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第三十一話「夜明けの鋼騎」

 大通りを抜け、西へ進むレイディルとアリーシアス。


 先を走るのはレイディルだった。


 つい先ほどまでは彼女が前を駆けていたが、今は背後を警戒するため、少し距離を置いて後ろを走っている。


 直前の気の緩みに対する、名誉挽回といったところだろうか。

 レイディルはただ真っ直ぐ前だけを注視して駆け抜ける。



 やがて民家や工房の並びは減り、視界の開けた道を抜けると、工場へと続く道に出た。


 その奥からは──戦いの音が木霊している。


「あれは……ギガスか!」


 夜道に目を凝らす。衛兵たちが壁となり視界を遮る。

 だが、その奮戦をもってしても隠しきれない影があった。


 岩の兵隊、小型ギガス。

 その数、三体。



 衛兵たちの剣と槍が、かろうじて表面を砕き、わずかな傷を刻む。

 

「レイディル! 肩借ります!」


 アリーシアスはその瞬間を逃さず、魔術の構築を開始。

 レイディルの肩を足場に、高く跳躍する。


 空へと飛び上がり、射線を確保すると、術を解き放つ。

 夜空に煌めく三本の炎の孤月がアリーシアスの周囲に展開される。



衛兵の刻んだ傷に、炎刃が吸い込まれるように突き立つ。

 結界魔術プロテクションを打ち破り、岩の巨躯を頭上から両断した。




 岩石が崩れ落ちると同時に、少女は華麗に着地する。


 小型ギガスを相手にしていた衛兵の一人が、こちらに駆け寄ってくる。



「君たちがメモに書いてあった助っ人か……若いな」


 助っ人の予想外の若さに、男は目を丸くして言葉を継ぐ。


「俺はオルド、この街の衛兵騎士長だ」


「失礼、諸々のことはあとでお願いします。

今は──」


 アリーシアスの言葉にオルドが頷く。



「そうだな、脱出が先決か」


 オルドが引き連れた一団は、工場に最も近い区画の住民だ。

 そのため、岩壁のルートを通らず、工場裏の通路から脱出させることにした。



「それで、ギガスの術者は?」


「二人だ、内一人は俺たちが無力化したが……」


 オルドの言葉にアリーシアスは少し間を置き、隣のレイディルに声をかける。


「レイディル、あとは予定通り頼みます」


 レイディルは彼女の言葉に頷き、衛兵数人と住民たちを工場へと先導した。



「オルドさん防御壁(ウォール)が得意な方がいれば、数人こちらへお願いします」


「ああ、なるほど……そういうことか」


 アリーシアスの思考にオルドが気付く。



「削り役は……?」


「いえ、必要ありません。

時間を稼ぐだけで十分です」



 二人の会話を遮るかのように、月明かりに巨大な影がひとつ落ちる。


「さて、今回は盾の役目を果たしましょう……」



 アリーシアスがポツリと呟いた。





 レイディルは数人の衛兵と住民を連れ、工場へとたどり着く。


 門の前には二人の帝国兵が立っていた。


 レイディルに行動を共にする衛兵たちは、すでに敵兵の存在を知らされている。

 その姿を目にするや否や、先手必勝とばかりに魔術を叩き込んだ。


 奇襲は見事に決まり、帝国兵は抵抗する間もなく倒れ伏す。



「この裏手に掘った通路があります。

住民はこちらから逃がします」


「了解、我々は殿と工場内の従事者の解放を!」


 工場内は衛兵達に任せ、レイディルは住民たちと裏手へと回った。



 そこには人が通れるほどのトンネルがひとつ。


 潜入時に通ってきた通路だ。


 申し訳ないと思いつつ、急ぐレイディルは先に通路へ入る。



 天井が低いため、若干走りにくかったが三十メートルを一気に駆け抜けた。


 通路を抜けると視界が開ける。



「お、おお……レイディル君!」


 通路の傍で待機していたマイス老人が感嘆の声を上げる。


 レイディルから少し遅れ、次々と住民が脱出を果たす。


