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第二十九話「鬼ごっこを続けましょう」

 夜に沈んだ街が、にわかに殺気立ち騒がしくなり始める。


 街を占拠している帝国兵の幾つもの足音、そして武器の音が館の外れにも響く。



「予想通りというか、なんというか……降伏勧告は失敗のようですね」


「あの副司令がいたんじゃな」


 帝国兵に見つからぬよう館の外れにある物置小屋の影に身を潜める二人。



「館にいた兵もレイラさんを追いかけて行ったみたいですね」


 副司令により半ば無理やり動員されたといった様子だった。


「いま中には人質だけみたいだ。」


 アリーシアスはコクリと頷き、二人は再び裏口から館に潜入する。




 作戦開始前、レイラは二人に告げた。


『お、おそらく一番大きな館のどこかに、元の持ち主が捕まっていると思うので……救出をお願いします』


 それが兵が立っていた部屋のいずれかにいる。

 といっても、レイディルには既に解析による結果はわかっているが。



 二人は迷わず一階の中央へと進んだ。

 急いで出たのかどの扉も開けっ放しだった。


 

 目的の大扉が見えた。

 その前には誰もいない。

 やはり全ての兵はレイラを追いかけ出払ったようだ。


 レイディルが大扉の取っ手を掴んだ。


「む……ほかの扉は開いてたが、さすがにここは閉まってるか」


ガチャガチャと引いてみるが、扉は開きそうにない。


「わざわざ鍵開けて出る必要はないですからね」


 アリーシアスが冷静に突っ込む。


 レイディルは仕方なく鍵開け道具を取り出そうと腰に手を回した。

 だが、レイディルが道具に触れるよりも早く、突如、アリーシアスが実行言語を紡ぐ。


 ──炎よ、集え

火を宿し真紅の脈を刻め

焔の意志を一瞬に凝縮せよ

炎陣よ空間を焦がし

我が声に応え爆焔を今ここに──



「エンバー・バースト」


 取っ手に紅い刻印が浮かび、閃光とともに小さな爆ぜ音が響く。

 鍵と扉の一部が砕け散り、扉はギィ……と軋みながら開いた。


 エンバー・バースト──任意の場所を爆発させる火の三級魔術。

 本来なら小部屋ひとつを吹き飛ばすほどの威力を持つが、アリーシアスは実行言語を削り、鍵周辺だけを的確に破壊する程度へと威力を抑えていた。


「どうせ館に兵はいません。なら、この方が早いです」



 大扉を開けると椅子に一人の女性が腰掛けていた。

 月明かりにその横顔が照らし出される。


 亜麻色の長髪は背中を柔らかく流れ、もみ上げは丁寧に三つ編みにまとめられている。

 落ち着いた雰囲気が印象的な大人の女性だ。


 窓には大層な鉄格子がハマっていて、光は入るが人は抜けられそうにはない作りになっていた。



 女性は閉じ込められた生活が長かったのか、顔色は幾分か悪いように見えた。


 身に纏う服はかつての上品だった名残りのある、落ち着いた色合いのワンピース。

 袖や裾にはわずかにシワやほつれがあり、館内での幽閉生活の重さを感じさせる。



 女性はゆっくりと部屋の入り口に振り向く。


「強引な鍵の開け方。

と、するとあなた達は帝国兵ではありませんね。

では、おそらくアルバンシアの?

つまり、私を助けに? なるほど」


 一人で喋り、一人で納得しはじめた女性はそのまま立ち上がり言葉を続ける。


「それならば、長居は無用。帝国兵がどうなったかは知りませんが、さあ行きましょう」


 一方的に話、行動しようとする。



 そんな女性をアリーシアスが一度止める。


「すみませんが、身元確認と説明をさせて下さい……」







「はぁー……あなた方の作戦はなるほどわかりました」


 館に囚われていた女性は名はノーラ。

 カーネスの市長である。


 一応の身元の確認と現状の報告を済ませた二人は、この後の事についても軽く説明した。



「だとすれば、悠長に話している時間はないのでは? さあ、行きましょう」


「あの……幽閉生活でお身体とかは大丈夫なんですか?」


 レイディルが恐る恐る聞く。


「いえ、特に。元気満杯です。

あぁもしかして顔色が悪く見えました? この部屋暗いですからね」


 レイディルは少し安心して頷く。


(この旺盛さなら心配無用か……)


