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第十八話「街角の英雄譚?」

 鼻で息を鳴らしながら、肩で風を切るように歩く女性。

 長い茶髪と、スリット入りのスカートの裾をなびかせながら進む。


 その前をトボトボと歩くのは、ボサボサの髪にくたびれた丈夫そうな衣服の男。



 ──ジルベルトとベイルである。


 その様子を後ろから、レイディル、アリーシアス、マリーの三人は黙って見つめ歩いていた。


 


「昔、アンタのせいであたしがどれだけ大変だったか……わかってんの!?」


「じ、自慢したかったんですよ~……誇張表現ってやつッス……。時効ってことで……許して?」


「はぁ!? 一生忘れないし!!」


 ジルベルトは怒鳴るように言いながら、前を歩くベイルの背中を小突いた。


 


「……何があったんですか?」


 アリーシアスの問いに、レイディルが遠い目でぽつりと呟いた。


「9年前──西区、血の惨劇事件」


 






 当時、ジルベルト十五歳。

 西区の大通りで、彼女の後輩が街のゴロツキ数人に絡まれていた。


 難癖をつけられ、絡まれた後輩は数でも力でも劣り、どう見ても分が悪かったが──周囲の人間は巻き込まれたくないと目を逸らすばかり。


 憲兵が来るまでには時間もかかる。

 


 その時、通りすがったジルベルトが後輩とゴロツキの間に割って入った。


 街中では魔術の使用が禁じられていた為、彼女は素手で見事にゴロツキたちを軽く一蹴して、後輩を救ったのだった。


 


 問題は、その一部始終を──



 十歳のベイルが目撃していたことである。

 


 彼は目を輝かせ、興奮のあまりその場で飛びはねた。



 後日、町中の子供や大人にこう言った。


「ジルベルトさんすげえ! 男どもを一撃でぶっ飛ばして、全員頭から地面に激突したんだ!」


 と、まるで英雄譚のように吹聴して回ったのだ。



 

 事実は『正当防衛の護衛』だけだったのに、ベイルの誇張した話にさらに尾ひれがつき、噂は『十五歳少女が大の大人を素手で半殺しにした』という殺伐とした事件に膨らんだ。


 

 噂は憲兵の耳にも届き、「魔術を使用していなかったか」などと再度、現場検証が入り、ジルベルト本人は事情聴取に呼ばれる羽目になったのである。


 

 以後、彼女はしばらく『鉄拳の乙女』と呼ばれるようになった。







「少年ってカッコイイ者に憧れるからな……ちょっと大袈裟に言ってしまったんだろう……」


 遠い目で呟くレイディル。



「ルルさんは魔術師でしょう? 魔術師って、素手でもそんなに強いのね」


 マリーが感心したように言う。


「まぁ、接近用の魔術もありますから。

実際、ジルベルトさんは接近戦を得意としていて、相応に鍛えているそうですし」


 アリーシアスがさらりと補足を入れ、「かくいうわたしも、少々鍛えています」とドヤっと表情を変えた。




「とはいえ、大変だったのはわかりますけど。あの怒りっぷりは……」


「血の惨劇事件の誤解は、一年後にようやく解けたんだが──」


 レイディルはジルベルトの背をじっと見つめながら続けた。


 


「それからも、ことあるごとにジルさんが問題……じゃなくて、活躍するたびに、ベイルが喧伝したんだ」

 

「つまり……他にも?」

 


「たとえば、『裏通り蹴撃事件』

ただ絡んでくる酔っ払いを脚払いしただけなのに

 『ジル様の脚は風より速し』とか、『神速脚』とか……ベイルが言いふらしたんだが……」


「確かになんだか、聞いたことありますね……」


 アリーシアスが怪訝な顔をする。


 

「他にも色々あるんだが……」


 語っているとそれだけで日が暮れる、と 

レイディルは眉間に手を当て唸るように声を絞り出した。



 前を歩くジルベルトが、今にも炎を噴きそうな勢いで未だベイルを小突いている。


 

「アンタが『あることないこと』広めたせいで!」


 ジルベルトはベイルの背中をさらに小突いた。



「どれだけ誤解を解こうとしても、『いやいやご謙遜を~』で引き気味に済まされるのよ!?