 帝国から解放された安堵から、住民たちは互いに抱き合い喜びを分かつ。

 中には泣き出すものもいた。



「マリーさんは住民や衛兵、負傷者の手当を。

マリーさん、マイスさんみんなのことは頼みます」


 レイディルは矢継ぎ早に告げると、ヴァルストルムの元へと急ぐ。


 安全地帯へ誘導したとはいえ、街にはまだ沢山の住人が残っている。

 そしてそれを守ろうと奮闘する者たちがいる。

 気を抜くのはまだ早かった。



「あっ、ディル君待って!」


 マリーがレイディルの左腕の状態に気付き制止する。

 彼女がそっと腕に触れると、今まで纏っていた冷気からうってかわり、暖かい風にも似た力が流れ込んだ。



「シアちゃんの応急処置が良かったわ。

急ぎだし、今はこれだけ。

あとでちゃんと治療しましょうね」


 レイディルは軽く頷くと、跪くヴァルストルムの操縦席に飛び乗った。



 操縦桿を握り、一度目を閉じ魔力の線で動力炉を繋ぐ。

 ヴァルストルムの目が光りを放ち起動する。


 操縦席の壁越しに映し出された景色に、マリーが手を振る姿が見える。


 レイディルは左手に視線を落とす。

 ほんの短い治療ではあったが、左手の痛みは随分和らいでいた。



 操縦桿を握るレイディルの意志に従い、ヴァルストルムの左手が額へと添えられる

 軍礼から外れたその敬礼は、先ほど彼女に治してもらった手。


 マリーの表情に安心の色が浮かぶ。


 改めて、ヴァルストルムは唸りを上げ跳躍した。






 アリーシアスたちの防衛は続く。

 さらなるギガスの追撃。

 拳は防御壁を軋ませ、ひびを走らせ、ついには砕き散らす。

 砕けた魔力は淡い粒子となって夜気にほどけていく。


 一枚、また一枚と壁が消えていく。


 衛兵は再度、防御壁(ウォール)の展開を試みたが、魔力は形を成さず、霞のように散った。


「くっ……!」


 さすがのオルドも苦悶の表情を浮かべる。


「そろそろ、みんな限界ですね……」


 アリーシアスは淡々と状況を告げる。

 だがその声音の奥に、オルドには計り知れない何かが潜んでいた。


 ギガスがとどめを刺そうと再度、拳を高く振り上げた。


 少女は夜空を見上げる。

 月を見るためではない。

 ギガスに命乞いをするためではない。

 

 その瞳は勝利を確信した目だった。




 巨岩を粉砕する、鉄の咆哮。

 鈍い衝撃が大地を伝い、空気を震わせる。


 月明かりを背に、巨大な騎士が降り立っていた。

 振り下ろされた脚は岩の化け物を無惨に砕き散らし、その残骸が夜に崩れ落ちていく。



『二時の方向二十メートル先の木の影だ』


 レイディルの声が夜に木霊する。


 アリーシアスはすかさず指示の方向に、氷の槍を解き放った。


 槍は木に着弾、短い呻き声が聞こえた。


「残り一人のギガス術者、無力化完了。

当面ここは大丈夫でしょう」


 アリーシアスは事も無に報告する。



 一連の流れ、そして巨大な騎士を目の前にし、オルドや衛兵は呆気にとられていた。

 


『それじゃあ、後は任せた』


 レイディルは一言そう言うと、再び跳躍し街へ向かった。



「あ、あれが噂の機械の騎士か……圧倒的だな……」


 オルドはただそう呟くのみだった。








 街の中央広場。

 レイラの目の前にいる副司令は、街の変貌と思いどおりにならぬ現状に、あからさまに狼狽していた。

 そして彼の部下たちは動揺し、ただ戸惑い立ち尽くすのみであった。



「くそ……逃げた住人は捕まえられず、賊にすら好き放題されているとはッ!」


 苛立ちを隠せぬ叫びに、レイラは静かに言葉を返す。


「……降参してください。もう、何をしても無駄です」


 その声音には、自分は決して捕らえられないという確信が滲んでいた。



「そもそもバルゲインのような男が司令官を務めていたから、こんなことになったのだ!

