第二十一話「鉄の街への第一歩」
両手から放たれた魔力は形にならず、霧散する。
宿の裏手にある庭。
昨日魔術を習った場所。
午前の太陽は庭に多くの影を落としている。
本日も晴天。
この街は毎朝爽やかな風が吹いていた。
「さすがに昨日の今日で上達するわけもなし、か」
レイディルは額の汗を拭うと独りごちた。
しかし昔やった魔術の勉強より今は道標がある。
そう思えば随分と気が楽なものだ。
「これで朝の日課は終了かな」
毎朝、可能ならば体を鍛えている。
今日からはそれにプラスして魔術の訓練だ。
次の任務にはまだ日数があるとはいえ、ダラダラしているわけにもいかなかった。
ヴァルストルムの解析も設計図作成も、少しずつやらなければならない。
朝の日課を一通りこなし背伸びをひとつ。
「朝の訓練、ちゃんとやってますね。
かんしんかんしん」
宿の勝手口を開け、アリーシアスが顔をのぞかせた。
「形にはなってないけどな」
レイディルは苦笑し答える。
「毎日習慣化することでイメージ力を鍛える事が肝心です。
それに時間がかかると言ったでしょう?」
レイディルは「そうだな」と答え、握りしめた手を見つめた。
「今日はこの後、博士のところに行く予定ですよね?」
作戦の事、機動馬車の事、ヴァルストルムの事、博士と打ち合わせしなければならない事は沢山ある。
「一息ついてから出ようと思ってたけど、アリシアが準備できてるなら今から出ようか」
木の根元に置いておいた上着を着直し提案する。
アリーシアスは一瞬だけ考え「そうですね」と答える。
二人は揃って野営地へ向かった。
街から野営地へは何事もなく移動できた。
軽い散歩のようだとレイディルは思った。
ヴァルストルムが置いてある場に向かうと、見知った男が一人、跪くヴァルストルムの前に立って見上げていた。
ベイルだ。
「お、レイディルか!」
ベイルはレイディルに気付き振り返ると、満面の笑顔で呼ぶ。
「いや~まさかお前が噂のコレの操縦士とはな!
しかも王女様直々の任命だろ? 落ちこぼれトリオで一番の出世頭じゃねぇか?」
ベイルは陽気に笑う。
「いや、たまたまだ。たまたま」
レイディルは苦笑まじりに即座に否定する。
「何言ってんだ、お前は今まで頑張りが実らなかった落ちこぼれだ。
ちょっとくらい胸張ったってバチは当たんねぇよ。
オレは頑張らなかった落ちこぼれだけどな!」
そう言って、何故か少し自慢げに自分のことは笑い飛ばした。
「ところでベイル。
お前はこれからどうするんだ?」
「情報は全部提供したし、晴れて自由の身……って言いたいとこだが──」
ベイルが少し言葉に詰まっていると、その言葉に被せるように声がかかる。
「コイツには、この後のリオ山道攻略の道案内してもらうことになったわ~」
ヴァルストルムの足元から、軽やかで明るい声が聞こえた。
「やっほ~ディル坊、お嬢様」
その声とともに、ヴァルストルムの影からジルベルトがひょっこりと顔を出した。
片手を軽く上げて笑顔で挨拶する彼女の姿を見て、アリーシアスの口元がふっと緩んだ。
(昨日は気付かなかったが……なるほど。
マリーさんの言ってた通り、ジルさんがアリシアの憧れの人ってのは本当だったか)
アリーシアスの顔を見たレイディルは、うんうんと頷く。
その反応に気付いたアリーシアスは、ハッとしすぐさまクールな表情に戻った。
(おっと危ない危ない……レイディルに変な顔は見せられませんね……)
そんな二人の様子は気にせず、ベイルは話を続ける。
「というわけで、だ。
しばらく同行させられることになった……」
ベイルはトホホと言った顔で肩を落とししょげた。
「この後の、ってカーネスの街はどうするんですか?
