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第二十五話「潜入 カーネス」


 シンと静まり返った深い夜。

 分厚い雲が月を覆い隠し、夜の闇に拍車をかける。

 まさに、絶好の潜入日和だった。



 今掘られている通路の近くには、ヴァルストルムが静かに待機している。




 レイディルは横穴のすぐ近くに立ち、自分の指先を軽く握っては開き、じっと感覚を集中させていた。



「……何してるんですか?」


 隣から声をかけてきたアリーシアスに、レイディルは手から目を離さず答える。



「朝の訓練、忘れててな。今のうちに、トレーニングしとこうと思って」



「それは良い心がけですね」



 感心感心とアリーシアスが頷く。




「あっ……そういえば」


 思い出したように、アリーシアスが声を弾ませる。



「レイディル、ヴァルストルムさんを起動させたとき、魔力で『線』を繋いだと言っていましたよね?」



「ん、あれは……機械修理でよくやってた手の応用だな。動力が通るか確認するとき、断線してる部分を魔力で仮に繋いでみるんだ」


 レイディルは、指先から魔力を細く流してみせた。



「ヴァルストルムも一部が断線してた。だから、それで補ってみたら──どうにか、動いてくれた」


 アリーシアスは少し考え込み、やがて言った。



「以前は板をイメージと言いましたが、その『線』を編み込んでみるのはどうです? きっとその方がレイディルには向いてます」



「……あー、確かに……上手くできるかわからないけど今度試してみるか」



 アリーシアスの提案に、レイディルは素直にうなずいた。

 確かに『線』の方が、自分にはしっくりくる気がする。



(確か前に説明を受けた時は「糸じゃないんだから」と答えた気がするが、なるほどいつもやっている線をイメージすればわかりやすいのか)





 その時、前方──横穴からレイラの声が響いた。



「もうすぐ……開通しそうです。

レイディルさん、解析魔術を……お願いします」



「了解」



 レイディルはひとつ頷いて立ち上がり、集中を切り替えるように息を吐いてから、横穴の方へと向かっていった。






 闇夜に、岩が削られる音が小さく響く。

 この横穴は、レイディルたちと出会うより前から、マイスがひとりで掘っていたという。



 その長さは三十メートルほどだろうか。

 横幅は一人分の通路として十分な広さがある。

 天井は低めで、大人が通る際には軽く頭を下げる必要があるだろう。



 決して大きいとは言えない通路だが──これを、ただの老人がひとりで掘ったというのだから、驚きしかない。

 少しずつ、長い時間をかけ掘り進めてきたことが窺える。




 その通路を塞いでいた最後の岩に、小さな穴が穿たれた。

 向こう側が、わずかに覗き見える。



 レイディルはその隙間から魔力を流し込み、周囲に監視がないか確認(アナライズ)する。



「……半径五十メートル、異常なし」



 工場裏手に人の気配がないことを確認し、レイディルはひとつ息をついた。



 やがて最後の岩も崩れ落ち、工場が見える。



「さて、いよいよじゃな。

……頼んだぞ」


 マイス老人が静かに声をかける。



「じゅ、準備は……いいですか?」


 レイラが少し緊張した面持ちで、仲間に問いかけた。



「こちらは問題ありません」


 アリーシアスはいつも通り、落ち着いている。



「こっちも大丈夫」


 レイディルは腰に剣を携えていた。



「……持ってきたんですね」


「何があるかわかんないからな」



 三人は頷き合い、通路を抜けていった。

 背後では、入口付近に残ったマリーが、小さく手を振っているのが見えた。




 