 ノーラの調子に少し置いてかれ気味になりながらも、二人は彼女を連れて館から外へと脱出した。

 ノーラに合わせてスピードを緩めるつもりであったが──なかなかどうして、彼女はかなりの健脚だった。





 カーネス中央広場。

 館を脱出して走ること十数分、少し西に進んだところにある、平時は市民の憩いの場であろう、緑の生い茂る公園にたどり着く。


 三人はその公園を突き抜けて走る。


 公園を抜け、路地へと入り込むと、奥に二人の兵の姿があった。


「ストップ! 物陰へ!」


 先頭を走っていたレイディルが声を上げ、二人を物陰へと隠した。


 帝国兵はなにやら話をしているようだ。



「どうしました? 帝国兵ですか?

奇襲した方がいいのでは?」


 ノーラはそういいつつ、傍にあった棒を手に取った。

 慌ててレイディルが止めに入る。



「すいません、ちょっとまっててください!」


 小さな声でノーラに注意を促した。

 少し不満そうな顔をされた。


 聞き耳を立てる。




「──どうやら賊が侵入したらしいぜ」


「よく監視装置にかからなかったな……で、バルゲイン司令はなんて?」


「それが……賊に殺されたらしい」


「げぇ……マジかよ。じゃあ今命令出してんのは……」


「ああ、アイツだ。副司令だ」


「めんどくせぇ……」


 二人の帝国兵が声を潜めて話している。

 副司令はこの状況を利用して手柄を増やすつもりらしい。

 だが侵入者が中々捕まらず、街中の兵をかき集めて動員しているようだ。


「さすがに持ち場を離れるのはまずいだろ……」


「だがよ、後で何言われるかわかんねえぞ?

どうせ責任は副司令が持つんだし」


 やれやれ、そうぼやき二人の兵士はそそくさと街の奥へと姿を消した。



「レイラさん上手くやってるみたいだな……」


 レイディルは小さく呟くと、次の合図を待った。






 ──時間は少し戻り、レイラが空に魔術を放ち、大輪の火花を咲かせた直後。

 オルドたちがいる地下牢では──


 地下からは夜空の火花を見ることはできないが、その音はしっかりと響いていた。


 見張りのはずの牢番は、壁にもたれて船を漕いでいる。


「聞こえましたか、隊長」


「あぁ、しっかりとな。皆、準備はいいか?」


 幸い、牢番は眠っている。

 行動を起こすには絶好のタイミングだ。


 オルドは念のため、部下に牢番を見張らせ、自身との間に立たせて壁のようにした。


 そっと牢の壁に手を触れると、石壁がスッと動く。


 ここは、レイラが予め切り込みを入れてくれていた場所だ。

 石壁に手をかけてそっと動かすと、人一人が通れるほどの穴が現れる。



 穴を抜けて倉庫に出ると、そこには戦うための、簡素ながらも整えられた剣と鎧が用意されていた。


(さすがは大隊長殿、万事抜かり無く、か……!)


 オルドは上官の周到な準備に内心で舌を巻きつつ、仲間とともに眠りこける牢番を背に、静かに牢を後にした。




 


 ──時間は戻り、所狭しと街を駆け巡るレイラ。


 帝国兵を引き連れ、彼女の逃走劇はまだ続いていた。


 街を駆け回り、攻撃を躱し続けていた。


 両手には薄刃と幅広の剣を握り、進路を切り返しながら帝国兵の間をすり抜け、隙あらば切りつけて敵を行動不能にする。


 ただ、帝国兵の数が多すぎて、何人斬っても数が減った気はしなかった。



 流石のレイラも額に一筋の汗を滲ませる。



 カーネスの北区。

 レイラを追いかけてきた兵は数を増し続けている。


 今だ捕まえられないレイラに苛立ち、副司令の怒号の如き命令が夜の街に響く。



 

