第五十一話「白金のエクエス」
それは、ヴァルストルムと同じ大きさの騎士であった。
太陽の光を受け、甲冑のような外装が輝く。
白い鎧は、未だ汚れを知らないかのように戦場の初陣をありありと示していた。
その各所に施された金の装飾が、威厳を放っている。
それはまさしく、白金の騎士と呼ぶに足る姿だった。
ギガスとは違う存在にレイディルは息を飲む。
ガシャンという音と共に、その白騎士は剣を街路に突き立て、柄に両手を置き堂々と構えた。
(この姿勢……どこかで──)
レイディルが記憶を探る。
しかし、正解へとたどり着く前に白騎士が言葉を発した。
『久しいな、レイディル……レイディル・フォードウェル』
鎧に反響したかのような声が辺りに響いた。
『その声……アーヴィング……か!』
『ヴァルストルムと戦う為、私は更なる力をつけた。挑ませて貰うぞ』
白騎士は微動だにせず、剣に置いた両手だけが確かな力を帯びていた。
『それがこの力……名付けて、フォルティス・エクエス!』
その名が戦場に響き、ほんの一拍の沈黙が流れた。
灰銀と白金。
二体の騎士が、静かに相対する。
『今一度決闘を受けてもらうぞ』
『オレは今忙しい、出来ればあとにしてもらいたいんだが……』
レイディルがそう言うと、白騎士は首を横に振った。
そして剣を右手に持ち直す。
『いいや、もう待てんさ。私はこの時を楽しみにして来たのだからな!』
言い終わるや否や、フォルティス・エクエスがヴァルストルムへと突撃してくる。
その速さは、ギガスの比ではない。
あっという間にヴァルストルムの間合いへと入り込む。
虚を突かれたレイディルは咄嗟にヴァルストルムを下がらせる。
ヴァルストルムの脚が生み出す、驚異的な速度の後退は、周囲の景色すら置き去りにした。
──いつもならば。
フォルティス・エクエスは再度、前へと加速する。
開けたはずの間合いが、瞬時にゼロへと戻された。
それと同時に、フォルティス・エクエスの右手が煌めく。
空間に銀線を描き、ヴァルストルムの胴へと剣が迫る。
「くっ!」
レイディルは瞬時にヴァルストルムの左腕を下から上へと跳ね上げた。
ヴァルストルムの左腕に装着された盾が、フォルティス・エクエスの剣とかち合う。
甲高い音が炸裂し、衝撃が左腕を震わせた瞬間、二体の騎士は弾かれるように間合いを開けた。
その一瞬、レイディルの視界に、右後方へと打ち捨てられた槍が映る。
(──使える!)
判断は刹那だった。
レイディルは自らヴァルストルムを後退させ、剣の間合いを切った。
地面を転がるようにして勢いを殺し、左腕を突いて体を起こすと同時に、伸ばした右手が槍の柄を掴んだ。
槍を引きずるようにして、ヴァルストルムは即座に体勢を立て直す。
その一方でフォルティス・エクエスは数歩後退し、再び剣を正面に構え直した。
『ほう、以前よりも反応速度が上がったか』
白騎士から漏れるアーヴィングの声は、純粋な賞賛だった。
(アイツの剣、初めて受けたけど……重いな……)
レイディルは汗が滲む両手で操縦桿を握り直しながら、ヴァルストルムにゆっくりと槍を構えさせた。
『不意打ちの様な真似になってすまないな。
どうにも気が早った』
『全くだ……よーいドンで始めたかったよ』
『ならば次はそうしよう……』
フォルティス・エクエスがジリジリと間合いを詰める。
ヴァルストルムがそれに合わせるよう穂先を向ける。
『では、行くぞ』
『……』
アーヴィングの戦闘開始の言葉にレイディルは答えなかった。
しかし、その沈黙を了承と捉え、フォルティス・エクエスは前方へと加速する。
その加速に合わせ、白い鎧を貫くかのように槍が突き出された。
紙一重。
白騎士は己が身体に穂先を掠らせることなく、ヴァルストルムの左前方へと滑り込む。
槍が戻るより早く、フォルティス・エクエスの肩が、体重ごとヴァルストルムの胸部装甲を打った。
見た目は中型ギガスよりも二回りは小さい。
が、白騎士の膂力はそれを大きく上回っていた。
槍を引き戻すため、重心が前に残っていた。
ヴァルストルムは大きく後方へ吹き飛ばされる。
衝撃が街路を駆け抜け、数拍遅れて窓硝子が次々と砕け散る。
今は無人の屋台が弾け、木片と布切れが空へと舞い上がった。
破片が雨のように降り注ぎ、地面を細かく叩く。
建物は倒れていないが、それでもこの街が戦場になったという事実だけは、誰の目にも明らかだった。
追撃のため、なおも間合いを詰めるフォルティス・エクエス。
レイディルは何とか体勢を立て直し、槍を構えた。
(ヤツの軸足が地面に着いた直前なら、避けられないはず……!)
