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第六話「嵐という名」

 次の日、引継ぎを終え空いた時間に、世話になった人達や顔見知りに別れを済ませよう。

 そう思い、毎日通っていた東区へと赴いた。



 いつも食事をしている店、部品や小物を買うショップ、パン屋、東門の守衛、風車の傍の畑。

 それぞれに挨拶に回る。


 『帝国を倒すために街を出ます!』なんて馬鹿正直に言えるはずもない。



 訳あってしばらく王都を離れることになる、とだけ告げる。

 皆、残念がってくれた。

 その反応に、レイディルは少しだけ嬉しさを感じた。

 自分が去ることを惜しんでくれる人がいることが、心に温かさをもたらす。



 後を受け持つ整備士は、とても腕がいい。

 『彼等にも良くしてあげてほしい』と伝えておいた。




 演説の日まではまだ幾日かある。

 本格的に暇になったレイディルは、許可を得て巨人の元へ入り浸った。








 日はあっという間に経ち、限られた材料を駆使して組み上げられた演説台が、広場を一望する位置に据えられていた。


 無駄を省きつつも、姫の好みに合わせて装飾は施され、どこか粗削りながらも実直な美しさを感じさせた。



 そして演説台の前には布をかけ隠された巨人。

 大々的にお披露目をするつもりなのだろう。

 折角だからと、屋台が軒を連ねる。


 演説だというのに、まるでお祭りのようだ



 しかし、これは姫が許可した事らしい。

 人々に活気が失われているのなら、少しでも楽しみが増えて欲しい、と。

 演説開始の時間が迫るにつれ、演説台に人々の視線が集まってきた。




 広場に集まった人々が静まり返る中、最初に立ち上がったのはダイレル・エングラム執政官だった。

 その鋭い眼差しが群衆を一掃し、落ち着いた声で口を開く。



「本日はお忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。

これから王と姫がお話をされます。皆様にはご清聴の程をよろしくお願いいたします」



 執政官の言葉が終わると、彼は一歩退き、次に王と姫が現れる。

 過労と病により顔色が優れないが、その顔には揺るがぬ決意が感じられ、静かに一言発する。



「皆の者、心配をかけているようだが、私はこの通り、何も問題はない。安心してほしい」



 王は民に手を振り、にこやかに微笑みながらも、その姿勢に力強さを感じさせた。

 そして背後にある階段をゆっくりと下り始める。


 杖を突きながら、一歩ずつ慎重に壇を降りた。     

 しかし、その姿勢には気高さが宿っていた。

 王が退場した後、騎士がその後ろで一歩歩み寄り、王の体を支える。


 執政官は深々と頭を下げ、静かに言った。



「ありがとうございました、陛下」



 王は軽く頷き、再びその場を後にした。




 その後、広場に再び静寂が訪れる。

 すぐ次に立ったのは、シエナ・ゼルテ・アルバンシア、王国の姫。


 彼女は堂々と演説台に立ち、群衆を見渡しながら、言葉を発する。



「本日はお忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。シエナ・ゼルテ・アルバンシアでございます……」


 その一言が広場に響くと、人々の視線がより一層姫に集まり、演説の始まりを静かに待ち望む空気が広がった。



「皆様もご存知の通り……我が国はドラウゼン帝国の侵攻を受け、これまでの一年間、ヴァルム砦において必死の防戦を強いられてまいりました。

既に国土の五分の二を奪われ、砦の防衛は最早、いつその壁が破られるか、余談を許さぬ状態でございました……」


 姫の話す事実を聞いた人々の顔にくらい影が落ちる。



「しかし──ご安心ください」


 姫が力強く声を高らかに発する。



「先日、ある一人の者によって、ドゥルム砦の防衛は見事に成功したのです!」


 姫が手を掲げると、演説台の前にかけられていた布が静かに取り払われ、広場にその姿が現れた。



「ご覧下さい!

これこそが我らを救うべく立ち上がった機械の巨人!