 レイラは路地を右へ左へと走りながら、自分の呼吸と疲労からおよその経過を測る。


 半刻──十分(じゅうぶん)に時間は稼げた。


「さて、そろそろ……ですね」



 突き当たりを右に折れた瞬間、左右の壁際に帝国兵二人の影が立ちふさがった。

 構えたメイスが同時に振り抜かれ、挟み込むように迫る。


 レイラは咄嗟に膝を折り、上体を逸らす。

 脛で石畳を滑り、頭上をかすめる鉄塊の下をすり抜けた。


 すり抜けざま、抜き放った両手の刃が煌めき、兵の腿を切り裂く。


 鈍い悲鳴と共に帝国兵がその場に崩れた。



 勢いそのままに地面を蹴り、跳ね起きる。

 滑らかな動きで体制を立て直し、路地を抜け開けた場所に出る。

 


 剣を握ったまま、夜空に手をかざしたレイラは、一際大きな火の魔術を放った。



 再度、空の黒に色鮮やかな火を咲かせる。







 北で色鮮やかな火が花のように広がり散った。

 その音は大きく、どこまでも届くような音だが不思議と心地よい。


「二度目の合図……来たぞ!」


 オルドたち衛兵は、空を確認すると合図と共に住人が囚われている寝屋へと突撃した。



「は? お前ら、なんだ!?」


 状況を理解できていない帝国兵は虚を突かれた。


 オルド以外の衛兵は、さすがに体力が低下しているのか、その挙動は頼もしいとは言えなかったが、帝国兵一人に対し四人宛てがう事でカバーした。


 見張りの帝国兵を倒すとすぐさま住居の扉を開け突入する。



「寝ているところ、申し訳ない。

脱出するぞ! 詳しい説明は後だ!」


 オルドはそう叫び住民たちを叩き起した。


 道すがら簡易的な説明をし、予め決められた脱出ルートを一番足の遅い者に合わせ、大所帯で駆け抜ける。






 一方その頃、レイラは四方を帝国兵に囲まれ、逃げ場を塞がれていた。

 一筋の汗が頬を伝い滴り落ち、地面を濡らした。



「やっと追い詰めたぞ……手間をかけさせるッ!」


 追い詰めたはずの副司令は言葉の端々の苛立ちを隠しきれない。


 ジワリジワリと包囲網が狭まる。


 建物と建物の間隔が広く、レイラの得意の三角飛びも使えない。


 だが、しかし、それでもレイラの表情は崩れなかった。

 それどころか口元を緩め、普段見せないような笑みを浮かべている。



「気に食わんな……なんだその顔は!」


「ご、ごめんなさい。これで追い詰めたつもりだなんて……ふふっ……なんだかおかしくて……」


 謝りつつも笑みを浮かべる、その仕草に目の前の副司令は顔を真っ赤にして激怒した。




 途端──街中に緊急の鐘が鳴り響く。


「ふ、副司令! 反乱です!

いや、だ、脱走……?」


「えぇい! どっちでもいい!

早く捕まえろ!」


「それが……街のあちこちで……手が足りません!」


 オルド以外の衛兵も立ち上がり、住民を次々と導き出している。

 その奔流が、帝国兵全体を混乱に叩き込んでいた。


 副司令の顔が一層歪む。

 監視装置があるはずなのに反応がしない。それもまた、副司令の混乱に拍車をかけていた。


「監視装置はいい! もう解除しろ! それよりギガスだ、早く出せ! 

小型のやつだ! 小型でいい! おい! ここから兵も半分連れていけ!」


「それが……監視装置から切り替えるには時間がかかるようで……すぐには……」


「ええい、なんでもいい! 早くしろ!」


 副司令は慌てて命令を伝え直した。

 

 帝国兵の半分が抜けていく。

 心なしか包囲が揺らいだように見えた。

 だが、それでもなお分厚い壁となってレイラを取り囲んでいた。


 レイラの眉が少し動く……が、悟られぬよう彼女は余裕の表情を貫いた。



「くそッ……! こんな失態、全部オレの責任になるだと?