確か優先的に行きたいんじゃ……」
レイディルが疑問を口にする。
「詳しいことはそこにいる博士に聞きな~」
ジルベルトは親指で、クイクイッと馬車の方を指した。
目を向けると、馬車のそばで博士が座ったまま、車輪を必死に修理していた。
こちらに気づいた博士は、工具を脇に置き作業の手を止める。
「おやおや、勢揃いだね」
そう言って、重そうな腰を上げるように立ち上がる。
「よっこらしょ……こういうの言うようになったら、歳ってやつかなぁ。嫌だねぇ」
腰をトントンと拳で叩きながら、ひと息。
「さて、マリーくんはいないけど、次の目的地の話をしようか」
「またわたしたちは別行動、ですか?」
アリーシアスが右手を軽く挙げて言った。
「うん、ご明察。
僕らは本隊から離れて、カーネスを攻略することになった。
本隊が休んでいる間に片をつけて、また合流する──そんな段取りだ」
博士はメガネを少し押し上げながら、言葉を継いだ。
「ただね、カーネスにはどうやら守りに長けた司令官がいるらしくてね」
レイディルとアリーシアスの脳裏に、前々日バーグレイ将軍が言っていた名がよぎる。
──鉄壁のバルゲイン。
「バーグレイ将軍の話じゃ、そのバルゲインという指揮官、挑発も囮も通用しないそうだよ。
しかも今回は街中での戦闘は禁止されてる」
カーネスには、精巧な工芸品を生み出す工房がある。
貴重な機械部品を収めた倉庫もある。
破壊は絶対に避けたい。
「つまり、ヴァルストルムさんでの力押しは……ナシ、ということですね」
アリーシアスがやや神妙な面持ちで言った。
「そこで、今回は潜入による指揮官の無力化が作戦目標になったってわけだ」
将軍の言葉を借りれば、その司令官は『統率と威圧で兵を動かすタイプ』らしい。
だからこそ、たった一人を抑えるだけで、敵軍はあっさりと瓦解する可能性がある。
「……それでも帝国兵の士気が折れなかった場合のプランも用意してもらってる」
博士は静かに言葉を続けた。
「ちょっと待ってくださいよ。
オレたちの中に、潜入に向いてるやつなんていましたっけ……?」
レイディルは慌てて手を振りながら、自然とベイルの方を見る。
「残念……オレ、リオ山道攻略に連れてかれる側……」
嫌そうに、ベイルは手を横に振った。
次にジルベルトの方を見た。
「ディル坊さ〜……あたしがそんなん向いてると思う?」
呆れたように言われ、レイディルは無言で首をすくめた。
(……轟音、立てそうだな)
一瞬でも彼女の顔を見てしまったことを、内心で反省した。
「いるじゃないか。
自分のこと、わかってないんだねぇ」
博士はチッチッと舌を鳴らし、人差し指を横に振る。
そしてレイディルをビシッと指差す。
「索敵役! 解析魔術を使えるのは君だけ!」
さらに指をアリーシアスへ。
「氷魔術による静音性でのサポート!」
そして──
「そして、敵指揮官の無力化は……」
持ったいぶるように、タメをつくる博士。
野営地にいた兵たちが小さくざわめいた、その時──
「あのー……すいません。
残り一人は、私です……」
おずおずと、右手を上げて現れたのは──
大隊長レイラ・フィオランテだった。
右腰には刃渡りの短い一本剣、左には二本の剣を携え、軽装の上着を羽織っている。
動きやすいようパンツルックだ。
しなやかに引き締まった体つきが、その服装からもうかがえる。
肩から背中にかけては風になびくようにラインが美しく、戦士らしい凛とした空気を漂わせていた。
三つ編みにした金髪を揺らしながら姿を現した彼女、しかしその眼差しはどこか自信なさげだった。
騎士大隊長が自ら潜入任務に来たこと、そしてその『大隊長』が自信なさげに登場したこと。
その場の空気が、ほんの一瞬、凍りつく。
「お前がシケた返事するから皆固まってるじゃねぇか!」
その空気を破ったのは、彼女の隣にいたリオルドだった。
「あっ、兄さん。」
レイディルは思わずリオルドの姿に反応する。
「コイツが迷子になってたもんでよ。
連れて来たんだが……」
リオルドの視線は「自陣地で迷子になるな」と語っていた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
慌てて謝るレイラ。
「こらこら! レイラちゃんイジメんじゃないわよ! この唐変木!