タイミングを見計らい、回避不能な瞬間に、白騎士目掛け一直線に突く。
レイディルの目論見は成功した。
フォルティス・エクエスは踏み替えの途中にあり、大きく身を逸らす余地はない。
次の瞬間、槍が白騎士を貫く──はずだった、その直前。
白騎士の剣が正面から振り下ろされ、槍は縦に割られた。
続けざまに走る横薙ぎ。
返す刃が閃き、裂けた槍は幾つもの短片へと断ち刻まれた。
「……!」
槍という間合いが有利な武器だった。
だが、力だけで振るわれたそれは、アーヴィングの技の前では通じない。
容易く斬り伏せられた現実に、レイディルは言葉を失った。
『様子見で終わるつもりはないだろう? 剣を抜けレイディル』
斬撃を放ち終えた姿勢のまま、アーヴィングは告げる。
『以前、私のフォルティス・ティタンと対峙した──その剣を』
(ギガスには通じたが……)
レイラの特訓があったとはいえ、その期間は短い。
それに、目の前の騎士の技量は、軽く刃を交えただけでも自分より上だと分かる。
果たして、自分の剣が通じるかどうか──
(オレとしては、槍で済ませたかったんだが、無理だったか……)
ヴァルストルムは両足をわずかに開き、腰を落とした。
左腕の盾を胸前に掲げ、急所を護る。
そして左腰から、ゆっくりと剣を抜き放った。
そのまま半身になると、右手の剣を前方へと構えた。
レイラ曰く。
──本来でしたら……型を身体に馴染ませるんですけど、レイディルさんの場合、その時間がありません……なので、剣が振りやすい姿勢ならなんでもいいです……──
その言葉を思い出し、レイディルが取った構えは、過去にレイディルが習った基本的な構えであった。
(むっ……以前とさほど変わりなく見えるが……これは違うな)
その構えを見たアーヴィングは、何かを感じ取った。
白騎士はすかさず半身になり、剣を正面へ静かに据える。
切っ先は相手の喉元を捉え、わずかな動きにも即座に斬り込める位置にあった。
両者、構えたまま互いの出方を伺う。
その沈黙を先に破ったのは、アーヴィングだった。
『ヴァルストルムと……いや、レイディル、キミの乗ったヴァルストルムと、再び戦えることを心待ちにしていたぞ。
このフォルティス・エクエスはそのために研いだ我が剣だ』
言葉は白き騎士を通して、まるで鎧そのものが意思を持つかのように響いた。
ジリジリと間合いを計る二体の騎士。
その時だった。
街の入口から軍勢の音。
砦を突破しアルバンシア軍が港街へ着く。
砦の勝利を勢いに乗せ、まるで街へなだれ込むかのように。
だが、その勢いも対峙する二体の騎士を見た瞬間、動揺に変わっていた。
岩のギガスとは明らかに違う造形。
鎧を纏っただけの岩人形とも違う。
剣を携えた姿は、まるで人の様だった。
ざわめきが軍全体に広がる。
「なんとまぁ……」
さすがのバーグレイ将軍も、呆気に取られていた。
そんなアルバンシア軍を他所に、要塞から次々と帝国兵が現れる。
本隊のために温存していた兵士たちだ。
様々な装備を持った小型のギガスも、アルバンシア軍へと向かっている。
「いかんいかん……」
将軍は迷いを振り払うかのように首を横に振り、軍全体へと叫んだ。
「呆けている場合ではない! 敵が出てくるぞ! 謎の騎士は明らかに敵性存在だ。あれはヴァルストルムに任せろ!」
将軍の声に、アルバンシアの騎士たちは一瞬の動揺を振り払った。
視線が揃い、次の瞬間にはそれぞれが己の役目へと駆け出している。
迫り来る帝国兵と、小型ギガスの群れ。
盾が打ち合わされ、剣が閃き、金属音が街路に炸裂した。
両軍、激突。
その衝撃が空気を震わせる。
まるでそれを合図とするかのように──二体の騎士が、同時に踏み込んだ。
ヴァルストルムの右斜めから振り下ろした剣と、フォルティス・エクエスの振り下ろした剣が互いに火花を散らせ交差する。
続いてヴァルストルムは剣を引き、やや斜め下へと一直線に突きを放つ。
フォルティス・エクエスは剣を縦に構え、刃を左手で支え、それを捌こうとする。
しかし、その刃は途中で止まる。
ほんの一拍。
次の瞬間、軌道が跳ね上がった。
刃はフォルティス・エクエスの胸をかすった。
(やはり……!)
