

 魔力が躍動する。


 通常の魔術とは比べ物にならないほどの魔力が集まる。

 魔術の構成が、ゆっくりと紡がれていく。


「あっ、姫! 悪いけど時間稼ぎの命令よろ!」


 シエナ姫は拡声器片手に、目いっぱいの大声で、街全体へ声を響き渡らせた。

 どうせ聞く敵もいない、聞かれて困るような内容でもない。


『今から、切り札(ジョーカー)を切ります! 全軍、十五分、耐えて!』



 十五分。

 通常ならばさほどの時間ではない。

 しかし、接近する大型を足止めするには命を賭した九百秒。



「ジルちゃんの切り札か……ははっ。これは相当距離が要るな。楽はできない、か」


 エリオスは構築した氷風魔術に、更に魔力を込めた。


「各自! 死に物狂いで足止めだ!」



 大型ギガスの真下の海が完全凍結し、足を絡め取る。

 だが、次の一歩で氷床が砕け散る。

 砕氷を踏み砕きながら、巨体はなお前進する。


 魔術師たちの氷の礫が、大型の表面を凍てつかせる。

 凍結を纏ったまま、それでも歩を止めない。



「……」


(環境、海の生き物、港の損害……今はなんにも気にするな……ただただ撃つ、それだけ)


 ジルベルトは短く息を吐く。

 そして魔術を構築するため、実行言語を紡ぎ始める。


──焔よ、集え、我が魂の最深より

古の業火、今ここに呼び覚ませ──



 波止場では、弓隊や配置された大砲を護るように、近接隊が小型相手に奮闘している。

 その戦場を、レイラが駆ける。


(残りの体力が……だなんて言ってられないッ!)


 小型の間を、全力で疾走し両手の(つるぎ)を振るっていた。



 迫る小型ギガスの装甲の継ぎ目へ、細身の刃を叩き込む。


 本来ならば弾かれる角度。

 対人用の刃を使う相手ではない。


 剣が装甲を滑る。

 刃の寿命が尽きかけているのは、とうに分かっていた。


 それでも──


「……まだ、やれる……!」


 一撃で足りないなら──何度でも削る。


 更に一閃。


 振り抜く。


 甲高い破断音。

 細身の剣が、半ばから折れた。


 とうに悲鳴を上げていた刃は、ついには耐えきれなかった。




──炎の咆哮を、世界の果てに響かせ

揺らめく炎を、絶対の破壊に変えよ

空を焦がす一閃を超え

時空すら溶かし尽くす業火を解き放て──


 ジルベルトの突き出した両の手に魔力が集まる。

 それに呼応するかのように、周囲の温度が徐々に上がり始めた。



──我が意志を楔とし、終焉の刻を重ねよ

全てを飲み込む紅の奔流よ

大地を裂き、海を蒸発させ

山を崩し、空を焼き払え──




 岩にメイスがめり込む。

 レイラが削った防御結界(プロテクション)を突破し、騎士たちの一撃が衝撃を与える。

 騎士たちの物理攻撃が、小型ギガスを少しずつではあるが、崩していく。


 さらに隙を見て離れた騎士数名が魔術を解き放つ。


 魔術師ほど強力では無いが、アルバンシアの騎士たちも魔術が使用できる。

 放たれた数本の雷はギガスの胴体で爆ぜ、半身を焼き切った。


「大隊長!」


 細身の剣が折れたレイラに気付いた、部下の一人が声を上げた。



 その声に感化されるように、レイラはすぐさま折れた細身の剣を、鞘へとしまう。


 振り下ろされる小型ギガスの腕。


 レイラは踏み込まず、半歩だけ外す。


 叩きつけられる衝撃の風圧と同時に、身体を滑らせる。


 落ちてくる腕の軌道に沿うように。

 その内側へ。

 抜きはなったパリィイングダガーを滑り込ませる。

 押し込むのではなく、流れに乗せる。


 岩が軋む。

 わずかに、ギガスの動きが鈍る。


 本来の用途ではない、だが──


(削れればなんでもいいッ!)


 鈍った動きの隙を突き、幅広の剣で連撃を叩き込んだ。


 すかさず多数の騎士が近接武器で追撃をかける。


 連撃を叩き込みながら、視線だけを沖へ走らせる。

 砕けた氷の向こう。

 巨大な影が、なお港へと迫っている。


(エリオスさんの足止めが上手くいっていない……?)


 彼女はハッとし、近くの部下を呼び寄せた。




 その頃、海上では大型ギガス相手に立ち回るリオルドの姿があった。

 凍結した海面を足場に、次々と移動を繰り返す。


 一撃、二撃、三撃。

 渾身の一撃を立て続けに三体の大型に浴びせる。


「効いてるかどうかなんざ知らねぇ! ギリギリまで斬り続けてやる!」




 エリオスは焦燥感に駆られていた。

 凍結は、数秒しか持たない。


 幾度目かの、氷の竜巻を大型ギガスに浴びせる。

 数本の柱が大型を拘束するが、数秒持たず砕かれてしまう。

 凍結した海面も同じだ。


(せめて三十秒は稼ぎたいところだが──)


 何か手はないか、そう思案していたところ──


 近接隊の騎士がエリオスに大声で伝令を伝える。


「レイラ大隊長よりエリオス大隊長へ伝言! 大型の目の前……港を隠せ! 氷で視界を塞げと!」


「全魔術師! 大型の前面に氷壁を展開する!