 通路を抜け、工場の裏手から右回りで進む。

 工場は夜だというのに、今もなお武器を製造している。



 鉄の臭いが鼻をつき、けたたましい機械の音が、休みなく動き続ける様子を、外にまで伝えているかのようだった。




 三人は工場の角、ちょうど工場入口が見える位置まで移動した。

 そこでレイラが右手を上げ、静止の合図を出した。



 レイラたちから二十メートル先──

 工場の出入口を背に、見張りの兵二人がじっと立っていた。



 工場の入口からまっすぐ進んだ正面の門を抜け、街へと行きたいが、そうもいかないらしい。


「さて……どうしますか?」



 アリーシアスが、レイラに指示を仰ぐ。

 二人の兵は正面から目を離す様子もなく、まるでそこに根を張ったかのようだった。



 レイラは通路の縁から、小石をひとつ拾い上げた。

 それを工場の正面に向かって右手側奥にある、積まれた資材の裏へ向けて投げる。

 カン、と金属に当たる音が響いた。



 兵のうち一人が反応し、わずかに身体を傾けて音の方向を窺う。

 だがもう一人は、微動だにしなかった。

 真正面から一瞬たりとも目を離さない。



 確認と警戒。

 ふたりの間でその役割が、無言のうちに徹底されている。



 その連携は、隙をつくらない。

 さすがは「鉄壁」の名を冠する者に仕込まれた兵、か。




「んー……無力化するしかないですかね?」



「で、できれば、それは()()避けたいです。

無力化すると……必ず異常として、他の敵に伝わります」



 レイラはレイディルの質問にそう答え、見張りと門を交互に見る。


 門の傍には深い茂みと木が数本。

 茂みにさえ到達できれば闇夜に紛れ塀を越えることも可能だろう。




 しばし沈黙ののち、レイラが小さく息を呑んだ。



「あの……っ」


 ふたりの視線が彼女に向けられる。



「こないだ……地の術の話してました……よね?」


 アリーシアスはわずかに目を瞬かせた。レイラは構わず続ける。



「アリーシアスさん、使えるのなら……あの二人の足元、ちょっとだけ揺らしてみるって……できたり、しませんか?」



 その提案に、アリーシアスが一拍置いて頷いた。



「なるほど。地面が揺れれば条件反射で視線が落ちる可能性があるという訳ですね……三秒ほどなら、可能でしょう」



 門の横、十五メートル先にある茂みへ──レイラの目が向く。



「見張りの注意が地面に行く間に……い、一気に、走り抜けましょう……!」


「それで行きましょう」



 アリーシアスがしゃがみこみ、地面に手をついて意識を集中する。



 静寂の中、ゴゴゴゴゴ……ッと地の底から低いうなりが立ち上った。

 直後、敵兵二人の足元を中心に、地面が強く震える。



「な、なんだ!?」


 一人が驚いたように足元を見下ろし、戸惑いの声を上げる。



「うわわわわ!! 地震だッ!!」


 もう一人は怯えたように叫び、頭を抱えてしゃがみ込んだ。



 突発的な揺れに、二人の意識は完全に地面へと向かう。



 ──その隙を逃さず、三人は茂みへと駆け出した。



 視線が落ちたわずかな数秒、その間に彼らの姿は敵兵の視界から完全に外れていた。



 工場の角を抜け、目指していた茂みの影へと滑り込む。



 三人の足音は揺れの音にかき消され、飛び込んだ茂みの揺れは、見張りの兵から見れば地震によるものだ。




 茂みの奥、木々の陰に身を沈めた三人は、息をひそめて身を伏せる。


 レイラが安堵の吐息を漏らした。



「──第一関門突破、というところですね」


 アリーシアスが声を潜めて告げる。



 茂みの陰からは、塀の輪郭がちらちらと見え隠れしていた。

 高さは三メートルほどだろうか。

 思ったよりもあるが、木々の枝葉を伝えば、うまく身を隠しつつ越えられそうだ。




 三人は茂みの木を背に移動し、先にレイラが軽やかに塀を飛び越える。

 見張りからはちょうど死角となる木の影で塀の上にしゃがみ、二人を待った。




「……アリシア、この高さはキツいだろ。オレの肩を足場にして登れ」


 レイディルが、小さな声で囁いた。


 しかし、アリーシアスは塀をじっと見つめ、何かを考え込んでいる。



「……どうした?」


「いえね……スカートなんですよ、わたし」


「それで?」


「……覗かないでくださいよ?」


 なんてことはない、気にしていたのはその一点だった。