アーヴィングは喜んだ。
目の前の男は、以前戦った時よりも強く鋭くなっているのだ、と。
フォルティス・エクエスは迫り来る剣閃を、弾き、躱し、受け止める。
『剣に虚実が宿っているな! 嬉しいぞ! 貴公……いや、キミは強くなっている!』
『師匠が優秀なもんで!』
『その師匠とも刃を交えたいものだ!!』
フォルティス・エクエスの横薙ぎがヴァルストルムの剣を弾く。
返刃を放たれる前に、ヴァルストルムは後方へと距離をとった。
『それでこそ、だ。私が手にした力を発揮しがいがある』
アーヴィングの声は、隠しきれぬ歓喜に震えていた。
──それを聞きながら、レイディルは小さく息を吐く。
『……ただの鎧じゃないと思ったけど』
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アルバンシア軍の後方、街の入口付近。
二台の機動馬車はそこに停車している。
港へと緩やかに下る石畳の高みに、シエナ姫一行は立っていた。
津波を避けるために造られた傾斜都市。
その中腹──街路の交差する一角で、二体の騎士が火花を散らしている。
二体の騎士の拡声された声が、遅れて街入口にまで届く。
だが言葉は風に裂かれ、意味までは拾えない。
だが、その挙動だけははっきりと見て取れた。
「あの白い方の動き……以前見たことあるわね」
辛うじて肉眼で見える位置で、マリーが白騎士の動きを推察する。
「よく覚えてるね……」
クラウス博士が全く分からないと言った顔をしていた。
「つまり、アレは……」
アリーシアスがマリーたちと共に旅をした道程を思い出す。
すると、一つ記憶に引っかかる男が思い浮かんだ。
「あのアーヴィングっていう元帥、ですか」
マリーは声を出さず静かに頷いた。
「だとすれば……やっぱり、あれはゴーレム創成術の、その“先”……」
アリーシアスは誰に言うでもなく呟いた。
その声は静かだったが、そこに迷いはなかった。
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レイディルは、打ち合いの中で理解した。
フォルティス・エクエス。それは、機械仕掛けの重量とは違っていた。
駆動音も、どこか異質だ。
それはまるで、内部まで鋼で満たされた金属の塊のような──
『ふはは! そこまでわかってくれるのか!』
アーヴィングが笑い、白騎士が前へと一歩踏み出す。
『そう、このフォルティス・エクエスは私が磨き上げたギガス!』
フォルティス・エクエスは刃をゆっくりと持ち上げ、切っ先をヴァルストルムへと向ける。
『否、ギガスを超えるものだ!』
その言葉に、レイディルはわずかに目を細めた。
(あながち大口ってワケでもなさそうだ)
打ち合いの感触は嘘をつかない。
あれは単なるギガスでも、鎧でもない。
内部に“意志”を宿した何かだ。
次の瞬間、両者は同時に踏み込んだ。
鋼がぶつかる。
衝撃が空気を裂き、街の石畳を震わせる。
ヴァルストルムが虚実を交えた縦一閃を放つ。
だが白騎士はすでに見切っていた。
「くそっ、やっぱ年期の差か!」
レイディルは操縦席で愚痴りながら、必死に操縦桿を握る。
フォルティス・エクエスの剣が迫る。
それを、かろうじて打ち払う。
白騎士の剣技はレイディルの反射神経を超えていた。
その差を、ヴァルストルムの性能で無理やり埋める。
技ではアーヴィングが上。
経験も、読みも、剣の冴えも。
だがヴァルストルムは応える。
出力、機動力、反応速度──機体性能は確実に勝っていた。
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「クルト司令!」