アイス・アセンブルだ! ありったけを振り絞れ!」


 エリオスの号令が響く。

 散開していた魔術師たちが一斉に実行言語を紡ぐ。


 幾重もの冷気が交錯し、海底から隆起した氷の層は、三体の大型ギガスそれぞれの進路を塞ぐように、数枚の巨大氷壁となって海上に横へ連なり、沖を白く閉ざした。


 高さは大型ギガスに迫り、厚みは城壁を、岸壁を優に超える。


 海が、白に閉ざされた。


「感知遮断……!」


 アリーシアスが息を呑む。

 いつか監視装置を封じた手法と、同じ理屈だった。

 大型ギガスの動きが、一瞬止まる。

 目標を見失ったのだ。


(……違う)


 アリーシアスはすぐに気付いた。


(前の時は、人の背丈ほどの氷壁だった。

でもこれは──大きすぎる)


 六十メートル級の氷壁。


 元が微細な魔力で作られた氷でも、これほどの規模となれば話は別だ。


 壁に蓄えられた魔力は、カーネスの時とは比べ物にならない。



 数刻の後、巨体がゆっくりと動き出す。

 新たな目標を定めた大型が、目の前の氷壁へと拳を振り下ろした。


 一撃は耐えた。

 だが、氷壁全体が軋む。


「構わん! 壊されたらすぐ修復しろ! 壁を維持し続けるんだ!」


 エリオスが叫ぶ。


 三体の大型が次々と拳を叩きつける。


 崩れた氷壁の部分を、魔術師たちが即座に再構築する。

 だが、そのたびに術者たちの呼吸は荒くなっていった。


 氷壁の表面に無数の亀裂が走る。

 三体の拳が同時に叩き込まれ、海底まで震動が伝わった。


 凍結した海面が、蜘蛛の巣のようにひび割れていく。


(まだだ……まだ止められる)


 エリオスは歯を食いしばる。


(十秒……あと十秒でいい)


 暴れ回る大型ギガスにリオルドの一撃が刺さる。

 蹌踉ける大型。


 その巨体が、影を揺らす。




 ──その時、広場が赤に染まった。


 両手を空に掲げるジルベルト。

 その頭上には巨大な炎の塊が構築されていた。


 熱の余波が、地面をジリジリと焦がす。


 周囲の温度が急激に上がる。


 「ぐっ……」


 術を支えるジルベルトの両腕が焦げ付き焼けていく。


 支えているのはまるで小型の太陽であった。



 ──終炎が、ここに再現された。




『全軍! 射線上から退避!!

港からも離れて! 焼け死ぬわよ!!』


 全ての騎士が、広場から海へと続く大通りから全力で逃げ出した。



 ジルベルトはゆっくりと両手を前へと、振り下げる。

 それに合わせて、頭上の業火が前方へと降りてくる。


 火球の直下、石畳が悲鳴を上げるように溶け落ちた。

 空気そのものが灼け、景色が歪む。


「終炎──ディザスター・ノヴァ!!」


 術名が解放されると同時に、小型の太陽が前方へと射出される。

 恒星の如き輝きを放ち、超高速で駆けた。


 射線上の建物を尽く融解させる。

 一直線に。



 海上に出た炎は、海面を蒸散させながら進む。



 そして一番前にいた大型ギガスの胴体へ着弾。


 抵抗はなかった。

 岩で構成された巨躯が、超高温に触れた瞬間、音もなく溶解する。


 次の瞬間──爆ぜた。


 白熱した炎が球体となって膨張する。

 三体の大型ギガスをまとめて飲み込み、存在ごと焼き潰した。


 海が蒸発する。

 轟音とともに大量の水蒸気が噴き上がり、視界を白で塗り潰す。


 海底が抉れ、爆圧が港へと叩きつけられる。


 半径八百メートル。


 その円内の理は、破壊へと上書きされた。


 港の建造物は焦げ付き、小型ギガスは影も残さず消滅した。




 すぐさま大砲を捨て退避した騎士たちは無事だった。

 射線から外れ、爆圧の直撃を免れている。


 そして──

 灯台付近の海面が、不意に揺れた。


「……ぷはっ!」


 水を割って現れたのはリオルドだ。

 

 爆発圏の外、ぎりぎりの位置。

 姫の合図と同時に、全速力で灯台へ泳いだのだ。


 だが、着弾の瞬間に生じた衝撃波が海面を押し潰し、遅れて生まれた巨大な波に呑まれた。


 それでも、彼は生きている。


 肩で息をしながら、魔術の着弾地点を見据える。



------



 どさり、と膝をつく音がした。


 ジルベルトがその場に崩れ落ちる。

 両腕は赤黒く焼け爛れ、煙を上げていた。


「はぁ~……これで、しばらく魔術は無理ね……」


 軽く笑うが、その呼吸は重い。

 それを見たマリーが、すぐさま駆け寄る。



------




 爆心地。


 先の爆発で蒸発した海水は完全に失われていた。

 海底は大きく抉れ、巨大なクレーターを形成している。


 やがて周囲の海水が轟音とともに流れ込み始める。

 押し寄せる水が、焼けた海底を飲み込み、白煙と水蒸気がゆっくりと空へ昇っていく。


 中心部に、動く影はない。


 戦場に残されたのは、焦げた港と、勝利の静寂だけだった。

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