第三話「燃える闇」
巨大な岩の兵士が月に照らされる。
表情が無いはずだが、その顔は遥したの二人を睨みつけていた。
ロルフは力を振り絞り、立ち上がる。
わたしも立ち上がらなければ──そう思い、アリーシアスは必死に足に力を込めた。しかし、膝が震え、思うように動かない。次の瞬間、力が抜け、崩れ落ちそうになる。その肩を支えたのはレイディルだった。
「いい所に……レイディル殿!お嬢様を連れてお逃げ下さい! 自分が時間を稼ぎます!」
ロルフが叫ぶ。
だが彼女は了承しなかった。
「時間を稼ぐだけではダメです! あいつはきっと村を潰してしまう!」
もはや余力など残っていないだろう、しかしそれでも、彼女は引きたくなかった。
ロルフは賛成できかねる、と言った面持ちだったが、問答をしている時間はなかった。
「オレも何か出来ることは……」
レイディルも力を貸す、そう言いかけた。
「……貴方がいてなんの役に立つんですか…」
静かに、そして冷たい言葉は、彼の心に刺さった。
「邪魔です。早く行ってください。……あなたにできるのは、村の人たちをさらに避難させることだけです。」
冷徹な声音が鋭く響く。レイディルは一瞬言葉を失うが、すぐに歯を食いしばり、来た道を駆け出した。
後方で、木々が裂けるような音が響いた。
戦闘がはじまった。
身体を鍛えていても、魔術が使えなければギガスには太刀打ち出来ない。
あの場にいても精々一秒時間を稼ぐしか出来ない。そしてその後は潰されて肉塊だ。
何も出来きず死ぬだろう。
騎士の青年が、体を張り守っているのに。
あんなに身体の細い華奢な少女が、村の人の為に傷付いているのに。
少女の気持ちを汲み、走り出したが、悔しさと後悔で足がもつれ倒れてしまった。
顔を上げ立ち上がると、そこは機械の巨人が鎮座する場所だった。
巨人は何も言わず、ただじっとレイディルを見つめるだけだった。
「機械だもんな……そりゃ喋らないか。」
つい意味もない独り言を呟いてしまうだが、その言葉を口にした瞬間、脳裏で何かが閃く。
「そうか……機械か!」
機械なら、動くんじゃないか?
心臓が跳ねる。
もしかしたら──機関車のように、乗り込めるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に、もう一度巨人を隅々まで確認してみた。
近づいてよく見ると、胸にポッカリと穴が空いている。
あそこにおそらく運転席あるに違いない。
レイディルの考えは正解だった。
胸の中に入ると、椅子とレバーや、何かよく分からない物が沢山付いてる。
(思った以上に訳が分からないな、これは……)
王都にある様々な機械を見てきたが、どれとも違っていた。
(これがメタフローが、もたらした機械か……)
感心している場合では無い。
この瞬間にもアリーシアスとロルフは戦っているのだ。
焦らず、ゆっくりと、それでいて迅速に…
自分に言い聞かせながら、解析魔術を掛ける。
意識が飛ばないよう、ゆっくりゆっくりと情報を引き出す。
まずは動かす方法だ……
数秒の時間が流れる。
「……っはぁ!」
一度、解析魔術を辞め、大きく息を吐き出す。
頭は痛むが起動方法はなんとか知ることが出来た。
「まずはこの全面のパネル?とか言うやつの横のスイッチを押し込む……」
が、反応は無い。
間違えたか?とも思ったが、電源が入らないようだ。
(と、すると内部がどこか故障しているのか……)
不味い、故障だとすると、この未知の技術は彼には直す術がない。
今度は慎重に内部を探る。
──各部の部品には問題は無い。とすると……
動力炉らしき所が見えた。
そしてそこに通じる何らかの線が一つ、ちぎれていた。
(……これはエネルギーか何かを通す線か……分解なんて出来ない……どうすれば……)
悩んでいると、先程までは継続していた爆発音が地響きだけになった。
アリーシアスが火炎系の魔術を使えなくなったという事だ。
レイディルは焦る気持ちを抑え、考えをめぐらせる。
再度、使用している解析魔術の負荷などお構い無しに、継続と思考を両立している。
(焦るな、慌てるな……一時的にでいい、なにか、なにか方法は無いか?)