「……いや……そんなの覗くかよ……早く登れ」


 呆れたように返すレイディルに、アリーシアスは不満げな視線を向ける。



「うーん、別に見られたいわけじゃないんですけど、『そんなの』と言われると乙女としてはちょっと傷付きますね……」


 小声でぼやきながら、レイディルの肩を踏み、レイラの腕を取って塀の上へ──そして軽やかに向こう側へと着地する。



 残ったレイディルは、木の枝を伝って器用に塀を越えた。

 三人全員が塀の向こうに降りたのを確認すると、レイラも音もなくひらりと着地する。






 工場を後にし、道なりに進むと、程なくして密集した建物が見えてきた。



「さて……ここからは、入り組んだ……市街地です。

巡回の兵や監視装置も増える、と思います。

気を引き締めて……行きましょう」



 レイラの言葉に二人は小さくうなずき、足音を殺して再び歩き出す。





 市街地へ入ると、三人は入り組んだ建物の影へと身を潜めた。

 道幅は狭く、石造りの建物が迷路のように連なる。

 増築された構造が拍車をかけ、密度は尋常ではない。

 遠くで巡回兵のブーツが石畳を叩く音が小さく響いた。



 灯りのない路地裏には、かすかに湿った空気が漂っていた。



 まずは、状況を把握しなければならない。



「レイディルさん、お願いします……!」


 レイラの合図に、レイディルは軽く手を上げて(こた)える。


 そのまま目を閉じ、手のひらを建物の壁に当てて静かに魔力を集中させる。



(まずは──広域で状況把握だな……)



 魔力の波が手から走り、建物を伝って地面から市街全体へと染み渡っていく。

 それは地面に溶け込むように、静かに広がった。



 脳裏に浮かび上がるのは、俯瞰視点のような立体地図。

 建物の輪郭、道のつながり、そして複数の人影の反応が、淡い光点となって浮かんでいる。



(……南通りに二人、中央の広場に五人。東側の路地に三人……こっちにも……これは想像以上に多いな……)



 脳裏に映るそのイメージは、十や二十の数では到底おさまらない。

 道という道に、兵士たちが一定間隔で配置され、緩やかな動きで巡回している。

 全体では数十──いや、それを優に超えている。




(そして……この無数の物体……監視装置か)



 巡回兵と監視装置が網のように市街地を覆っていた。

 不用意に動けば、すぐに発見されるだろう。



(これは……下手に動けないな……)



 全体の構造を把握し終えると、レイディルはレイラから預かった地図に、敵兵と監視装置の位置を手早く書き込んでいく。

 それを横から覗き込んでいたレイラが、小さく「なるほど」と呟いた。



 ひと息つく間もなく、レイディルは再び掌に魔力を込め、解析魔術(アナライズ)を展開する。



「む、無理はしないで……くださいね」



 レイラの声に、レイディルは無言で親指を立てて応えた。



(次は……街の人たちの居場所だ)



 レイディルは、魔力の感覚をより深め、人の集まっている建物をひとつずつ丁寧に探っていく。

 ただし今度は、敵兵の休息中の反応と混同しないよう、慎重に選別していった。



(やっぱ……ひとつの建物にまとめられてるわけじゃないか)



 市街地の各所に、人影がまばらに点在している。

 それぞれ数人ずつ、別々の建物に閉じ込められていた。



(……間違いない。マイスさんの言っていた通りだ)




 しかも、住人のいる建物の近くには、必ずと言っていいほど見張りの兵が配置されている。

 全員をあの通ってきた細い通路から脱出させるのは正直──不可能だ。




 レイディルが思案に暮れていると、横からアリーシアスが声をかけてきた。



「……レイディルが何を悩んでいるかは、大体わかります」



 そう言って、一拍置く。

 漏れたのは、ため息のような、かすかな吐息だった。



「だけど全員を脱出させることは無理です。

……諦めましょう」



 静かで冷たい言葉だったが、そこに感情がないわけではなかった。

 アリーシアスは眉根を寄せて、遠くの一角を見つめている。



「そう……ですね……」



 レイラも小さく頷いたが、その声には微かな苦さがにじんでいた。


 しばし沈黙が辺りを支配する。

 その静けさこそが彼女の迷いであった。


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