挙句、知らぬ間に殺されて!」


 副司令の吐き捨てた言葉に、レイラは一瞬眉をひそめた。


 彼女らしからぬ動作で、大袈裟なため息をひとつ。



「そうですね、あなたが司令官であれば私も良かったと思います」


 唐突なレイラの言葉に副司令は、目を丸くした。


「そうしたら、もっと楽だったのに……」


 再度、大きな動きでため息を付く。


 皮肉を言われ、頭に血が登った副司令は、手に持った剣に力を込め、自ら斬りかかる。


 それをひとつひとつ丁寧に躱しながら、レイラは言葉を続ける。



「でも、あなたがいるおかげで……助かった部分もあります。作戦その二は……順調に成功しそうですから」


 副司令が苛立ちで言葉にならぬ息を漏らすのを見て、レイラはわずかに口角を上げる。



「自司令官のいる館で、堂々と罵詈雑言を吐く……浅はかで短慮な振る舞い。とても……御しやすいです」


 レイラが淡々と副司令に対し言葉を投げつける。

 副司令の声にならない呻きにも似た叫び。



 ただ、囮としてこちらに敵意を向けてもらうため煽り続けていた。


 しかし、レイラがここまで煽るのは、目の前の男が()()が気に入らなかったからだ。



(……なんでだろう?)


 レイラは攻撃を躱しながらも、己の内に理由を探る。



 男はこの期に及んでもバルゲインを愚弄する。

 外からやってきて上官に収まった相手だ、疎ましく思うだろう。 

 しかし、それ以上二人の関係性など知りえない。

  

 だが、そんなものはレイラにはどうでもよかった。


 一度刃を交えた相手には、彼女なりの敬意を払う。

 バルゲインの守りも指揮も、それに値するものだった。


 けれど、この男は違う。

 敬意を向けるほどではない


 だから、男の剣を刃で受け止めはしない。



(あぁ……そうか……)



 つまり、ただ単に──



「私……あなたのこと嫌いみたい、です」





 レイラのその言葉と同時に、街の各所に大きく重い音が響き渡る。


 闇夜に踊る巨大な影。



 副司令は攻撃の手を止め、辺りをキョロキョロと見渡した。


「な、なんだ? 次はなんなんだ……!?」



 ──飛来する金属。


 副司令の混乱、帝国兵の動揺の声を斬り裂くように、レイラの背後に機械の騎士が降り立った。



 口を開いたまま固まる兵士たち。


「もう一度言いますけど……降参、してくれませんか?」


 冷静な声が、副司令の耳に突き刺さる。



 街の要所、帝国によって増設された施設は、ヴァルストルムによって粉々に破壊されていた。

 その光景を目の当たりにした兵たちは、戦意を完全に失っている。


 副司令はフラフラと二歩後退し、茫然自失のまま立ち尽くす。



 ダメ押しとばかりに、ヴァルストルムの肩から閃光がほとばしる。

 火を吐いたかのように見えた次の瞬間、三十ミリ機関砲が唸りを上げ、数発の弾丸が近場の建物を穿ち、跡形もなく砕いた。


 その強烈な音に、兵たちは恐怖で顔を歪ませた。



 当の副司令も完全に戦意を失い、ブツブツと言葉だけを吐き出している。


「……もう……だめだ……オレは……おわ……りだ……」


 失態に継ぐ失態。

 上官は人知れず殺され、敵に良いようにされ、挙句、この先は捕虜。

 最早、この男の全ては破壊されたに等しい。


 彼は握りしめた剣を首に当て、自刃の姿勢をとった。


 しかし──


 カンッ、と乾いた音が夜に響き、手元の剣が弾き飛ぶ。

 副司令は目を見開き、何が起きたのか分からず固まった。


 足元に転がったのは、自分の剣と鉄製のスパナ。

 ヴァルストルムのハッチを開け、もう片方の手に同じ工具を握ったまま構えるレイディルの姿があった。


 自殺が果たせなかったことを悟ると、副司令は、力なくその場に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。



