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第三十三話「残響の街に再び光は差す」

 少し遅い朝食を取り終え、レイディルたちは食堂で食後の余韻に浸る。


 四人がけのテーブルに腰を下ろしている。

 レイディルの隣にはアリーシアス、向かいにはマリー、その斜め前にレイラが座っていた。


 窓から差し込む陽の光は暖かく、散歩日和を思わせる。



 「さて、美味しい朝食も食べたことですし──」


 アリーシアスが口を拭きながら告げる。

 朗らかな食後の空気が、彼女の一言で一瞬にして張り詰めた。

 主にレイディルの雰囲気が、だが。



 レイラは食後の紅茶を啜り、マリーは苦笑まじりにパンくずを払った。

 昨夜の顛末については、二人もすでに大まかな説明を受けていた。

 レイディルは「来たか……」と呟き、悟ったように肩を落とし静かに身構える。


「まずは改めて、大通りでは助けていただきありがとうございます」


 そう言うとアリーシアスは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。


「そして、わたしが気を緩めたことを謝ります。すみませんでした」


 アリーシアスの態度に、レイディルは気まずそうな表情を崩さない。


「それでですね……」


 その一言に、彼は覚悟を決めたかのように返事を返した。


「わかってる……わかってるよ。無茶をしすぎた」


「いいえ、わかっていません。

防御壁を展開できたから良いものの、できなかったら腕が吹き飛んでいました。

下手をすれば、死んでいました」


 いつもより低く、冷静な声が事態の深刻さを語る。


「考える暇もなかったのはわかります。

しかし、軽率に命を懸けてはいけません」


 レイディルはつい口を出す。


「でも、オレが飛び出さなかったら──アリシアが死んでたかもしれないんだぞ」


 その言葉に、アリーシアスは氷のように冷たい声で切り返した。


「そうですね。その時は、わたしを見捨ててください」


 言葉はあまりに冷淡で、レイディルは絶句する。


「あなたとわたしでは重要度が違います。

アルバンシアの切り札たるヴァルストルムを操れるのは、あなただけです」


 沈黙が食堂を支配した。蛇口から滴る雫の音だけが遠くに聞こえる。



「あの……」


 レイラが肩を少し落とし、慎重に口を開いた。


「それでしたら……レイディルさんを作戦に組み込んだ……私にも責任があると思います」


 マリーも苦笑して頷く。


「そうね。ディルくんだけを責めても仕方ないわ」



 二人の言葉を聞きアリーシアスは視線を落とし、ふぅっと息を吐く。


「まあ……わたしもギガスに一撃入れてと、危ないお願いもしたので、あまり偉そうなことは言えませんが」


 言いながら彼女は苦笑する。


「それでも、レイディルにはちゃんと自分の重要さを認識してもらいたいんです。

なので一度、釘を刺しておこうかと……」



 それ受け、レイディルはしばらく黙った後、口を開く。


「そうだな……理解はした」



 そしてアリーシアスを見つめ、続ける。


「だけど悪いが、また似たようなことがあったら何度だって同じことをする、と思う」


 その言葉にアリーシアスは短く沈黙をする。



「……たぶん、そうでしょうね。

あなたは切り捨てられる人じゃないですから……」


 その口調はどこか呆れたような、それでいて諦めた雰囲気を纏っていた。


「ほんとヤレヤレですね……まったく……言ってもきかないんですから」


 アリーシアスはため息をつく。


 場の空気がわずかに緩んだところで、レイラが小さく息を吸い、ぽつりと口を開いた。



「反省といえば……今回の作戦、わたしも……沢山あって……街への侵入の不手際とか……その、他にも……運に助けられた部分も多かったです……」


 声を落とし、うつむき気味に続ける。


「でも、それでも……それなりに上手く行きました! それは、お二人が欠けちゃ駄目でした。

この作戦は、みんながいたから出来たんです。

だから……えっと、誇ってください!」


 胸の前で両手をぎゅっと握りしめるレイラの姿に、三人は思わず表情を緩めた。

 食堂の空気が、少しやわらいだ気がした。




「さて、けっこうマジメに説教もしたことですしシリアスなお話はこれにてお開きとしましょう」


 アリーシアスは手をポンと叩き、終わりの合図とした。



「それじゃあ気分転換に、紅茶はどうかしら? お手製のお菓子もあるわよ」


 マリーはどこからかポットと焼き菓子の入ったカゴを取り出し、さっとテーブルの上に並べた。

 その手際の良さとタイミングに、レイラは思わず目を丸くした。


「ま、まるで手品みたいですね」


 レイラは感心しつつ、空になったカップをそっとマリーに差し出し、紅茶のおかわりを催促した。



「うーん、さっき朝食食べたばかりなんだけど、どうするか……」


 美味しそうな焼き菓子を前に、レイディルは腕を組み、少し考え込む。


「食べればいいじゃないですか。

防御壁(ウォール)使用記念のお祝いということで」


「祝うようなことか?」


「おめでたいことですから、もちろん」


 アリーシアスはそう言って、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「おめでとうございます」


「改めて言われると照れるな……」


 レイディルは目を逸らし頬をポリポリと掻く。




「この後の予定は、みんな何かあるかしら?」


 マリーが焼き菓子を手に持ちながら、話を振ってきた。


「私は……衛兵所や市長へこの街の今後のことを話に……」


「昨日も沢山話をしたのに、大変ね」


 大隊長ともなるとゆっくり休んでる暇は無いようだ。


「オレは部品のこととかもあるので大工房に行こうかと」


 と、レイディル。


「わたしは特に用事は無いですね……レイディルが暇だったなら、魔術教室でもするんですが……アレはアレで何気に準備に時間かかりますからね」


 多分、場を盛り上げるネタを考える時間だろうとレイディルは思ったが口に出すのはやめておいた。



「ちなみに、何をするつもりだったの?」


 マリーが素朴な疑問を口にする。


「魔術の歴史です。

直接魔術を使うことには関係しませんが、知っていると視野が広がります」


「歴史……そういえば、あまり気にしたことはありませんね」


 レイラは口に人差し指を当て、空を仰いだ。


「そうでしょうね。歴史はあまり重要視されませんから。

……でも、魔術の発祥など、知ってみると意外と面白い話もあるんですよ」


 アリーシアスは腕を組み、得意げに語り出す。


(あ、説明モードに入ったな……)