そして、それを操る勇敢な若者、レイディル・フォードウェルです!」


 姫の言葉と共に、レイディルが演説台に姿を現す。

 このような場に慣れていない彼は、どこかぎこちなく、緊張の色が顔に浮かんでいた。



 レイディルが姿を現すと、顔馴染みたちは揃ってキョトンとした表情を浮かべる。


 まさか、あの別れの挨拶はこれに関係しているのか、と驚いた様子だ。


 しかし、そんな民の反応をよそに、姫は冷静に言葉を続ける。




「この機械の巨人が、何であるか、皆様もきっと気になっていることでしょう。

そう! これは我が国の技術を結集して作られた、我らの誇るべき巨人なのです」


 もちろん真実ではない。

 だが、アルバンシアにはこのような強大な力を持つ機械を作れると示すことが、民に安心感と希望を与えると考えた姫は、その考えを実行に移していた。


 そして、もちろんその考えには執政官も賛同している。




「必ずやこの巨人が帝国を撃ち払い、再び平穏を取り戻すと約束します」


 姫が高らかに宣言する。


 その後、姫はふとレイディルの方を向き、小声で問いかけた。


「『巨人、巨人』と言うばかりでは、少し可哀想ではなくて?」


 そういえば、とレイディルは思った。

 ずっと『巨人』や『機械の巨人』と呼んでいたが、確かにこの存在に相応しい名前があってもいい。



「姫が名付けてくださるのなら」


 レイディルがそう答えると、姫は微笑み、再び民衆の方へ向き直る。



「皆様!」


 姫は力強く声を張り、手を空へ掲げた。



「この機械の騎士には、まだ名がありません。

しかし、これほど偉大な力を持つ存在が、ただの『巨人』と呼ばれるだけではあまりにも味気ない」


 姫は一拍置き、凛とした声で続ける。



「ならば、ここに名を授けましょう──」


 その声にはいっそう力がこもる。



「ヴァルストルムと!」


 その瞬間、広場にどよめきが広がった。




「鋼鉄の騎士『ヴァルストルム』、そして、その操者レイディル・フォードウェルに、盛大な拍手を!」



 大きな歓声と拍手が広場を包み込む。

 レイディルは視線を下げ、巨人を見やる。


 いや、もう『巨人』という名前ではない。




(……それじゃあ、改めてよろしくな、ヴァルストルム。)


 レイディルはヴァルストルムを見やり静かに、 しかし確かな思いを込めて、その名を心の中で呼んだ。



「それでは皆様、後はお祭りを楽しんでくださいませ」


 と言って姫はレイディルと階段を降りていく。




「お疲れ様です姫」


 演説を聞いていたダイレル執政官が、姫に声をかけた。


 姫はレイディルが若干腑に落ちない顔をしている事に気付き、周りに聞こえないよう静かな声で答えてあげた。




「人々が希望を持つのなら、私、嘘でもなんでもついてあげるわ」


 姫のその言葉と共に、ニッと微笑んだ顔は、演説中の凛々しい姿よりも、どこか魅力的で、穏やかさを感じさせた。


 レイディルはその笑顔を見て、これが姫の戦い方なのだと理解した。






 興奮冷めやらぬ広場を後にし、ヴァルストルムと共に城へ戻ったレイディル達は改めて執政官から今後の事を聞く。



「さて、これから作戦の事だが──」


 またもやダイレルの言葉をさえぎり姫が続けた。


「レイディル、あなたには遊撃隊となって、帝国に占拠された街を解放して行って貰いたいわ。

バーグレイ将軍率いる英雄リオルドを連れた本隊はそのまま直進。

ヴァルストルムは、いつどこから現れるともしれない力となって敵に圧を掛ける作戦よ。

疾風迅雷、まさに嵐の如くね」



 続けてダイレルが低い声で補足した。



「ヴァルストルムが遊撃を担うことによって、敵の戦線に動揺を引き起こし、戦局に変化をもたらすことが狙いだ。ただし、その分リスクも高い。君の判断次第だが、覚悟はしておけ。

……とはいえ、何も君一人旅立たせる訳では無い」



 レイディルは確かに一人で行くのは心元ないと思っていた。

 サポートする人員が用意されていたようだ。



 姫と執政官が先に歩き、レイディルもその後に続き、応接間の扉を開けた。

 部屋の中には数人が集まっているようだった。


 その中の一人が、こちらに気付く。



「あっ、お久しぶりです、レイディル。

……とはいえ、一週間くらいしか経ってませんけど」


 アリーシアスは、軽い調子で言った。

 心なしか少しテンションが高いのか、銀の髪がぴょこぴょこと揺れている。



「晴れ舞台、見てましたよ。すごく緊張してましたね」


 その言葉には、少しだけからかうような響きがあった。


「良い感じにお別れしましたが、こう……すぐ再開だと、なんの面白みも何もありませんね」


 あっけらかんと付け加える。



「言わなくてもいい事じゃないかしら、それ」


 と、アリーシアスの後ろにいた女性が、ふんわりとした声で言葉を投げかけてきた。



 肩甲骨まで伸びた深い赤い髪が、優しく揺れながら彼女の動きに合わせて流れる。


 彼女はウィンプルを被り、シスター服のようなものを身にまとっていた。


 顔は優しげで、微笑んでおり、見る者に安心感を与えるような存在感を放っている。

 彼女の姿勢は真っ直ぐで、少し高めの身長がその品位を一層引き立てている。


 服の上からでもわかる豊満な胸が、ゆったりとした動きの中で揺れ、思わず目を引く。



「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。

私はマリー。

マリーゴールド・レフィスレヴァンよ。

気軽にお姉ちゃんって呼んでね」


 なんともフワフワした感じの人だった。



「治療できる人間がいた方がいいと思い、中央医術院から出向してもらった」


 ダイレル執政官が言う。



 中央医術院……王国内の医療を統括する組織であり、各地の医術院を管理・運営する機関である。      

 しかし、回復術を使える者は院でも僅かだ。




「一応、回復術師よ。

腕が取れても足が取れても、何とかしてあげるから、気にせず怪我してね」


 時間はかかかっちゃうけど、と付け足した。



(言う事はあんまりフワフワしてないな……)