手に汗が滲む。早くしなければ、と気が逸る。
そして咄嗟に今朝の街灯の事を思い出した。
(上手く行けばいいけどっ!)
神に祈るような気持ちで、魔力を代用し線を繋ぐ。
「動いてくれっ!」
彼の座る操縦席が明るい光で照らされた。
ロルフは後方で地に伏している。
吹き飛ばされてなお、限界まで少女を守ろうとした。
アリーシアスは膝をつき、呆然と岩の兵を見上げる。
身体も魔力も限界だ…もう立つことすらままならない。
(わたし、ここで死んじゃうのかな……あの人は村人を遠くに逃がしてくれたかな……ちゃんと逃げてくれたかな……)
最後まで他人のことを気付かう自分に半ば呆れ、それでも立派だったと自分を褒めた。
動けなくなった二人の前に傷んだマントを身に纏った男が姿を現した。
「散々手こずらせてくれたな……こんな田舎でまさか奥の手の二体目を出すことになろうとは……」
苛立ちと憎しみがある事がよく分かる声色だった。
男は機械の巨人が現れるのを唯一起きて見ていた。
しかし、昼間は村人が川辺をたむろし調べることが出来ず、夜を待てば調査に来る者がいた。
上手く事が運ばずイライラしているのだろう。
そして、潜伏していた矢先、丁度レイディルとアリーシアスの会話を聞き、行動したのだ。
「しかし、メタフローの異物だと?そんなもの残しておいては帝国の脅威となるやもしれん……お前らを殺した後、破壊してやる。その後はアレを見ていた村人だ!これでオレの溜飲も少しは下がる。」
彼女にはせめてこの男とギガスが追えない程遠くに、村人が逃げていてくれるのを祈るしか無かった。
「やれッ!」
冷酷な男の号令と共に、歪な拳が振り下ろされる。
激しい音が辺りに鳴り響いた。
大きな地響きと共に、男の後方の崖にギガスは吹き飛んでいた。
その場にいた誰一人として、理解出来ず
ただただアリーシアスの前に立ち彼女を護る巨人の姿を見つめる事しか出来なかった。
「動いて……いる。」
アリーシアスは信じられないような目で見、男は狼狽する。
巨人は振り返り、アリーシアスとロルフの無事を確認した。その胸からはレイディルが顔を覗かせている。
「なんとか間に合った!」
安堵の息を漏らし、ギガスに向きなおる。
あの頑丈な岩の兵をまだ倒してはいない。油断はできない。
「ふ、ふざけおって!!」
男の怒号と共に、起き上がったギガスが、
猛烈な勢いで突進をしてきた。
その突進に併せ、機械の巨人は右拳を繰り出した。
鈍い音がし、あの強固だったギガスの右腕がいとも容易くもがれた。
男は悟る。コレをこのままにしていてはいけない……そしてギガスに自身の魔力を打ち込んだ。
(一体何を?)
その行動の意味はアリーシアスにはわからなかった。
ギガスはなおも突進し、一回りは小さいであろう巨人を組み伏せるべく、押さえつけた。
しかし、その力を持ってしても、組み付くのが精一杯だ。
しかし狙いはそこでは無い。
ギガスの内部圧力が秘密裏に上昇する。
(奴らに教えてやる義理はないッ! 諸共自爆に巻き込まれろ!!)