そんなの冗談じゃない……!」


 顔を歪ませ、己の保身ばかりを考える副司令。

 しかし次の瞬間、その苛立ちをぶつけるように、目の前の侵入者をギラリと睨みつけた。


「て、手柄だ! お前を捉えれば手柄になる!」


 歪んだ笑みを浮かべ、副司令はぎらつく目で武器を構え直した。

 焦燥と欲望が入り混じり、その姿はもはや獣のようだった。



「じゃあ、お、鬼ごっこ再開……ですね」


 副司令からすれば兵が半数に減ったとはいえ、まだ包囲は破られていない。

 それなのに目の前の女は、まるで遊びの続きを宣言するかのように笑った。

 その余裕に彼は我慢がならなかった。



 しかし──


 帝国兵の囲いをものともせず、レイラは宙に舞う。

 すれ違いざまに振るった刃が数人の帝国兵の肩や腕を裂く。


 そして上空に次々と防御壁(ウォール)を展開しながら蹴り上がり、三角飛びで囲みの遥か上、屋根の高ささえも越えて行った。







 深夜の街は、鳴り渡る警鐘の音と帝国兵の怒号、脱出を急ぐ衛兵の声で騒然としていた。



 オルドは剣で一人を斬り伏せると、すぐさま次の敵へと目を向ける。

 しかし仲間の援護に駆けつけたい気持ちを抑え、まずは住民の安全を優先した。


 ──だが時間が経つにつれ、状況は悪化していく。

 住民の列を取り囲む帝国兵は増え、衛兵たちの『四対一』の戦いは徐々に崩れていった。


 数の優位を取り戻した帝国兵は、薄ら笑いを浮かべる。



 その刹那──



「今だ、撃て!」


 オルドの号令とともに、住民たちの魔術が一斉に解き放たれた。


「な、なんだと! こいつら魔術を!?」


 火花、飛沫、雷光。

 アルバンシアの民にとって、魔術は生活の一部。

 大人も子供も、多少なりとも扱うことができるのだ。



「てめぇら、今までよくも好き勝手してくれたな!」


 血気盛んな若者が火の魔術を叩きつける。


「え、えっと……本当に人に撃っていいのかな……」


 控えめな女性はおずおずと水をぶちまけた。


「あはは!」


 子供たちは遊び半分に雷を放ち、帝国兵を慌てさせる。



 術そのものは小さな力だ。

 だが、数の暴力には抗えない。

 防戦一方となった帝国兵に、衛兵たちの鋭い風の魔術が追い討ちをかけた。


 突風に吹き飛ばされた兵は壁に叩きつけられ、気絶する。



 レイラの策は的中した。


 住民を戦力に組み込んだことで、劣勢を一気に跳ね返すことに成功したのだ。








 夜空に二度目の合図を確認したレイディルら三人は、曲がりくねった街並みを縫うように進み、中央区の広場へたどり着いた。


 そこでは、衛兵たちが小型ギガスと格闘していた。


 オルドたちと同じ戦術『住民の魔術を使い、敵の注意を分散させながら攻撃する作戦』を取っていても、人間相手とは違った。

 決定打が足りず、苦戦は免れなかった。


 衛兵たちも攻めあぐねている。



 アリーシアスは住民が標的になることを危惧した。

 すぐさまギガスの身体を目で追い、幾つかの傷を見定めると、術の構築に取り掛かる。



「レイディル、すみません。

あのギガスにあと一撃欲しいです。頼めますか?」


 小型ギガスの拳は、防御壁(ウォール)の使えないレイディルには厳しい。

 もし一撃喰らえば大怪我だ。



「任せろ」


 しかし、レイディルは即応した。

 返事と同時に剣を抜き前へ駆け出す。



 小型ギガスがレイディルに気付き、体勢を変え拳を振りあげようとした瞬間、走る勢いそのままにレイディルは姿勢を低くし、地面へと手を伸ばした。


 軽く魔力を放つ。

 解析魔術だ。


 走りざまに放った解析魔術が、ギガスを一瞬硬直させる。


 レイディルは迷わず股下を滑り抜け、渾身の力で剣を横薙ぎに叩き込んだ。


 剣が堅い岩肌に弾かれ、鈍い衝撃が手に走る。


 叩き込まれた一撃は、ギガスを覆う結界(プロテクション)に揺らぎを走らせる。



「今だ、アリシア!」


 レイディルが叫ぶと同時に、背後ではアリーシアスの魔術式が完成へと収束していく。



 アリーシアスは右手を前に突き出し、肘から先を鋭く振り上げた。


