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第十九話「笑顔の効きめ」

 テントの中には重傷者や軽傷者、様々な負傷兵がいた。


「だからよぉ! この傷を直してくれって言ってるだろうが!」


筋骨隆々、強面といった感じの男が右手を指差しがなりたてている。


「ごめんなさいね。ゆっくり休みたい人もいると思うから、もう少し声を小さくしてもらってもいいかしら。」


マリーは怪我で眠る患者の傷口に治癒魔術を施しながら、穏やかに答えた。

彼女の笑顔は揺るがず額に汗が滲むも手は止めない。


「これじゃあ、飯も満足に食えねぇんだよ!」


男はどうやら利き腕を怪我したらしく、わざとらしく腕を上げ、なおも食い下がる。


「傷の治療はしっかりしたし、包帯も巻いたわ。もしまだ痛むようなら軍医さんの所に行ってお薬貰ってね。」


マリーはやんわりと男の治療が終わった事を告げる。


「治癒魔術なんて便利なモンがあるんならよ、それをちょちょいとかけてくれれば良いだけだろ!?」


「そう思うのも無理ないわね。

でも実際は治すのも時間がかかるのよ。

それに治癒魔術って魔力もよく使うし、まずは怪我が重い人から治療しないと。」


戦場の医療テントでは、限られた魔力と時間を最も必要とする者に優先して使う。

マリーのような治癒魔術師は、傷の重さを見極め、命に関わる損傷した者を最優先で治療する。


比較的軽い怪我は、薬や包帯で十分回復が見込めるため、魔術は使わずにいた。

男の利き手の傷は痛むだろうが、命に別状はなく、軍医の薬と休息で治る範囲だった


マリーの言葉に言い返すことが出来ず、男は「むぐっ」と声を漏らした。



「少し待っていてね。」


マリーは男にそう言って、魔術を一時中断し奥へと歩く。

机に置いていた小さなポットからカップにお茶を注ぎ男の前に差し出した。


「はいハーブティー。

飲むと少し落ち着くと思うわ。」


淡い香草の香りがふわりと立ちのぼる。

湯気の向こうで、マリーの瞳が静かに揺れていた。

無理に笑っているわけでも、押しつけがましいわけでもない。

それが、かえって男にはこたえた。

男の表情を確かめてマリーが続けた。


「貴方のように戦って大きな怪我をした人はまだいるわ。

良ければその人たちのために魔力を使わせて欲しいの。」


マリーはカップを手渡し、心が落ち着くような優しい声で諭した。

カップを手渡された男は一瞬たじろいだ。

マリーの穏やかな声とその瞳に、怒鳴る気が少しずつ薄れていくのを感じていた。

しかし、なおも何か言おうと口を開けたその時──


タイミングよく、外から大きな声がテントに聞こえてきた。


「あー、あんな美人に包帯巻いてもらった上にお茶まで手渡しで貰って、うらやましー」


そのどことなく棒読みで気の抜ける言葉と、美人という単語を聞いた男はマリーの顔を改めて見やる。


その女性は美人だった。

いや、しかしそれ以上に、どんな言葉を浴びせられても笑顔を絶やさないその表情が男には一番刺さった。

そんな人に大声を上げていたことが次第に恥ずかしくなっていった。



「……いや……すまねぇ。上手く利き腕使えないもんだから……気がたってたみたいだ……悪かった。」


男はハーブティーを一気に飲み干し、カップをぶっきらぼうにマリーに差し出し、テントをそそくさと出ていった。

テントの外から男の声が響く。


「て、てめぇら何見てやがんだ!