 隣に座る彼女を見て、レイディルは仕方なく黙って耳を傾けた。



「まず魔術というものは、『必要な土地で必要とされたもの』が生み出されました。

例えば、火の魔術は寒い地方で暖を求めて生まれた、といった具合です」


「じゃあ、水は水源に乏しい地域で?」


 レイディルはせっかくなので、疑問に思ったことをそのまま口にしてみる。


「そうですね。ただご存知の通り、魔術で作り出した水は飲料には適しません。

だから主に洗濯や涼をとるために使われますね」


 魔力を変換して生み出された水は、体内の魔力に拒絶されてしまう。

 不味い上に、飲めば体調を崩す。

 さらに一定時間が経つと消えてしまうため、水分補給にもならない。


 それは魔術を習う者なら必ず最初に教わることであり、いまや子供でも知っている常識だった。



「とまあ、大まかですがそんな感じです。

ちなみに例外は地の術ですね……あれは燃費が悪すぎて文明発展に寄与しませんでした」


「なるほど……」


 感心の声を上げつつ、同時に長くなりそうだ、と覚悟した。



「あと例外と言えるのは光と闇ですかね」


「そういえば、聞いたことがないわねぇ……」


 マリーが首を傾げる。



「この二つはもはや忘れられた魔術ですので……魔術師でもない限り、話を聞くこともないと思います」


 アリーシアスは三人を見渡し、続ける。


「話すと少し長いですが──」


 その言葉にレイディルはやっぱり……と反応する。



「光の術は、遥か古代に存在したとされますが、今では完全に失われました。

光は操るには自然魔力を最も多く含み、変換すらも多大な魔力を必要とします。

そのため、消費が激しすぎて魔術の達人と言えど数秒も維持できないんです。

全魔力を注いだとしても、せいぜい閃光として一瞬光る程度で、照明としてすら使えません。

しかも攻撃力も伴わない。

だから実用性は皆無で、これもまた文明に貢献することもありませんでした」


 アリーシアスは指を軽く振りながら言葉を続ける。



「昔のことですが宗教的には『天から与えられた光を人が扱うのは烏滸がましい』とされて、神聖不可侵の領域と見なされたんです。

なので研究も続かなかった。

結果として『存在したが忘れ去られた術』になった、というわけですね」



 宗教的と聞いて、レイディルはついシスター服姿のマリーの方を見てしまった。


「あ、お姉ちゃん、宗教関係の人じゃないの。

そういうのはわからないわ……ごめんなさい」


 マリーの口から発せられた言葉にレイディルは軽く衝撃を覚える。


「え、じゃあその服は一体……」


「えーっと、ね……うん……まぁ、話すと少し長くなるから──とりあえず……半分趣味……かしら……?」


 珍しくマリーが口ごもる。

 医術院で同じ格好の人を見たことはない。

 制服というわけでもなさそうだ。


 少なくとも、信仰や宗教の類ではないのは確かだった。

 けれど、その本当の理由は彼女の中に留まっているようだ。


 無理に聞くことでもないだろうと、レイディルは思った。





「ごほん……」


 アリーシアスが軽く咳払いをし、脱線した話を元に戻す。



「まあ、せめて光を集約することが出来れば、使い道もあったと思われるのですが……」


 それもまた無理だった、と彼女は続けた。


「一方、闇の術はもっと単純です。