伝令が駆け込む。
「リオルド部隊、要塞内へ侵入されました!」
クルトは地図から視線を上げる。
「迎撃を」
一瞬の間。
「……小型でいい」
「小型、ですか?」
副官が息を呑む。
「建物内に中型が戦える広さはない。天井も梁も保たん」
冷静な声だった。
「小型で時間を稼げ」
副官はなおも問う。
「なぜ、時間稼ぎなのですか」
クルトはわずかに港の方角へ視線を向けた。
「それは──」
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「勝敗はあの騎士戦を制した軍勢が決すると言っても過言ではないわね」
シエナは静かに言った。
そして、遠い書物の頁をなぞるように呟く。
「ここが、いわば天王山というわけね」
その言葉にウェリティアが首を傾げた。
「人が聞いて分からない言葉使うの、あんまり良くないよ?」
「そうね」
シエナは微笑む。
「でも今は、歴史に埋もれてしまった言葉があまりに多いわ。
だからせめて、私くらいは使ってあげようと思って」
それは古い本が記した言葉のひとつ。
ウェリティアが腕を組む。
「……で、訳すと?」
シエナは街を見据えたまま言う。
「勝負を決する大事な場面ってことよ」
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ヴァルストルムは一歩、重く踏み込んだ。
巨体が沈み込む、その直前。
レイディルは悟る。
「アイツの方が実力は上――剣だけでは、決定打にならない……ならっ!」
レイディルの剣技は、かろうじて通用している。
だが、それも既に見切られ始めているのは明白だった。
刃に固執する理由はない。
振り下ろした剣の軌道、その流れに交えるように――巨腕が唸る。
拳。
鋼鉄の塊が、空気を爆ぜさせた。
斬撃で受けを誘い、間隙に叩き込む打撃。
武器に頼らぬ、純然たる質量の暴力。
しかし、フォルティスは半身で躱す。
間髪入れず、二の手。
体重移動と同時に、脚が振り抜かれた。
横薙ぎの蹴撃。
大地が抉れ、瓦礫が跳ね上がる。
その軌道は、先ほどよりも鋭い。
フォルティス・エクエスは――その蹴りすらも、紙一重で躱してみせた。
『ヴァルストルムに剣以外があるということは……嫌という程、覚えているぞ!』
なおも、同じ軌道。
同じ威力。
ヴァルストルムは蹴撃を放つ。
予定調和の如く、フォルティスは紙一重でそれを躱す。
──はずだった。
踵から、鋭利なスパイクがせり上がる。
わずかに変化した間合い。
それは回避計算の外側。
スパイクは金属がひしゃげる音と共に装甲を貫き、白き騎士の脇腹を抉り取った。
レイディルの作戦はアーヴィングの見切りの上を越えた。
『ぐっ……』
鎧の奥から漏れた声は、鎧越しとは思えぬほど生々しい。
(いや……それにしては……)
レイディルの視線が細まる。
『もしかして……乗っているわけじゃないのか』
一瞬の静止。
決闘に、奇妙な間が生まれる。
『ご明察の通りだ』
低く、しかしどこか愉悦を含んだ声。
『私は……フォルティスと“共に在る”』
融合。
操縦ではない。
内部にいるのでもない。
存在そのものが重なっている。
「その騎士の機構を十全に使った攻撃……見事だ」
フォルティス・エクエスの左腕が、ゆっくりと持ち上がる。
掌に、異様な気配が宿る。
空気が軋む。
周囲の塵が震え、地面に微細な亀裂が走る。
「私としても、永遠に楽しんでいたいところだが――」
わずかな間。
「ここは我々だけの舞台ではない……そろそろ幕を下ろすとしよう」
フォルティス・エクエスの周囲の空気が一変した。
左腕に宿る気配が、はっきりと“形”を帯びた。