マトモなイメージ回復に五年よ五年!」



 マトモな人扱いされるまで、ジルベルトの戦いは長かった。


 

(もしかして、わたしの知っているジルベルトさんの活躍列伝にも尾ひれが付いたものが含まれてるかも知れませんね……)


 アリーシアスは顎に手を当て、うーん、と小さく唸る。



「……今度ちゃんと調べてみたほうがいいかも……」


 と小声でつぶやいた。




「若き日の過ちですってば~!」


 ベイルは半ベソをかきながら言い訳をする。


「だ~から、アンタの記憶力を提供する代わりに勘弁してあげるって言ってんでしょ!」


「じゃあ小突かないでくださいよ!」


「勘弁するとは言ったけど怒らないとは言ってない!」


 ベイル自身悪気がなかったことはジルベルトも理解していたが「それはそれ」のようだった。







 一行は街を抜け、橋を渡り、野営地の北側に辿り着いた。

 話しに夢中になっているうちに、すっかり目的地に着いていた。


 野営地に足を踏み入れると、昼前の陽光がテントの布を照らし、焚き火の煙が軽やかに空へ昇っていく。

 兵士たちの笑い声や荷車を引く馬の蹄の音が響き合い、戦場から離れた一時の活気が漂っていた。


 青い物資テントや緑の宿営テントが整然と並び、遠くでは剣を研ぐ金属音が小さくこだまする。


 テントの色分けは、施設の役割を一目で示すための工夫らしい。




「それじゃみんな、また後でね」



 マリーが軽く手を振って、医療テントの方へ歩き出そうとしていた。


「マリーさんは一緒に来ないんですか?」


 アリーシアスが首を傾げ質問した。



「怪我してる人が何人もいるみたいなの。

治療に呼ばれてるから、行ってくるわ」


 街に着いた初日から野営地に顔を出していると言う。

 治癒魔術を使えるマリーはとても重宝されていた。



「ディル君の活躍のおかげで思ったよりも負傷者が少ないって軍医さんが感謝してたわ」


 彼女は笑顔で付け加え、テントの白い布が揺れる方へ軽快に歩いていった。






 マリーと別れた一行は、野営地の中心に向かう。

 テントの間を抜け兵士たちの視線を感じながらしばらく歩くと、将軍のテントが見えてくる。


 先頭を歩くベイルはジルベルトの視線を感じ、肩をすくめていた。


 赤と白の大きなテントは、他のテントよりも一回り大きく、入口の布が風に揺れていた。




「よく来たな……ってなんじゃい、その小僧その二は……」


 将軍の声が、テントに入った瞬間響いた。

 ベイルを見た将軍の第一声にレイディルはぴくりと眉を跳ねさせた。



(てことは、俺が『その一』か……)