それにレイラちゃんのが偉いでしょ!」
「オレは命令するのもされるのも嫌なんだよ!
自由に動きたいから騎士は辞めた!
お前もだろうが」
すかさずジルベルトが割って入り、レイラに助け舟を出す。
その言葉にリオルドが反論する。
リオルドとジルベルトは正確には特別待遇だ。
作戦立案には参加したりもするが、後は自由を許されている。
「まぁまぁ落ち着こう。
一番偉い人が来たことだし、続きは大隊長殿にお願いしようかな?」
博士が手をポンと叩き、視線をレイラに向ける。
その合図に、レイラは慌てて姿勢を正し、作戦の続きを述べ始めた。
「えー……潜入の件ですが、あまり大人数だと行動に支障が出るので……バーグレイさんが人数を絞って人選しました、はい。
私は本当は、エリオスさんが良いと思ってたんですけど……行きたがってましたし。
あ、エリオスさんというのは、もう一人の大隊長です」
「あいつは温泉に入りたいだけだろ……」
横から呆れたようにリオルドが返す。
カーネスの街には炭鉱があり、その近くには泉質の良い温泉も湧いていた。
エリオスの話はさておき、レイラは話を続ける。
「それでですね……潜入担当の私たち三人と、もしもの時の治療役としてマリーさん。
それと、クラウス博士は現地で馬車の修理がしたいそうなので……この五人でカーネスに向かうことになりました」
レイラは肩をすぼめ、両肘を曲げてぎゅっと拳を胸の前に寄せる。
「とにかくっ! 若輩で未熟者ではありますがよろしくお願いしますっ!」
と、言うやいなや勢いよく頭を下げた。
「あっはい……よろしくお願いします。」
と、つられてレイディルもペコリとお辞儀を返す。
(若輩ってオレたちの方が年下……だよな?)
レイディルはレイラとアリーシアスの方を交互に見ながらそう思った。
その胸中にはふとよぎる不安。
「まぁ、こんなんだが腕の方は信用できるからよ。
そう心配すんなって!」
リオルドはいつの間にかレイディルの横に移動し、豪快に笑いながら背中をバンバンと叩いた。
(……本当に大丈夫だろうか)
そんなレイディルの思いとは裏腹に、アリーシアスはきちんとレイラに頭を下げていた。
「えっと……話を戻しますね。
ベイルさんの話では、街はだいぶ改築されていて、昔の地図通りとはいかないそうです。
それに、ベイルさんがカーネスを離れてから、かなりの時間も経っていて……
今、私たちの手元にある資料も、完全とは言えないかもしれません。
それだけ、念頭に置いておいてもらえると……助かります……」
レイラはそう言って、両手で地図を広げてみせた。
描かれたカーネスの地図には、東にそびえる炭鉱、麓に広がる大小の工場、さらに街の中心部には、工房や鍛冶場が所狭しと並んでいた。
入り組んだ路地が迷路のように張り巡らされ、
一見しただけでも、潜入の難しさが伝わってくる。
「確かに……この密集具合じゃ、ヴァルストルムは無理だな……」
レイディルが腕を組み、地図を睨みながら唸る。
「それで、潜入するのはいいんですが、
街に入るルートのアテは、あるんですか?」
アリーシアスが地図に目を落としつつ、疑問を投げかけた。
「あー、それなら──ほら、ここに丸つけといた。」
ベイルがひょいと指差したのは、街の東側、炭鉱付近に近い丸印。
「帝国軍の動きが面白くて夢中になってたら、
気づけば街が封鎖されててさ。
で、どうしようか迷ってたら、親切なオッサンが抜け道を教えてくれてな」
どうやら、その道はかつて鉱石の搬出に使われていた旧通路。
今では廃道扱いで、街の老人の一部しか知られていないという。
レイラは地図を見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
「相手の指揮官は、守備に長けた人物です……
そんな相手が抜け道の存在を見逃しているとは思えません。
ですので──使えるかどうか、現地での確認は必要だと思います。