男の狙いは魔力を打ち込み、ギガスを術者の身を厭わない、自爆させることだった。
だが……
「それはすでに解析させてもらっている!」
レイディルは巨人越しに地面を伝い、解析魔術でギガスの状態を看破していた。
負荷に負荷を重ねた彼の目や鼻からは血が滴り落ちる。
だがそんなことは構っていられない。
素早くギガスを突き放すと、解析魔術で得た知識で、右手のレバーにあるトリガーを引いた。
咆哮
耳をつんざく様な甲高い音が、巨人の肩から火と共に放たれた。
放たれた火砲は容易に岩を削り取る。
瞬く間に前方にいた岩の兵士は姿を消滅させた。
更には背後の崖すらも消失させた。
そのあまりの威力からか、使ったレイディルでさえ額に冷や汗を垂らし、手が震えていた。
「魔術に例えるなら、二級の火炎魔術相当……それを連射……」
アリーシアスもまた規格外の力を前に戦慄する事しか出来なかった。
男は慌てるが、すぐにその足を踏み出し、巨人に向かって駆け寄った。
その瞬間、レイディルは一瞬の間に状況を読み取ると、すぐさま巨人をアリーシアスの上に覆いかぶせた。
次の瞬間、男の体から爆風が渦巻き、炎を撒き散らしながら爆ぜた。轟音が天地を引き裂くように響き渡り、周囲の空気が一瞬で激しく揺れ動く。炎は天高く舞い上がり、火の塊が四方に飛び散った。その爆発は、まるで巨人の体を呑み込むような規模で炸裂した。
激戦を終え、なんとか動けるようになったアリーシアスは、爆発の跡を見つめる。
幸い炎と熱は彼女に届くこと無く終わった。
男が何故、自爆までしなければならなかったのか、理由は彼女には分からない。
空が少し明るんできた。
夜通し戦闘を続けていたのか……彼女はそう思いながら気を取り直し、
「レイディルさん、動かせたんですねソレ」
命の恩人に明るく声を掛ける。
返事はなかった。
急いで駆け寄り、巨人の胸の中を確認すると、彼は血を流し意識を失っていた。
森の木々からは太陽の光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえ、朝の訪れを告げる。
長く続いた夜は明け、避難していた村人が対岸に集まり始めていた。
アリーシアスは機械の巨人の足元で、目を覚ます。
どうやら座り込んでいるうちに寝てしまっていたようだ。
自分のローブはどこへ行ったんだろう。
寝ぼけた頭でフラフラ歩いていると、突然ローブを手渡しされた。
「……遅くなった……済まない……」
目の前の男は頭を下げる。
いつもは厳しい目付きが、夜通し起きていたせいか赤くなっている気がした。
そうしてやっと寝ぼけていた頭が働き出した。
「おとうっ…執政官!? 何故ここに!」
慌てて言い直す。人前では立場を弁える少女だ。
「いや、お前達を見送った後、しばらくして博士が戻られてな。人員が確保出来た為、博士と共に念のため援軍を率いて来たのだが──こんなことになっているとは……」
ダイレルは読みが甘かったと、後悔している様子だ。
「万が一があってはいけない、と思い増援を連れて行くようボクが進言しましたが、遅かったですね。」
執政官の後ろから、眼鏡を掛けた目の優しい男がひょっこりと現れた。
白を基調とした白衣のような服を身にまとい、長くひょろっとした体が目を引く。
その服は少し大きめで、風になびくたびにひらひらと揺れて、まるで研究室を飛び出してきたような印象を与える。
長い髪は後ろで縛られているものの、少しボサボサに見え、顎には無精髭がそのままで、忙しく動き回っている様子が窺える。
「まぁボクも見たいと連れてきて貰ったのが真相ですけどね。」
とつけくわえながら。
この人が博士なのだろうか? なんだか軽い人だ。とアリーシアスは思った。
「事情は今しがた医療室のロルフから聞いた。
レイディルが、機械の巨人を動かしたそうだな。」
そうだ彼だ。血を流し気を失っていた彼はどうなったのだろう。