 マリーの言葉を聞きレイディルはそう思った。




 後の1人はソファーに座って手を振っている。

 「やっほー」と聞いた事のある声が聞こえた。




「博士も同行するんですか!?」


 驚いたことに、クラウス博士も着いてくるようだ。


「いやぁ、どこまでやれるかはわかんないけどさ、ヴァルストルム君だって整備が必要かと思ってね。レイディル君と僕がいれば何とかなるかなっと」


 と気軽に言ってくれた。




「一週間で出来るだけ優秀な人材を集めたつもりだ」


 執政官が言う。


 しかし、これで良いのだろうか。

 ヴァルストルムで暴れるというシンプルな作戦だが、危険であることに変わりはない。


 その作戦に、大事な娘を参加させて……

 そう思ったレイディルの心中を察したのか、執政官が続ける。




「アリーシアスのたっての希望だ。

……私は反対したのだがな」


 執政官は低く息を吐き、腕を組む。




「強力な魔術師のほとんどは前線に出払っている。

だが君達は遊撃部隊だ。

いつ、どこで敵と遭遇するかもわからん。

ヴァルストルムに乗っている間はいい。

だが、君が降りた時の戦力が問題だ」


 執政官はアリーシアスを一瞥し一呼吸間を開ける。



「残念だが、優秀な者には頼らざるを得なかったという訳だ」


 執政官の言葉に、レイディルは思わず彼の表情を窺った。

 いつもの鋭い眼差しに変わりはない。

 だが、その奥にある感情を、彼は見逃さなかった。




「大体、アリーシアスには若干調子にのる所が──」


 執政官の言葉を遮るようにアリーシアスがすかさず口を開く。




「前回、参加した調査が卒業課題としてしっかり評価され、おかげさまで無事、魔術学院を卒業できました。

今は二級魔術師として、正式に認定も受けています」



「入学したの確か──三年前って言ってたよな……?

もう卒業したのか……早いな」


 レイディルは素直に驚いていた。

 彼の知る限り、三年で──しかも十五歳で卒業した例はなかったはずだ。




「色々と心配はあるでしょうが、主な仕事は博士とマリーさんの護衛が役目です」


 あくまで後方支援だと、彼女は言う。




「卒業後すぐに二級魔術師として認定されるなんて、すごいじゃない。

無事に戻れたら私の護衛をしてもらおうかしら!?」


 姫は感心したように言った。

 その実力は、レイディルも十分に理解している。



「それにですね、レイディル。

あの巨人さん……ヴァルストルムさんでしたっけ……?

ヴァルストルムさんに乗っていない時の貴方の護衛でもあるんですよ?」


 アリーシアスはそのクールな瞳を半目にし、頬を膨らませて言った。

 確かに実力的には、彼女の足元にも及ばないだろう。



「わかった。わかったよ。

つまり……オレが心配するだけ無駄ってことだな?」


 彼女はその言葉に手を横に振り、違う違うと意思表示した。



「他に言うべきことがあるでしょう?」


 レイディルはしばらく考えてから、言い放った。



「……よろしくな、アリシア!」


 彼の言い方に少し投げやり感が漂ったが、アリーシアスは満足げに頷いた。




「さてさて、顔合わせも済んだことだし、

早速出発しようか。

ちゃんと必要なものは用意してあるよ!」



「まずはどこへ向かうんですか?」



 レイディルは聞いた。




「砦だ。

現在、将軍率いる部隊はガルダ平原での戦いに勝利し、東に向かって進軍している。

君達は砦からまずは北東へ向かってもらいたい。それと──」


 執政官は包みを取り出しレイディルに手渡す。



「それとこれを持っていけ」


 それは少し年代がかった片手剣だ。

 レイディルには見覚えがあった。



「これは……父さんの?」


「あぁ、レンツが生前使っていたものだ」


 おそらく執政官が保管をしてくれていたのだろう。

 古ぼけた剣だが非常によく手入れが行き届いていた。



「無いよりはマシだと思ってな……」


 その言葉は何処か遠い昔を懐かしんでいるようだった。

 レイディルは無言で深々と頭を下げた。

 剣をしっかりと握り、再び顔を上げる。




 執政官とのやり取りを見ていたクラウス博士は、言葉を選ぶように少し間を置いてから、穏やかな声で言った。



「さて、そろそろ行こうか」


 博士はその後、レイディルの肩を軽く叩くと、みんなに向けて軽く微笑んだ。



「外には面白いものが待ってるよ」


 一同は博士に促されるように、前庭へと出るのだった。



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