光の対概念として語られますが、人が扱えるものではありません。

闇は現象ではなく『欠如』ですから、魔力で再現する術理を持ち得ないんです」


 アリーシアスは腕を組み、少し得意げに顎を上げた。


「昔は『影を操る』研究もされましたが……影は単なる光の不在。

攻撃力も実用性もなくて、『だから何なのか』で終わったそうです。

一部の界隈では闇の魔術を研究する人を『闇に触れし者』なんて言う伝承もありますけど……それも裏付けもありません。

昔話みたいなものですね」


 益にならないものは早々に淘汰される。

 そう言って彼女は締めとした。




「ところで光の魔術で思い出しましたが……そういえばレイディル、光の大砲の名前考えましたか?」


 アリーシアスが急に話題を変え、レイディルへ問いかける。


「また唐突だな……そんなに重要か?」


 困惑しながらも、レイディルは眉をひそめて応じた。


「名前はあった方が都合がいいです。

『光の大砲』ではフワッとしてますしね」


 彼女は真面目な顔で言い切る。



(相変わらず、こだわる部分が謎だな……)


 なんの都合なのかレイディルにはさっぱりわからなかったが、彼女が言うのならば何かしら意味はあるのだろう、そう納得しておくことにした。



「考えてないのでしたら……『ラディアント・ブラスター』と命名してはどうでしょうか」


 アリーシアスは胸を張り、少し得意げに提案する。



「ラディアント……光を放つ……ね」


 マリーが意味をなぞるように口にし、小さく頷いた。



「オレはなんだって構わないが……」


 レイディルは肩をすくめて素っ気なく返す。



「かっこいい……と思います!」


 レイラは目を輝かせ、素直に感嘆の声を上げた。



「じゃあそういうことでよろしくお願いします」


 アリーシアスは満足げに微笑み、会話を終えた。


 レイディルは終始頭に『?』を浮かべていたが、満足そうなアリーシアスを見て、首を傾げつつもまあいいかと結論づけた。








 正午前。

 思ったよりも宿を出るのに時間がかかってしまったので、レイディルは小走りで大工房へ向かう。


 通りを抜けながら街の様子に目をやると、自宅へ戻って家の片付けをする人、店を立て直そうと奮闘する人、そして早くも邪魔な岩壁の撤去に取りかかる人……。

 様々な人々が懸命に動き回っていた。


 その光景を目の当たりにし、レイディルは改めて解放の実感を得る。



 とりわけ目についたのは、一刻も早く交易を再開しようと準備を進める商人たちの姿だった。

 恐らく市長の指示で、真っ先に物流の回復に力を入れているのだろう。


「解放されたからって、減ったものがいきなり増えるわけじゃないからなあ……」



 馬車を飛ばしても街間の移動は時間が必要だ。

 すぐに動いたとしても物資が届くまでにしばらくかかるだろう。



 街だけでも食べてはいける。

 だが、外に依存している塩や布等は尽きればカーネスだけではどうしようもない。


「結局、交易が戻らなきゃ、本当の意味で解放されたとは言えないか」



 それはこれからの街の人々の頑張りにかかっているだろう。


 独り言のように呟き、彼は工房へ向かっていった。

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