 と、彼は心の中で妙なポジション分けに苦笑していた。



「え~と、この小僧はですね~、なんとこれからあたし達が進軍するであろう街や村の帝国軍の戦力を覚えているという、ひっじょ~に()()な小僧となっておりま~す。」



 ジルベルトが投げっぱなしな口調で嫌味を含ませ説明する。

 未だ怒りは収まっていないようだ。



「あっ、えーと……ベイルって言います。ハハッ……」


 緊張からか、それともジルベルトの態度に引いたのか、ベイルは勢いをなくしたかのように小さく自己紹介をした。





 備え付けられた机を挟むように将軍とベイルは相対した。

 ベイルの少し後方にはレイディルとアリーシアス。

 ジルベルトはテント入口横で腕組みをして黙っていた。



「ふむ、行く先々でねぇ。それは大変だったでしょう」


 ベイルの事情を一通り聞き終えると、将軍の隣にいたグレオールがねぎらいの言葉をかけた。

 ただ、その口調には他人事で適当な気配が漂っていた。



「ところでベイル君、北側の物資保管場所のテントは何色かわかりますかね?」


 グレオールが唐突に質問した。


「え? あぁ、それなら青のテントでしたね」


 すぐさまベイルが躊躇なく答える。



「ふむ、ではドゥルム砦には花が植えてあるんですけど、その花畑はなんの建物の近くにあるかはわかります?」


「食堂ですね」


 ほう、と将軍の感心する声が聞こえる。



「では、最後に……王都アルディアスの東には風車があります。ではその先には……?」


「あー、倉庫……かな? 誰も気にも止めてないアレですよね?」



「記憶力は確かなようですね。」


 グレオールが感心した目でベイルを見やる中、将軍は静かに頷いた。




「こんなに記憶力良いのに落ちこぼれだったんですか?」


 アリーシアスが小声でレイディルに疑問を投げかけた。


「あぁ、アイツ勉強とかは何故か覚えるの苦手なんだよなぁ……」


 レイディルは過去を思い出し、しみじみと答えた。



「とりあえずは使えそうだ」


 将軍は言いながら各街々の地図を広げた。


「あ、カーネスは防壁が作られたり、建造物が増えてるので地図の更新が必要ですね」


 そう言いながらベイルは街のスケッチをサラサラと描き始めた。



「こんな感じです」


「ほう、ざっくり描いたわりにこれは中々……」


 ベイルが描きあげた絵を見てグレオールが感心する。



「へぇ、こんな特技身につけてたのか」


 古い馴染みであるレイディルもこれには感心した。


「人が立ち入らない場所の絵ってのはさ、結構支援者に受けがいいんだぜ」


 振り向き自信たっぷりにベイルは答える。

 さっきまでの固さはどこへやら、いつもの調子を取り戻していた。



「さて、それでは各街の指揮官と軍の編成、特徴を覚えている限りで良い。話してもらおうか」


 バーグレイは口を開く。

 その情報を持った上で、裏取りはするが、と付け加える。


「そうですねぇ……えーと、カーネスの指揮官はゴツイ全身鎧を着て背中にこれまたゴツイ斧と盾を背負ってましたね。

身長190はあったかなぁ。

進軍する中には珍しくギガスを連れてませんでしたね」


 将軍は顎に手をやり、一瞬思案する。



「もしかして右頬に深い傷はなかったか?」


「キズ……キズ……あぁ、見えにくかったけど五センチくらいのキズがありましたね」


 将軍がベイルの言葉に眉を動かし、わずかに身を乗り出した。



「鉄壁のバルゲインか……!」


 珍しく将軍が語気を強める。



「おや、お知り合いで?」


 グレオールが将軍に聞く。



「今から三十年ほど前か……昔、戦場で共に戦ったことがある。その時は違う国におったが……そうか今は帝国の指揮官か……」


 将軍は目を伏せ続けた。


「守り上手なヤツだ。カーネス攻略は難儀だな……」


 その時、テントの入口の布が揺れ、クラウス博士が顔を覗かせた。



「おやおや、レイディル君にアリーシアス君よく来たね。

それと……見知らぬ新顔君がいるね」


 数日前、馬車の破損で落ち込んでいたクラウス博士だったが、今日は少し元気そうだった。



「カーネス攻略について話し合ってたようですけど丁度良かった。

僕からも是非に優先的にカーネスを取り戻して欲しいとお願いに来たところなんですよ」


「機動馬車の修理のためですか?」


 レイディルが尋ねると、博士は少々苦笑し肯定した。



「実はね、手持ちの資材じゃどうにも修理できなくてね……あの街なら部品を作れると思う」


 カーネスは「工房の街」として名高い。

 無数の職人が集い、工芸品や彫刻、机やタンスといった家具まで、精巧なものづくりで知られている。


 その中には、機械の細かな部品を製作する熟練の職人もおり、特注の部品が必要ならカーネスに行けばほぼ手に入ると言われるほどだ。


 一方で、大規模な製造を担う工場や整備場も点在し、国のものづくりの一翼を担っている。



「あの馬車は、お前たちの足として有用だからな。

カーネス解放の優先は、念頭に置いておこう」


 将軍がそう告げると、グレオールが軽く手を振って言い放つ。



「んじゃまあ、他の状況も聞いてから作戦立てますんで──ひとまず、皆さん今日はもう帰っていいですよ。

あっ、ベイル君は引き続きお願いしますね」


 しばらくベイルは、将軍に拘束されることになりそうだった。



(なんだか、置いていくのは気が引けるが……)


 そう思いながらも、レイディルは自分が残っても意味はないと悟り、言われた通りテントを後にした。

 博士は何か話すことがあるらしく、残るようだった。


 出口に差しかかったとき、ちらりとジルベルトの方を見る。


 相変わらずツンとした表情を崩していなかったが、「ベイルのことは、まぁ任せなさい」とでも言いたげな目をしていた。





 将軍のテントを出たレイディルとアリーシアスは、野営地の喧騒に再び身を置いた。

 ふと視線を上げたレイディルは、白い医療テントの周りに集まる人だかりに目を留めた。



 野営地の雑務を担う者や兵士たちが、好奇心に駆られたようにテントの周りをうろついている。

 時折、テントの中から誰かの不満げな大声が漏れ、群衆がざわついていた。



「大盛況……とはちょっと違うか」


「負傷者の治療にしては…妙に賑やかですね」


 アリーシアスが眉を寄せ、テントの方をじっと見つめた。


 レイディルは、その囲みが怪我人の多さによるものではないことを直感した。


 このまま野営地の東側、機動馬車と一緒に置いてあるヴァルストルムの所へ行くつもりだったが、騒ぎの正体が気になった。


 二人は顔を見合せ互いに頷き、医療テントの方へ足を向けた。


 野営地のざわめきが、彼らの背中を追いかけるように響いていた。


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