 レイディルは事情も、この男の人となりも知らない。

 だが追い詰められた人間が、目の前で自ら命を絶とうとするのを看過する気にはなれなかった。


 ハッチを開けたまま、レイディルがレイラに向かい言葉を投げかける。



「とりあえず、止めましたけど──これでいいですかね……?」


 レイラは振り向きもせず、目を瞑りフフッと笑うと、レイディルの言葉に答えた。


「それで……いいと思います……た、多分」



 木々の合間から、眩しい光が差し込める。


 長い長い夜が明けようとしていた。




……

…………

………………




 太陽はすっかり登り、街は明るく照らされていた。

 煙や埃にまみれた街に、朝の澄んだ光が差し込む。

 安全地帯へ避難していた住民も、通路を通り脱出した住民も街へと戻り、一息着いている。



 衛兵が連れ立っているのは戦意を失った帝国兵たち。


 各衛兵に指示を飛ばすオルドの姿がそこにはあった。


「さて、大隊長殿、ひとまず牢は応急的に修繕し、使えるようにはしておきましたが──」


 オルドが隣に立つレイラに声をかける。

 牢屋は衛兵たちを逃がすため、レイラが壁を斬り裂いてしまっていた。

 とはいえ捕虜となった帝国兵を野ざらしにはできず、疲れた体に鞭を打って衛兵たちが修繕にあたってくれたのだ。



「あ、ありがとうございます……余計な手間をかけさせたみたいで……」


「いえ、必要な事でした」


 申し訳ないと頭を下げるレイラに対し、オルドも深々と頭を下げた。



 レイラは頭を下げたまま、連行されていく帝国兵の列に目を向けると、その中に項垂れた副司令の姿があった。

 彼のすぐそばまで歩み寄り、声をかける。



「あ、あの……煽ってしまってごめんなさい……あなたのこと嫌いなのは、本当ですけど……

色々言い過ぎたと思い、ます」


 敵とはいえ口が過ぎたことを謝罪しておきたかった。


 副司令はレイラを一瞥すると、そのまま前に向き直り、連行されていった。


「わ、悪いようにはしないので……」


 そうかけるレイラの声は果たして届いたかどうか……



 レイラと副司令のやり取りを見ていたオルドがふと一人に目を向ける。

 彼は列に近づき、部下の衛兵に少し待つよう伝えた。

 言葉をかけたのはあの牢番だった。


「立場が逆転だな」


「はは……丁重な扱いを希望しますよ」


「ふむ、まぁ話し相手くらいにはなってやろう」


 牢番は苦笑しながら肩の力を抜き、オルドに軽く頭を下げた。

 そのまま列に連れ戻されていった。



 帝国兵が連行されたのを見届けた、レイラは緊張を少し解き、目を細める。

 背後から声がかかった。


「おつかれさまです、レイラさん」


 アリーシアスが少し疲れた顔をし、顔をのぞかせる。



「多少怪我人はでましたが、作戦は上々です。

大成功と言っても過言ないと思います」


 アリーシアスの言葉に、ほっと胸を撫で下ろすレイラ。


「あの……なんていうか、結構、あの、無茶だった、かなという感じで……

本当はもっとこう、ズバッとしたすっきりさがあった……はずなんですけど……」


 しどろもどろになりながら話すレイラの言葉に、アリーシアスは一瞬首をかしげ、やがて理解したように頷く。



「うーん、つまり『結構無理な作戦でごめんなさい、司令官倒してスマートに作戦終了のハズだった』と言いたいわけですね」


「あ、ああ! それです! すいません気が抜けちゃって」


 レイラはふぅと、深呼吸した。


「作戦が終わったからといって、き、気を抜いちゃダメ、ですね。

普段は常に気を張ってるんですけど……」


 そういいつつ、自分でペチペチと頬を叩く。



「そ、それで、どうしたんですか? 疲れているでしょうし、もう休んだ方が……」


「いえ、それが……」


 アリーシアスは視線を地面に落とし口ごもる。

 普段はしっかりした彼女の表情に、わずかな戸惑いが見えていた。



「なんというか……レイディルが大変なんです。

いえ、レイディルが、と言うよりは工房が、でしょうか」


「?」


「とりあえず止めていただけると幸いです」



 レイラは眉をひそめ、状況を理解しようとする。

 二人の間に静かな空気が流れ、アリーシアスは小さく肩をすくめた。

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