見世物じゃねぇーぞ!!」


その声と共に、ザワついていたテントの外は次第に静かになっていった。



マリーは「ふぅ……」と一息つき、改めて治療を再開した。


マリーはいつもの笑顔だったが、あの棒読み気味の声の主を思い出し、口をいっそう綻ばせていた。





 テントの外、集まっていた人々が散り散りになっていく中に二人はいた。


「驚きました、まさかレイディルがそんなちょこざいな手を使えるとは。褒めようと思います。」


アリーシアスはクールな目でピクリとも笑わず言った。


(褒めようとしてないな?)とレイディルは思ったが、気を取り直し答える。


「ああいう時は間に入って止める方が、より興奮させそうだったからな。

慣れちゃいないが、予想外の所から予想外の言葉の方が効くかと思ってさ。」



アリーシアスは「だから棒読みだったのか」と頷いた。




「それにしても美人ですか

たしかにマリーさんは美人ですけど……

羨ましいとか結構、本音入ってません?」


ジトッとした目で聞いてきた。


「いや……まぁ美人ってのは本音だが……」


レイディルは若干しどろもどろになりながら、視線を逸らし指で頬を掻く。



「それじゃあ、わたしはどう見えます?」


突然の質問にレイディルはビクッとした。

ああいう場でならすんなり言えたが、面と向かって聞かれそれに答えるのは、なかなか難しい。


少女の真っ直ぐな瞳がレイディルを見る。

そのクールな目は早く答えろと催促しているようだった。


「……ち……」


何とか声を絞り出そうとするレイディル。

その言葉はなにかと待ち構えるアリーシアス。


「……ちんまい。」



刹那、アリーシアスのトゥーキックがレイディルのスネに刺さる。


「っ~~~!!」


レイディルは声にならない声を上げ、スネを抑えた。

魔術師は接近戦のために鍛えることもある。

彼はその言葉を身をもって体感した。





ヴァルストルムは今、野営地の東の中ほど。

機動馬車の横に鎮座している。

森での戦いの後、レイディルは疲れた体でなんとかここまで動かしてきていた。


「痛ぇ……」


蹴られたスネを擦りながら呟いた。

蹴ったアリーシアスは膨れっ面でそっぽを向いている。

照れ隠しが入っていたとはいえ、ちんまいは良くなかったか。

思わずため息をつき、彼はヴァルストルムの無骨な機体の装甲にそっと手を置いた。


そしてそのまま解析魔術(アナライズ)を掛ける。


数多の情報がレイディルに流れ込んでくる。

彼は腰のポーチから手帳とペンを取り出し、何やら描き始めた。



「……? 何してるんです?」


膨れっ面をしていたアリーシアスも、この謎の行動には聞き返さずにいられなかった。


レイディルは手帳に目を落としたまま答えた。


「設計図の写しだ。解析魔術(アナライズ)で設計図の情報を読み出してる。

それをまんま写してるんだよ。」


「じゃあ、簡単そうですね?」


「いや……見えてはいるけど、使われている技術が高すぎて全く理解できないな。

しかも凄く複雑だ……王都を出る前からやってるんだけどなぁ……」


王都で演説が始まる前から許可を得て、 ヴァルストルムの所に行き何度も同じ作業を繰り返していたが、進捗は芳しくない。


彼は線の重なったページを指でなぞる。


「でも、これが役に立つかもしれない。

修理や整備の手掛かりになるような。」


アリーシアスは黙って聞いていたが、やがてポツリと聞き返した。



「……解析魔術って、使うとドワっとイメージが頭に流れ込んでくる感じですよね?」


「ん、ああ。人によって差異はあるらしいけどな。」


口に手を当て考え込むアリーシアスにレイディルはきょとんとした顔で見つめた。


「いえ、これについては……ちょっと気になることがあるので、また後日説明します。

まずわたしの中で整理したいので──」


アリーシアスが物思いにふけり始めたので、レイディルは解析を続けることにした。



(そういえばマリーさんの診断では魔力消費による疲労も含まれてたな……)


ヴァルストルム起動中は最低限の解析を走らせ、断線位置を特定しながら魔力で繋いでいる。

それと同時にヴァルストルムの操縦方法も解析しているため、常に魔力は消費している。


(とはいえ、前回のような消耗は今まで無かったが……戦闘はやっぱ消耗がでかいのか?

でもなぁ……)


レイディルはうなりながら過去の運用を思い出す。

ヴァルストルムを数時間走らせた時も

アーヴィングとの戦いの後も倒れ込むほどの消耗はなかった。

レイディルの中でイマイチしっくりと来ない。


「ならいっそ、確かめてみるか。」



謎だった動力炉を調べるべく、レイディルは目を閉じ深呼吸をひとつ、息を整え機体の中心部へ魔力を流した。




魔力が流れ込むと、解析魔術(アナライズ)が作動する。

脳裏に機体内部のイメージが広がり、中心部の構造がゆっくりと明らかになっていく。



──機体の中心、人で言うなら肺のあたり。

そこに動力炉はあった。


慎重に情報を読み取る。



《サイリンク・リアクター》


(これが動力炉の名前か……)


さらに深く、動力炉の詳細へと踏み込む。


《人の精神と同調、精神力を増幅し機体を動かす──》


ヴァルストルムは人の精神力で動く。

精神力……その性質は魔力に近い。

つまり魔力が精神力の代わりとなり、ヴァルストルムを起動させていたのだ。



(オレが使い続けていた魔力で動いてたのか……そりゃあ勝手に回復するわけだ。オレのを吸ってたんだから……)