「心配することは無い、おそらく解析魔術の使いすぎか……無茶な使い方でもしたんだろう。
レイディル君も医務室で眠っている。すぐに目を覚ます。」
その言葉を聞いてアリーシアスは胸をなでおろした。
その後ろで博士が数人の部下とメモを取ったり
、解析を始めていた。
「うーん、これはこれは……レイディル君とやらが起きないとサッパリだね。
開発局でもこれを解析出来る人間はいない。
うん、分からない事が分かった。
いやぁ、しかし凄いな。これをアナライズしてしまうのかぁ。」
一人テンションを上げて感心する博士を見てアリーシアスは怪訝な顔をした。
レイディルが必死で解析したのだ。そんなに簡単に分かるはずがない。そんな思いもあった。
「顔に出ているぞ。そう邪険にするな。
彼はあのクラウス・エーベルハウトだ。」
ダイレルが告げる。
あの、とは即ち、博士と呼ばれた男は、王都の機械類やクリスタル厶をはじめ、数々の発明を生み出した人物である。
彼なくして明るい夜は無い。
「…………」
アリーシアスは偉人とも天才とも言われる人物が、こんなにも軽い事に少しショックを受けていた。
しばらくすると、集まった村人の間をかき分けるようにして、一人の青年が現れた。
レイディルである。
「すいません、さっきやっと目が覚めました。」
どうやら後遺症もなく無事なようだと分かり少女は、安心した。
「さてさて、レイディル君。君はどうやってこの子を動かしたのかな?」
博士が興味津々に聞いた。この『子』とは、機械の巨人のことだろう。
レイディルは、自分が行ったことを一つずつ説明し始めた。
その説明を受け、博士は部下に実際に試してみるように促した。
確かに機械は起動したが、それ以上の操作はうまくいかなかった。
「まぁ、そもそも無理だよね。レイディル君のやったことは無茶苦茶だ。」
博士は軽く肩をすくめ笑いながら言った。
レイディルが行ったのは、魔力で線を繋ぎ、さらに操作が複雑だったため、解析魔術を掛けながらその操作方法を確認し、動かすというものだった。
さらに、解析魔術で周囲の地形を把握しつつ、その操作を進めていったのだ。
「魔力量が豊富だったのもあるんだろう。それ以上に、君は器用だね。器用というか……うん、説明は難しいが凄いよ君。」
クラウス博士は感心したように言った。
「そ、そうですか。」
レイディルは照れくさそうに答える。
クラウス博士に褒められることは、彼にとってとても嬉しいことなのだろう。
その様子を見ていたアリーシアスも、つい釣られて笑顔になった。
隣で複雑な表情を浮かべている父のことなど、全く気にせずに。
「さて、本題に入ろう。
レイディル君、私が出発前に何を懸念していたか覚えているか?」
執政官が話題を切り替えた。
なんだったか……思い出す。
「ギガスが、カリオン村いるって事は、砦が越えられた事……」
そう砦で食い止めているはずの帝国の術者が、
王国領土に入り込んでいるのだ。
どうやって?考え込むレイディルを他所に、博士が言う。
「ギガスってやつは、人間と違うからね。
人が無理な状況でも、ギガスなら可能という事は多々あるよ。一番は……そうだね疲弊しない事だ。
この村にギガス使いが現れたと聞いて、確信したよ。」
クラウス博士の言葉にダイレル執政官が続ける。
「つまり、ギガスを持ってして、ドゥルム砦の横に位置する断崖絶壁を登ったと考えられる。
ギガス使いが自爆したと言ったな?
目撃者諸共、帝国の人間が超えた事実を消し去るためだろう。
だとすれば、帝国の次の手は……」
「砦の挟み撃ち……いかに難攻不落と言えど、背後から突然来るはずのない伏兵に奇襲されては……!」
アリーシアスが狼狽え、声を荒らげた。
「今からでは、早馬も伝書鳩も間に合わないだろう。」
執政官は冷静にまるで鉄のように告げる。
その状況を打破する可能性があるとすれば……