「アイシクル・コラム!」


 魔術名と共に、ギガスの足元に冷気が凝縮する。

 瞬間、地を突き破るように氷柱が伸び上がり、ギガスの胴体を直撃、股下から一気に砕き上げた。



 小型ギガスが沈黙し、その身体は粉砕されて岩屑となった。




 一先ずは、辺りにもう敵はいないようだった。

 レイディルとアリーシアスは一息付いた。


「素晴らしい即断即決。お見事でした」


 ノーラが二人の判断の早さを褒めた。



「ふぅ……しかしレイディル、躊躇しませんでしたね」


「あぁ、以前グレナウで解析魔術使った時、ギガスが一瞬動きを止めたのを見ててな」


 そう答えるレイディルの顔はどこか誇らしげだ。

 ついこの間まで自分はギガスに対して何も出来なかった。

 だが今は違った。


「アリシアこそ、よくオレに任せる気になったな」


 確かに今まで激闘はしてきたが、全てヴァルストルムに乗ってだ。



()()()とは状況も、手段も……私たちの度胸も違いますからね」


 僅かに口元を緩め続ける。


「なんとなくですけど、なんとかしてくれそうな雰囲気はあったので」


 実に曖昧な言葉だったが、レイディルはその言葉に嬉しくなった。


 二人だけで通じる会話を交わしていると、ノーラが横から入ってきた。



「これ以上悠長に話している場合ではないのでは?」


 二人は確かにと頷きつつ会話を切りあげる。



 衛兵の一人がこちらに駆け寄ってくる。


「た、助かりました……今の我々ではギガスの相手をすることは難しく──あ、市長!」


 ノーラに気付き、言葉を途中で止める。



「お礼はいりません。この後の作戦は?」


 アリーシアスが冷静に告げると、衛兵は一言で、騎士大隊長と共に来た者だと悟った。



「はっ! 私たちの担当の住民は全員無事です! あとは安全地帯へのルートへ向かうのみです!」


 二人は作戦が確実に伝わっていることを確認すると、ノーラや衛兵、住民と共に区の端へと移動する。



「しかし、安全な場所などあるのでしょうか」


 衛兵の一人が疑問を口にした。


「短い間行動を共にしましたが、あの方達がそういうのならばあるのでしょう」


 ノーラは淡々と言い放つ。


 そんな会話をしていると、中央区の

西の外れに到着した。


 その場所は岩壁が夜の空へと伸びるようにそそり立つ、実に不気味な場所だ。



「では、ここで一度お別れです。

オレたちはここから大通りを抜けなければならない。どうかご無事で」


 レイディルがノーラへ別れの挨拶を済ませる。



「長話するつもりはありませんが……敢えて長く話します。

わざわざ助けに来ていただき、ありがとうございました。

気丈に振る舞おうと心がけていましたが、心から安堵しました。

お気をつけて。全て終われば、また会いましょう」


 ノーラがそう告げると、衛兵が「では」と声をかけ、夜空に火を放つ。 



 同時に、街の至る所からも、住民を助け出した合図の火が空へと上がる。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……」


 レイディルは夜空の火を数え、眉をひそめた。


「数が合わない……」


 一瞬、心臓が大きく脈打ち、冷や汗が背中を伝う。


(まずい、失敗か……?)


 そう考えた矢先、数テンポ遅れて工場区画近くから、ヒョロヒョロと大きな火が上がった。


 レイディルはほっと胸を撫で下ろす。


「あの、不器用な火の術は……オルド隊長ですね。

あの人構築遅いから……」


 衛兵が呆れたように言う。

 

 ともあれ、作戦は最終段階に入った。


「では……行きます」


 まずアリーシアスが仕上げを知らせるための合図を空に送った。


 炎が鮮やかに夜空を彩る。


「上手くやれそうか?」


 レイディルが心配そうに声をかける。

 当のアリーシアスは、岩壁に手をつけ一つ笑った。



「細工は流々、仕上げを御覧じろってやつですね。

まぁ、見ててください」



 そう言うと、魔力を迸らせた。



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