……罠として、あえて残してある可能性もあるので……万事OK、とはいかないかもしれませんけど……」
レイラが補足する。
レイラの言葉が落ち着いたところで、博士が口を開いた。
「うん、確かに。用心に越したことはないねぇ」
さらりとした口調だが、その言葉には明確な同意が込められている。
「潜入が成功しても、後から裏をかかれては元も子もないからね。
入れるかどうか、じゃなく安全に入れるかどうか。そこが大事だ」
言いながら、博士は地図上の丸印をピッと指でさす。
「このルートが罠じゃないと分かれば、突破口としては申し分ない」
博士の言葉に一同が頷きかけたそのとき、レイディルの横で腕を組んでいたリオルドがぽつりと口を開いた。
「ま、あとは実際に街の周りの様子を見てみないと、なんとも言えんだろ」
ごく自然な言葉だが、その声色には
どこか「面倒なことになりそうだ」という、他人事めいた響きがあった。
そのリオルドの反応をジロリと見つめるジルベルト。
「自分がやるんじゃないからって、随分お気楽モードじゃん」
「実際お気楽だ。
レイラに任せときゃ何とかなるしな」
リオルドはジルベルトの嫌味にも動じず笑い飛ばすのであった。
その言葉に、レイラはちょっとだけ眉をひそめて目をそらす。
(他の人にもこんな雑なんだな……)
レイディルは呆れたように口を結んだ。
「えーと……それでは、準備などあるので出発は四日後ということで……四日後の朝、ここに集まってください」
「ずいぶん時間あけるんだな」
ベイルが首を傾げながらレイディルに聞く。
「ごめんなさい……あの、私の副官や他中隊長の皆さんに引継ぎをしないといけないので……」
レイラは申し訳なさそうに答えた。
先程の作戦説明をしていた時よりも弱腰になっている。
ベイルは「そんなつもりじゃ」と慌てて手を振りながら謝っていた。
そんな二人のやりとりを見て、アリーシアスが一言。
「大隊長ともなれば軽率に動くわけにもいきませんからね。
わたし達が思う以上に多忙なんですよ」
そう言って微笑む彼女に、レイラは小さくうなずいた。
「そ、そうなんです! ほんともう大変で……!」
わかってもらえますか!と言わんばかりのレイラの勢いに一同は表情を崩すのであった。
「さて……最後にだけど、機動馬車は一応、応急処置はしたから何とか動く程度にはなった。
けど、スピードは出ないから、今回は悪いけど僕以外の四人はヴァルストルム君で先行してもらいたい」
博士が残念だといった面持ちで告げた。
少しの間。
「ん? 操縦席にはそんなに乗れませんけど……」
レイディルが不思議そうに聞き返す。
「うん、だから残念だけど……」
博士はチラリとヴァルストルムの手を見る。
レイディル、アリーシアス、レイラは博士が何を言わんとしているか、ようやく分かった。
「この人、正気ですか!?」
珍しくアリーシアスが声を荒らげ目を見開き博士を指さした。
いつものように、余計な発言を反省する様子もない。
「まあ……なるべく、安全運転を心がけるよ……」
「なるべくではなく、確実にお願いしますッ!」
レイディルの言葉にアリーシアスは語気を強めすかさず答えた。
「さ、さて、それじゃ今日は解散と言うことで……」
博士がまとめに入り各々が散っていく。
その博士の背に気を取り直したレイディルが声をかけ近づく。
「あっ、博士……実は見てもらいたいものがあるんです」
そう言ってレイディルが取り出したのは、数日かけて書き続けていた手帳だった。
開いたページには、細かく描かれたヴァルストルムの内部構造──それも、解析魔術で得た情報を元に、手で写し取った設計図が、何枚も綴られている。
「……これは、まさか全部手で?」
博士が驚いたように眉を上げ、指でページをそっとめくる。
「はい。まだ全然ですけど……解析で見えた部分を、少しずつ書き写してます。
使われてる技術が高度すぎて、オレには理解できませんけど……」
レイディルは手帳を差し出し、ページを開く。