レイディルは常に魔力を使用していた事によって、消費量に気付くのが遅れてしまった。



(じゃあ前回の戦いは使用量が多すぎたからか……)


苛烈な戦闘、その後の光の大砲の使用。

その二つが通常よりも大きく消耗を引き起こしたようだ。

冷静に分析を重ねる。



──ふとどこか遠くで、アリーシアスの声が聞こえた気がした。


『レイディル?』


だが、意識は情報の奔流に飲み込まれている。──


(稼働時間がオレ依存となると、運用方法を慎重にしないとな……)


魔力は有限である。

レイディルの魔力量=ヴァルストルムの活動限界ということになる。


(……でも待てよ。オレたちより遥かに優れた技術なのに、操縦者依存のエネルギー源って……なんかおかしくないか?)


──遠くで呼んでいるアリーシアスの声が尖る、レイディルの意識は未だ情報を追い続ける。

額に油汗が滲んでいる事にも気づかない──



魔力量は人それぞれ異なる。

乗る者によって稼働時間が大きく左右されるというのは──あまりにも不安定すぎる。


(いや……どうにも腑に落ちない。最悪、操縦者がへばって動かせなくなるなんて……)


そんな設計、いくらなんでも非合理的だ。

レイディルはそう感じた。


ヴァルストルムの動力には、まだ何か隠されているはずだ。

未知の技術への興味が、彼の解析をさらに深く掘り進めていく。



…………






「レイディル……レイディル!!」


途端に肩を揺さぶられる。


レイディルがハッと気付くとアリーシアスが両手で懸命に肩を揺らしていた。


「なにやってんですか!」


必死の形相で怒るアリーシアスの声。

気がつけば肩で息をしていた。

視界がグニャリと歪み、鼻先から温かい感触が垂れてくる。


「あっ、やべっ……」


ぽたり、と鼻血が滴った。




「まったく……目を離すとすぐにムチャするんですから……!」


「いやぁ……申し訳ない。集中しすぎちゃったな……」


アリーシアスがプンプンと怒る中、レイディルはバツが悪そうに鼻を押さえる。


「いやぁ……ごめん。ちょっと夢中になっちゃってさ……」


そのとき、後ろからマリーの声が響いた。


「あら、ディル君。鼻血、出てるわよ。」


振り返る暇もなく、マリーはひょいと近づいてきて、手にした布でレイディルの鼻をそっと拭っていった。

有無を言わせぬその動きは、迅速であった。


「あまり無理しないでね。」


事情を察したのか、マリーにも窘められた。



「それにしてもディル君、医療テントではありがとうね。」


マリーが改めてお礼を言う。


「はぁ……アハハ……」


レイディルは慣れない発言だったため、愛想笑いで返してしまった。

その様子をアリーシアスは半目で見つめる。


「あらあら、シアちゃん。妬いてるのかしら。」


うふふとマリーが笑う。


「そんなんじゃないです。」


キッパリと否定し、続けてアリーシアスが聞いた。


「ところでマリーさん、治療の方はもういいんですか?」


「治癒術に使える魔力はもう尽きちゃったから、後は軍医さんと正規の治療術師に任せてきちゃった。」


よく見ればマリーは頬に少し汗をかいていた。

その様子を察知したアリーシアスは一瞬考え


「マリーさんの魔力は治療という大きな役割があるにも関わらず、森の戦いでは馬車の運転を任せてしまって申し訳ないです……」


と謝った。


「あの時は私が運転するのが正解だったと思うわ。そうじゃなきゃあんな無茶もあんな連携もできなかったと思うの。

──結果論だけど、ね。」


マリーはニコリと微笑んでみせた。


「さっきのテントの時もそうですけど、マリーさんて怒らないんですね。」


その笑顔を見たアリーシアスはふと疑問を口にする。


「あら、私だって怒る事もあるわよ?」


「そうなんですか?

そういう時ってどう発散してるんです?」



「発散というか……そうね……そういう時は──

凄く笑顔でいることにしているわ。こんな風に。」


と、マリーはにこやかに実践してみせた。

一見、いつもと変わらない優しい笑顔……なのだが、どこか違う。


その笑顔には、不思議な圧があった。

じっと見つめられているだけで、なぜか言い訳したくなるような、そんな気配。


「……すみませんでした……」


レイディルが思わず謝りかけて、アリーシアスと顔を見合わせた。


「あら、いやね。怒った時のマネよマネ。

別に今は怒ってないから安心して、ね?」


マリーは右手で口元を押さえながら、左手を軽くパタパタと振った。


(怒らせるのはやめよう……)


レイディルとアリーシアス、二人はそう心に強く誓った。

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