そこには、精緻な機構図や部品の描写がびっしりと書き込まれていた。
博士はしばし無言でそれを見つめ──そして、口を開く。
「……いやはや、これは……すごいな……」
メガネの奥の目が、驚きに見開かれていた。
「君が見たものを、そのまま写してるだけなんだろう? それでも、これは……」
ページをめくる手が止まらない。
細部まで描き込まれた機構の数々に、博士は目を輝かせる。
「ヴァルストルム君に使われている技術……まさか、ここまでとは……
いや、それ以上に──この分量を書き続けた君の根気の方に、僕は舌を巻くよ……!」
「そ、そんな大げさな……まだ手の部分くらいしか写せてませんし……」
レイディルが苦笑混じりに答えると、博士は笑って首を振る。
「簡単に言うけどね? 普通、意味のわからない構造をここまで丁寧に記録するなんてできない。
人は理解できないものを前にすると、集中力が続かないものなんだ。
それを毎日……いや、すごい、すごいよ……」
ページを閉じながら、博士の声に熱がこもる。
「時間をかければ……この技術、きっと理解できる。
いや、理解してみせよう。
そう思えるだけの材料が、今、目の前にある」
そしてふと、口角を上げる。
「それに……いやぁ、まさかだよ。
このタイミングでカーネスの街を優先して解放するなんて、僕達はなかなか運がいいねぇ……!」
「あっ! 確かに!」
博士の言葉にレイディルはすかさず気付く。
「ヴァルストルム君の部品、細々としたものならカーネスで作ることも可能だ。
もちろん耐久性なんかはオリジナルのものとは変わるけど……
つまりこれ、整備できる可能性が見えてきたってことだよ!」
博士は両手を広げてみせた。
「設計図はある。部品も手に入るかもしれない。時間さえあれば──僕の手でこの技術を解き明かせるかもしれない……!」
感極まったように、博士は手帳を胸に抱きかかえる。
「ありがとう、レイディル君。
これでようやく……ようやく本領を発揮できそうだ!」
「いえ、まだこれからですよ!
ヴァルストルムにはまだ謎が多い!」
そしてレイディルは手帳に目を落とし、気になっていた事を博士に問いかけた。
「ところでここ、何の部品かわからなかったんですけど……ちょうど指の部分……」
「あぁ、これは……なるほど。
ここの仕組みで親指が自由に動かせるようになってるのか……いや、こりゃすごい。
親指と小指をくっつけるあの動き、あれは対立運動って言うんだけど……ちゃんとできるようになっているねコレ! 仕事が細かい……!」
二人は書き写した設計図を見ながら機械談義に花を咲かせている。
「あとこの辺とか、変わった部品の形ですけど、なんですかね?」
「よく気づいたね。
おそらく高負荷に耐える形だよ。
それにしても無駄がないなぁ。
どうしてこういう形になるんだろう、面白い……!」
熱を帯びたやり取りが続く中──
その場へ、ふわりと柔らかな足取りが近づいてきた。
「あら~、楽しそうな男子会やってるわね」
明るい声とともにマリーが現れる。
額の汗を軽く拭いながらも、その笑顔はいつも通り穏やかだった。
「ケガ人の処置、ひと段落よ。会議はもう終わり?」
彼女は手をひらひらと振りながら、ひと息つくように腰に手を当てる。
レイディルと博士の様子をちらりと見やるが、声はかけず、そのままアリーシアスの方へと視線を移した。
少女は二人の話を遠巻きに眺めていたが、すぐにそっぽを向き、肩を小さくすくめる。
「うーん……機械のことは、やっぱりわかりませんね」
ツンとした横顔。
どこか退屈そうで、ほんの少し不機嫌にも見える。
その隣へマリーがそっと歩み寄り、にこやかに言った。
「ふふっ、じゃあお姉ちゃんとガールズトークでもする?」
──が。
「ガールズトークとか、やっぱりわかりません」
アリーシアスはつまらなそうに目を伏せて、一言だけで応じた。
「……あらあら」
マリーの笑顔が、ほんの少しだけ揺れた。




